夢を失った日
1999年が駄目押しだったと思います。
私には全く霊感がありません。UFOを見た経験もなければ、金縛りに遭ったこともありません。
そんな私ですが、中学校から高校時代にかけて、オカルト雑誌を愛読していました。その雑誌は必ずと言って良いほど表紙に目のイラストが描かれていたことから、タイトルを仮に『メー』としておきます。
この『メー』は、なかなかカオスな雑誌でした。ノンフィクション作家の高野秀行氏がモケーレ・ムベンベを捜索するためにアフリカのコンゴに赴いたときの探険の記事を読んだこともありましたし、重大事件を引き起こし死刑になった某宗教団体教祖の空中浮遊とされる写真が載っていたこともありました。宇宙人や超古代文明、未確認生物に世紀末の大予言、フリーメイソンの世界支配……。様々な話を、時には心躍らせながら。時には背筋を凍らせながら読んでいたものです。
ところが、ある時期を境に、私は一切『メー』を読まなくなりました。
その時期になにがあったのかというと『ソビエト連邦崩壊』です。
私の若かりし頃、世はアメリカとソ連という世界に覇を唱える両国の対立の時代でした。
当時の『メー』には陰謀論や超科学兵器、UFOの話などがよく掲載されていましたが、大抵がその立役者は米ソどちらかであり、『KGB』やら『CIA』やら米ソの諜報機関や秘密組織?が関与しているといったものでした。
高名な学者先生も多くの方がソ連の強大さや底知れなさを感じていらっしゃった時代です。故 小室直樹 氏のように、客観的事実を積み重ね、ソ連の限界や近い将来における体制の崩壊を論じていらした方はごく少数でした。
学者さんたちですらそうなのです。我々下々の者が、米ソ2つの超大国が何かを隠しながらすごい技術を開発していると信じ込んだとしてもそれは無理からぬことでしょう。
そんなある日、当時のソ連の最高指導者が亡くなり、後任にゴルバチョフという若手の人物が就きました。
それからは速かった。グラスノスチによって、内情が火の車であることが白日の下にさらされ、強大な軍事力も一部は張り子の虎と化していたことが明らかになり、クーデターが起こり、そして崩壊へ……。
その崩壊していく過程で、私はソ連による宇宙人との取引も、KGBが裏から世界を支配していたことも、赤軍の超兵器である空飛ぶ円盤も、全てが幻想に過ぎなかったことを理解しました。
そうして私は『メー』民をやめたのです。
目が覚めたのは私だけではなかったようです。
今となっては目にすることがなくなりましたが、当時はほとんど全てといってもいい数の大学で、外から見える大変目につくところに、様々なスローガンを書いた巨大な看板が林立していたものです。
私の大学はしがない地方の国公立大学でしたが、それでも例外ではありませんでした。私が入学したのはソ連崩壊後でしたが、一人だけ熱心な先輩が活動していらっしゃり、大看板もあれば、街宣もありました。しかし、その方が卒業なさると、後継として活動する者はおらず、いつの間にか看板も消えていました。
あんなに大騒ぎをして、毎年のように逮捕者やけが人が出ていた成田闘争も、私が実家に帰った頃には穏やかなものに変わっていて、いつの間にか表立った活動を目にすることはなくなっていきました。
見なくなった原因は色々あるのでしょう。
ソ連の姿に幻滅して去った活動家がいたのかもしれません。
シンパが離れたせいで資金繰りに困り、活動ができなくなったのかもしれません。
本当にあったかは知りませんが、直接裏から受けていた援助が途絶えたのかもしれません。
活動自体に疲れたのかもしれません。
あれから30年が経ちます。最近は米中の対立が激しくなっているという話がよく出てくるようになりました。両者とも超大国であるのは確かです。けれども、世界を巻き込んで云々ということになってはいませんし、いつ世界が滅んでもおかしくないというピリピリとした緊張は、米ソ対立時代よりははるかに少ないものです。これは間違いなく世界のためによいことだと思います。
唯一残念に思うのは、宇宙人や超古代文明、超兵器の存在を素直に信じることができた神秘のベールがもはや存在しないことです。
ソ連という神秘のベールが取り払われたとき、私たちは世界が滅亡から遠のいたという心の安寧を手に入れた反面、壮大な夢を失うことになったのかもしれません。
読むのを止めた後、初めて不可思議な経験をしましたが、それでも購読を再開することはありませんでした。よっぽどソ連崩壊のショックが大きかったんでしょう。