第2話 銀髪の戦姫たち、邂逅する
「これは……マシンゴーレムじゃ……ない?」
砂煙を上げながら海岸線を爆走し、エリーゼ・エクシーズは謎の人型機動兵器の近くへとたどり着いた。
それは確かに、人型機動兵器で間違いはなさそうだ。
人が操縦者として乗り込み、戦闘を行うためのもの。
だが彼女が慣れ親しんだマシンゴーレムとは、相違点があった。
まずはサイズ。
人工筋肉駆動の一般的な第2世代型マシンゴーレムより、大きい。
膝を突いているので推測しかできないが、立てば全高は10mほどあるだろう。
エリーゼの愛機、RHRー1〈テルプシコーレ〉は8mしかないのに。
もうひとつ異なるのが、装甲板の形状だ。
この機体が持つ水色の装甲板は、騎士達が身につけるような鎧に似ている。
マシンゴーレムのもの。
特に最新鋭機は走行時の空気抵抗を軽減するため、シャープで滑らかな形状の装甲板を多用するものなのだが。
(マシンゴーレムってファンタジー世界のロボなのに、デザインはミリタリー系リアルロボだよな。もっと……こう……騎士っぽい、いかにもファンタジーロボな機体を作る奴はいないものか?)
マシンゴーレムオタクの安川賢紀は、かつてエリーゼにそう語ったことがある。
当時の彼女にとっては、【ゴーレム使い】が何を言ってるのかさっぱりだった。
しかし目の前にあるこの機体こそ、いかにもなファンタジーロボとやらなのかもしれない。
「……似ているわね。全体の雰囲気は、ケンキの〈タブリス〉に」
極限まで軽量化され、スリムでエッジの効いたシルエット。
それは【ゴーレム使い】の愛機である制空戦闘用マシンゴーレム、XMG-0〈タブリス〉を連想させるものだった。
「腰のスカートみたいなのはたぶん、推進器よね? まさかこの機体、飛行できるのかしら?」
だとしたら、脅威だ。
エリーゼの故郷であるエンス大陸に、マシンゴーレムを生産・運用している国家はいくつかある。
だが継続飛行が可能な機体は、賢紀の〈タブリス〉を含めて2機しか存在しない。
新大陸に飛行可能な人型機動兵器を有する組織が存在するのだとしたら、敵対は避けたい。
航空兵器の恐ろしさは、〈タブリス〉でよく分かっているのだから。
「武装は……これってライフル? 電磁加速砲では、なさそうだけど……。爆炎魔法炸薬式なのかし……」
突然エリーゼの足元、右足から10cmの距離で砂浜が爆ぜた。
小さく砂埃が巻き上がるより一瞬前に、彼女は体を反転。
背負った【魔剣エスプリ】の留め金を外し、いつでも引き抜けるよう身構える。
「理力甲冑から、離れなさい」
反転したエリーゼが、向いた先。
海とは反対にある高さ3m程の岩棚の上に、1人の女性が立っていた。
対人用ライフルの銃口を、エリーゼに向けて。
服装は、マシンゴーレムの整備兵が着用するようなツナギ。
上半身は脱ぎ、袖を腰に巻き付けている。
そのため腰から上を覆っているのは、薄手のタンクトップだけだ。
スラリと背が高く、身長は175cmの賢紀と同じぐらいある。
背が低いことがコンプレックスであるエリーゼにとって、そのスタイルは嫉妬の対象であった。
「子供かと思ったのに……おっきい……」
小さいことを気にしている自分に、大きいとは皮肉かと腹を立てたエリーゼ。
しかしすぐに、身長の話ではないと気づいた。
女性の胸部装甲がスマートで、全然タンクトップを押し上げていなかったからだ。
この部分は、エリーゼの圧勝であった。
誇らしげに胸を張った彼女に、今度はライフルの女性が腹を立てた。
怒りのこもった、赤い瞳を向けてくる。
エリーゼの方も臨戦態勢の殺気を込めて、緑色の瞳で女性を見返す。
スタイルも瞳の色も全然違う2人だったが、ひとつだけそっくりな点があった。
潮風になびく頭髪が、共に長く美しい銀髪だという点だ。
「子供でも、剣を持っている子には容赦できないわ。もういちど言うわよ? 理力甲冑から、離れなさい」
「リリョクカッチュー? この機体は、マシンゴーレムじゃないの?」
「ましんごーれむ? あなたいったい、何を言っているの?」
幸いにも、お互いに言語は通じた。
だが相手の言っている内容が理解できず、両者は警戒を緩めることができない。
距離は約15m。
超人的な跳躍力を誇るエリーゼにとっては、一足一刀の間合い。
しかし彼女の本能は、警告していた。
「迂闊に斬りかかるべきではない」と。
目の前にいるライフルの女性からは、危険な香りが漂ってくる。
それはエリーゼと共に戦場を駆け抜けた仲間である、三ツ目ハーフエルフのスナイパーが纏う雰囲気とよく似ていた。
マシンゴーレム搭乗時は20km離れた標的を、電磁加速砲で鼻歌交じりに撃ち抜くハーフエルフである。
目の前の女性は、それと同レベルの悪魔的狙撃手。
エリーゼは、そう結論づけた。
――迂闊に斬りかかるべきではないなら、魔法による牽制を入れるか?
だがそれも得策ではないと、またまた本能が訴える。
理由は、この場所の大気だ。
魔法の行使に必要な魔素は、この辺りの大気にも含まれている。
しかし、何か余計なエネルギーを感じるのだ。
魔素、マナ、瘴気のどれでもない、第4のエネルギーを。
それが魔法の術式展開に、悪影響を与えないとも限らない。
もし、攻撃魔法の狙いを外せば――
あるいは発動に手間取れば――
次の瞬間にはライフル弾が、エリーゼの眉間を撃ち抜くだろう。
一気に斬りかかるのも危険。
魔法で牽制するのも危険。
そこで、エリーゼの出した結論は――
「わかったわ、降参よ。このリリョクカッチュー? からは離れるから、撃たないでくれる?」
エリーゼは剣の柄から手を離し、両手をライフルの女性に掲げる。
「アンタ、聞き分けのいい子ね。お姉さんはそういう子、大好きよ」
ライフルの女性は警戒こそ緩めていないものの、銃口はエリーゼから外してくれた。
「失礼ね! 子供扱いしないでくれる!? 私、これでも17歳なのよ? 成人なのよ? ドワーフと人間のハーフだから、ちょっと背が低いだけなのよ?」
「そうなの? てっきり、12歳ぐらいだとばかり……。そうよね。そんなネーナ並みのサイズで、子供ってことは有り得ないわよね……。はあ、羨ましい。嫉妬しちゃうわ」
「私もあなたのスラッとした身長に、嫉妬しちゃいそう」
数秒の沈黙。
その直後、2人は堪え切れずに噴き出した。
「『隣の芝生は青く見える』ってヤツね」
「へえ。アムリア大陸と同じ諺が、この島にもあるのねえ……」
「これは私が育った、エンス大陸の諺よ。あなた、ここの人じゃないの? それに島? ここって島なの?」
「えっ? アンタも別大陸から来たの? ふーん。どうやら敵じゃないみたいね。ねえ、少し情報交換しない?」
「いいわ。私の名前はエリーゼ。エリーゼ・エクシーズ。探し物をして、世界各地を調査しているの」
「御同業……みたいね。新大陸調査隊のクレア・ランバートよ。クレアって呼んで。よろしくね、エリーゼ」
エリーゼは高さ約3mの岩壁に、一足飛びでヒラリと飛び乗った。
その身軽さにクレアは目を丸くするが、構わずにエリーゼは右手を差し出す。
少しの緊張感は残しつつも、彼女はしっかりその手を取った。
今回の登場人物
●エリーゼ・エクシーズ:今回のコラボの主役。背は低いが、胸部装甲がブ厚い。
●クレア・ランバート:「天涯のアルヴァリス」ヒロインにして、今回のコラボの主役。背はスラリと高いが、胸部装甲は控えめ。
名前だけ登場の人
●ネーナ・ウル・ラント・オーバルディア:「天涯のアルヴァリス」に登場するキャラ。胸部装甲が厚いタイプ。今回のコラボには出ません。
用語解説
●理力甲冑:「天涯のアルヴァリス」側のロボ。全高約10m。ファンタジーロボらしく、ちゃんと騎士っぽい。
●マシンゴーレム:「解放のゴーレム使い」側のロボ。ファンタジーロボなのに騎士っぽくない理由として、元々は錬金術師が操るゴーレムから進化したからというそれっぽい設定がある。本当の理由は、作者がひねくれているからである。
●〈テルプシコーレ〉:エリーゼの愛機。「突撃してぶった斬る」に特化した脳筋仕様。
●〈タブリス〉:「解放のゴーレム使い」主人公機。どっからどう見ても悪役機なデザイン。
●魔素、マナ、瘴気:不思議なパワァ。これが大気中にあるとマシンゴーレムが動く。
●第4のエネルギー:アルヴァリスの世界にある、アレですよ、アレ! 理力!