真っ暗森から出られない
「はあい、元気ィ?」
アパートにオカマの友人が訪ねてきた。
「るさい!ほっといて!」
布団かぶったまま、すっぴんで目の下にくま作って、肌ガサガサの私はキイキイ答えた。
「仕事行ってるの?」
「仕事?なんのことかしら?」
「食事も三度三度ちゃんと摂ってるの?」
「ほんっと、うるさいな」
心の底から声をはき出す。
今、絶不調。なあんも考えたくない。
「あんたsnsとかちょー投げやりなツイートしてたでしょ?」
「だから何よ」
「だから、心配して来てあげたんじゃないのぉ。心配されてるうちが花よ」
ほんとにこの人は……優しい。
「なんかね、ある朝起きたら、世界がネガポジになってたのよ」
「何それ?」
「絶望した!」
「なんかの漫画のセリフでしょ?」
「ちがわい」
勝手に人んちの台所行って冷蔵庫を漁るオカマ。
「りんごあったわよ。むいたげる」
「……ありがと」
二人してりんごを頬張る。
「なんかさぁ、もう若くないんだなぁ、って」
そう言って涙ぐむ私。
「女々しい!」
「そう言うあなたの若さと自信の秘訣教えてほしいな。……ていうか、それまるごとちょーだい」
「妖怪子泣きじじいかあんたは?」
オカマはちょっと首をかしげる。ヒゲ剃った跡が青い。カビでも生えてるみたいだが、そう思っても言わない。
「恋をしなさい」
「恋?」
「それか、『小公女』とか読んでみたら?気高く生きるのよ!」
ああ。そういう世界もあったなぁ……。
「しばらく、ここから出られないと思うの」
「ここって、アパート?」
「そうじゃなくて、『真っ暗森』」
「ああ……」
心の迷路。壁にぶつかって出られないよぉ。
「しっかりせんかい!」
オカマはドスのきいた声で怒鳴った。
気圧される。
「また様子見に来るわ」
そう言ってオカマは帰る用意を始めた。
「帰っちゃやだ!」
「どーしろって言うのよ?」
「独りはイヤだよおお」
「あーもう、めんどい娘ね!」
その後も、しばらくいてくれた。私はちょっと落ち着いた。
「復帰したら、またバリバリやっていくんでしょ?」
「今はまだわかんない」
「あーハイハイ」
窓の外に月がでていた。夕方の気配がした。
「あたしもう仕事行かなくちゃ。またくるわ」
「ありがとう」
オカマが作ってくれたちょっとどんぶりを食べながら、また一人になった。でももう寂しくなかった。