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僕は真衣と一緒にいてはいけない

 自分の部屋の天井が光を受けて角が少し明るくなって、真ん中にあるシミがいつもより際立って僕に見える。

 僕はベッドに寝そべりながらそんな天井をただただ見ていた。


 真衣のあの表情を見てから、四日経ち今日は土曜日。


 金曜日の放課後、田辺先生から来週からはテスト期間だから勉強しろよと言われて、家に帰って、よくわからないまま寝てそして今日をむかえた。起きてから四時間ほど経っているが体から何かに縛られたようにベッドの上からほとんど動かずにぼんやりとしている。


 さっきまで天井にあったはずの光は何もしない僕に嫌気をさしたのかどこかにいってしまい、暗くなるとより一層気力をなくし、僕は意味もなく目を塞いだ。

 再び目に光が宿ると、スマホが電子音を垂れ流していた。

 

 固くなって軋む身体を無理やり動かしてスマホを手に取る。


 スマホのディスプレイに表示されていたのは堂本の名前だった。

「もしもし。どうかした?」

『お前寝てただろ。』

「よくわかったね。」

『本当に寝てたのかよ……。来週の月曜日にはテストあるんだぞ、勉強しろよ。』

「あぁ……うん、今からするよ。」

『ちゃんとやれよ、わかんない所あったら教えてやるから。それじゃ。』

「ちょっと待って!」

『おぉ、なんだ?』

 口をついて出てしまった。

 ()()()()()()()()()


 その時までそんなことは頭の片隅にもなかったのに堂本が電話を切ろうとしたときにどうしても、聞きたくなってしまった。

「堂本はどうして勉強するの?」

『えっ、それは……』


 しばらくの間、堂本の声は聞こえなかった。その時間は後悔するにはちょうどよくて、携帯を握る手に汗が滲んできた。


『そうだなあ、やった方がいいからかな。』

急に堂本は言った。

「でも、数学とかって絶対将来使わないじゃん、そんなのやらなくても良くない?」

『絶対かどうか知らないけど、もしかしたら使うかもしれないだろ。それに今はよくわからずに勉強しているけど、やっているうちに興味が湧くかもしれない。全てを損得勘定で考えると面白くない人生になりそうだからな。お前の好きな本もそうだろ、たぶん。』

「……」


 ありがとう、と言って僕は電話を切った。ゆっくりとベッドに座ると、糸が切れた人形のようにだらっと倒れた。


 真衣も堂本もすごいな。僕とは違ってちゃんと考えてる。


 見上げる天井はもうほとんど真っ暗になっていて、何かをできるような心持ちでも何かをするよう心持ちではなかった。そのまま僕は時間の流れに乗れずにハスの葉のようにゆっくりと浮かんで土曜日を終えた。


 日曜日の午前二時ごろ、お腹が空いて僕は目が覚めた。窓の外を見ると人々が寝静まっている真夜中に小さく暖かい光が満天に散りばめられていた。手をいっぱいに伸ばしてそして、空を掴む。近くにあるものほど手に入れにくい。そんなことは身をもって知っているはずなのに、どうしても空白のままでいる右手を伸ばしてしまう。


 スマホに目をやると、

「月曜日の九時には帰る。」

と母からのメッセージが非情にも表示されていた

ふざけんな、邪魔すんな。

心の中で毒づいてから自分の部屋を出て、階段を下り、外に出た。外は肌寒く、湿った空気が流れていたけれど、家よりあったかい。そんな気がした。

 夜道を歩くといつもの景色がぼやっとした街灯に照らされて不機嫌な表情を僕に見せる。それがおもしろくて、自然と歩調が早くなる。


 住宅街を抜けると空が大きくなっていくことに反比例して、昨日から僕を締め付けていた感覚は小さくなっていった。

ゆっくりと空を仰ぐ。いくら見渡してもそこには僕がずっと忘れかけていた暖かいものしかなく、何時間でも見ていたい気がした。


 と言っても流石に寒く、何時間とは言えず一分も見ていたら寒くて家路に着いた。家に着くと室内の方がひんやりとしていて、外の暖かさが恋しくなったのに玄関のドアはカチャリと寂しい音を立てて僕を外から隔離した。

 

 二度目に起きたのは朝の十時ごろだった。ゆっくりと階段を降りて冷蔵庫を開けると、金曜日に賞味期限が近いという理由で半額になっていたメロンパンを取り出した。


 ビニールを開けるといかにもメロンと言った人工的な匂いが漂ってきて、一口食べると美味しくもなくまずくもない、甘さでごまかしていた味が口の中に広がり鼻から抜けていった。


 五分もかからずに食べ終わるとビニールをゴミ箱に捨て、自分の部屋に戻った。


 リュックから英語のテキストを取り出して生焼けの心で机に向かってみるも、テキストがそれを拒絶するかのようにあっというまにとがった赤で満ち溢れてしまった。


 すっかりやる気の削がれた僕はテキストを閉じずにベッドに倒れて、そこはかとない不安に駆られながら天井を見つめていた。


 寝てもとれない疲れを肩に乗せながら予定よりも早く起きてしまった僕は階段をくだっていた。リビングに着くと、なんとなく嫌な感じがした。


 僕は意識からその嫌な感覚を追い出してから冷蔵庫にあるパンを取り出して食べた。途中、今更僕を起こそうと鳴り響くスマホを見ると、

「今日帰るからね。」

という母からのメッセージが目にはいった。ぼくはすぐに画面をけした。


 支度をして家を出る前に、昨日の天気予報で雨が降ると言っていたのを思い出して僕は合羽を自転車のカゴに入れてからペダルに足をかけた。


 何も考えずに歩道を自転車を漕いでいると、二十代ぐらいのイヤホンをしながら満足げに走っている男性とすれ違った。すると、急にさっき食べたパン迫り上がってくる感覚に駆られてペダルにこめる力が無意識のうちに強くなった。


 グングンと進む自転車はあっという間に学校についてしまった。

 教室には真衣はおろか、十人も教室にはいなかった。

 やっと慣れたあの目立つ席に座ると、鞄から一冊の本を引っ張り出しす。真衣が好きだと言っていたあのミステリー作家のデビュー作だ。


 開いて読んでいるとなんとなく感じていた圧迫感が薄れ、久々に本を読んでいるのを実感した。

「何読んでるの?」

 四十五度くらいの傾きだったハードカバーの本が急に直立するほどになった。

見上げると、真衣がそこにいた。 

「やっぱりいいよねこの作家。処女作からかなり凝った伏線を貼ってくるのがさすがだよね。」


 思わず吹き出しそうになった。まさか女子がこの言葉を使うなんて思ってもいなかった。

 少し綻んだ僕のことを不審がっていた真衣にそのことを伝えると、照れるそぶりもなく、


「だって辞書にも載っているし、言語の本質は相手とコミュニケーションを取るためでしょ。それなら伝わればいいじゃん。処女って言葉にいちいち反応している人の方が良くないよ。」

そう言った。とても清々しい声で。

 

 あんな風に自分の主張ができればどんなにいいか。羨ましい反面、不透明な憎悪が僕を染める。

 自分の席に座った真衣の横顔を横目で見ると、いつものおももちで本を開いていた。


 今週からテスト週間となって、放課後になると沢山の生徒が教室か特別教室に残って勉強をするために普段より適当に掃除をして、いそいそと勉強の支度を始めた。

 そんなまじめな生徒を尻目に帰ろうとすると、

「勉強していかないの?」

真衣が僕の肩を掴んだ。

「しないよ。めんどくさいもん。」

「どうして?やろうよ。」

()()()()()()()()()()()()

 確信した。やっぱり僕は真衣と一緒にいてはいけない。平行線なんだ。


「嫌だよ。」

そう捨て台詞を残して、僕は学校から帰った。待ってという声が聞こえた気がしたが、無視して足を早めた。


 予報通りに降った雨の中合羽を着て、自転車に乗って走り出すと、夏も近いのに少し冷たい雨にに打たれた。肌が露出している顔や、足がチクチクとするも、ペダルにぐっと力を込めた。


 家に着くとバタバタと家に入って、自分のベッドに飛び込んだ。すっきりしたはずだった。もうこれで惨めにならなくて済む。それなのに——静寂の部屋に、僕しかいないはずなのに、獣の声が何度もこだました。そんな気がした。







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