神を目覚めさせる方法を探して
お久しぶりです。今年初めての投稿になってしまった。私の季節だけが過ぎていくことに焦る毎日(笑)です。
去年の10月頃に書いておいた部分ですが、吉良の動向を書く前にはアップするわけにはいきませんでこんなに遅くなってしまいまして候(笑)
旧28.29.30をまとめました。
夕方近くになり仕事を終えた女性――彬華は、吉良を下ろしたあの神社の前に戻って来ていた。
あの青年、吉良を置き去りにしたことに対する罪悪感では消してなかった。しかし、吉良が何をしにこの場所に来たかについては興味があった。
彬華は吉良が名乗らずとも、戸上の関係者であることに気付いていた。
基本的に術者は術者の存在を敏感に感知することができる。
幼少のうちは、己の術力を制御する術を知らないため、接触すればほぼ百パーセントの確率で、術力の有無を関知することができる。
戸上本家はそれを利用して才能のありそうな子供を集めているのだが、稀にその戸上のレーダーに引っ掛からない子供がいる。
彬華はそんな子供の一人だった。
それは潜在的な術力が弱く戸上の感知を免れた者が殆どだが、彬華の場合は更にまれなケースだった。
彬華は幼い頃に自分の周りに消えては表れる影のようなものを見て、この世ならざる存在を知った。それは子供にはただただ怖いだけの存在だったのだ。だから彬華はそれに怯え自らその能力を閉ざした。
つまりそれは、誰かに教えられることなく自らの能力を制御したということでもある。
そのために幾度か制御に失敗し心と体に傷を負いはしたが、その甲斐あって戸上本家に彼女の存在を知られることなく、そして彼女自身もその存在を知ることなく生きて来ていた。
その事実は後に彼女を見出した者を驚嘆させることになる。
そんな彬華の特徴の一つ――能力の一つというべきかも知れない――が鋭い感覚だった。
吉良は自分の術力を隠すことに長けてはいたが、それは並の術者に対しては有効であっても、彬華にはあまり関係のない事であった。
それに、と神社を振り返って彬華は思う。
この神社の名前は三日月神社という。全国でも珍しい、三日月を祀る場所であり、ひいては月の神・月詠命を祀る神社だ。
恐らくその場所は、「夜上」にとっては重要な場所の一つではないかと彬華は思った。
彬華の能力は『踊る影』を見る能力で、夜の力に通じるものだった。
闇使いは他の術者達からは忌み嫌われる傾向がある。その(術力ちから)の源が光の神、天照命に由来しないからだ。
彬華の能力は戸上よりも夜上に近いものであり、場合によっては戸上から敵視される可能性があった。そのため、戸上にも夜上にも近づくなと言い含められたのだ。
人として普通の生活がしたいなら、関わらないことだ、と。
夜上、そして彬華の術力の源は月の神、月読命に由来しているらしい。
故に、この場所を『夜上』が神聖視しないわけがなく、当然この地は『夜上』に力を与えてくれる場所だった。
彬華にとって「夜上」は近しい存在であり、戸上一族のように夜上を忌避する感覚は全くない。
吉良が――つまり戸上の者が――この神社に危害を加えるつもりであれば、それこそ殺してでも止めるつもりでいたがその必要はないようだった。
かつての社務所だったらしい古びた建物の下から這い出してきた黒い猫が、彬華を値踏みするように眺めている。何用だと問われているかのようだ。
彬華はその黒猫に一礼をすると、その横を通り神社に詣でた。神社は神聖な気に満ちてはいたが、話に聞くほどには闇の気が強いとは感じなかった。
闇の気を感じ操る力を持ってはいても、彬華は『夜上』ではない。だからなのだろうか、と思うしかなかった。
「でも……」
不思議にその場所は常にはない安らぎを与えてくれる気がした。何故か離れがたい気がして、彬華は猫の額ほどの小さなその場所で日が暮れるまで過ごした。
アーガ。と、鈴の音のような声が呼んだ。
いつもの戸惑いを含んだ呼び方ではない。呼ばれるだけで清浄になるような、凛とした発声は今の『彼女』にできるものではない。
”人のいるところで、我を呼ぶのは好ましくない。そう言ったのはどなただったか”
皮肉を言っているとかの神も判っていたがついこぼした。それは、彼女が自由になれたことに対する喜びを含んだ甘えだったが相手はそれを咎めることはなかった。
「……そうね。余り良くない、ね」
今、彼女は大きな河川敷の上にある芝生の上で腰掛て、河川敷の下でキャッチボールに興じている友人二人を見下ろしている。
周囲に人の気配はない。それと知って、彼女は話しかけたのだ。
自らの皮肉に言を断ってしまったことにほんの僅かだけ気を咎めて、アーガと呼ばれた神はわずかに身じろぎをした。
その『声』を自らの意思で止めてしまったことに後悔する。それはかの神が何よりも好む声であり、かなうならば永遠にずっと聞いていたいものだからだ。
「ごめん。いじわるをしたつもりではないの」
再びその二つとない深く美しい声色で彼女は言った。
”……わかっている”
「でも、ね」
ただただその声に酔うかの神には、その声に憂いが含まれていることには頓着していない。ささいな憂いなど力が戻れば晴らせると本気で信じて疑っていないからだ。
「いいのかなって思うの」
”いい。とは?”
「私が、ココにいることが」
”了承は得たであろう”
「だとしても、よ」
”何を憂いでいるのだ?守らねばならないものがあり、守るだけの力がある。ならばいかようにしてても力を行使して守るべきであろう”
「……守るためならば何をしてもいいのかな」
”何を戯言たわごとを!”
珍しくかの神が憤る。人相手ならば悠然と構え声を荒げることなどないというのに。
悼むような瞳で中空を見上げ、彼女は独り言のように呟く。
「例え血のつながりがあろうと、別の人よ。たとえ一部ではあっても、……するなんて……」
後半はかすれて聞こえなかったが、神は彼女が言わんとしていることが判った。
神は口をつぐんだ。いや、そもそも形無き者。口などあろうはずがなかった。
発言をやめ、その存在すら隠すように密やかにした。
ああ、と彼女は理解した。自分の不安を……少なくとも同じような不安を『彼』も感じているのだ、と。
陸は感じ取ったのだろうか。清藍の中の『異物』を。
あの時の陸の瞳を彼女は忘れることができない。陸と清藍のどちらもが何事もないように振舞っているけれど、あの時間が消え去ったわけでも夢だったわけでもない。
”迷うのは戸上の跡取りを思う故か?”
それはかつて彼を愛していたのかと聞かれているような気がした。
愛しさと親愛の情。間違いなく彼女は……藍良あいらは陸と徹の二人を愛していたと断言できる。けれど、その時彼らはまだ幼く守るべき者だった。
今は……どうなのだろう。生きていれば夫になったかもしれない相手。けれど、既に藍良は生者ではなく、その肉体ももう存在しない。
その霊体のほとんどは今もあのお山で眠る塚に捕らえられたままだった。
藍良と清藍の遺伝的な繋がりを利用してわずかにここに存在しているだけだ。
「わからない……」
そう呟く彼女は藍良なのか清藍なのか。
どさっと芝生の生い茂った土手に腰を下ろし、手にしていた冷え冷えの缶コーヒーを開けて喉に流し込んで、正樹はやっとひと心地着いたように息を吐いた。
もう十月も終わるというのに今日は珍しく暑い。昨今の異常気象のせいだろうか。
ギラギラと照りつける太陽を睨め付けても仕方ないのだが文句の一つも言いたくなってしまう。
「あー、あちいー」
大きいサイズの缶コーヒーだが水の代わりに飲んでいるのでみるみる量が減っていく。
ひとしきり喉を潤し、休んでから正樹は周りを見渡した。
そして近くに誰もいないことを確認してからポツリと言った。
「なぁ、例の神様のいる場所はあそこで間違い無いんだろ?」
誰もいない筈の場所である。けれど、正樹の声には淀みはなかった。
”そのようだな”
その声は正樹にしか聞こえないらしい。名前も聞いていたがそれを口にする気にはなれなかった。
「それを土の神様に教えてちゃんちゃんってことにはならないのか?」
”探しているのは木の神そのものだ。場所、ではない”
「ようは開封の仕方は神様も判らないってことかい」
ため息も深くなってしまう。
”開封するだけなら難しくはない”
「へぇ、なら……」
”ただあのあたり一帯の地形は変わるであろうな”
「……なるほどね……」
もう一度ため息をついて、正樹は芝生に寝転がった。
それが現実になったら新汰の未来視が当たってしまったということになるのだろうかと思った。
元気に生い茂っている芝生の感触が気持ち良い。
「そう簡単にはいかないってか。それもそうだな……」
それでも諦めることもできない。掛かっているのは人の命なのだ。
「あんただって母神に会いたいもんな……」
横になっている正樹の体を太陽が容赦なくじりじりと照らしている。
照りつける太陽は暑かったが、正樹の体を預ける芝生は冷たく、吹き抜ける風は涼しい。
「なんとか……上手いこと行くと良いんだけどなぁ」
銀の髪を風になびかせ佇んでいたそれは、小さくぼやく正樹を見下ろした。
表情の読めない銀色の瞳がじっと正樹を見ている。寝転んだことでその瞳と目が合った。その瞳からは何の感情も読み取れない。ただ比類ない宝石のようにきらめいているだけだ。
「なんだよ?」
”お前はいつも他人の心配をしているのだな”
お人よしだなと言われた気がした。
正樹はため息をつく。そう言われることが多いのは事実であった。
「ほっといたら人が死ぬって判っているのに、何もしないでなんかいられないだろう。誰だってそうだよ、きっと」
空を見上げる。あいつらだって必死に木の神を開放する方法を探しているはずだ。仕事で拘束されている時間が長い分、してあげられることが少ないことに胸が痛む。
「せめて、木の神の声を聞くことができればいいんだけどな。なんであそこに居なきゃいけないのかその理由が判れば……」
水害の多い土地柄なのは知っている。属性のバランスもすこぶる悪い。多少の術力のあるものならだれでも土地が傷んでいると感じられるだろう。
それがあそこに木の神がいなければいけない原因の一つなのかも知れないことは、きっと自分より聡明な彼等なら気付いているのだろう。
だとしても、だ。土地を癒す方法なんて……。
「あ……」
思わずがばっと体を起こした。
「そうだ」
今まで考え付かなかった。あの場所には『土地神』がいない。あの場所に封じられている木の神はもともとは土の神と同じ土地の守護神だった筈だ。
だとしたらあの土地の守護神はどこにいるのだろう?
「……それが、あの土地が傷んでいる理由?」
全く的外れのことなのかも知れない。正樹が感じられなかっただけで、どこかに土地神が存在しているのかも知れない。けれど調べる価値はありそうだと思った。
正樹は立ち上がった。そろそろ昼休みが終わる時間だった。
一度だけ銀色の神を振り向くと少しだけ微笑んだ。
R02-07-12 季節感の変更(10月半ば→10月終わり)
R05-02-07 28.三日月の社、29.水使いの懊悩、30.神不在の土地 を纏めました