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水使いの帰還②

さて、序盤の要点部です。


何故、木の神様は守護する地ではない場所に封じられているのでしょうか。そして封じているのは誰なのでしょうか。


予想されている方などいらっしゃるのでしょうか。面白い予想があれば教えていただきたいものです(笑)

 とおる清藍せいらんが腰を落ち着けた後、りくは内線電話を取りお茶を淹れてくれるよう頼んだ。


 ちょうど陸の背中のあたりに壁掛け式の電話機が取り付けてあったのだった。


 家の中に内線電話がある事もに清藍は驚いた。しかし、よく考えればこれだけの屋敷だ。その広さは半端ではない。必要に迫られて設置されたものなのかも知れない。


「あの人も陸の従兄弟?」


 先程出迎えてくれた使用人然としていない一人、吉良きらの顔を思い出しながら彼女が問い掛けた。戸上の人間なら幼少期に私塾で会っいる筈だが記憶には残っていなかった。


 とはいえ、新汰も正樹も覚えていないので確かかどうかも自信がない。ただ覚えていないだけかもしれないし、成長して面影が残っていない可能性もある。


「あ……うん。父の上の弟の息子さんだよ」


「えっと……新汰さんは下の弟さんの息子さんだったよね」


「そうそう」


 清藍は頭の中で陸の親の兄弟関係を思い出してみた。確か、陸の父は長男で二人の弟がいた筈だ。陸と同じ男子の三兄弟なんだ。と、関連付けるように。


 なるほどと納得し掛けたところに、徹が人の悪い笑みを浮かべて補足してきた。


「従兄弟なのは間違いないけど、本妻の子じゃないってのがミソ、な」


「徹!」


「ホントのことだろ」


 驚いた顔で二人を交互に見る彼女に、徹は更に言い募る。


「ここの次男は女好きで有名でな。外に何人も愛人を囲ってるんだ。アイツはその愛人に産ませた一人だよ。しかも本妻の子より頭も運動能力も術力も上っていうね」


「徹!!そこまででいいだろっ!」


「ハイハイ、判ったよやめるよ」


 そんなに怒るなよとボヤきながら徹は肩を竦めた。


「吉良さんは本当に優秀な人だよ。僕なんかよりもずっとね」


 そんなやりとりを見ていると、また知らない筈の知識が流れ込んでくる。


 術力や運動能力だけでいうならば、元から兄(陸の父)よりも弟の方が優れていたらしい。しかし、人間性に欠陥があったらしく他の諸々の事情もあり、現在の家長は陸の父が務めていると。


 それと同時に陸の上の伯父に対する嫌悪感も湧いて来た。


 これはもしや姉の知識なのではないのか?そう思ったのは直感だった。


 便利かもと思った清藍だったが、その人物に対する藍良あいらの感情までも判ってしまうらしいとこに気付き姉に少し申し訳ない気持ちになった。


 例え妹にだったとしても感情をダイレクトに知られてしまうきっと姉も気分のいいものではないだろうと思ったからだ。


 吉良はその父の才能をそのまま受け継いでいるのだろう。と、嫌悪感を追い出す様に気分を変えてそんな風に考えた。


「不便ね。優秀でも男だから当主になれないなんて」


「ホントだね。その縛りがないならとっくに吉良さんが次期当主候補に選ばれていただろうね」


「……お前もな」


 呟いたのは徹だ。徹の意見に彼女も頷く。真面目で努力を怠らない陸ならば間違いなく当主候補の一人に選ばれているだろうと彼女も思う。


「僕は当主になりたいと思ったことはないんだ……」


 それは陸の心からの本音で、できるならば戸上のくびきから逃れ自由に生きたいと願っている。けれど、それが叶えられる可能性は殆どないであろうこともきっと判っているのだろう。


 陸がため息をついたタイミングで、使用人が三人分のお茶を持って来た。襖の前に膝を付き、室内への入室許可を願う。


 陸は優しい声で謝意と許可を使用人に与える。人を使う事に慣れた者の仕草だった。


 使用人は両手で襖を開けて入室すると三人分の珈琲を持って入室し、陸と清藍に温かいものを、徹にアイスコーヒーを出して去っていった。家人のお茶の好みも知っているようだ。


 白い繊細な持ち手のコーヒーカップからは湯気が立ち上りいい香りが室内に漂う。


 陸は一口珈琲を啜ってから、気持ちを入れ替える様にため息をついて話し出した。


「徹たちが風の御神と対峙している間、僕と新汰兄さんは熊田市の北側の丘に行ってたんだ」


「そこにくさびがあったのか」


「うん。丘の上から熊田市が一望できるんだけど、すごく目立つ場所にあるのに気付かない。そんな巧妙な結界付きでね」


 一息つくと陸は再び珈琲を口にする。


「僕と新汰さんで考え得る限りの術を使って破壊を試みたけど楔は無傷なままだったよ」


「なるほど。となると楔を破壊するには手順が必要なのかもな」


「そうかも知れないね。それともう一つ。その楔にせいら……というより水上一族に対する繋がり……なんて言ったらいいのかな……親和性?みたいなのが感じられてね。多分だけど、水上の誰かの血をその楔に落とせば楔は壊れるんじゃないかと思うんだ」


「それなら私が傷を作って血を掛ければいいんじゃ……?」


「残念だけどそれだけじゃ不完全かな」


「……ああ、そうだろうな」


 徹と陸の表情が沈痛に沈んだ。彼女は首を傾げた。水の神の心も重く沈むのを感じる。が、その回答を水の神が与えてくれることもなかった。


「楔を壊すには多分、せいらの命が尽きる程に血を流さないと……」


「……そうなんだ……」


 水の神が答えを教えなかった理由は陸のその言葉で判った。


「だからそれ以外の方法を探さないとな」


「でもどうして水上と関係しているの?」


 徹の台詞に被せるように清藍は疑問をぶつける。陸と徹は顔を見合わせ、代表するように徹が答えた。


「可能性は幾つかあるんだが、まず、楔を作ったのが水上の一族であった可能性な。けど、ここ数十年の事らしいからこの線は薄いかも知れないな。藍良以上に突出した術力ちからがある人間が水上にいたとはあまり思えないからな」


 一息にそこまで言ってから徹は一度言葉を切った。


「次に可能性が高いと思われるのは、木の御神が水上の一族の誰かの中に転生した場合かな」


「転生って言ってもいわゆる生まれ変わりって言うよりは、神の一部を人間に封じる感じなんだけど。この場合は、神の力の殆どは別の場所で眠りについていて一部だけが人の中で生きる感じになるんだけどこれも可能性的には余り高くない気がするんだよね」


「どうして?」


「木の御神が、親和性の高そうな水上に宿るって言う事に関しては可能性としては高いと思うんだ。けど、ここ数年で水上の術者は殆どが亡くなってる。生き残っているのはせいらだけで……だとしたら木の御神はせいらの中に宿っている事になる」


 話の展開の意外な行方に清藍が目を丸くしている。返す言葉も見付からずに口を開けたり閉じたりを繰り返した。


「もしそうだとしたら、水の御神がそれに気づかない筈はないと思うんだ?」


「だから他の可能性を考えないといけないんだよな……」


 陸の言葉を受けて、ため息をついて徹は言った。



―――――――――――――――――――――――――――――――ー



 とおるは微かな物音で目を覚ました。


 真っ暗な部屋でも微かに目が見えるのは暗闇に目が慣れているからだ。


 一度眠ってしまうと朝まで目を覚まさないことの多い徹だ。不思議に思って周囲に気を配っていると、遠くから小さな歌声が聞こえている事に気づいた。


 よく知る声だった。そしてよく知る歌詞。すぐに徹は理解した。清藍が水の神のために祈りの歌を歌っているのだ。


 部屋で歌っているのかと思ったが彼女にあてがわれた部屋は部屋は徹の部屋と近い。部屋で歌っているのであればこんなに小さく微かではないだろう。


 徹はもそもそと布団から出て歩き出そうとして何かに気づいたように動きを止め、軽く身なりを整えた。年頃の女性を探しに行くのに寝起きの状態では流石にまずいだろうと気づいたのだ。


 音を立てないよう気を付けて廊下へ出る。周囲の人間を起こさないようにという配慮だった。清藍が訪れたことで寝ずの番をしている者たちがいる。彼らに対する配慮だった。


 そこまで考えて、徹はきっと清藍も自分や周囲で寝ている人のことを思って遠くへ移動したのだろうと気付いた。


 周囲を見回す。廊下には所々明かりが灯してあり歩くのに不自由はない。もとより真っ暗だったとしても住み慣れた家である、ぶつかる事もまして迷う事などあり得ない。


 少し歩いて徹は母屋への渡り廊下の途中にある東屋に腰掛けている人物がいる事に気付いた。


 見慣れた淡いピンク色のパジャマを着ている。病院で着ていたものと同じものだ。


 歌う声ははっきりと聞こえるまでになっていて、その声の主が東屋に設えられた縁台えんだいに腰掛ける人物であるのは間違いなかった。


 ふと、腰掛けるその人物に別の人物の姿が重なった。


 今の清藍せいらんによく似た、けれど少し背が高く声の低い人物。彼らが――守りたくて守れなかった大切な人。


 ずきんと突き刺さるような痛みが体を通り抜ける。激しく熱く身体中を灼く痛み。長い時が流れても消える事なく彼らの中でくすぶるその傷痕きずあと


 強大な力を有する風の神にさえ怯まず対峙した青年とは思えないその様が、藍良あいらという存在がどれ程彼の中で大きいのかを知らせていた。


 徹はゴクリを息を飲み、自分を落ち着かせる為に深く呼吸を繰り返した。


 ゆっくりと縁側に腰掛ける人物に近付く。


 その人物は目を閉じて歌に集中している。見間違うなどあり得ない。彼らの幼馴染――清藍の姿だった。


 想像以上に激しい動悸を抑えるように胸に手を当てて、けれど徹は清藍に声をかけようとはせず近くでその歌に聞き入った。


「……起こしちゃった?」


 気付くと歌は終わっていた。清藍は振り返って徹を見上げていた。


「いいや。最近たまに夜目が覚めちまうんだ」


 嘘だった。本当の事を言うつもりはなかった。


 徹は清藍の隣に腰掛けた。


「水の御神おんかみに歌ってたんだろ?毎日やってんのか?」


「……うん。術の訓練も始まったばっかりでまだ何もできないし。歌うだけで少しでもアーガに力が戻るならって思って……」


 今まで名前で呼ぶ事のなかった水の神の名前を呼んだ事に徹は気付いた。


「もしかして、水の御神と意思疎通出来る様になった?」


「あ、うん。この間から」


「目が覚めてから?」


「ううん。洪水で流された時から」


「……ああ。せいらの体に傷がほとんど無かったのは、水の御神のお陰だったんだ」


「徹の守護術のお陰でもあると思うよ」


「いや、気休めはいいよ……。俺の体はボロボロだったし。でも良かった。水の御神に感謝しないと、だな」


 ごめん……と溢れるように聞こえた小さな声に、徹は慌てて首を振る。


「謝るのはこっちの方だ。守れなくてごめん。ホント、今回は自分の馬鹿さ加減に腹が立ってる。ごめんな……」


「そんな事ないよ!いつも助けて貰ってる。アーガの件だって、二人がいなかったら今頃生きてたかどうかだって判らないのに!」


 必死に言い募る彼女の様子に、徹は少し微笑んで彼女の頭をぽんぽんと軽く叩いた。


「……ありがとな」


 徹の顔に笑みが戻ったのを見て、清藍もやっと笑みを受けべることができた。


「判ればいいのよ……」


 素直な感謝の台詞に少し照れてつい憎まれ口をいてしまう。


 けれどきっとそれでも彼なら判ってくれるだろうという信頼があった。


「せいらいい声だな。もう一度歌ってくれよ」


「……え?改めて言われると恥ずかしいんだけど。人前で歌うことなんてあんまりないし」


「もう聞かれちったんだしいいだろ。あと一回だけ。水の御神もきっと喜ぶぞ」


「……もう。あと一回だけね」


 穏やかな時間が流れていた。そんな時間を貰えたことに徹は心から感謝した。風の神に――それを宥めた正樹まさきに。

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