第4話 銀髪の戦姫たち、攫われる
クレア・ランバートの背後にいる存在へと、エリーゼ・エクシーズは魔剣の切先を向ける。
しかし狼藉者は口を押えるだけでは飽き足らず、クレアの腕を背中へと捻り上げてしまった。
同時に、彼女を拘束しているのとは別の者がライフルを拾い上げる。
敵は複数だ。
「ブ……ブヒブヒ。美しいメス……。我々オークの花嫁に、相応しいブヒ」
薄汚れた緑の肌に、固太りな体躯。
豚っ鼻と、口からはみ出た牙。
動物の皮らしき衣服で体を覆った、かろうじて人型の種族。
「オークぅ?」
エリーゼは眉間に皺を寄せ、不快感を露わにした。
理由はオークという種族の生態が、種族を問わずあらゆる女性の敵と言える存在だからだ。
彼らはオスしか生まれない。
自分達オークだけで、繁殖することができないのだ。
そこでどうやって数を増やすのかというと、他種族の女性を攫い、犯し、孕ませるのだ。
好かれようはずもない。
一応エリーゼの治めるルータス王国は多種族国家なので、法を守れるオークなら受け入れる姿勢だ。
だがそこまでして王国民になりたがるオークは、今のところ皆無である。
この不思議な島のオークも、同じ生態である可能性が高い。
「花嫁だけじゃないブヒ。実りだブヒ。豚神様に捧げる、実りも手に入るブヒ。めでたい、じつにめでたいブヒ」
「花嫁」とはクレア、「実り」とはエリーゼを指している。
オークの台詞と視線の動きから、2人はそれに気づいた。
「何よ『実り』って? めでたいとか言ってるけど、それって絶対私達にはめでたくないヤツよね? クレアに何かしたら、次の瞬間あんたら全員バラバラに解体するわよ?」
クレアは思い至る。
「実り」とは、エリーゼの胸元でたわわに実っているそれのことではないかと。
「そこのロリおっぱい。無駄な抵抗はやめるブヒ。仲間の腕を、へし折るブヒよ?」
オークは腕を捻り上げる、力を強める。
すると緑色の手の下から、クレアの呻き声が漏れた。
「ハッ! 自分達の花嫁なんでしょう? それを自らの手で傷物にするなんて、馬鹿げているわ」
エリーゼ・エクシーズという少女には、ドライな面もある。
本質は、決して冷酷ではない。
だが数々の戦闘経験と一国の女王であるという立場から、取捨選択するのに慣れてしまっているのだ。
人質を取られたら、人質ごと斬り伏せる。
それで痛む心は持ち合わせているが、必要とあればやる。
やれる少女だ。
しかし――
「ブッヒッヒッヒッ。腕1本ぐらい無い方が、従順な花嫁になりそうブヒよ」
捻り上げる力がさらに強まったのを、エリーゼは見て取った。
クレアの腕に、激痛が走っているのは間違いない。
だが、今度は苦悶の呻き声が漏れなかった。
それどころか、痛そうな素振りすら全く見せない。
クレア・ランバートはただ静かに、凍れる赤き瞳でオークを睨みつけている。
クレアと同じく視力の優れたエリーゼには、見えていた。
見えてしまった。
彼女の額にびっしりと、脂汗が浮かんでいるのが。
「チッ! しゃーないわね! ホラ、これが望みなんでしょう?」
エリーゼは【魔剣エスプリ】を納刀し、鞘ごとオーク達へと放り投げる。
彼女には、できなかった。
クレアの腕を、犠牲にすることが。
クレアとエリーゼが一緒に過ごした時間は短く、交わした言葉もまだまだ少ない。
それでもエリーゼは、自分とそっくりの銀髪を持つクレアを姉のように思ってしまった。
クールに見えて嫉妬深く、可愛らしい面もある姉だ。
戦争で6人の兄と姉を全員失った末っ子エリーゼにとって、もはやクレアは切り捨てることができない存在になってしまっていた。
「ぷはっ! エリーゼ……どうして……?」
オークの手から解放された口で、クレアは悲し気に問いかける。
「だいじょーぶ! 私にまっかせなさい! ちゃーんと考えがあるんだから!」
エリーゼは豊かな胸を、拳でドンと叩いて自信アピールをする。
しかし、クレアはこう予想していた。
「この子は考えるの、苦手そうだ」と。
そしてそれは、大当たりだったりする。
「本当はロリおっぱいの方も花嫁にしたかったブヒが、実りなら手を出せないから仕方ないブヒ。縛り上げるブヒよ!」
クレアを取り押さえているオークがリーダー格らしく、周囲へと号令を飛ばず。
大勢のオーク達に取り囲まれたエリーゼは、あっという間にロープでぐるぐる巻きにされてしまった。
しかも運びやすくするためか、背中には太い丸太が通されている。
「ふっふっふっ……。私の怪力を、甘く見ないことね。こんなロープ、引きちぎるぐらいわけな……アレ? 何かこのロープ……びよんびよんして、力が入らない?」
「馬鹿だブヒ。そのロープは、伸縮性のある植物から作られているブヒよ。力任せでは、引きちぎるなんて無理だブヒ」
「何ですってー!? 馬鹿とは何よ!? 失礼ね!」
オークから馬鹿呼ばわりされたエリーゼは、首をブンブン振り回して怒りと悔しさを撒き散らす。
そんな様子を見ていたクレアは、こう思ってしまったのだ。
「馬鹿な妹を持つ姉って、こういう気分なのかもしれない」と。
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クレアは恋人との仲を裂かれる、悲劇のヒロインっぽく引っ張られて。
エリーゼは猟師に仕留められた獲物の如く担がれて、島の中央部――ジャングルの奥へと連れていかれる。
「クレア~。あなたのレフィオーネ・アエラ、大丈夫かしら? このオーク達に、壊されちゃったりしない?」
ロープミノムシエリーゼは首を器用にクレアの方へ向け、心配事を口にした。
「大丈夫よ。操縦席のハッチは閉じて来たから、開けられないと思うわ。外からなら、壊しようがないし」
「我々は、あんな鉄人形に興味ないブヒ。花嫁よ、黙って歩けだブヒ」
そう凄まれて、クレアは沈黙したまま歩き続ける。
代わりに口が、高速回転大車輪だったのはエリーゼだ。
やれオーク達の体臭が臭い。
やれ運ぶ時に揺らすな、下手クソ。
やれどいつもこいつも童貞っぽい。
やれ攫って来た相手でないと勃たないのか、腰抜け共。
しまいにはクレアが耳を覆いたくなるほど、汚くて恥ずかしい下ネタを連発し始めた。
「やめなさい、エリーゼ。女の子がそんな下品なこと、言うもんじゃないわ」
エリーゼを諫めることに関しては、クレアに黙れと言うオークはいない。
「なーに言ってるのよ、クレア。この程度の下ネタ、ルータス王国騎士団では、日常茶飯事だったのよ? カマトトぶってたら、体育会系組織ではやっていけないわ。あなただって、軍人だったんでしょう?」
「オバディア教官だって、こんなことは言わないわね……」
「あ……あれ? ひょっとして他国の軍事組織って、全然違ったりする? 下ネタ飛び交うのは、王国騎士団だけ?」
自らの基礎を築き上げた古巣組織のあり方に対し、エリーゼが疑念を抱いた瞬間だった。
唐突に、ジャングルが開ける。
ジャングル中央部にある広場。
そこにあったのは、オーク達の里だ。
簡易的ながらも、それなりにしっかりした木造の家。
それらを20軒ほど建て、オーク達は生活を営んでいた。
「花嫁よ。お前はさっそく、花嫁修業に入ってもらうブヒ。まずは調理担当オークから、我々の料理を教わるブヒ」
クレアはエリーゼと引き離された。
そして調理担当らしいオーク達に連れられ、大きな建物へと向かって行く。
恐らくそこが、里全体の調理場だ。
その時、クレアの脳裏に素晴らしい作戦が閃いた。
――彼らを骨抜きにするほど、おいしい料理を作ったらどうなるだろう?
食事に夢中となったオーク達は、隙ができるのではないのか?
そこをついてライフルを取り戻したり、エリーゼを救出し共闘してもらう――これは妙案だ!
「終戦後は、かなり腕を上げたからね。本気の料理、見せてあげるわ」
かつてクレアが所属したホワイトスワン隊のメンバーが聞いたら、こう確信しただろう。
オークの里は、今日で歴史の幕を閉じると。
今回の登場人物
●エリーゼ・エクシーズ:結構下ネタを吐く。「解放のゴーレム使い」本編ではゲロも吐いた。
●クレア・ランバート:料理の腕前は「天涯のアルヴァリス」を読むべし。https://ncode.syosetu.com/n7706ev/19/
名前だけ登場の人
●オバディア教官:クレア達を鍛えた人。厳しいが、エリーゼみたいに下品な下ネタは吐かない模様。
用語解説
●レフィオーネ:クレアの愛機。スカートみたいなスラスターがチャームポイント。https://ncode.syosetu.com/n7706ev/199/
●ホワイトスワン隊:「天涯のアルヴァリス」での、クレアの仲間達。「姐さんに料理させたらダメ―!」