第10話 銀髪の戦姫たち、手に取る
クレア・ランバートが銃口を向けた先には、禍々しい存在が浮遊していた。
理力甲冑よりは気持ち小さい、全身真っ黒なボディ。
痩せ細り、刃のように尖った四肢。
背中には、悪魔のようだとしか形容できない6枚の翼。
そこから噴射される紫の炎が、妖しく尾を引いている。
悪魔は赤く輝く一ツ目で、レフィオーネ・アエラを見つめていた。
品定めするような視線だ。
クレアの背筋に、なんとも言えない悪寒が走る。
『さっきからずっと、このレフィオーネを監視していたわね? どういうつもりなの? あの豚神達も、アンタの差し金なんでしょう? そのナリで、「敵じゃないです」なんて言い出さないでしょうね?』
『そうか……。レフィオーネというのか……。いい名だ』
黒い悪魔から放たれた声は、理力甲冑やマシンゴーレムの外部拡声器から流れる音声だった。
低く、抑揚のない男の声だ。
『機体の名前なんて、今はどうでもいいでしょう? どういうつもりかって聞いて……何? エリーゼ?』
地上すれすれで滞空中だったレフィオーネの足首を、エリーゼ・エクシーズの〈テルプシコーレ〉がクイックイッと引っ張った。
『クレア……ごめんなさい。その真っ黒で、どこからどう見ても悪役にしか見えない怪しさ大爆発の機体……私の身内なの』
『は? こんなに悪そうな見た目で? どっからどう見ても、悪魔でしょう?』
身内と言われてしまったので、さすがにクレアは銃口を外す。
代わりにレフィオーネの指で、怪しすぎる機体をズビシ! と指差した。
『制空戦闘用マシンゴーレム、XMG-0〈タブリス〉。乗っているのはむっつり【ゴーレム使い】、ケンキ・ヤスカワ。私の……仲間よ』
『これが……? 今も私のレフィオーネをねっとりと眺めまわしている、この変態的な機体の操縦士がエリーゼの旦那?』
『わーっ! わーっ! 何を言ってるのクレア! 仲間よ! 仲間!』
『そう……。エリーゼは、迎えにきてもらえたんだ。いいな……』
自分は迎えのこない寂しさに、肩をすくめたクレア。
操縦士の動きに合わせ、レフィオーネも肩をすくめた。
『そうよクレア! ユウの居る世界へ、戻れるかもしれないわ! そこのバカが乗る凶悪マシンゴーレムにはね、空間に干渉する能力があるの。ルナシスへの扉だって、きっと……』
エリーゼが喋っている途中で、地面が揺れた。
本日、何度目だか分からない地鳴り。
だが、今回のは規模が違う。
大地には地割れが走り、島中の大気が不気味に鳴動する。
『魔力レーダーに反応。あの山だな』
島の北部に位置する、標高300mほどの山。
〈タブリス〉が指差したその山が、崩れ始めた。
そして中から何か、出てきそうな気配が――
『もーやだ! 何で次から次に、変なのが出てくるの? めんどくさい! ケンキ! 私とクレアは疲れたから、あなたが処理して!』
『……わかった』
山の方角へと、向き直った〈タブリス〉。
その機体周辺に、黒い電光が走った。
続いて虚空にぽっかりと、穴が開く。
機体の右上、右下、左下、左上と4箇所だ。
『あ、異空間射撃。あの人がいなくても、できるようになったんだ』
『ああ、マリアが力を付けてきたからな。おかげで最近、態度がデカくなって困る』
エリーゼと安川賢紀が何を話しているのか、クレアにはさっぱりだ。
だが、何かとんでもないことをやらかそうとしているのは直感的に理解できた。
そういえば山の中から出てくる何かが、敵かどうかもまだ確認していない。
なのにエリーゼと賢紀は、先制攻撃する気満々だった。
『爆炎魔法弾頭マイクロミサイル、全弾発射』
事務的な口調で、【ゴーレム使い】が告げる。
同時に虚空の黒い穴4箇所から、無数の小さい飛翔体が飛び出した。
炎と排気煙を引きながら、意思があるかのように個性的な動きを見せる。
それは、64発の小型ミサイルだった。
ミサイルの群れは一旦高度を上げ、弾道軌道を取ってから山に襲い掛かる。
瞬く閃光。
一瞬遅れて爆炎の嵐が巻き起こり、島中を夕焼けのように染めた。
さらに遅れて衝撃波が届き、レフィオーネと操縦席のクレアを激しく揺さぶる。
『な……なんなのあの兵器!? エリーゼの世界では、あんなの使って戦争してるの? 大陸ごと、消えて無くなっちゃうんじゃない?』
『あー、ほら。あのバカ製の兵器は、特別バ火力だから。……なのにそれを食らって消し炭にならないなんて、相手もバカバカしい耐久力ね』
マイクロミサイルによって、山は完全に消滅していた。
しかしその中にいた存在は、大したダメージを受けていない。
『あれが、豚神の親玉……なの?』
異形の存在を目にして、クレアはそれ以上言葉を続けられなかった。
『一見、梅干しゼリーみたいで美味しそうなんだけどね。多分あれ、くっさいわよ? 豚神の死体が、めちゃめちゃ臭かったから』
クレアとエリーゼが見つめる先にいたのは、ひと言でいうなら豚神の集合体だ。
色は、薄っすら緑色の半透明。
スライム状のぶよぶよした表面。
そして形は、饅頭型をしていた。
エリーゼが「梅干しゼリー」と表現したのは、中心部に梅干しのような器官が浮いていたからだ。
問題は、その大きさ。
標高300mの山から出てきただけあって、その住処と変わらない巨体をしていた。
むしろ閉じ込めていた山から解放されて、大きくなっているようにも見える。
『あれ、どうする? もう放っといて、帰らない?』
エリーゼの提案に、賢紀の〈タブリス〉は首を振って答えた。
『あの巨大スライム、こちらに迫ってきてるぞ? 俺達を、狙ってるんじゃないのか?』
『あー。豚神って、魔力を追ってくる性質があるみたいだもんね。親玉も、そうみたい。ほっといたら、そのうち食われちゃうわね。しゃーない。……クレア!』
エリーゼが声をかける前に、クレアはブルーテイルの引き金を引いていた。
明らかに弱点っぽい、梅干し部分を正確に狙った1発だ。
『……ダメ、効いていない。今のが、最後の弾だったんだけどね』
とっておきの1発は、確かに巨大スライムの表面を傷つけた。
だが、あまりに標的が巨大すぎる。
大口径のライフル弾も着弾の衝撃も、核らしき梅干し器官までは到達せずに終わった。
『あー、クレアのブルーテイルでもダメかぁ。あれより貫通力のある武器なんて……』
『あるぞ』
クレアは驚いた。
何もなかった空間に、突然狙撃砲が出現したからだ。
マシンゴーレムより大きい理力甲冑が運用するにしても、取り回しに難がありそうなサイズ。
長大なその砲身からは、エネルギーバイパス用のケーブルが伸びていた。
それも太いケーブルが、4本も縒り合わせられている。
『電磁加速砲〈ディエンムー〉ね……。射程20km。砲口初速が音速の50倍もあるこの狙撃砲ならば、あの巨大スライムを貫通できるかもしれないわ。でもケンキ、それって〈タブリス〉は撃てるんだっけ?』
『ダメだ。エネルギーバイパスは問題なく接続できるが、〈タブリス〉の細い手足では反動に耐えられない』
『じゃあ、なんで出したのよ? 根性で1発ぐらい、撃ってみなさいよ』
わちゃわちゃと、やり取りをするエリーゼと賢紀。
だがクレアには、2人のやり取りが耳に入らなかった。
――呼ばれている。
あの〈ディエンムー〉とかいう銃に。
『ねえ、そのライフル。レフィオーネで撃てないかしら?』
『いや。こいつは砲身にライフリングが刻まれていないから、ライフルじゃない。滑腔砲といって――』
的外れな回答をする賢紀を、エリーゼが黙らせる。
『ケンキは黙ってなさい。クレア、この狙撃砲はマシンゴーレム用よ? それに魔力をバカ食いするから、エネルギーバイパスを機体のリアクターに直結しないと撃てないの』
『そこの黒いマシンゴーレムさんを、エネルギータンクにすればいいんじゃない? 反動云々も、マシンゴーレムより少し大きい理力甲冑なら耐えられるんじゃないかしら?』
『問題は、それだけじゃないわ。火器管制システムだって、マシンゴーレムと理力甲冑では全然規格が違うでしょう? そうなったら照準補正なんてかからないから、アイアンサイト頼みなのよ?』
『ごめんエリーゼ。そのえふしーえすって、何のことだか分からないわ。アイアンサイト頼み? 元々射撃って、そういうもんじゃないの? カメラ・アイとスコープからの情報があって、引き金を引けば弾が出る。それだけで十分よ』
エリーゼは絶句した。
クレアの神技射撃を見て、レフィオーネには高性能なセンサーやFCSが搭載されているものだと思い込んでいたからだ。
高性能なのは、操縦士自身だった。
『よろしくね、〈ディエンムー〉』
雷母の名を冠するレールガンへとクレアはレフィオーネの手を伸ばし、その砲身をしっかりと握り締めた。
今回の登場人物
●エリーゼ・エクシーズ:「解放のゴーレム使い」ヒロインにして、今回のコラボの主役。賢紀が変態ロボヲタぶりを発揮しているので、ちょっと恥ずかしい。
●クレア・ランバート:「天涯のアルヴァリス」ヒロインにして、今回のコラボの主役。賢紀がレフィオーネに向ける視線を、気持ち悪いと思っている。きわめてマトモな反応。
●安川賢紀:「解放のゴーレム使い」主人公。かつては帝国皇帝ニーサ・ジテアールをも、クレアと同じようにドン引きさせた。
名前だけ登場の人
●ユウ・ナカムラ:「天涯のアルヴァリス」主人公。果たして今回のコラボでは、出番があるのか?
●マリア:人っていうか精霊。闇の力を司る。賢紀の操縦をサポートする。のじゃロリババア。「解放のゴーレム使い」本編ではよく喋るが、うるさいので今回のコラボでは喋らせない。
用語解説
●レフィオーネ:変態「ゴーレム使い」に目をつけられた、可愛そうなロボ。
●〈タブリス〉:「解放のゴーレム使い」主人公機。空中戦用なので徹底的に軽量化してある。結果、貧弱ボディになり、レールガンの反動に耐えられない。
●レールガン:電気の力で弾を加速して撃ちだす兵器。SF兵器の代表だったが、最近では米軍がマジで実験している。「解放のゴーレム使い」のものは、雷魔法で砲弾を加速させる。
●FCS:「なんかコンピューターが武器選択や照準を手伝ってくれるやつ」みたいな、ふわっとした認識でOK。すぎモンも良く分かっていない。
●ディエンムー:元々は狙撃特化型マシンゴーレム、〈ディアナ〉が運用するために作られた狙撃砲。ドМハーフエルフの好みに合わせ、使い手にとってマゾいほどカリカリにチューンされている。