40.最悪の邂逅②
やっと吉良の苗字が出て来た件。
コロナ禍で自粛生活の中、久しぶりに飲みに行ったらしこたま飲んでしまった。明日二日酔いかな……。
「ヴィンド!」
力を貸してと心の中で念じて。正樹は再度構え直して、地を蹴り相手の青年に肉薄する。彼の近くで、苛立ちにも似た感情を感知する。
人に使役されるのは我慢ならないのだろうか、とも思う。けれど、知ったことか。力を貸すと言ったのは奴の方だ。
正樹はそのまま敢えて先程と同じ場所を狙い腕を振り抜いた。
パキーン。まるでガラスの割れるような音を立てて、先程は攻撃を弾いた防壁が砕け散る音が聞えた。と、同時にその勢いのまま青年が後ろに弾き飛ばされる。
「……うっそ」
想像以上の威力に、正樹は目を丸くした。
青年は2メートル程も背後に倒れている。一応受け身は取れたのだろうか、細かい擦り傷以外の外傷は見当たらない。
すぐに顔を上げてこちらを見てはいるが、弾き飛ばされたその事実に驚愕してか、それ以上の動きを見せない。
一呼吸程、間をおいて正樹は臨戦態勢を解いた。まだ、呼吸は整ってはいないが。やっぱり運動不足かも。などとどうでもいいことが頭をよぎったが勿論言葉にはならなかった。
正樹は自らが弾き飛ばした相手を見据え、隙を見せまいと注意しながら数歩前へ進んだ。
戸上の家を囲う白い塀を辿りながら歩いて来た。邸内と外界を繋ぐ黒く塗られた門のすぐ横に倒れているのは陸だ。
正樹は屈み込み、意識を失って倒れ込んでいる陸の呼吸を確認した。それから、さっと陸の周囲を見渡して、外傷と出血のないことを確認するとほっと息を吐いた。
小さなうめき声をあげて相手の青年が身を起こすのが見て取れる。手加減などできる状況ではなかったが、正樹は少しやりすぎたことを後悔する。
驚くべきは風の神:ヴィンドだ。流石は眷属神というところか。いいや、ヴィンドと名乗ったかの風神は、眷属神の中でもかなり格の高い神らしい。今更ながらにそのことに気付いた正樹だった。
虎の威を借る狐だと自覚しながらも、相棒の新汰がいない今は、これほど心強い味方もいなかった。
「君は誰?」
間抜けな質問だと思った。誰かも知らずに襲い掛かったのかと。自分に問いかける。
口下手で僅かにどもることもある正樹だったし、人見知りもかなり激しい方だ。普段であれば声を掛けることもないであろう相手に、けれど今回はすんなり問い掛けることができた。
「……相馬吉良」
間の抜けた正樹の声に僅かに警戒を緩めたのか、相手は正樹をけん制するように睨みつけながら体を起こした。道路に叩き付けられて体が傷むのか顔をしかめながら、それでも防御の姿勢をして返事を返して来た。
「え?相馬??」
聞き覚えのない名前だった。しかし顔は何となく見覚えがある。戸上の関係者なことは間違いがない。何より先程は、水の眷属神の力を借りて、防御壁を張り巡らせてきたのだ。
眷属神の加護の有る術者など早々いるものではない。それが戸上本家に連なる血筋でなく、存在するのならば多少の噂になっている筈だ。
「戸上姓じゃないんだ……えっと」
相当に頭に血が上っていたらしいことに、今更になって正樹は気づいた。
「ご……ごめん。俺早とちりした感じかな……?」
急に焦りだして口ごもるように早口になる正樹。
「謝るくらいなら、最初から……って言いたいところだけれど。この状況じゃ言い訳もしずらいところだよね」
片膝を地面についた姿勢で防御姿勢を取ったままだった吉良は、正樹から攻撃意思がなくなったのを感じて、大きく息を吐いて立ち上がった。
「陸君の手当てが先だから、取り合えず行こう」
顎と視線で正樹を促して。
「ところでお兄さん。車持ってる?」
そう問い掛けた。
「あ、疾上正樹です」
会話は嚙み合っていない。その上、正樹の言葉の後半は、尻つぼみになってしまい吉良の耳に届いたかは判らなかった。
R03-06-11 一部改稿