第11話 銀髪の戦姫たち、撃ち貫く
『なーんか、怪しい体勢よね?』
『エリーゼ! 変なこと言わないで!』
レフィオーネ・アエラの操縦席で、クレア・ランバートは憮然としていた。
エリーゼ・エクシーズにからかわれた体勢が、大変不本意なものだったからだ。
巨大スライムから、約3kmの地点。
電磁加速砲〈ディエンムー〉を構えたレフィオーネは、安川賢紀のXMG-0〈タブリス〉に背中から抱きかかえられていた。
これは、やむを得ない選択。
レフィオーネが普通に伏せ撃ちするよりも、立ち撃ちで背中を〈タブリス〉に支えてもらった方がよい。
〈タブリス〉には、6基もの高出力推進器ユニットがあるのだから。
その方が、電磁加速砲の反動を受け止められる。
さらには、〈ディエンムー〉の砲身から伸びているバイパスケーブルも短い。
レフィオーネと〈タブリス〉は、密着する必要があった。
『こんな体勢……。ユウには見せられない……』
『いいじゃない、直に触れ合ってるわけじゃないんだから。それに私思うんだけど、クレアはもっと男に危機感を抱かせた方がいいわよ? この光景を写真に収めて、ユウに見せちゃおうかしら?』
『エリーゼ。アンタ後で、お仕置きよ?』
『クレアさん。エリーゼを躾けるなら、いいものがあるぞ』
『……! ケンキ! あれを使う気!? あのお仕置き用ゴーレムは嫌ぁ~! お尻腫れちゃう! 椅子に座れなくなっちゃう~!』
何やらエリーゼの〈テルプシコーレ〉が尻の辺りを押さえ嫌々しているのを見て、クレアの留飲は下がった。
後はさっさと巨大スライムを撃ち抜いて、〈タブリス〉の力でルナシスへと――ユウの元へと帰還するだけだ。
その時、巨大スライムに動きがあった。
小刻みに巨体を震わせたかと思うと、体の一部を分離。
撒き散らし始めたのだ。
地面に落ちた巨大スライムの分身体は、人型を取り始める。
先程クレアとエリーゼが一掃したはずの、豚神の姿を。
『なるほど、確かに豚神の親玉だわ。よっし! 雑魚は私が軽~く蹴散らしてくるから、クレアは親玉を頼むわね。味方を誤射しちゃやーよ!』
『エリーゼこそ、射線上に入るなんてドジ踏まないでね』
背部の推進器を全開。
RHR-1〈テルプシコーレ〉は紫の弾丸となり、音速を超えて豚神の群れへと突撃していった。
『……さて。それじゃ、【ゴーレム使い】さん。準備はいいかしら?』
『ああ。魔力の充填は、終わっている。いつでも発砲可能だ』
クレアは大きく息を吸い込んだ。
そして操縦席のダイヤルを操作し、理力エンジンの回転数を上げる。
甲高い音が周囲に響き渡り、腰部のスラスターから青白く煌めく粒子が舞い散り始めた。
『理力エンジン、冷却モード』
スラスターから、圧縮空気が噴き出された。
これは飛行のためではなく、理力エンジン冷却のため。
やがてレフィオーネの周辺を漂っていた粒子は、レールガンの砲身へと集まってゆく。
クレアは目を閉じ、精神を集中させた。
――ああ、分かる。
理力が教えてくれる。
クレアには狙撃砲〈ディエンムー〉の構造が、手に取るように理解できた。
滑腔砲となっている、砲身の内部構造も――
未知の力である、魔力の流れも――
魔力から変換されて、砲弾を加速させる電力も――
装弾筒付翼安定徹甲弾も、初めて使う種類の弾だったが問題ない。
構造や仕組みだけでなく、使い方まで完璧に理解できる。
――全て理力が教えてくれる。
クレアは目を開いた。
――見える。
標的まで砲弾を運ぶ、最適な道程が。
大気中の理力が、道案内をしてくれる。
『私はユウのところへ帰るの。だから……そこを退いて貰うわよ!』
クレアとレフィオーネと、電磁加速砲がひとつになった。
閃光と、衝撃。
音速の50倍で吐き出された砲弾は、即座に外側の装弾筒が外れる。
露わになるのは針のように鋭く、安定飛行のための翼がついた侵徹体。
光の軌跡を描き、世界を切り裂いて飛ぶその姿。
まさに神話に登場する、神槍の1撃だ。
神槍は、巨大スライムへと突き刺さった。
体表が大きく陥没し、砲弾がめり込む。
だが――
『ダメだ。貫通できない』
『なら、もう1発撃てばいいわ』
賢紀から入った無線に、あっさりと答えるクレア。
再び電磁加速砲から、APFSDSが射出される。
2発目も、寸分違わず突き刺さった。
1発目に放った砲弾の中心に、寸分違わず。
巨大スライムに穿たれていた1発目の砲弾が、さらに深く押し込まれた。
『なんて腕だ。どこぞのドMハーフエルフと、どっちが上か……』
『無駄口叩かない。……3発目!』
『クレアさん、ちょっと待――』
三度、神槍は振るわれる。
だが同時にレフィオーネの腕部も、レールガンの反動に音を上げた。
人工筋肉が損傷し、関節部にも致命的な歪みが生じる。
しかし、クレアは確信していた。
3発目に放った砲弾も、命中することを。
もちろん着弾点は、2発目の砲弾のど真ん中だ。
『あら?』
後ろから〈タブリス〉に支えられていたはずの〈レフィオーネ〉は、大きく機体のバランスを崩した。
クレアの発砲と、その反動を受け止める〈タブリス〉の推進器噴射タイミングが合わなかったのだ。
あわれ賢紀の〈タブリス〉は、ぐしゃりという痛そうな音と共にレフィオーネの下敷きとなった。
「何よー、頼りないわね。ユウならきっと、こんな無様は晒さないわ。いつだって力強く、私のことを支えてくれるんだから」
もちろん賢紀に聞こえないよう、無線のマイクはオフだ。
クレアは機体を立ち上がらせ、倒れたままの〈タブリス〉を見下ろした。
打ちどころが悪かったのか、何だかピクピクと痙攣している。
「はぁ~、こんな頼りない男がいいだなんて……。エリーゼって、趣味悪いわね」
『クレア! まだよ! 仕留めていない!』
エリーゼから入った鋭い声の通信に、クレアの意識が戦闘モードへと引き戻される。
『エリーゼ! そんな! 確かに3発とも……』
『命中したのは、私も確認したわ。砲弾は巨大スライムの体に、かなり深くめり込んだ。それでもまだ、あの梅干しっぽい核へは届いていない』
『もう、これ以上の射撃は無理よ。レフィオーネの腕は、壊れちゃったし……』
『せっかくクレアが大穴開けてくれたのに、このままじゃまた再生されちゃう……。しゃーないわね! 私がいっちょ、突撃してくるわ!』
『えっ? 突撃って……。エリーゼ、何をするつもりなの?』
『読んで字の如しよ。それじゃ、行ってくるわね!』
推進器の瞬きが、遠目に見えた。
クレアの開けた大穴から、〈テルプシコーレ〉が巨大スライムの体内に飛び込んだのだ。
『エリーゼ! 無茶しないで!』
『だいじょーぶ! 私にまっかせなさい! ちゃーんと考えがあるんだから!』
返ってきた無線は、クレアをひどく不安にさせるものだった。
今回の登場人物
●エリーゼ・エクシーズ:「解放のゴーレム使い」ヒロインにして、今回のコラボの主役。お仕置き用ゴーレム怖い。でも、何度やられても懲りない。
●クレア・ランバート:「天涯のアルヴァリス」ヒロインにして、今回のコラボの主役。今回の話に、なんか既視感を感じている。それもそのはず、このお話http://ncode.syosetu.com/n7706ev/206/のオマージュ。
●安川賢紀:「解放のゴーレム使い」主人公。残念ながら、クレアの好みではない。
名前だけ登場の人
●ユウ・ナカムラ:「天涯のアルヴァリス」主人公。クレアの毒料理や、ローキックの被害者。
用語解説
●APFSDS:めっちゃ解説したいが、読者が引くのがわかってるので書かない。興味がある人はググろう。「速くて貫通力のある弾」みたいなふわっとした認識でOK。
●お仕置き用ゴーレム:こめかみをグリグリする専用機と、尻を叩く専用機がある。ほとんど対エリーゼ用。