74.水使いの参戦①
やっと主人公の出番。主人公どんだけ出て来ないんだって言うね。
というかこのお話の主人公は、清藍、徹、陸です。多分。
清藍は改札口を出て周囲を見渡した。
熊田駅は熊田市の東端にあった。熊田市の居住エリアは、県庁所在地である崎宮市に隣接する西側に集中している。
崎宮駅から北西に伸びるローカル線で二つ目の駅が熊田駅だ。
市域の西半は山地が占め、東半は熊田台地と呼ばれる洪積台地及びそれを刻む中・小河川により形成された段丘や谷底平野が、基本的な景観を作っている。
住民はそれほど多くなく、穏やかな農村地帯と言った雰囲気だ。
熊田駅は高台にある。小さな改札口の前に立てば、箱庭のようなロータリの先に、目線と同じ位の高さに山が見える。街並みはその下だ。
清藍は周囲をゆっくりと見渡すと困ったようにため息を付いた。
駅の時計を見ると既に九時を回っている。既に出遅れた気分の清藍である、気持ちが焦って仕方がない。それに対して周囲は長閑だ。しかもこんな事でもなければゆっくり散策したいくらいのいい天気である。
「ここまで来たのはいいけれど、ここから先が問題ね……」
声は小さいが、周囲には誰もいない。清藍の乗ってきた電車で幾人かが下車したが、一人は駐輪場で自らの自転車に乗って去り、また一人は躊躇うことなく歩き出し、また一人は迎えに来たであろう車に乗り込んでいった。
”先ほど「すまふぉ」とやらで調べておったろう?”
どこからともなく聞こえてくるのは水の神の声だ。
「そうなんだけど、路線は2ルートしかないみたいで、どっちもこの熊田駅から崎宮駅に戻るだけで経由地が違うだけみたいなの……」
ちなみにこの付近で営業しているバス会社は一社だけだ。
駅前の交差点まで歩いて来て、清藍は正面と左右の道へそれぞれ視線を投げた。
電車に揺られて移動する間に調べた結果やっと見付かった路線図は崎宮駅から熊田営業所へ行く二つのルートしか見つからなかった。
左右どちらかから来て正面の坂道を下っていくルートだ。
どちらのルートも実はそのまま清藍の住む崎宮市方面へ行ってしまうのだ。しかしその途中に大きく北と南に別れて熊田市の市街地を回っていくルートであるためどちらに行くのか迷ってしまう。
清藍は呼吸を整え、忙しく周囲に視線を投げていたその目を閉じた。
綾乃の教えを思い出す。
思えば、徹も陸も何にも教えてくれなかったな。
雑念を払わなければいけないというのに、つい二人のことを思い出してしまう。
何故教えてくれないのか、その理由も判っている。清藍を戦いに巻き込まないためだ。二人は既に最愛の人物を失っている。だから、その失敗を二度と繰り返さないために必死なのだ。
しかし、それは狡いと思う。
もう一度深呼吸を繰り返し、心の中を整えるように清藍は二人の顔を想い浮かべる。
女には守れないなんてきっと思っていないに違いないと思う。あの二人ならば。それは確信に近く清藍の心の奥にあるものだった。
あの二人は失った痛みが強すぎて、一番大事なことを忘れている。そう思う。
私や姉の性格だ。
きっと、お姉ちゃんも同じ気持ちだったんだと思う。大切な誰かを、大切な何かを守りたいと思うのは誰だって同じなんだってこと。
今度は私も守るから。見ていてね。
ふっと息を吐くと、心の琴線に触れるものを感じ取った。
これだ、この感触。多分、合ってる。いつの間にか心は凪いでいた。心の目で視て、心の中の手で掴み取るような感覚。
そして、そっと目を開いた。
あそこだ――。
「行こう、アーガ。きっとあそこよ」
清藍は南西の方向に視線を飛ばしていた。そこに見える黒い霧のような何か。きっとそこに何かある。
R5-03-16 一部改稿