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一人でもおかしいて思っていることはこの世にいるみんながおかしいって思っているの。直さなきゃだめなの


 僕がリビングで算数の宿題をやっている時、鼻がムズムズして鼻をほじると大きな鼻くそが取れた。見渡してもティッシュは見当たらず、捨てる場所がなかった僕はそれを口に入れようとした。

『何やってるの!』

怒号と一緒に頭がぐらんと揺れて、そのまま床に倒れた。

『ごめんなさい。』

何が起きているのかわからずに僕は倒れたまま反射的に謝った。

『何してるのかって聞いてんの!あんたがやってることはおかしいのよ。』

もう一度頭に衝撃が走った。体床にを押さえつけられ、顔を左右から締め付けられた。目の前にある顔は知っているようで知らない顔だった。

『いい徹哉、一人でもおかしいて思っていることはこの世にいるみんながおかしいって思っているの。直さなきゃだめなの。』


 その声はさながら子を守る獣の声ようだったが、明らかに僕を拒絶していた。獣が離れた後、頬を見るとうっすらと血がついていいたのを見てそれを悟った。

 



「何やってるの?」

 ベッドに夢現で倒れていると、背中の方から聞き覚えのある声が聞こえた。

「あぁ……どうしたの?。」

「何してるのかって聞いてんの。」

「別に僕が何をしててもいいでしょ。おかしなことはしてないんだから。ご飯は冷蔵庫の中にあるから勝手に食べて。」

「なんだ、そうなの。」

楽しそうな声を上げて母はバタバタと階段を降りた。

僕ははぁーとため息をつく。さっきまでいた母の柔軟剤と汗の混ざった匂いと夢が合わさって寂しさで押しつぶされそうになった。その後、必死に母親らしい母を思い出そうとした。


 朝になって起きて、階段を降りると母がコーヒーを飲みながらテレビのニュースを見ていた。

「おはよう。」

「おはよう。」

「思ったより起きるの早いわね。一人で暮らしている割には規則正しい生活しているじゃない。」

「まぁね。今日はどうするの?」

「特にやることもないからね、休みだから。ごろごろしているつもりだけど。」

「じゃ洗濯回しておくから鳴ったら干しといて。」

「あぁ、覚えてたらやっとくよ。」


 母は一口コーヒーをすすり、スマホに視線を移した。もう話しかけるなと体で語っていた。


 電子レンジの上にある食パンを一枚とってそのまま食べて牛乳で流し込むと、制服に着替えていつもより十分ほど早く家を出た。


 キィーとうるさい後輪のブレーキをかけると、そこには真衣がいた。

「あっおはよう。今日は早いね。」

 昨日のことを何も気にしていないような笑顔で僕のことを見つめていた。

「おはよう。」

「ねぇ、篠本くん。数学のプリントやった?先週の授業終わりに配られたやつ。」

「あっ、やってない。」

「だったら私の写しなよ。」

 いい天気だねと言うときのような平凡な、いつもと同じ真衣の声が聞こえた。

「いや、悪いよ。僕がやっていないだけだし。」

「困った時はお互い様でしょ、ていうか中沢先生ってやっていないままだとこっちまでもめんどくさいからさ。よし、早く行こ。」


 真衣に背中を押されて僕はされるがまま教室に運ばれた。

「はい、早く終わらせちゃって。」

真衣が僕に解き終わっているプリントを僕の机の上においた。どうして僕なんかを助ける?僕が悪いのに。やらなかった僕がおかしいだけなのに。


 猫騙しをくらった感覚が僕の首を縦に振らせようとしなかった。

「ごめん。やっぱり、できない。」

「うん?どういうこと?プリント忘れちゃったの?」

「いや、そういうことじゃなくて、自分が悪かったのに、誰かを頼っていいのかなって。」


 そんな真っ直ぐなことはまったく思ってないのに自然と口から出た。

「いいんだよ。みんなやってるし、それに私から誘ったんだしさ。」

「でも……」

人に頼るのが怖い。そういってしまえば伝わるのにそれは言えなかった。

「……わかった。じゃあ、やらなくていいや。その前にプリント、本当に持ってる?」

「えっ、ああ。」

 僕が鞄の中に入っているクリアファイルからプリントを取り出すと、真衣はその紙を引ったくった。

真衣は僕と自分のプリントに何か書いてからまた、僕の机に置いた。


「真衣、これって真衣のプリントに僕の名前を書いたの?」 

 見るとさっきまで机の上にあったプリントには僕の名前が書かれていた。

「うん、そうだよ。あとそれボールペンだから消せなからね。じゃそれ提出してね。私はこれを写すから。」

「けど、字が違いすぎるよ。」

「それは大丈夫。中沢先生、名前があるかないかしか区別しないから。」

「でもそれじゃ……真衣だけが苦労するじゃん。それはおかしいよ。」

「もう、めんどくさいな。じゃ後で付き合ってよ。代償として図書室にさ。」

「うん。」

 僕にはそうとしか言えなかった。

 目の前には眩しくて、暖かくて、どこか懐かしい、そんな顔が目の前にはあった。

 

 真衣のおかげで無事に数学の提出物を出すと、昼休み僕は図書室に誘われた。

 図書室は一階にあって、行くのが少しめんどくさい。だからこそ一人になりたい時には持ってこいの場所だ。


 図書室のドアを開けると、少し日に焼けた本の匂いが漂ってきた。


 図書室は四方に窓があって部屋に多くの光が入り、電灯がなくてもかなり明るい。そのせいでどうしても本が日焼けしてしまう。見た目は確かに悪くなるが、僕は日に焼けた本が嫌いじゃない。新品にはない温もりが好きなのだ。


「やっと来れた、ねぇ知ってる?四宮高校の図書室って蔵書数が全国一なんだよ。それなのにさあんまり人が来なくてさ、もったいないよね。」

 真衣は砂場をいじる幼稚園生のように一冊一冊の本に触れていた。

「もう少し静かに、図書室なんだから。」

「えへへ、ごめんね。誰かと一緒これるのが楽しくて。」


 一時になるかならないかの時刻で南の窓から日が差し込んできて僕の顔を照らし、少し顔が熱くなった。


「ねぇ、さっきはどうしてプリントを写すことを嫌がったの?」

雰囲気が一転して、真剣な表情で真衣は言った。

「それは……わからない。」

「そう、じゃあ、私と似ているね。」

「えっ、どういうこと?」

「そのまんまの意味だよ。私と篠本くんは似たもの同士なの。だったら協力しようよ。」

「ごめん。僕にはそれは無理だよ。」

「……そっか。でも人は一人じゃ生きてけないよ。どこかで誰かに迷惑をかけるんだ。それを一人でどうにかしようなんて傲慢だよ。それでも人に頼りたくないんだったら私に迷惑をかけてよ。そしたら()()()()()()()()()


 真衣がくるっと回って僕に笑いかけた。その時にふわっとたなびいた髪が窓から入ってきた日光を反射して、キラキラと光って、そして舞った。

その姿が今まで引き出しの中に入って出てこなかった優しかった母と重なった。全てを任せてもいい。そう思ってしまった。


「うん。ありがとう。」

「なんで泣いてんの?私が泣かせたと思われちゃうじゃん。教室に着く前に拭いといてよね。」

 「うん。」

 僕は先に出ていった真衣を追いかけた。


 六時間目の授業が終わると、僕は当番が変わって教室の掃き掃除をしていた。それが終わって、机を元の位置に運んでいるとぞろぞろと生徒が戻ってくる。

「篠本くん。勉強しよ。」

真衣は僕より背が小さいはずなのにその時ばかりはいつもより大きく見えた。

「うん。」


「おっ徹哉、お前勉強してんの。数学なんてお前が一番嫌いなやつなのに何があった?」


 僕がいつものように隣の席に座った真衣から数学を教えてもらっているところだった。

「まぁね。いろいろあってね。」

「ふぅん。隣の功刀の影響か。いいじゃん。頑張れよ。」


 堂本が満面の笑みでその場を離れると、真衣がきょとんとした目で僕の方を見ていることに気づいた。

「どうかした?」

「いや篠本くん、堂本くんと仲良いんだね。意外だなぁ。」

「そうかな、小学校から一緒で仲がいいんだけど。堂本ってなんかすごいの?」

「すごいなんてもんじゃないよ。一年生の時からバスケ部のレギュラーだし、前の定期試験では二位だったんだよ。」

「そうなんだ、全然知らなかった。」

「ちなみに一位はみずきちゃんだよ。」

「みずきちゃん?そんな子いたっけ?」

「藤巻みずきだよ。あの子だよ。少し髪が茶色がかっている子。」

前、僕の隣の席に座っていた子だ。

「本当に?あの子が一位はなの」

「見た目で判断しちゃだめだよ。英語で全国模試のトップを取ったからね。」


 見た目で判断しちゃだめ。その声が鼓膜を何度も揺らして、僕に訴えかけてきた。真衣から漂よう暖かくも甘い匂いが小学生の頃にサンタはいないんだよと母から言われたことを思い出させた。

 そんな僕の懸念を真衣は気づくはずもなく眩しすぎる笑顔で数学の問題を解いていた。







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