表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

私たちが生きているのは無駄なんだよ。

「おかえり。遅かったね。」

「ただいま。テストあるから勉強してきたんだよ。」

「へぇ、勉強ねぇ。」

「ごはんは?」

「食べたよ。」

「ん。」

 僕は逃げるように階段を上がった。


 真衣と一緒に勉強して自分のやるせなさを実感した後、僕はスーパーにいってお弁当と、見ると食べたくなってしまったシュークリームを買った。


 自分の部屋に入ると買ってきたお弁当を食べて、シュークリームの封を開けた。ふわっと漂ようクリームの甘い匂いで一瞬たじろいだが、それでも僕は無視してかぶりついた。思ったよりも甘かったクリームが食べるなといわんばかりに、歯、舌、口蓋にまとわりついて飲み込んだ後も胃の中でその存在を主張していた。

 食べ終わるとずっと前になくしたものがやっと見つかったような喜びのまま、ベッドに倒れた。


 少しして、胃も落ち着いた頃に僕はリュックからあの小説をとり出した。スピンがあった場所を開くとちょうど犯人がわかる手に汗握るシーンだった。それなのにシュークリームのせいか、真衣がどうしてもちらついて、犯人が分かってもなんとなくモヤモヤした気分のまま読み終えてそのまま寝た。


 真衣に頼るようになってから数日が経つ金曜日の朝。母は木曜日の夜に急にかかってきた電話に今まで聞いたことのない言語で答えて、そのまま家を出て行ってしまった。母が家からいなくなると、ひとつだけピースが足りないパズルみたいな部屋に僕は一人ぼっちになっていた。


 ふわふわした気持ちで学校に着くと、真衣の席に知らない女子が座っていた。

「よっ、篠本くんだよね。よろしく。」

「お、おはよう……。」

「あっ、ごめん。前は一緒のクラスじゃなかったもんね。私はみなみだよ。」

「みなみさん、よろしく。」

 さん付けはなんかこそばゆいからやめてねと笑ってから頬杖をしてから僕のことを睨む。

マークされた小鳥に成り下がった僕は座ることも出来ずにみなみのことを見ていた。


 みなみは耳がぎりぎり隠れるくらいの短めな髪で毛先がすこし傷んでいる。真衣とは対照的にかわいいという言葉が似合いそうな顔だった。


 突然、頬杖をしているみなみはふふっと笑って尖った目をやめるとくしゃっと笑った。

「あはは、篠本くんもやっぱり男の子なんだね。そんなに私の胸ばっかけり見ないでよ。」

「い、いや見てないよ。」

「そんなバレバレの嘘つかなくてもいいよ。慣れてるからさ。」

「ああ、うん。」

「で本題なんだけどさ、真衣と一緒に昼休みにどこかに行くよね。どこ行ってんの?」

「図書室だよ。本の話をしてるんだ。」

「……なるほどね。OK。一つだけ言っておくね。真衣に近づきすぎない方がいいよ。お互いのために。」


 そういうと真衣の席を立って僕の肩に手を乗せてありがとう、それだけだからと言ってから窓側の一番後ろの席、前の僕がいた席に座った。


 その後、いつもと変わらない真衣が席に座って約束していた本を貸してくれた。本を受け取る時、真衣の手に触れると、肩に乗ったみなみの手の感触を忘れられない僕がいることに気づいた。


「篠本くん、授業終わったよ。」

「えっ、ああ。」

 そう言われて顔を上げると、ほとんどの生徒が机で四角を作ってお弁当を広げていた。

「ほら、早くご飯食べて図書室行こう。」

「うん。」


 一緒に階段を下って購買に行くと僕はソーセージパン、真衣はカスタードメロンパンを買って、それを中庭で食べた。その途中、真衣の鼻にカスタードクリームがついているこというと真衣は赤くなって、僕の頭を叩いた。それが何故か嬉しかった。


「ねぇ、みなみって子知ってる?」

司書の先生もいない図書室に入って、椅子に座ると僕から切り出す。

「うん、みなちゃんでしょ。小学生の頃からの友達なんだよ。ああ、そう言うことか篠本くん、みなちゃんに惚れちゃったんだね。あの子、おっぱいおっきいもんね。」

「そんなんじゃないよ。今日の朝に会ってさ、真衣に近づき過ぎない方がいいって言われたんだよ。それがどういうことか分からなくて。」

「みなちゃんは強い子だから、私たちと違うんだよ。だからあんまり気にしないでいいよ、人は誰かが一緒にいない壊れちゃうんだから。」

「でも……」

「大丈夫だよ。心配しないで。」


 子どもを諭すような声で真衣はそう言う。僕はその声に包まれて、縋って、考えることを放棄した。これが僕の求めてたものだ。そう思った。


「よし。こんなもんでしょう。後は土日の頑張ってね。」

「まったく、もう少し前からやる気出せよ。」

 堂本と真衣に教えてもらいながらした勉強はとても有意義で久々に頭が疲れた。

「にしても、篠本くん以外に頭いいね。一回教えたらほとんどできちゃうじゃん。」

「中学の時はめちゃくちゃ頭よかったのに一回挫折しただけで勉強やらなくなったからなこいつは、宝の持ち腐れだよ。」

「そうなんだ。」


 テスト勉強が終わって三人で教室から出ると電灯が消えていて不気味なほど暗い。窓から少しだけ差し込む貧弱な人工の光だけが頼りな洞窟のような廊下をゆっくりと歩いていた。

 階段を下り始めると堂本が、

「功刀ってどこに住んでんの?」

真衣が答えた場所は僕の家の目と鼻の先だった。

「中学を卒業したら親が離婚してね、父親の実家の実家に引っ越したの。」

また静かになって、黙ったままでいるとまたしても堂本が、

「篠本、お前、家近いだろ。送ってけよ。」

「うん。」

急に言われて、そうとしか答えられなかった。

「やった、誰かと一緒に帰れるの久々なんだ。」

 真衣は僕の顔を覗き込んできゅっと笑ったあと、四段ほど残っていた階段を両足をそろえて飛び降りた。


 自転車置き場で堂本と別れた後、二人で自転車を引きながら僕はひんやりとする真っ暗な夜道に体を沈ませるように歩いていた。


 気づくと、真衣は歩きながら顔を上げて空を眺めていた。

「きれい。」

 もれた真衣の声につられて空を見上げると、光り輝く星は空にある黒を埋め尽くしている。それを見つめていると目の前にあって見て見ぬふりをしていた罪悪感が照らされて浮き彫りになった。


「真衣はどうして僕に構うの?」

足を止めて僕は真衣に聞いてみた。真衣は僕のことを神妙なおももちで見て、そしてまた、空を見上げた。

その姿がきれいで、割れたガラスのような美しさがあった。


「それは簡単だよ。篠本くんのことが必要だから。」


 束の間の沈黙が僕と真衣の間に流れた。それは僕をゆっくりと塗りつぶし、侵略した。呼吸がうまくできない。苦しかった。僕なんかを好きになってしまうなんて。


「どうして僕なの?僕なんかいてもいなくても変わらない。それなのにどうして?」

口が止まらない。自分を否定すればするほど惨めになるのを知っているのに、もうどうにでもなれとそう思った時だった。


「そうだよ。私たちはいてもいなくても変わらない。むしろいない方がいいんじゃないかな。」


真衣はそう言った。

「だったらどうして?」

「だって、私たちが生きているのは無駄なんだよ。そこに意義を見出して私たちは生きてかなくちゃいけないの。その意義が私にとって読書だった。簡単に言えば生きがいみたいなものかな。それが篠本くんと一緒だともっと充実するんだ。それだけだよ。」


 嬉しかった。僕のことを必要だと言ってくれたことも、誰かの物語の中に自分が登場していると自覚するのも初めてのことだった。その瞬間パッと曇っていた視界が晴れてような感じがした。

 

「なんで泣くの?それで二度目だよ。」

「いや、嬉しくてさ。」

すると僕の右手が宙に浮き上がって、指先から少しずつ温まってきた。


「篠本くんは私にとって大切なの。だからの一緒にいて。」

そう言うと真衣は自転車に跨っての夜の闇に消えて行った。僕もペダルに足をかけて星で眩しくなった夜道を背中に感じるほのかな温もりとともに足に力を込めた。






とりあえず初めの真衣との物語は一段落して、これからは学園祭が始まります。そこから大きく物語が動いてくので、楽しんでもらえると嬉しいです。

これからもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ