43.小さな軋轢①
45部のタイトルを変更しました。 それから「幕間」を 「間劇」へ変更しました。
後々「間劇」はもういくつか挿入する予定です。どこに入るかはまだ不明。
動向が判らないあの人とかあの人の行動の片りんを入れたいなあ。
※家人の意味は 第1語は家族。第2語は家臣。その中間の意味合いを込めて使っています。
再度申し上げますが、和風ファンタジーとしての雰囲気を出すため、極力日本語表記(漢字表記)を心がけております。読みずらい事があるかも知れませんが悪しからずご了承ください。
かしゃんっと小さな音を立てて、白い珈琲カップが割れた。直前まで清藍が持っていた物だった。
あっと声を上げた時にはもう遅かった。使い終わったカップを洗いに台所の洗い場に置こうとした刹那、カップと洗い場の縁がぶつかり、カップは落ちてしまった。
考え事をしていたわけではない。ぼうっとしていたつもりもなかったのだが、今日は何故か勉強にも手が付かず、出掛ける必要も理由も特になく、手持ちぶたさで暇を持て余していた。
慌てて片付けようと辺りと見まわして掃除用具を探すが、焦っているせいか見当たらない。仕方なく近くの冷蔵庫に取り付けてあるキッチンペーパーを数枚とり、しゃがみ込んでその上にカップの残骸を摘まんで集めていく。
「まあまあまあっ」
大まかな破片をつまみ終わったあたりで、背後から大袈裟ともいえる声が上がった。
清藍も大分この家に慣れてきていたので、その声の主がこの家に勤める家人――お手伝いさん――の一人だとすぐに判った。
「ごめんなさい。落としてしまって……」
振り返って顔を上げると、慌ててこちらに小走りに向かって来る中高年の女性が目に入る。
「いいのよいいのよ。危ないんだから手で触っちゃダメよ。こんなの文子おばちゃんの仕事なんだから」
言いながら文子と名乗った中年の婦人は、どこからか箒と塵取りを持って来た。
家事に慣れている清藍でもほれぼれする手付きでさっと床に残っていたカップの破片を塵取りに掃き込むと、清藍が手にしていたキッチンペーパーの中の大きな破片を受け取り、両方をまとめて危険物として処理していく。その動きには淀みがない。
戸上の家には文子の様な家人がいつでも数人詰めており、家事は全て彼女らが行っている。陸は当然として、徹ですら炊事洗濯などすることはない。
清藍の世話も最初はすべて文子たちが行っていたのだが、せめてこれくらいはさせてくれと懇願して、やっと炊事だけは自分でできるようになったのだ。
朝は家じゅうの食事をまとめて作るらしく、起きる時には既にに出来上がっており、更に大学の授業などで帰りが遅くなる夕飯は出来上がっていることが大半で、結局清藍が自分で作るのはお昼にお弁当を持っていく場合か休日の昼くらいだった。
今までは家事の全てをこなしてきた清藍だったが、お茶の後片付けですらヘマをするようでは、その自負も薄らいでしまう。
そんな風に考え俯く清藍の心を察したのか、片づけを終わって振り返った文子が声を掛けてくれた。
「せいらんちゃん、美味しい水ようかんを貰ったんだよ。おばちゃんと一緒にどう?お皿出すのを手伝ってちょうだい?」
その声に顔を上げると、文子が台所の上の方にある収納棚に手を伸ばしている。
すぐに笑顔を作り頭一つ程小さい文子の隣に並び同じように手を伸ばす清藍。
「どこ?」
文子の指示を受けながら手を伸ばした取っ手を触った瞬間、ちくりと軽い痛みが走った。
驚いて伸ばした手を引っ込めて、指先を確認すると小さく赤い点が見付かった。先ほど破片をつまんだ際に切ってしまっていたようだ。
清藍はほんの小さい傷だったので気に留めず、もう一度上を向いて取っ手を引いた。
文子の指示に従って皿を探す清藍は、それきり指の傷のことなど忘れてしまった。それほどに小さな傷。けれどそれが、今の彼らの状態を象っているいるなどと考えもつかなかった。