79.黒い靄の中心点④
戦闘シーンは嫌いです。泣きそう。
「……何でいつもあいつなんだ?」
その呟きは小さかった。新汰を見詰めている筈の吉良の瞳には何も映っていなかった。
「あいつがそんなに優秀なのか?戸上の血すら引いていないのに……?」
だとしたら自分は何なのだろう。『戸上の血族に連なる』ただそれだけで、望みもしない場所に繋ぎ止められている自分は。
あいつだって同じなんだとどこからか声が聞こえる。
一滴も戸上の血が流れていないというのに、本家に住むことができる……引いては祖母の傍にいられるという特別待遇を受けている。
困惑した顔の新太と吉良の声が聞こえなかったのか、周囲に視線をさ迷わせたままの正樹。
「相馬くん……?」
本来なら新太だって立場は同じ筈だ。
直系が長男の子供だという意味ならば、自分と新太の立場は全く同じな筈だった。
なのに何故、こいつは自由なのだ?崎宮の地に縛られることすらもない。
それが叶うなら僕だってとっくに……!
「その……石碑が楔なの……?それを壊せれば、その神様とやらは開放されるんだ?」
それは短絡的な思考だった。
例えそうであったとしても、瘴気が漏れている時点でただ壊すだけで事態が好転するとは考えにくい。
けれどこの時、吉良は完全に頭に血が登っていた。昨日からの出来事と、それより根深い今までの不満。そういったものが、彼の心に重い負荷を掛けていたからだ。
「そうじゃない、今はまだ調査の段階で……」
新太の声は遠く感じられた。誤魔化そうとしていると感じた。もういい。何も聞きたくない。
「いいよ、俺がやってあげる。そうしたら、あいつは楽してクエストクリアだ」
名案だとでも言うように、吉良が笑う。
その途端に新汰は周囲の気温が下がり始めたのを肌で感じた。
「相馬君!!」
警告のように上げる声ももう吉良には届かない。黒目がちの栗色の瞳は完全に据わっていた。
ただならぬ気配に呆けていた正樹も吉良へ視線を向けた。
すっと手を振り上げる。その数瞬のうちに吉良の右手が白い靄に覆われ始める。そのまま軽く手を振りぬけば、いつの間にか吉良の手の中には30センチ程の氷の槍が握られており、それはそのまま吉良の手から離れ石碑目掛けて飛んでいく。
パキーーン。
氷の槍は高速で石碑に向かって飛んだ。その狙いは正確だった。あわや石碑に当たるかと思われた瞬間、槍は何かに弾かれて軌道を逸れて池の中に落ちた。
派手に上がる水しぶき。吉良はそれを見届けて、ちっと舌打ちをした。
色素の薄い吉良の目が正樹を睨む。
「正樹……ナイス」
安堵の声を上げるのは新汰だ。
「新汰、結界を……」
正樹の言葉はいつも少ない。新汰はそれに頷くだけだ。
「相馬君、落ち着くんだ。頼む話を聞いてくれ」
絶望的な思いに沈みながらも新汰は言葉を紡いだ。