第7話 銀髪の戦姫たち、穿つ
「デカブツと鬼ごっこなんて、むっつり【ゴーレム使い】との出会いを思い出すわね。クソッタレ!」
エリーゼ・エクシーズと【ゴーレム使い】の出会いは、深い森の中。
帝国軍のマシンゴーレムから生身で逃げ回らなければならなかった状況は、ジャングルで豚神から逃げ回る今とそっくりだ。
だが今回、隣には【ゴーレム使い】がいない。
そのことが彼女の心を、どうしようもなく不安な気持ちにさせる。
不安を煽るように、地響きが追いかけてきた。
「ぬわー! 速すぎるのよ! もうちょっと、ゆっくり動きなさいよ!」
瞬間、嫌な予感が脳裏を走る。
予感が走った時には、もう回避行動に移っているのが「白銀の魔獣」だ。
エリーゼは、横っ飛びに進路を変えた。
体のすぐ近くを、半透明の奔流が轟音を上げて通過する。
豚神の腕だ。
少し細くなり、代わりに長さが伸びていた。
敵の腕だと認識した瞬間、刃が煌めく。
回避も反撃も、本能的にやってしまうのがエリーゼだった。
【魔剣エスプリ】の刀身が、豚神の腕へと食い込んだ。
しかし、ぞぷりと音を立てるだけ。
手応えはない。
なんとか切り裂けはしたものの、豚神の腕はみるみる再生を始めてしまう。
「ならば、海をも切り裂く魔力伝導で……ダメか。魔力を吸われて、普通の剣になっちゃう」
剣もダメ。
魔法もダメ。
剣と魔法の複合技である、魔力伝導もダメ。
八方塞がりであった。
有効な攻撃手段が無いのなら、せめて逃げ回るしかない。
クレア・ランバートが、レフィオーネに乗って駆けつけてくれるのを待つのだ。
開き直って剣を納め、時間稼ぎに専念しようとした瞬間――
大木が、エリーゼ目がけて飛んできた。
ちょこまか逃げ回る彼女に業を煮やした豚神が、生えていた木を引っこ抜いて投げつけたのだ。
「うあっ!」
飛び道具は無いと踏んでいたエリーゼは、直撃を受けてしまった。
小柄な体はピンボールのように跳ね飛ばされ、別の木に叩きつけられる。
彼女はそのまま地面へと落下し、仰向けに倒れた。
「ゲホッ! こんな時、マシンゴーレムさえあれば……」
エリーゼは口から血と、無いものねだりを吐き出す。
本当に彼女が欲しいのは、マシンゴーレムでは――愛機RHR-1〈テルプシコーレ〉ではないのだ。
その〈テルプシコーレ〉を異次元格納庫【ファクトリー】へと格納し、持ち歩いている【ゴーレム使い】なのだ。
彼ならば、たとえマシンゴーレムがなくても――生身であっても、きっとなんとかしてくれる。
きっと自分を、助けてくれる。
出会ったあの日と、同じように。
「ねえ、ケンキ……。助けてよ」
頭も打ったせいで、エリーゼの意識は朦朧としていた。
いま彼女が倒れている地点は、ジャングルの中でも木々が少ない。
青空が見える。
彼女は蒼穹に向けて、弱々しく手を伸ばした。
空は【ゴーレム使い】、安川賢紀の戦場だ。
彼は漆黒の鬼神XMG-0〈タブリス〉を駆り、大空を自由に飛んで自分の元へと駆けつけてくれる。
空さえ見えていれば、いつだって。
今回だってほら、機影が見えた。
あれはきっと、〈タブリス〉だ。
しかし、若干いつもと違う気もする。
改造されたのか?
背中に生えた悪魔の翼――6基の推進器ユニットは見当たらず、代わりになんだかスカートを穿いているように見える。
機体色も漆黒ではなく、空に溶け込むような水色に塗り替えられて――
『エリーゼ! 耳を塞いで!』
遥か上空から響いた、拡声器越しの声。
クレアからの呼びかけに、夢現だったエリーゼの意識は覚醒した。
何が起こるかを察した彼女は、素早く体を回転。
仰向けから、うつ伏せに。
同時に両耳を手の平で押さえ、口も半開きにする。
さらには防御魔法を展開し、衝撃から身を守る風の結界を纏った。
幸いにも豚神から距離があったので、問題なく魔法が発動する。
それらの行動が終了した瞬間、凄まじい轟音と共に豚神の巨体が吹き飛んだ。
豚神と共に大地も吹き飛び、クレーターが穿たれる。
衝撃波の嵐が周囲の木々を引き裂き、なぎ倒した。
巻き上げられた土砂が、エリーゼの体に降りかかる。
「うげーっ! ぺっぺっ! 泥が口に、入っちゃったじゃない! 何なのこの威力!? 耳を塞ぐのや風魔法結界が遅れてたら、着弾音で確実に鼓膜をやられてたわね。……これがクレアの自慢していた対魔物用大型ライフル、ブルーテイル」
呆れる程の破壊力だった。
豚神の巨体は、跡形も残っていない。
残骸らしきものが周囲に飛び散ってはいるものの、全く再生する気配はなかった。
絶命したと見て、間違いない。
だが、1つ問題が――
「うわっ! 臭っ! 何この臭い!? 死んでからまで、周囲に迷惑かけんじゃないわよ!」
エリーゼが鼻を押さえ悪態をついていると、水色の理力甲冑――レフィオーネ・アエラが、空からゆっくりと降りてくる。
スカート型の推進器から噴出される圧縮空気が、豚神の悪臭を押し流してくれた。
これでやっと、エリーゼは鼻から指を離すことができる。
『エリーゼ、大丈夫?』
「助かったわ、クレア。カッコ良かったわよ。肝心な時にいないウチのへっぽこ【ゴーレム使い】より、よっぽど男前ね」
『男前……。それって女の子に対しては、褒め言葉なの? ま、私は後輩からも、姐さんって呼ばれているからね。……嬉しくないけど』
勝利と生存の喜びを噛みしめるように、2人の戦姫は掛け合いをする。
その時だった。
『理力レーダーに反応! これは……』
「クレア! レフィオーネの肩を貸して!」
言うが早いか、エリーゼは機体表面にゴキブリの如く張り付く。
彼女は全高10mもある理力甲冑の肩まで、あっという間に這い上がった。
「嘘……でしょ?」
それは、信じたくない光景だった。
ジャングルの木々の上から頭を覗かせながら、のそりのそりとこちらに向かってくる存在。
倒したはずの豚神だ。
それも今度は、20体以上。
「豚神なんて言うからには、神様なんでしょう? 神様をそんなバーゲンセールみたいに出したら、ありがたみ減っちゃうんだから」
『エリーゼ、屈むわよ。振り落とされないで』
エリーゼの耳を傷めないよう、外部スピーカーのボリュームを絞ってクレアは警告した。
レフィオーネは、ゆっくり大地に膝を突く。
地面へと伸ばされた腕部を伝い、エリーゼは機体から降りた。
『エリーゼ。生身のアンタじゃ、太刀打ちできないわ。逃げなさい』
「クレアは……どうするの?」
『もちろん、あの豚神達を全滅させるわ』
「そんな! どう考えても、残弾が足りないでしょう!? ブルーテイル以外に、何か武装があるの?」
『心配しないで。1発の弾丸で、2体以上貫けばいいだけだから』
クレアほどのスナイパーなら、絵空事ではないのだろう。
実際エリーゼの仲間にも、2機のマシンゴーレムを1射で貫いたスナイパーがいる。
だがその返答は、ブルーテイル以外に武装はないと宣言しているようなものだった。
無謀だと感じたエリーゼは、静止の言葉を投げかけた。
しかしその前にレフィオーネは立ち上がり、推進器から圧縮空気の噴出が始まる。
轟音で、「待って」というエリーゼの言葉はかき消された。
蒼穹の騎士は、名残惜しそうに大地から離れる。
『エリーゼ。短い間だったけど、アンタと過ごした時間は楽しかったわ。妹がいたら、こんな感じだったのかもね。……またいつか、どこかで会いましょう』
今回の登場人物
●エリーゼ・エクシーズ:何だかんだでヒーローに助けられるヒロイン体質。っていうか、これでもヒロインなんです。
●クレア・ランバート:「天涯のアルヴァリス」序盤は姐さんって呼ばれてキレてたのに、後半は怒らなくなったなぁ……。
名前だけ登場の人
●安川賢紀:「解放のゴーレム使い」主人公。今回はヒーロー役を、クレアに奪われてしまった……。
用語解説
●〈タブリス〉「解放のゴーレム使い」主人公機。悪魔の如き風貌。作者と賢紀はマジでカッコイイと思っている。エリーゼはダセェと思っている。
●レフィオーネ「天涯のアルヴァリス」の世界では、初の飛行可能な理力甲冑。しかし、後からポコポコ量産型が……。