75.水使いの参戦②
遅くなりまして。
ここからは加速的に投稿していく予定だったのに、この体たらく。
年内には終わらせて、別シリーズのハイファンタジー書きたいなあ。
ぴりっと指先に軽い痛みを感じ清藍は顔を上げた。
熊田営業所行のバスに乗って十分程した頃だ。
さほど高くない建物の続く、休日の昼間と言う割には人通りの少ない街並み。11月の割には暖かい日差しの中、役所前を右に曲がった辺りでのことだ。
清藍は穏やかな街並みに向けていた視線を正面へ向けた。
人のまばらな車内の一番後ろに座っていた彼女だったが、その進行方向の空が黒く霞がかって見えた。それは空が雲に覆われているという事ではない。
車内の他の誰もそれを気にしている様子がない。おそらく視えているのは清藍一人だ。元々の素養があるのかさして集中せずとも『視える』ようになっていた。
瘴気……なのかしらね、あれが。
よく晴れた昼間だというのに暗く色褪せて見える一画へ運よくバスは向かってくれている様だ。
清藍は自分の手を見下ろした。徹や陸は水の神との戦いの際には、剣を所持していた。今、自分は何の武器も持っていない。急にそれが不安になった。
そういえば、あの剣はいつの間にかなくなってしまっていた。人が来ないうちに隠したのだろうか。
確かにあんな得物を持ったまま移動していたら、警察に連れて行かれてしまうだろうが、何となく釈然としない。
綾乃から教えを受けた中途半端な術しか対抗手段のない自分に何ができるのだろう。そう思うと胸の奥が軋む思いがする。
”案ずるな。そなたのことは我が守る”
膝の上に置いた手をぎゅっと握る清藍に掛けられたのはそんな言葉だった。
実際に音として耳に入ったわけではないがそれを聞いただけで、何故か心が安らぐ気がした。一人ではないと思えるからか、実際にその言葉に力があるのか。
「うん。ありがと」
清藍は顔を上げる。少しこわばった顔で。それでも前を向く。
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病室のベッドの中で閉じられたままだった瞳がぱちりと開かれた。
数度、瞬きを繰り返す。
しばらくぼうっと天井を見上げていたが、やがて状況を把握しようとするように、その瞳が忙しく動き始める。
胸の奥に深い痛みを感じた。それは物理的な物ではなく。
瞳から涙が溢れていく。
「あいら……」
たどたどしい言葉で紡ぐのは愛しい人の名。
むくりと青年は上半身を起こした。長い間横になっていたせいか、くらりと世界が揺らめく。それでも倒れることなく体を起こし、視線は窓の外に注がれる。
精鍛な顔から幾筋の雫が零れ落ちる。涙で視界がぼやけたが青年はそれを気にすることもなく、ベッドから落ちるように這い出すと、窓の方へ向かう。
その方向はちょうど清藍が見ていた方角。
「行かなきゃ……」
青年は右手を掲げた。ただそれだけの動作で、その姿は掻き消えた。その後、その病院で青年を見かけることはなかった。