第12話 銀髪の戦姫たち、突撃してぶった斬る
「うわー! 深い深い! クレアったら、ずいぶん深く抉ったのね」
巨大スライムの体内。
粘液のトンネルを駆け抜けながら、エリーゼ・エクシーズは呑気な感想を漏らす。
クレアが放った砲弾は圧倒的な運動エネルギーにより、スライムの巨体を深く、大きく抉っていた。
おかげで全高8mのマシンゴーレムでも、悠々と進入することができる。
体内突入前、エリーゼがクレアに対して語った「考え」とは――
「突撃してぶった斬る。シンプルでいいじゃない!」
もはや考えとは言えない、実に単純明快な作戦であった。
「さあ、そろそろ穴の最深部! いっくわよー!」
〈テルプシコーレ〉のメイン武装である、単分子ブレード〈魔剣イクオス〉。
この剣は通常時、地味なガンメタリックの刀身をしている。
そこにマシンゴーレムの動力源である〈トライエレメントリアクター〉からの莫大な魔力を注ぎ込むことで、刀身は緑色の輝きを放つのだ。
エリーゼ生来の魔力の色。
彼女の瞳と同じ、緑色に。
刀身を魔力が伝い、緑の太陽が出現した。
「命、取ったらぁ~!」
安川賢紀の生まれ育った国では、突撃する時にこう叫ぶのが習わしらしい。
エリーゼはその慣習に従い、魔剣を腰だめに構える。
推進器出力100%。
粘液トンネル内を、衝撃波が反響する。
〈テルプシコーレ〉の速度が、音速を突破したのだ。
トンネル最深部へと到達したエリーゼは、その勢いのまま魔剣を突き立てる。
閃光と火花が飛び散った。
自らを砲弾と化した〈テルプシコーレ〉は、クレアに抉られた巨大スライムの体内をさらに深く抉る。
魔力を吸収する性質があるスライムには、多少魔力を吸われてしまう。
それでも〈トライエレメントリアクター〉の発生させる魔力は、その吸収量を遥かに上回っていた。
しかし――
「げっ! げげっ! 思ったより、貫けない!」
最初の数十mこそ勢いよく壁を掘り進んでいたものの、徐々にその勢いは失われ始めた。
それだけではなく、再生を始めた粘液の壁に押し戻されつつある。
「ヤバいヤバいヤバい! このままじゃ体外に押し出されるどころか、下手すりゃ取り込まれちゃうかも?」
『エリーゼ、生きてる?』
唐突に入ったクレアからの無線に、エリーゼは不思議な安堵感を覚えた。
『クレア! 何とか生きてるわよ! だけどピンチね。スライムの再生力に、押し負けそう』
『ゴメン。今の私じゃ、どうすることも……』
『いいっていいって。クレアはもう、自分の仕事を終えたんだから。ウチのケンキは、どうしてる? あいつはサボってないで、手伝いにきて欲しいんだけど?』
『なんか地面に倒れた拍子に、〈タブリス〉の推進器ユニットが折れちゃったみたいよ?』
『はぁー!? 操縦者に似て、貧弱な機体ね! 作ったのも貧弱【ゴーレム使い】だから、当然か……。しゃーない! もちっと1人で、頑張ってみるわ!』
そう言ってエリーゼは、〈魔剣イクオス〉を握る力を強めた。
助けは期待できない。
ここは自分だけで、何とかするしか――
『1人じゃないわ』
『クレアが応援してるからってヤツ?』
『ううん、そういう精神論じゃなくって……。助っ人が、そっちに行ったわ。すごく頼りにしていい助っ人が……』
『助っ人? クレアでも、ケンキでもないんでしょ? 誰?』
『さっき【ゴーレム使い】さんを借りちゃったから、今度は私が貸してあげる。私の英雄――「白鋼の騎士」を!』
そこで操縦席内に、短い警告音が鳴り響いた。
敵味方識別装置が、所属不明機の接近を告げている。
これがクレアの言っていた、助っ人で間違いない。
最初に映ったのは、白い点。
エリーゼは操縦席で正面を向いたままだが、後方カメラの映像が小さなウィンドウで表示されるのだ。
バックカメラは、後方から迫ってくる助っ人の機体を捉えていた。
「あれは……〈サンサーラ〉?」
カメラのズーム機能で拡大。
その機影は【ゴーレム使い】の天敵――帝国の英雄が駆った白き天使、GR-9〈サンサーラ〉を連想させた。
だが、よく見ると細部が違う。
騎士風の兜を連想させる頭部は、メカニカルなマシンゴーレムとは雰囲気が異なる。
同じ白い機体でも、〈サンサーラ〉に入っているラインは青だった。
この機体のラインは、青ではなく赤。
クレアの知り合いらしいので、おそらくマシンゴーレムではなく理力甲冑だ。
白い影は一瞬で大きくなり、バックカメラいっぱいに映りこんだ。
軽い衝撃が、〈テルプシコーレ〉のコックピットを揺らす。
『手助けに来たよ。君がエリーゼだね?』
優しく、穏やか。
それでいてどこか、芯の通った男の声だった。
『そうよ。あなたがユウ・ナカムラね?』
ユウの駆るアルヴァリス・ノトーリアは、スライムに押し返されそうになっている〈テルプシコーレ〉を後方から支えていた。
推進器噴射で吹き飛ばされないよう、少し軸線はずらしている。
『ユウ! あなたちょっと、来るのが遅いのよ! クレアが不安になるでしょうが!』
『ははっ、面目ない』
『どうやって、世界の壁を越えてきたの?』
『クレアがいなくなった地点で、アルヴァリスの理力エンジンのリミッターを解除して思いっきり回してみたんだ。前にそれで空間を越えて、遠くまで召喚されたことがあるから。今回も、空間を越えられるかなって……』
『よくわかんないけど、それって相当無茶なやつじゃない? 絶対あとで、クレアに怒られるわよ?』
『勘弁してもらいたいよ。あのローキックは痛いんだ』
『ならクレアの怒りを軽減できるよう、今のうちに活躍することね。……押すのを手伝って!』
『わかった。……ノヴァ・モード起動!』
アルヴァリスの胸部装甲が一部開き、吸気口が展開される。
甲高い吸・排気音が、〈テルプシコーレ〉のコックピットにいるエリーゼにも届いた。
胸部と背部。
2基の理力エンジンが共鳴し、管楽器のような音色を奏で始める。
姿勢制御用スラスターも展開され、白銀の粒子が舞った。
スライムの壁に押し戻されつつあった〈テルプシコーレ〉が、アルヴァリスに押されて再び前進を始める。
『ひゃー! アルヴァリスって、とんでもないパワーね! 押すのはユウに、任せてもいい?』
『ああ、大丈夫だよ。剣の方に、出力を回すのかい?』
『そういうこと。……ヨルム! 推進器カット! リアクター出力を、全部剣に回して!』
エリーゼが操縦補助を行う精霊に指示を下すと、〈魔剣イクオス〉はさらに輝きを強めた。
それだけではない。
アルヴァリスが放つ白銀の粒子が、魔剣の先端に集まり始めたのだ。
緑色から純白へと、刀身の輝きが変わる。
スライム壁が、凄まじい勢いで消滅を始めた。
ゆっくりと前進していた〈テルプシコーレ〉とアルヴァリスは次第に駆け足となり、やがては全力疾走に。
『おーし! このまま一気に、押し切るわよ!』
『了解』
アルヴァリスの姿勢制御用スラスターが、全開になる。
2機の脚はスライムの地面から離れ、飛行状態。
光の槍となって突き進むその姿は、先程クレアが放った電磁加速砲の軌跡とよく似ていた。
『今度こそ……。命取ったらぁ~!』
『え? なんでヤクザ?』
ユウの突っ込みを無視して、エリーゼは前方を睨みつける。
突如、機体周辺の風景が一変した。
半透明な緑色だったスライム壁が、薄茶色に濁るボソボソとした質感の壁に。
エリーゼが梅干しっぽいと評した、スライムの核に到達したのだ。
『このままスライムの反対側まで、突き抜けるわよ! 突撃! 突撃ィー!』
『ちょ……ちょっと待って、エリーゼ!』
エリーゼは待たない。
勢い任せに、再び背部の推進器を噴射。
すぐ後ろに、アルヴァリスがいるにもかかわらずだ。
再び風景が一転、青空が開ける。
〈テルプシコーレ〉はスライムの巨体を貫通し、体外へと飛び出した。
「踊りの女神」の名が冠された機体は脚から着地し、数十mに渡って大地を削りながら急制動をかける。
その途中で、向きを反転。
スライムの方へと剣を構え、残心を取る。
『……あれ? ユウは、どこへ行ったの?』
すぐ後ろから〈テルプシコーレ〉を押していたはずの、アルヴァリスが見当たらない。
視界の奥では、巨大スライムの崩壊が始まっていた。
巨体を構成していた粘液はサラサラの液体となり、蒸気を上げながら流れ散ってゆく。
あらかたスライムの死骸が流れ切ってしまった後、大地にうつ伏せで倒れている白い理力甲冑の姿が見つかった。
損傷は見当たらないが、粘液まみれ。
ぐったりしていて、動く気配がない。
『えー? ちゃんとついて来なかったの? 鈍臭い男ね。ケンキならきっと、こんなマヌケは晒さないわ。いつだって私についてきて、背中を守ってくれるんだから』
自分の推進器噴射でアルヴァリスを吹き飛ばしておきながら、あんまりなこの言いよう。
『はぁ~、こんな鈍臭い男がいいだなんて……。クレアって、趣味悪いわね』
失言女王の異名を取るエリーゼの無線は、マイクオン。
回線は、全周波数に設定されていた。
●エリーゼ・エクシーズ:「解放のゴーレム使い」ヒロインにして、今回のコラボの主役。いつもやってることは、ヤクザの鉄砲玉と変わらない。
●クレア・ランバート:「天涯のアルヴァリス」ヒロインにして、今回のコラボの主役。ユウが来てくれたので、テンション上がっている。狙撃の他に、ローキックも得意。
●ユウ・ナカムラ:「天涯のアルヴァリス」主人公。作者のstrifeさん同様、バイクが好き。
●安川賢紀:「解放のゴーレム使い」主人公。作者のすぎモン同様、変態である。
名前だけ登場の人
●帝国の英雄:「解放のゴーレム使い」ラスボス。故人。生まれ変わって、「ユグドラシルが呼んでいる~転生レーサーのリスタート~」https://ncode.syosetu.com/n4799gj/という作品の主人公になった。(露骨な宣伝)
用語解説
●アルヴァリス:満を持して登場した、「天涯のアルヴァリス」主役機。ドチャクソかっこいい。
●ノヴァ・モード:ロボットもののお約束、パワーアップモード。詳しくは「天涯のアルヴァリス」を読むべしhttps://ncode.syosetu.com/n7706ev/
●〈サンサーラ〉:「解放のゴーレム使い」ラスボス機。アルヴァリスと同じく、正統派主役機デザイン。操縦をサポートするのは、光の精霊レオナ。