91.戦いの後の雰囲気は
久々に書いたたよね。ずっと夏バテてた。11月まで暑いとかしんどすぎる。
吉良はどさりとベンチに腰を下ろした。公園内にある木製のベンチだ。数人掛けのベンチは風にさらされ少し傷んでいる。
「は~疲れた」
気が抜けるような明るい声だ。新汰と正樹は顔を見合わせて、お互いに何とも言えない情けない顔を確認し合っている有様だ。
「何もかも思うようにいかないもんだよね」
気が抜けるような寂しさを含んだ声だった。自由に生きたい。ただそれだけなのに。そう聞こえた気がした。それは新汰の気のせいだろうか。
「何であいつに勝てないんだろうな」
「あいつ……」
徹のことだろうか、と新汰は考えた。それとも陸か。その気持ちは新汰にも判る。若手術者の中でもあの二人にはとびぬけた才能を感じる。そして実績もピカイチだ。何せ、彼らは中学生の頃から術者としての活動をし、収入を得ている。
遊びたい盛りだった新汰は、当然の様に術者の修行は強いられていたものの、『仕事』はしていなかった。
今思えば、二人はあの女水使い――名前は思い出せなかった。水上……なんだったか――の生活費を稼ぐために仕事をしていたのではないだろうか。
身寄りのない、強大な術者。新汰にとって清藍への第一印象はそれに尽きた。そういえば、結構な美人だったな、と付け加えるように思い出す。
もしかしたら、同じ水使いであるあの水使いに対する劣等感だろうか。
しかしそれは、おそらく同年代の術者の殆どが感じる劣等感だろう。とにかく、水使いを含めたあの三人は桁外れれだった。
それは他人の力量を図ることのできる素質を持った、新汰だから判ることではあるのだが。
「イケメンだしね~」
「いや、今はそれは関係ないだろ」
正樹のどこか外れた返答に、思わず苦笑いしながら新汰が合いの手を入れた。正樹はあいつを陸だと思ったのだろうか。確かに陸は優等生然として礼儀正しい。そして父親に似てかなりの精悍な面持ちをしている。
当然のように、陸が告白された等のエピソードも何度も耳にしていた。対して徹はそういう話題を聞いたことがない。
不細工ではないのだが見た目だけで言うと、どちらかと言うと野性的な雰囲気は正樹にも通ずるものがあるのだが、中高生にとっては少し近寄りがたいかも知れないと新汰は思う。
気の抜けるような穏やかな物言いに、先程までも殺気立った雰囲気が霧散していく。
はははと乾いた笑い声を吉良があげた。顔を上に向ければ綺麗な青空が広がっている。
「これからどうすんだっけ?……ああ、日上と連絡取るんだっけか。くっそ……まぁそうなるよな。陸君があの状態じゃな……」
「それなんだが……ここへ来る前にSNSで連絡入れておいたんだが返信がないんだよ」
困ったなと小さく呟いて、新汰はポケットからスマフォを取り出して画面を確認してみたが、やはり返信がないらしくため息をついた。
「と、取り敢えず一旦車に戻る?篠崎さんも気になるし」
だんだんソワソワとし始めた正樹が出口の方の顔を向けながら言った。吉良が落ち着いたことで、彬華を気にする余裕ができたのだろう。
新汰は体調をくずして車に置いてきた彼女の存在をずっと忘れていた。
「そうだったな、戻ろうか。この場所に何かがあるのが特定できたのは大きい。取り敢えず戻って作戦を練ろう」
新汰は言い、ふたりを促した。徹に連絡が付かない場合、最悪あの人に助けを求めることになるかも知れないなと、灰褐色の髪をした人物を思い描いた。
例の人物はこの手のことに首を突っ込みたがらないが仕方ない。他に助言をもらえる当てが思いつかない。こういう時に、横の繋がりが薄いことを痛感してしまう。
戸上に術者は少なくないが、信用できる人間となると話は別になってくる。
一度戻って陸の意識が戻ってないか確認した方がいいだろう。彼に連絡をするかどうかはその時決めればいい。もしかしたら徹と連絡がつくかもしれないし。
「ところで、この結界まだ解いてもらえないの?このままだと帰れないよね」
にっこり笑って吉良が言う。
「あー、すまん」
忘れていた。顔には出さずに新汰は心の中で呟いた。
こいつ結構いい性格してるよな。
新汰の視線の線の先には、にこにこしている吉良がいた。未だ、ベンチに座ったままで本当に帰るつもりがあるのかといった様子である。
以前から感じていたことだが、この吉良と言う男は会うたびに印象が違う。頻繁に会う間柄ではないが、新汰と吉良の双方が祖母の塾に在籍していたこともあって、知人と呼べるレベルには、知っている間柄だった。
けれど、好きになれる相手ではない、とも思う。警戒心が強いというのだろうか。他人に対して心を開いて話をする様子は見た事がなかった。
術者が行使する結界は、一度展開すれば術者が死ぬまで解除されることがない。新汰は周囲をもう一度ゆっくりと見渡して微笑んだ。心の中でありがとうと語りかける。
それだけで周囲に張られた結界が解かれ、あたりは静寂の中から解き放たれた。
「予備動作も呪文もなしに?もしかして君ってカミツキ?」
「え?なんだよカミツキって」
とっさに新汰は嘘をついた。戦闘後の疲労感から抜け出せていないらしく、吉良のポーカーフェイスはまだ復活しきれていない様だ。
表情は微笑んでいるが、声には棘を感じる。警戒感と言う方が正しいかも知れない。
カミツキ。一般的には『神付』と、漢字を当てる筈だ。神の助力を得た者。しかし隠語として、血に狂った術者のことをカミツキ――噛付と当てることもあった筈だ。
どっちを指しているのかわからず咄嗟に口にしてしまった。
「え?知らないの?……うーん……」
「それに簡単な術を使うだけなら、術式を口に出す必要なんてないじゃないか」
「え?……えーー?」
嘘でしょ?と言う独り言が聞こえた。何が嘘なんだ。判るように説明して欲しいと、新汰は苛立ったが勿論、そんな感情は表情には出さない。
「新汰ー、多分。戦闘用結界を簡単な術式だって思ってるのは新汰だけだと思うよー?」
「ん?それは、正樹が防御術苦手だからだろう?」
「まー。確かに新汰は防御術系統は得意だけどねー」
地の属性がそもそも防御術と相性がいいという事もあるが、得てして攻撃術の方が術を編みやすいというのが一般的な常識だ。
まして、戦闘術式を外に漏らさない程に強固な結界術は編むのが難しい。
しかし、一般的に現代の術者が最初に習うのが結界術式であるため、その強度には差があるものの、術者であれば誰もが編むことができる術式でもあった。
R06-06-27 一部加筆