五里霧中②
まだまだ、くらーい展開が続きます。清藍が目覚めない限りこの調子なんですかねー。自分で書いときながら嫌だなー暗いなーと思っているという……。
誰だこんな展開にしたやつ……まったく……。
「ねえ聞いた?あの子、洪水に巻き込まれて今入院してるんだって」
「え?!とうとう死んだの?」
「いやそれは判らないけれど」
「え?だって熊田のあの辺りって田んぼばっかりで何もないんじゃない?」
「何か熊田の駅前に新しくできた図書館があったでしょ?」
「ああ、最新鋭の機器とか揃ってる図書館でしょ、有名アニメのデータとかも所有してて見放題だって誰か言ってた」
「そうそう、あそこって有名ラノベとかも揃っててビンボー学生には結構人気なんよー!」
「あー、聞いたことある。電子ノベルとかも閲覧できるのかなー?私、読みたいラノベあるんだけど今月お小遣いピンチでさー」
「ラノベの電子版までは難しいんじゃない?」
キャラキャラとした明るい声。誰もが楽しそうに話しているように聞こえる。
「そっかー、でも一回行ってみない?どんな感じか見てみたいし」
「いいねー、ディズニーアニメとかならきっとブルーレイとかあるだろうし、……」
「ディズニー!!いいね、私、美女と野獣の最新作見逃してるのよ!」
「最新作って実写化のやつ?」
「そうそう、あの女優さ確か、………の女の子役でしょ?ヒロイン枠っていうかさ。なんだっけ、エマ……?」
「図書館の話もいいけど、今は違うのよー」
「あ、そうだった。洪水の話?最近は異常気象で雨とか局地的に降るから怖いよねー」
急にトーンダウンする。
「隣町って言っても、あの辺りって住民はそんな多くないんじゃないの?なんかすごい田舎っていうか遊ぶとこって全部高台にあって、洪水のあたりってさー」
「そうなんだけど、例の図書館て確か川の横にあった筈なのよ」
「え?もしかして図書館も水浸し?!」
「導入したばっかりの最新機器は?!」
「いや、その辺は判らないんだけど」
「その近くのデパートが避難所になってたらしいから図書館は平気かも?テレビで見たけど、私小さいとき結構あのデパート行ってたから。映像視たら判ったのよ。」
「よかったー図書館が無事で。最新機器ってすごいお金かかるもんね。なくなっちゃったら泣くわー」
そのあたりで怒りを覚える。話題の最初に出た子は洪水に巻き込まれているというのに。
「え、〇〇って家あの辺り?」
「え?!ごめんめっちゃ田舎って言ってたーーーー」
キャラキャラと笑う声。
「いや、ほんとに田舎だからいいんだけど、違うのお母さんが子供の頃熊田高校に通ってたんだって」
「熊田って、進学校じゃん。あったまいいのねーー」
「何かあれでしょ。あそこって中学1年からの生活態度まで審査されるって。だから問題一回でも起こしたら頭良くても入れないのよねーーー」
「うは、まじ?あたし絶対ダメだーーーーwww」
「なんか問題起こしてるんかい」
「夜中クラブ出入りしてるーーー」
「マジで、危なくない?」
「平気平気。危ないとこには行かないもん。そんなにいつもでもないし」
「そっかそっか、気を付けてね」
「うん、ありがとう。やさしいね」
友人同士では心配もし合う普通の子なのだ。なのに何故だ?
「あそこね、昔おいしいジェラートがあったんだって」
「ジェラート?へー」
「なんか、こっちより先に出店されたらしくてさ、人も少ないから穴場だったみたいなのよね」
「あーなるほどね、ジェラートが新しかったんだ」
「っていうかジェラートって何?」
「ああ、今言わないよね。トルコアイスみたいなやつ。アイスを練り練りしてあんなに伸びないけどね」
「ああ、なるほど。へージェラートねー」
「でさ、昨日かなニュースで救急搬送された人の名前が流れてたんだけど」
「ああ。洪水の話だったよね」
「そうよー、脱線するからすすまないのーー」
「ごめん、ごめん」
その声は二人ではなく、三人か四人、もしかしたらもっと多いかもしれない。
「あったんだよ、名前が」
「え?誰の?」
「あの子よ、あの子」
「あの子って、髪の長い?」
「そうそう、外人みたいな名前の子」
「あーあの名前ね。かわいいよね」
「そう、名前だけはね」
「生きてたんだ?」
「多分?名前出されたってことは死んでないよね」
「そっかーーーよかったね?」
「そうだねーーよかったよねーー」
声に悪意を感じる。まるで、何で生きているのだ?とでも、思っているかのように。
「確か、家族も亡くなってるよね」
「いなかったと思う。お婆ちゃん?みたいな人が学校に来てたことはあるけど」
「ああ、なんか校長先生が直々に対応してた人?」
「そうそう。優しそうなお婆ちゃんだったけどすごい人なのかなー?」
「なんか、すっごい小さくてちょっと腰の曲がった、着物の似合うお婆ちゃんだったよね」
「普通っぽい。あーー、着物着てるだけで普通じゃないか」
「それがさ、すごい高価そうな着物っていうんじゃなくて、普段から来てるって感じの、なんていうの……かすり?模様みたいな?」
「普段から着物なのかなー?」
「そうかも、普段着で来ましたって感じだったよ」
「お婆ちゃんかあ、家族いないんだーー。二人で暮らしてるのかなー?」
「寂しそう。あーー、でもうるさい親父がいないのは羨ましいなー。臭いし」
「えー臭いのー?」
「臭いよー、いいなあいなくて」
「確かに臭いお父さんはちょっとねーー」
「いいよね、綺麗で頭良くてお金持ちなんだー」
「さっき、可愛くないって言ってなかった?」
「言ってないよーー、名前だけは可愛いねって言っただけ」
「それって、可愛くないって意味じゃない?www」
「気のせい気のせいww」
「周りの人がいなくなって、結局最後は自分も死ぬのかなー」
「あーあのうわさ?最近聞かなくなってたのにねーー。あの子と一緒にいる子最近増えたもんね。男の子ばっかり」
「あー、増えたよねーー。美人は得だよねーー」
「結構イケメンが多いから余計にイラっとするよねー」
「ホント」「わーそれ、言っちゃう?」「判る判る」
同時に声がする。そして、言外に。戻って来なければいいのにという響き。
何故だ?なんでこんなことを言われないといけない?
「早く治るといいね」
氷のように冷えた声。
「そうね」「うんうん」「だねーー」
答える声も冷たい。はっきりと嘘だとわかる声色だった。
やめてくれ!そう叫びたかった。あいつは何も悪くないんだ!お願いだ!!
懇願する。誰に?誰に言っているんだ?この声はどこから?オレは―――。
~~〇~~~〇~~〇~~〇~~〇~~〇~~〇~~〇~~〇~~〇~~
徹は病室のベッドの上で、目を開けた。今のは……夢か?
体は汗でびっしょりになっていた。ぱっと上体を起こして、痛みに呻く。
「んっぐぅっ……」
奥歯を咬み締めて暫く痛みに耐えた。痛みが引いてくると無意識に止めていた息を吐きだした。
徹は周囲を眺めてみた。知らない場所だと思う。
清藍の部屋と酷似したその部屋の中は、ちょうど彼女の部屋をそっくり反転させたような作りだ。男性用の内装なのだろうか。カーテンは寒色、家具は落ち着いた色でまとめられていて冬に向かうこの季節には何となく寒々しい。
今の気分には丁度よくマッチしているかもしれない、徹は思った。
あの日から清藍が目を覚まさないことはもう彼の耳にも届いていた。
どうしてあの時……。と、どうにもならないと知りつつ後悔の念ばかりが浮かび、同じところで堂々巡りをしている。
そんなことを考えていても仕方ないことも良く判っている。それでもやることもなく動くことも制限されているこの状況では、気付くとそんなことばかり考えている。そのせいでどうにも精神衛生上悪いことこの上なかった。
水の神を穢れから開放し、彼女の呪いの噂も本当の噂になったというのに、彼女がこんなことになったのではまた彼女にまつわる噂はまことしやかに囁かれ始めるのではないか。そんなことまで気になってしまう。
最近は男子を中心に、彼女に声を掛けてくる人間もちらほら出始まった。例えそこに邪な意思が加わっていたとしても、以前のような遠巻きにさてれいないものと扱われる様な状況よりは格段に良くなっていたはずだ、なのに――。
彼女にはどうしても自分たち以外の友人が必要なのだ。
このまま目覚めないのは論外としても、目覚めたとして大学に彼女の居場所が残っていないのでは本末転倒だ。
とにかく早く彼女が目覚めることを祈るしかいまはできなかった。
そして彼女が目覚めたら二度と自分たちの仕事に関わらせるのはやめよう。
徹はそう誓った――。
~~〇~~~〇~~〇~~〇~~〇~~〇~~〇~~〇~~〇~~〇~~
病院の一階。大通りに面した側は全て強化ガラス張りになっており、外の日差しが燦々と降り注いでいる。
ロビーには座り心地の良さそうな長椅子がいくつも置かれ今日も多くの人が出入りしていた。新汰が座る長椅子もロビーに置かれた一つでその弾力はちょうどよく疲れを感じさせない。
正樹が今日退院することは本人からのSNSで知っていた。
迎えに行くとも言っていないし、迎えに来て欲しいと言われていない。
けれど新汰は病院に足を運んでいた。理由も特になかった。仕事には行き詰っていたし、『約束』があるから東京に戻ることもまだできない。
従兄弟たちの見舞いに行くのも少し気まずかった。
そもそも親戚間の交流などないに等しい。少なくとも新汰は従兄弟達と殆ど交流していなかったし、自分だけが無傷でいることに少しだけ負い目を感じていた。
勿論、新汰に非はない、と思う。
あの場では出来る限りのことをしたつもりだ。けれど、今考えればもっと出来ることがあったのではないかと考えてしまう。
戸上当主から依頼される『仕事』も最近は新汰が受けることは少なくなっていた。新汰が東京で仕事をしているからだ。こちらの仕事は表向き――本来の仕事のことだ。
当然、陸や徹とは殆ど一緒に『仕事』をしたことはなかった。
新汰が仕事を受ける場合、新汰、正樹を含め4人で取り掛かっていた。他の二人も新汰の昔からの友人だった。
陸や徹との連携が上手くいかなかったことがこの状況を引き起こしたと考えている。誰かに責められたわけではない。それでも、もう少し何か出来なかったのかと考えてしまうのはどうしてなのか。
あの場には陸の防御術を補う相棒である徹もいたのだが……。今考えても徹の行動はおかしかった。
もう一人、彼らの守るべき対象である女性――清藍もいたのだが……百戦錬磨であるはずの彼らがそれだけで冷静さを欠くなどおよそ考えられない。
何かが……おかしいのだ。
まるで見えない糸が彼らの手足を縛り、誰かの思惑の通りに踊らされているような居心地の悪さを感じていた。
深い霧の中に迷い込んでしまったようなそんな気がしていた。
~~〇~~~〇~~〇~~〇~~〇~~〇~~〇~~〇~~〇~~〇~~
そこは彼にとって牢獄と大差ない場所だった。
招かれざる客でありながら、自分を絡めとって離してはくれない居心地の悪い場所。いいや……。
居心地の悪いなどと可愛い代物ではない。針の筵にいるようなものだ。少しずつ少しずつ自分から何かを削って壊していく。
いつか……俺が壊れたら、ソレは物のように俺を捨てて、何の感慨も抱かないままに忘れるのだろう。
そんなこと……許されるわけがない。
許したりしない。天が許すというのなら、俺が。
この、痛みが判らないなら。判らないだろう。ソレはもう『壊れて』いるから。
俺がソレを知った時にはソレはすでに壊れていた。傍目にはどこにも歪がなく見えようとも。
最初から、ひびが入って壊れていた。
もしかしたら。気づいているのかもしれない。周りもソレも。けれど、誰もがそれに目を背けてまるで壊れていないかのように振舞った。
勿論、壊れていないと本気で信じている者もいるんだろう。けれど、ココではソレに気づかないもののほうが虚けとあざ笑われて当然であり、気付くもののほうが普通の筈だ。
だから、許さない。
気づかないふりなど。
誰が許そうとも、この俺が……。
R04-02-03 大幅は加筆。前半部分。