第5話 銀髪の戦姫たち、暴れる
クレア・ランバートと引き離されたエリーゼ・エクシーズは、オークの里中央にある広場へと連れて来られていた。
広場には土を固めて作られた、周囲より1段高くなっている舞台がある。
エリーゼの背中に縛り付けられていた丸太は、この舞台に突き立てるためのものだ。
舞台中央部で拘束されている、ロープぐるぐる巻き状態のエリーゼ。
彼女はこれまでの状況を思い返し、疑問を感じていた。
――おかしい。
自分に対し、紳士的過ぎると。
クレアに対し、最初の腕ねじり以外は暴力を振るわない。
これは分かる。
「我々オークの花嫁」と、リーダー格のオークは言った。
つまり彼女はこれから、オーク達の共有財産として扱われるのだろう。
やはりエリーゼの読み通り、なるべくなら花嫁を傷つけたくはないのだ。
浜辺で腕を折ると脅してきたのは、やむを得ずの行動。
では、エリーゼに対してはどうだ?
花嫁にはしたかったようだが、豚神様に捧げる「実り」とかいう存在らしい。
手を出せないとか言っていた。
いまエリーゼの周囲では、オーク達が宴の準備中である。
彼らは動き回りながら、エリーゼをねっとりとした視線で眺めまわしてくる。
若いオークの中には、興奮して舞台に上がって来ようとした者もいた。
しかし他のオークに殴られて、引きずり下ろされる。
手を出せないというのは、本当なようだ。
捕まる時も、妙だった。
縛られただけだったのだ。
明らかに戦闘要員のエリーゼに対しては、ある程度暴行を加え戦闘力を削いでおくのが得策だろう。
だが、それもない。
里へと連行されてくる間も、彼女は罵詈雑言を撒き散らし続けた。
それに対する、黙らせの暴行もない。
自分だったら間違いなくブン殴ると自信が持てる、反抗的な態度だったのに。
「なんか……やーな予感がするわね。オーク共の肉便器より、酷いものにされそうな……」
溜息交じりにぼやいてから、エリーゼは意識を背中に集中。
やはり縛り付けられているこの丸太も、何か特殊な樹木のようだ。
エリーゼの体から魔力が吸い出され、丸太の方へと流れ込んでゆく。
吸い出された魔力は、丸太の上端から空へと放たれていた。
そのせいで、上手く魔法を発動できない。
おそらく、「実り」云々は魔力絡み。
傷つけられないのは、体内の魔力回路に何かあっては困るから。
エリーゼは、そう推測していた。
思考を巡らせている間に、宴の準備は整った。
村中のオークが広場へと集まり、舞台を取り囲む。
クレアも連れてこられ、族長らしきオークの傍らへと座らされていた。
彼らはブヒー! ブヒー! と、何やら唱和している。
醜くやかましいだけのそれが祈りの歌だとは、クレアとエリーゼには全く分からなかった。
「ブヒィー! 花嫁の作った、素晴らしい料理を運んで来るブヒ!」
少々興奮気味な族長オークの号令で、木の器に入れられたスープらしき料理が運ばれてくる。
舞台の上で縛られているエリーゼの鼻にも、香辛料の効いた食欲をそそる匂いが届いた。
若干刺激臭っぽいのも混じっている気もするが、オークの香辛料はそういうものなんだろうとエリーゼは納得する。
「おお~! 新しい花嫁は、素晴らしい腕前だブヒ」
エリーゼの目にも、木製スプーンですくわれたスープの具が見えた。
野菜も肉も、恐ろしく均一かつ整った形に切りそろえられている。
汁も旨味を感じさせる、絶妙な濁り方をしていた。
「クレアって、料理上手なのねえ……」
エリーゼは、そんなに料理上手ではない。
肉を丸のまま焼いたり、適当に食材をブッ込んだスープだったりとかワイルドな調理しかできないのだ。
食材の切り方も雑。
酷い時は包丁もまな板も使わず、空中に放り投げた食材を剣で切り刻んでしまう。
なぜか味付けだけは、美味しく仕上がるのだが。
見た目が美しく、匂いも食欲をそそるクレアの料理。
エリーゼはその腕前を、羨ましく感じていた。
「ブヒヒヒ……。美味い、美味いブヒよ。舌が痺れるだブヒ……。ブ……ブヒ? し……舌だけじゃなく。手足も痺れ……」
「ブヒ~、ブヒヒヒ~。花嫁が、花嫁が何人も見えるブヒ。そんないっぺんに、相手できないブヒよ~」
――始まった。
クレアは自分の作戦通りに、オーク達が料理のおいしさに酔いしれて隙を見せ始めたのだと確信していた。
何だか痺れて倒れたり、幻覚を見てフラフラとしているオークもいるようだが、それだけ自分の料理が素晴らしかったのだろう。
隣に居た族長オークも、料理を口に運ぶうちに虚ろな目をしてビクンビクンし始めた。
――チャンスだ。
クレアはそろりと族長の傍を離れ、自分のライフルを探し始めた。
(あった!)
オーク達はそれを武器だと認識していないのか、テーブルの上に放置されている。
その周囲には、誰もいない。
慎重に、だがさり気なく。
クレアがそっとテーブルに近づき、ライフルへと手を伸ばそうとした時――
「お前! 料理に何を入れたブヒか!」
怒りの籠った、誰何の声。
料理を口にしていない、正気なオークに呼び止められてしまった。
「何って……。普通の食材しか、入れてないわよ」
ライフルに背を向けて、オークの質問にクールな声で答えるクレア。
これは本当のことだ。
クレアはオーク達が普段から使っている、ありきたりな食材と香辛料しか使用していない。
「嘘つくなブヒ! 調理場で味見をした連中も、意識不明のまま目を覚まさないブヒ!」
「私の料理が、夢心地な味だったんでしょ?」
恐ろしいことに、クレアは本気だ。
彼女は自分の料理に、自信を持っていた。
確かに昔と比べると、かなり上手くなったといえる。
かつてクレアの料理は――それはもう酷かった。
形容しがたい色味の汁。
皮が付いたまま、大小バラバラに切断された具材。
どこかおかしい匂い。
食べた者を失神させる、衝撃的な味。
クレアの料理は陰で、生物・化学兵器と称されていた。
それをクレアは、本人の努力とユウ・ナカムラという師の助けにより克服したのだ。
仕上がりの見た目や匂いは普通になったし、味もまあまあ食べられるようになった。
しかし、人の本質はそうそう変わるものではない。
自分の料理を客観的に評価できないのは相変わらずだし、今でも時々強烈な個性が顔を覗かせる。
今回は見た目・匂い共に素晴らしいのに、食べると体調と精神に異常をきたすという危険なスープが爆誕してしまった。
これは毒を入れたと思われても、仕方がない。
「とにかく、族長の傍に戻……」
「うぉうらぁあーーーーっ!」
正気オークの声は、非常識な音量の気合にかき消される。
気合の発生源である舞台の中心では、エリーゼがこれまた非常識な行動をしていた。
丸太に縛り付けられていた彼女は、地面にしっかり埋められていたその丸太を筋力で引っこ抜いたのだ。
「ブヒ! なんて馬鹿力……」
「エリーゼ! 横向いて!」
何で? などといちいち尋ねない。
エリーゼはクレアの指示を瞬時に信頼し、丸太を背負ったまま横を向いた。
その瞬間、丸太と彼女を縛り付けていたロープがはらりと解けて地面に落ちる。
「ナイス! クレア!」
クレアの放ったライフル弾が、ロープを切断したのだ。
着弾の衝撃を、エリーゼはほとんど感じなかった。
それはつまり、丸太には全く当てずロープだけを撃ち抜いたということ。
クレアの絶技に、エリーゼはぶるりと背中を震わせる。
自由になったエリーゼは、クレアの方へと視線を向けた。
最初に彼女の安全を、確保すべきかと考えたのだ。
しかし3匹、4匹と穴の開いたオーク死体を量産していくクレアを見て、行動の優先順位を変える。
今、優先すべきは――
「……見つけた! 私の剣を、返せぇえええっ!」
今回の登場人物
●エリーゼ・エクシーズ:今回のコラボの主役。くっそ怪力。
●クレア・ランバート:今回のコラボの主役。狙撃の腕は一流。料理の腕はBC兵器。
名前だけ登場の人
●ユウ・ナカムラ:「天涯のアルヴァリス」の主人公。料理上手。
用語解説
●肉便器:良い子は知らなくていいです。