67.禍(まが)つ印②
やっとこ出掛けてくれたよ。
逸夏とか暁乃とかは名前は出てくるけど今回は出番はない(筈な)ので覚えなくていいよw
目に見えない悪意が自分たちの周りを取り囲んでいるような気がしていた。あの花を見てからずっと。
吉良は車の助手席で自分の肩を抱くようにして座っている。
車を運転しているのは先程から新汰だ。吉良は車には詳しくはないが、確か若者を中心に人気のあるSUV車だったはずだ。カラーは白、車内は黒系統でまとめられていて落ち着きのある内装になっている。
戸上邸から出た当初、新汰は後ろに座る相棒を気にしているようだった。
今までの経験から正樹が器用な性格ではないことは良く知っている。そんな彼が、珍しく興味を示した女性が隣にいる。友人として色々興味が湧いてこないわけがない。
しかし、戸上邸へ寄った後から吉良の様子が僅かに変わったも事に気が付いた。
「相馬さんは『討伐』に参加したことは?」
静かな声でそんな風に聞いて来た。まるで無関心ではないのだよと伝えられている様だ、と思った。
「……何度かは」
「じゃあ、相馬さんにもパーティメンバーがいますよね。彼らに連絡を取らなくても大丈夫ですか?」
討伐にパーティメンバー。ネトゲの会話か?と少し苦笑したが言いたいことは判る。
討伐とは戸上本家から来る依頼のことで、討伐対象は主に人に害をなす妖の類だが、稀に本物の土地神やそれに取り憑かれた人を狩ることもあるという。
人は脆い。目の前で神の力を見せられれば簡単に狂ってしまう。そんな人間から妖や神を払う事が出来たとしても、その後にその人物が正気に戻れるかどうかはまた別の話だ。
だから現代でもそんな事が起こる。その場合は表向き事故として処理されるわけだが。
術者の力を使って人を『処理』したのならば証拠など何も残らないのだから。例え目撃者がいたとしても罪に問えるかどうかわからないのだ。
「あぁ、そうですね。後で連絡を入れれば大丈夫、かな。それと俺のことは吉良でいいよ」
相手が戸上の人間だったから少し緊張したのだろうか。ガラにもないな、と思う。人と打ち解けるのは得意な方だった筈だ。と自分に言い聞かせる。
「じゃあこれからは、吉良君と。俺も新汰でいいですよ。一族皆同じ苗字だから呼びにくいでしょうし」
戸上の子供は殆ど男子だから親族はほぼ苗字が変わらない。小さい頃から面識のある従兄弟たちは最初から名前で呼び合っているが、吉良とはほぼ初対面だった。呼び方に困っているのはお互い様なのだろう。
「新汰君、だね。改めてよろしくね」
「こちらこそ」
吉良は昨日からの新汰の行動を思い返してみた。普通だ、と思う。だというのに、吉良の母違いの兄弟たちとは全く違うその態度にため息が漏れそうだ。
その関係性上仕方ない事なのだろうとは思うけれど、吉良の兄弟たちからは吉良は好かれてはいない。妾腹だからというだけでなく、強く父の血を―――その術力を継いだからだ。
けれど新汰の口調は穏やかそのものだった。気付いてみれば今朝会った時からずっと。
陸の態度が特別優等生に見えていたが、そうではないのかも知れない。思えば、吉良は陸の弟たちともあまり面識はなかった。
「そう言えば、新汰君たちはいつもは正樹さんと二人だけでやってるの?」
ふと疑問に思ったことが口を突いて出た。微妙に小声になるのは後ろに彬華が乗っているからか。
「ん?……ああ。違うよ。陸君たちと違って、俺たちはそんなに優秀じゃないし。4人かな。たまに助っ人頼んだりするけど。今回はたまたま陸君たちと一緒になったから他の二人は今回はお休みなんだ」
そこまで言って新汰はふっと笑った。新汰も同じく少し声を潜めている。
「当代最強と言われる術者の実力も見てみたかったから、さ」
「当代最強……ああ、日上君のことかな」
吉良はため息を付く。彼は何度か徹の力を目にする機会に恵まれていた。
「確かにね……。彼は別格だよね。タイマンなら陸君ですらいいとこ引き分けなんじゃない?」
「そうなんだ……。すごいな……」
「身体強化がメインだからかもしれないけど、MPお化けでさ。鍛えてるし、体力もあるから勝てる気が全くしないよ」
「ああ、そう言えば遠距離攻撃はあんまりしないと思ったらそういう事なんだ」
「日上だからね。太陽からMP補給できるなら日中は最強っしょ。夜だって月があれば大丈夫って噂もあるし」
日上の人間が力が強いと言われる所以の一つはこれだった。
「そういえば、何で日上君は来れないん?来れないって話は聞いたけど、理由は聞いてなかった様な……」
「ああ、それね」
言葉と共にため息が漏れる。
「どうやら逸夏ちゃんが家出したらしくてね。今本家は大騒ぎになってるみたい」
「え?暁乃じゃなくて?」
「そのようだよ。昨日から戻ってないらしいんだ。なんでも下の兄が逸夏ちゃんと出掛ける約束をドタキャンしたらしくてね……書き置き残して出掛けてそのまま……らしいよ」
「家出つうかもしかして……誘拐とか……」
「可能性はありそうだよね。戸上は誰もが知る旧家だし……。逸夏自身も可愛らしい子だから余計にね。今のところ身代金要求とかはないみたいだけど。まあ、そういうわけで徹君は捜索に駆り出されたわけよ」
「なるほと……無事だといいけど」
「ホントに、ね」
二人は小さくため息を付く。逸夏を心配する気持ちがないわけではなかったが、だからと言って陸をほっとくわけにはいかない。
思わず鳥肌が立つ。吉良は先程感じた悪意を再認識するのだった。
R02-09-26 一部改稿(前半)