第6話 銀髪の戦姫たち、逃走する
エリーゼ・エクシーズの愛刀、【魔剣エスプリ】。
飾り気がなく、シャープで直線的なデザインの長剣である。
【魔剣エスプリ】は鉄ごしらえの鞘に収められたまま、1匹のオークに抱えられていた。
クレア・ランバートのライフルと違い、剣は武器だとオーク達も認識している。
だから取り戻されないよう、大事に抱えているのだ。
「突撃! 突撃ィー! どけどけどけー!」
「白銀の魔獣」は、空中を駆ける。
土で作られた舞台を蹴って、跳躍。
飛びかかってきたオークの顔面を、踏んづけて。
途中にあるテーブルを、足場にして。
最短距離で、剣を持ったオークへと迫る。
「剣を渡すなブヒ!」
仲間の指示に従い、剣を持ったまま逃げ出そうとするオーク。
だが走り出した瞬間、クレアのライフル弾が彼の心臓を撃ち抜いた。
それでも、オークの生命力は大したもの。
剣を取り戻されてなるものかと、こと切れる前に別の仲間へ放り投げる。
持ち主のエリーゼとは、逆の方向に。
回転しながら、別のオークの元へと飛んでいく剣。
仲間の遺志を託された彼は、命に代えてもキャッチし守り通すつもりだった。
しかし――
鋭い金属音と、飛び散る火花。
剣は回転方向を変え、逆再生のように戻っていく。
そして【魔剣エスプリ】は、本来の持ち主の元へと舞い戻った。
「ゴメン、エリーゼ。鞘を傷つけちゃった」
「へーき、へーき。元の世界に戻れたら、ウチの【ゴーレム使い】に修復させるから。……にしても、無茶苦茶な腕前ね。回転して飛んでる剣の鞘に、ピンポイントで銃弾を当てるなんて……。初対面の時、抵抗しなくて良かったわ」
100mは離れているせいで、小さくしか聞こえないクレアの謝罪。
それに対しエリーゼは、ひらひらと手を振って応じる。
そして剣をキャッチしようとした姿勢で固まったままのオークに、底冷えのする声で告げた。
偶然にも、浜辺でクレアの腕を捻り上げたオークだ。
「さて、私言ったわよね? 『クレアに何かしたら、あんたら全員バラバラに解体するわよ?』って」
「ブヒ! 腕を痛めつけて、悪かったブヒ! 殺さないで欲しいブヒ!」
ジリジリと後退するオークに対して、エリーゼは剣をスラリと抜きながら無造作に間合いを詰める。
「違うわ。腕の件もムカつくけど、あんた達はもっとクレアが傷つくことをやった」
「何も……まだ何もしてないブヒ!」
「『何もしてない』ですって? ……あんた達には、わからないでしょうね。好きでもない奴の花嫁にされることが、女の子にとってどれだけ屈辱かを」
悲鳴はなかった。
オークの首が宙を舞うより速く、エリーゼは横を走り抜ける。
血が噴き出す頃には、返り血のかからない距離まで彼女は移動していた。
「そんなことも分からないから、あんた達オークはモテないのよ」
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「クレア、怪我は無い?」
「無いわ。ついでに残弾も無いけど。エリーゼの方は……」
クレアはエリーゼの全身を観察し、絶句した。
20匹以上のオークを斬り捨てたはずなのに、全く返り血が付いていなかったからだ。
「これで全滅……よね? ひと安心かしら?」
言ったクレア自身、まだ警戒を解いてはいない。
「いえ、まだよ」
エリーゼの方も、油断なく周囲の気配を探る。
その時だ。
地面が揺れた。
「エリーゼ……。今のは……何?」
「クレア……。たぶん、豚神様とやらよ」
何度も何度も、地面が揺れる。
オークたちの住まいである、木造住居の屋根も。
ジャングルに茂る、木々の葉っぱも。
そしてクレアとエリーゼの内臓も、振動に揺さぶられていた。
「クレアの世界の魔物って、大きいものだとどれぐらい?」
「オニムカデっていうののボスは、100mぐらいになったりするわね」
「良かった。足音からして、これから戦うヤツはそこまで大きくはなさそうよ?」
「言っとくけど……。ルナシスでは大きい魔物って、理力甲冑に乗ってから相手するんだからね?」
「カーガイルでも、昔はともかく今ではマシンゴーレム搭乗よ。まあ私は生身の1対1で、でっかいドラゴン倒したことあるけど」
「なら今回も、エリーゼにお任せしちゃおうかしら? 私はもう、弾が無いし」
軽口は、緊張の裏返しだ。
次の相手はオーク達数十匹より、遥かに危険な相手。
銀髪の戦姫達は、本能的にそれを感じ取っていた。
ジャングルの木々をなぎ倒し、住民が全滅したオークの里に現れたソレは――
「……でっかいオーク?」
エリーゼの呟きは、疑問形だった。
現れた敵の身長は、10mほど。
固太り体型に豚っぽい鼻と、オークに似てはいる。
「ちょっと……違うんじゃない?」
クレアが否定するのには、理由がある。
オークモドキな巨人はなぜか体が半透明で、ぶよぶよしていたからだ。
しかも目や口も造りがぼやっとしていて、顔が判別できない。
判るのは、豚鼻ぐらいだ。
「何かこれって……。スライム系の魔物っぽいわよね? スライムが頑張って、人型に擬態しているような……。先手必勝! 【グラビトンマッシャー】!」
会話途中での不意打ち。
超重力魔法、【グラビトンマッシャー】。
先王の第4妃、エリーゼの亡き母イレッサ・エクシーズが得意とした強力な魔法。
敵周囲の重力を何倍にも増加させ、圧殺する。
豚神のように体重のありそうな相手には、絶大な効果が望めるはずだった。
だが――
「発動しない!?」
術式の構築は、完璧だった。
魔力も問題なく流れた。
しかし、超重力場は発生しない。
代わりに淡い光がエリーゼの手の平から零れ落ち、豚神の体へと吸い込まれていく。
「どうしたのエリーゼ? 魔法が使えなくなっちゃったの?」
「いえ……。使えはしたんだけど……。集めた魔力を吸われて、発動しなかった」
「魔法のことは、よくわからないんだけど……。つまり?」
「魔法が効かない……。逃げるわよー!」
豚神の巨体が、重量を感じさせない俊敏さで襲い掛かってきた。
飛び退くエリーゼ。
一瞬前まで彼女がいた地点に、巨大な手の平が振り下ろされる。
地面に打ちつけられた豚神の手は、ビチャリと濁った音を立てて弾けた。
だがすぐに、元の形へ戻ってしまう。
やはり、スライム感が漂っていた。
「クレア……。あなただけ逃げて」
「怒るわよ? 逃げるなら、エリーゼも一緒によ」
現在クレアとエリーゼの立ち位置は、豚神によって分断されてしまっている。
それでもクレアの中に、エリーゼを置いて逃げるという選択肢は無かった。
「一旦逃げて、持ってきて欲しいものがあるのよ」
「ああ、そういうことね。確かにこいつを倒すには、あれが必要よね」
理力甲冑、レフィオーネ・アエラ。
全高10mの巨体と、莫大な出力を誇る理力エンジン。
大空を自由に駆ける飛行能力。
そして豚神でも軽々撃ち抜けそうな対魔物用大型ライフル、ブルーテイルを有する機体。
「私が操縦できるんなら借りるけど、たぶん無理だから。……だからお願い。レフィオーネに乗って、私を助けにきて」
「分かったわ。戻ってくる前にやられたら、お姉さん怒るからね」
クレアは豚神に背を向けて、里の外へと走り出した。
豚神は、微動だにしない。
「やっぱり、あんたの狙いは私なのね? オーク達が言ってた、『実り』っていうのは魔道士。つまり大気中の魔素を取り込んで、魔力へと変換できる者達」
恐らくこの豚神、元はスライム系の魔物だ。
オークに似た体型は、この島のオーク達と共存するうちに擬態する知恵を身に付けたのだろう。
「あんたは生命維持に、魔力が必要なんでしょう? だけど自力で大気中から魔素を集めて、魔力を生み出す生体機能はない。違う?」
返答はない。
代わりにまた、手が襲い掛かって来た。
殴りつけようという動きではなく、捕まえようとする動きに見える。
エリーゼは、回避した拍子に見た。
豚神の透ける体内に、いくつかの白骨が浮かんでいるのを。
「『実り』は生贄にされ、体内に取り込まれるのね。つまりあんたは自分でエサを作れないから、他人が作り出したものを奪い取って生きる存在。……ま、そういう体に生まれついたことには同情するわ。だけどね……」
豚神に対し、くるりと背を向けたエリーゼ。
「だからって、私が食われてたまるか! コンチクショー!」
地を蹴って弾丸のように加速し、エリーゼはオークの里から消えた。
あっという間に、ジャングルの中へと飛び込んでしまったのだ。
エリーゼの動きと叫びに、しばらくあっけに取られていた豚神。
だがやがて、自らの空腹を思い出したかのようにのっそりと動き出した。
今回の登場人物
●エリーゼ・エクシーズ:白銀の魔獣という二つ名は、可愛くないので嫌い。
●クレア・ランバート:ユウの嫁だ! オークの嫁になるなど、strifeさんが許してもすぎモンは許さない。
名前だけ登場の人
●イレッサ・エクシーズ:エリーゼのお母さん。故人。エリーゼの胸部装甲は、彼女譲り。
用語解説
●オニムカデのボス:マジでかい。このお話参照。https://ncode.syosetu.com/n7706ev/21/
●ドラゴン:強大な魔物のはずだが、「解放のゴーレム使い」の中ではやられ役になることが多い。生身でも討伐できる奴らが、さらにロボに乗って戦うのはズルいと思う。