最終話 銀髪の戦姫たち、きっとまた巡り合う
日が傾いた海岸線に、4人の男女が立っていた。
その背後には、全高10mの巨人。
理力甲冑レフィオーネ・アエラと、アルヴァリス・ノトーリア。
共に砂浜に膝を突き、自らの乗り手達を見守っていた。
「ケンキさん、助かりました。あんな臭い粘液まみれでアルヴァリスを持ち帰ったら、先生に殺されるところでした」
お礼を述べたのは、黒髪の優し気な青年。
それに応じたのは同じ黒髪だが、無表情で何を考えているんだかわからない青年だ。
「気にするな、ユウ。俺の能力なら、機体を清掃するぐらい大した手間じゃない。それに粘液まみれになったのは、ウチの魔獣娘のせいだからな。こちらこそ、迷惑かけた」
【ゴーレム使い】が持つ能力のひとつ【ファクトリー】は、異次元に大量の物資を投げ込んでおけるアイテムストレージというだけではない。
中でマシンゴーレムの修理や整備を行ったり、新型機を開発・製造なども行えるチートな能力。
安川賢紀はアルヴァリスを格納し、粘液まみれになった機体を綺麗に清掃したのだ。
一緒にレフィオーネも格納し、修復を試みた。
しかしマシンゴーレムと理力甲冑では人工筋肉の素材が違ったため、断念している。
「ついでにアルヴァリスの見た目を、もっとカッコよく改造しても良かったんだが……俺の〈タブリス〉みたいに」
「いえ! それは遠慮しておきます! 僕は今のアルヴァリスで、充分カッコいいと思っているんで!」
どこからどう見ても悪役機にしか見えないXMG-0〈タブリス〉の姿を思い返し、ユウ・ナカムラは激しく首を横に振る。
あのデザインセンスは、ユウには理解し難いものだ。
しかも勝手にアルヴァリスを改造なんてしたら、設計・開発者からどんな制裁を受けるかわかったものではない。
スパナで殴られる程度では、済まないかもしれない。
「なあ、ユウ。お前は日本に、帰りたいと思ったことはあるか?」
「たまに日本文化が、恋しくなることもありますけどね。だけど僕が生きて行く場所は、クレアの隣だから」
「……そうか。俺も魔獣娘を、野放しにはしておけないからな」
すれ違いざまに、2人の元日本人はハイタッチをかわす。
まるで、故郷との別れを告げるかのように。
「おーおー。男どもは、カッコつけちゃって。クレア聞いた? 『僕の生きて行く場所は、クレアの隣だから』ですって。妬けるわね」
「ユウったら……もう! いつもあんな風に言い切ってくれるなら、私も不安にならないのに……」
少し離れた場所から、クレア・ランバートとエリーゼ・エクシーズは男達のやり取りを見つめていた。
「クレア……。もうすぐお別れね。あなたと一緒にいると、死んだ姉様達が戻ってきてくれたみたいで楽しかったわ」
「エリーゼ、私もよ。アンタと話していると、妹ができたみたいだった。会えなくなるのは、寂しいわね……」
赤い瞳と、緑の瞳が見つめ合う。
2人の長い銀髪は、夕日の色に染まっていた。
「あっ! そうだ! いいものあげる! ケンキ! 【ファクトリー】から、あれ出して! また新しく、予備を作ったって言ってたじゃない」
エリーゼは賢紀の元へと駆け寄ると何かを受け取り、再びクレアの近くへと戻ってきた。
「何? こんな綺麗なペンダント、貰っちゃっていいの? これって、エリーゼが首から下げてるのと同じ?」
「そう。これは、『星天使の涙』っていう鉱石で作られたペンダント。これに向かって祈るとね、『助けて』って思いが相手に届くの。次元の壁を、世界の壁を飛び越えてね」
「そっか……。ありがとう。エリーゼが助けを求めたら、私がカーガイルまで弾丸を撃ちこむからね」
「私もクレアがピンチになったら、ルナシスまで斬り込むわ」
銀髪の戦姫達は、固く抱擁を交わした。
これは最後の別れじゃない。
いつかきっと、また巡り合う。
再会を約束する抱擁だ。
ユウに促されて、クレアはレフィオーネに乗り込んだ。
理力エンジンの甲高い独特な駆動音が、砂浜に響き渡る。
〈トライエレメントリアクター〉の吸気音とは違う、異世界の音色。
〈タブリス〉が〈空間歪曲障壁〉で開けた空間の穴へと、2機の理力甲冑は歩を進める。
レフィオーネの背に向けて、エリーゼは手を振り続けた。
小さな背を目いっぱい伸ばし、体全体を使って。
何度も、何度も大きく。
レフィオーネが、見えなくなるまで。
やがて空間の穴は消え失せ、理力エンジンの駆動音も聞こえなくなった。
代わりに聞こえるのは、押し寄せる波の音だけだ。
エリーゼがしばらく佇んでいると、肩の辺りに何かが降ってきた。
それは青白い蛍火。
理力に反応した粒子。
エリーゼがそっと手を触れると、光の粒子は微かな温かみを残し――消えた。
「帰ろう、エリーゼ」
「……うん」
踵を返し、自分が転移してきた地点へと歩き出そうとするエリーゼ。
だがその肩を、賢紀が掴んで引き止めた。
「待て、エリーゼ。お前、足首を痛めてるな?」
「へ? 何言ってるのケンキ? この私が、怪我なんて……あっ、ホントに痛いわ。気が付かなかった。スライムの体内を突き抜けて着地した時、フットペダルを踏んづけ過ぎたのかしらね?」
これぐらいの怪我なら、回復魔法ですぐ癒せる。
自分で治してもいいが、エリーゼは賢紀に甘えたい気分だった。
「回復魔法かけてよ」と言おうとした瞬間、【ゴーレム使い】はエリーゼに背を向けた。
エリーゼは驚く。
賢紀がそのまま、砂浜に膝を突いたからだ。
「乗れ」
「は? え? 乗れって……。まさか、おんぶ? 嫌よ! 恥ずかしい! 子供じゃないんだから……」
「怪我人に、大人も子供も関係あるか」
「あなたの回復魔法なら、これぐらいの怪我すぐに治せるでしょう?」
「歩きながら治してやる。いいから早く乗れ」
エリーゼは渋々と、内心では嬉々として賢紀の背に乗った。
日頃彼女は賢紀を「貧弱、貧弱」とからかうが、それはあくまで超人的な身体能力を持つ自分達と比べての話。
一般的な成人男性としては、充分鍛えられた背中をしている。
筋肉質で男性的な背中を意識してしまい、照れくさくなったエリーゼ。
彼女は気を紛らわそうと、他愛ない話を始めてしまった。
「そういえば随分すんなりと、『星天使の涙』をクレアにあげることに賛成したわね。あれって、貴重な鉱石でしょう? もっとゴネるかと思っていたわ」
「あれは対価だ。クレアさんとユウからは、色々ともらっているからな」
「ケンキ……まさか……? レフィオーネとアルヴァリスを、やたらペタペタ触っていると思ったら……。機体情報を、吸い出したの!?」
【ゴーレム使い】の能力のひとつ、【ゴーレム解析】。
手を触れただけで、対象機体の情報をまるっとコピーしてしまう。
開発者や設計者が聞いたら、発狂しそうなチートスキルだ。
本当に、まるっとだ。
材料さえあれば、簡単にコピー機を作ってしまえるほどに。
「理力甲冑も、ゴーレムの仲間なの?」
「ロボはみんな、ゴーレムなんだろう。俺はそう考えることにした」
「本当に、無茶苦茶な能力ね~。マシンゴーレムに、理力エンジンが載る日も近いか……」
「カーガイルでは手に入らない素材もあるから、すぐには無理だ。……それにしても、理力エンジンを設計・開発した人は天才だな。いちど会って、話をしてみたいもんだ」
「……その人とケンキは、絶対会わせちゃいけない予感がするわ。世界が終わる気がする。それも、カーガイルとルナシス両方が」
足首の治療は、とっくの昔に終わっていた。
なのにエリーゼは、賢紀の背から下りるとは言い出さない。
賢紀も下りろとは言わない。
ただひたすらに、歩き続けている。
「ねえケンキ。私、怖かったわ。突然あなたがいなくなっちゃって、とても心細かった……」
大した返事は、期待していない。
どうせこの無愛想【ゴーレム使い】は、ぶっきらぼうに「ああ」とか「そうか」とか答えて終わりなのだ。
そう思っていたエリーゼだったが――
「……俺もだよ」
返答を聞いた彼女は、賢紀の背中にもたれかかった。
大きく、力強い鼓動が、エリーゼの胸の奥まで心地よく響く。
「うん……。心配かけてごめんね、ケンキ……」
結局最後までエリーゼは、賢紀の背から下りなかった。
今まで読んで下さって、ありがとうございます。
本コラボはこれにて完結となります。
これを機会に「天涯のアルヴァリス」、「解放のゴーレム使い」本編にも興味を持っていただけたら幸いです。
2作共に本編完結済みではありますが、完結後に新たな冒険へと旅立った物語。
ひょっとしたらひょっとして、まだまだアフターストーリーがあったりとか?
快くコラボを受け入れて下さったstrifeさん、ありがとうございました。
クレア、ユウ、レフィオーネ、アルヴァリス、お疲れ様。
みなさんまたいつか、どこかでお会いしましょう。