第9話 銀髪の戦姫たち、舞う
「チッ……。簡単には、射線が通らないか……」
クレア・ランバートは理力甲冑レフィオーネ・アエラの操縦席で、忌々し気に呟いた。
彼女が言った「射線が通る」は、本来の意味ではない。
1射で2体以上貫ける位置に、標的を誘導することができないという意味だ。
それができなければ、途中で残弾が足りなくなる。
10mの巨体を翻して、レフィオーネは低空を自在に舞う。
これは回避機動。
地上にいる20体以上の豚神達が、一斉に引っこ抜いた巨木を投擲してくるのだ。
いかに理力甲冑といえども、質量の大きな巨木の直撃を受ければ墜落は免れない。
雨あられと降り注ぐ巨木を避けながら、標的2体以上を狙った位置に誘導。
同時に射抜く。
難易度ハードを通り越して、達成不可能なミッション。
異世界地球風に言うなら、無理ゲーというやつだ。
だがこれをこなさなくては、待っているのは弾切れからの敗北
そして、死。
「こんな時、ユウが居てくれたら……」
クレアの脳裏に浮かぶのは、ユウ・ナカムラの駆る理力甲冑。
白銀の粒子を振り撒きながら姿勢制御用の推進器を吹かし、いかなる強敵にも猛然と立ち向かう。
いつもクレアとレフィオーネを守ってくれた、白鋼の騎士アルヴァリス・ノトーリア。
ユウのアルヴァリスならば、飛んでくる木など軽くかわしてしまう。
そして大剣オーガ・ナイフの一閃で、豚神共を薙ぎ払ってくれるだろう。
だが今、この戦場にはクレアとレフィオーネしかいない。
守ってくれる騎士は、いないのだ。
この場にいない英雄に、想いを馳せていたのがよくなかったのだろう。
クレアは自分が豚神達を誘導しているつもりで、逆に誘導されていた。
「……しまっ!」
機体を反転させ、加速した時だった。
進路上にいたのは、ひときわ大きな巨木を担ぎ上げた豚神。
あんなものを食らっては、墜落必至。
だがすでにクレアは機体を捻り、再加速状態に突入してしまった。
避けるのは無理だ。
「……くっ!」
襲ってくるはずの衝撃に備え、クレアが身を固くした瞬間――
巨木を担ぎ上げ、レフィオーネに向かって投げつけようとしていた豚神の両腕が消えた。
『えっ? ユウ?』
『ゴメンね。ユウじゃないの』
無線機越しに、元気な少女の声が響く。
つい先ほどまで、聞いていた声。
そして多分、二度と聞けないだろうと思っていた声が。
緑色の閃光が走った。
豚神の巨体は、恐ろしく綺麗に切断される。
中心から、左右真っ二つ。
重力と自らの絶命を思い出したかのように、ゆっくりと倒れていった。
『その声……。エリーゼ……なの……?』
『はぁい。私よ、クレア。また会ったわね。無線機が通じて良かったわ』
倒れた豚神の背後から現れたのは、紫色の人型機動兵器。
煌々と輝く緑の刃を、振り抜いた姿勢で残心を取っている。
『それが……マシンゴーレム?』
『そうよ! イカすでしょう? 空気抵抗の少ない、このフォルム! キリッとした双眼式のスマートマスク! ヌルヌル動く、背中の推力偏向ノズル! RHR-1〈テルプシコーレ〉! これが私の――』
会話の途中で、紫のマシンゴーレムがかき消える。
〈テルプシコーレ〉は背中の推進器を全開にし、地面スレスレで滞空していたレフィオーネに迫ったのだ。
そして手にした単分子ブレード、〈魔剣イクオス〉を振りかざし――
『感動の再会を邪魔するなんて、無粋よ』
『エリーゼ、私もそう思うわ』
レフィオーネに向かって投げつけられた巨木が、空中でバラバラになった。
〈テルプシコーレ〉が、切り刻んだのだ。
その〈テルプシコーレ〉の肩を借りて、硝煙立ち昇るブルーテイルの銃口が突き出されていた。
放たれた弾丸により、木を投げつけてきた豚神は頭を吹き飛ばされている。
突然現れ、目にも止まらぬスピードで仲間を切り裂いた紫の踊り子。
そして狩られる獲物から、狩人へと変貌した蒼穹の騎士。
豚神達は、戦慄した。
実際に戦慄するような知能があるのかは疑わしいが、少なくともそう見えた。
たった2機の人型を取り囲む、異形の怪物20体は明らかに怯んでいた。
『さあクレア、ハンティングタイムスタートよ。撃破数を競争しない?』
『それってズルくない? レフィオーネは、残弾に限りがあるんだけど?』
『え~? いいじゃない? そっちは飛び道具なんだし。〈テルプシコーレ〉にも牽制用プラズマ短剣を射出するランチャーはあるけど、火力が貧弱なのよね~』
『まあいいか。受けて立つわ。私は空に逃げるから、地上のことはよろしく~』
『あ~っ! クレア~! 自分だけ、楽するつもりね~?』
今度の軽口は、オークの里で豚神の足音が迫ってきた時とは違う。
恐怖や緊張感を、誤魔化すためのものではない。
――私達2人ならやれる。
強い自信と、安心感から出たものだ。
腰部のスラスターから圧縮空気を力強く噴射して、レフィオーネは大空に舞い上がった。
〈テルプシコーレ〉は低く身構え、背中の推進器から蛍火のような燐光を放ち始める。
最初に動いたのは、豚神側だ。
1体が地響きを上げながら、〈テルプシコーレ〉に突進。
右腕を振り上げる。
間合いよりだいぶ遠くから振り下ろされた腕は、大きく伸びてリーチを稼ぐ。
だが、そんなものは通用しない。
伸ばした腕は、水平に切断された。
〈テルプシコーレ〉の振るう、魔力で輝く単分子ブレードによって。
そのまま腕だけでなく、体まで両断。
エリーゼ撃破数+1。
仲間の仇とばかりにもう1体の豚神が、〈テルプシコーレ〉に襲い掛かる。
いや、襲い掛かろうとした。
しかし1歩目を踏み出そうとした瞬間、胴体に大穴を開けて絶命。
天空から破壊を振り撒く、ブルーテイルの弾丸だ。
クレアも撃破数+1。
推進器が火を吹き、〈テルプシコーレ〉は加速する。
機体背面から突き出された4本の突起――〈重力制御装置〉によって、重力を。
内臓された〈空気抵抗低減魔道機〉によって、大気の壁を無視しながら。
豪快に。
華やかに。
トリッキーに舞い、次々と敵を斬り伏せる。
一方のレフィオーネは、高空から淡々と銃弾の雨を降らせていた。
淡々と見えるのは、全く無駄がないからだ。
クレアが標的に選ぶのは、〈テルプシコーレ〉に攻撃する意思を見せる豚神。
ピクリとでも動いた瞬間、銃弾によって命を散らされる。
大地を見下ろす対魔物用大型ライフル「ブルーテイル」の銃口は、天高くから戦場を支配していた。
『これでラスト! 最後の1体、もらいっ!』
目立ちたがり屋なエリーゼは、無線ではなく外部拡声器でがなり立てた。
がなり立てながら最後の豚神へと突撃し、胴体から上下にぶった斬る。
だがそれと同時に、上空から放たれた大口径ライフル弾が同じ豚神を貫いた。
脳天から股間までを、寸分違わぬタイミングで。
『えっ? ちょっ、クレア! 今のは私が倒したのよね? 1体差で、私の勝ちよね?』
『そう? ヒットしたのは同時でも、私の方が先に発砲したんだから私のスコアじゃない? そうなると、私の勝ちなんだけど?』
近くまで降りてきたクレアのレフィオーネも、外部スピーカーをオンにしていた。
それには理由がある。
この場にいるエリーゼ以外の存在に、音声を聞かせたかったからだ。
『さて……。アンタが豚神達の親玉かしらね?』
クレアは空に、ブルーテイルの銃口を向けた。
今回の登場人物
●エリーゼ・エクシーズ:目立ちたがり屋。賢紀が来たので、ものっ凄い張り切っている。
●クレア・ランバート:ユウがいなくて寂しい。「天涯のアルヴァリス」の中でも、ユウと離れ離れになる話は切ないので必見。
名前だけ登場の人
●ユウ・ナカムラ:「天涯のアルヴァリス」主人公。早くクレアを助けに来んかぁ~!
用語解説
●アルヴァリス:「天涯のアルヴァリス」主人公機。どこかの悪役っぽい主人公機と違い、ちゃんと主人公機っぽい。
●レフィオーネ:空高くからすべてを射抜く、蒼穹の騎士。蒼穹の騎士ってstrifeさんに無断ですぎモンが呼び始めた。「天涯のアルヴァリス」内では、敵軍から「スカート付き」と呼ばれている。
●〈テルプシコーレ〉音速を超えてすべてを切り裂く、「紫の踊り子」。