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吉良の探索②

お久しぶりでございます。戻ってまいりました。


 活動報告にて少し触れましたが、友人の誘いがあり「エブリスタ」にて『まちぶん』へ投稿するための短編小説を執筆しておりました。ぎりぎり間に合いまして完結にこぎつけ、晴れ晴れとした気分で戻れたことが幸せです。


 締め切りに追われる気持ちというものを生まれて初めて味わいました。苦しくも楽しい地獄でしたwww


 ちなみに主人公は 陸の従兄妹の逸夏嬢です。

『一騎夜行 ~闇夜の桜に花向けを~』

https://estar.jp/novels/25564980

 うなじの上あたりでまとめて止めていた鼈甲べっこう色の髪留めを片手に、もう片方の手で栗色の髪をきながら歩き去ろうとしていた女性はその呼び声で足を止めた。


 そして声のした方に顔を向けて周囲を見渡す。すぐに女性のほうへ向けて、手を振っている青年に気づき女性は小首をかしげた。


 見覚えがないようだ。


 近くに別の人がいるのかともう一度周囲を見渡すが、それらしき人は見当たらない。ほんの僅か逡巡しゅんじゅんじた後、別人と間違えているのかと納得し、青年から目をそらし歩き出した。その行動が相手に間違いだと知らせると思ったのだろう。


 吉良の声に振り返った女性が止めていた足を再度動かして、駐車場へ歩き去って行くのを見て、吉良は慌ててベンチから立ち上がり女性の方へ駆け寄っていく。


「お姉さん!」


 女性の隣に並び声を掛ける。


 並ばれても足を止めることなく歩き続ける女性は、首だけを吉良へ向けてきた。


「何か御用ですか」


「あ~……もしかして、覚えてないのか」


 吉良の台詞にやっと足を止め、女性は吉良の顔をまじまじと見つめた。


 しばらくそうしてから女性は、思い出したかのようにあぁと小さく呟いた。


「最近、県立図書館によく出入りしている学生さんね」


「思い出してくれた?」


 にっこりと微笑み吉良は女性を眺めた。彼女は女性にしては背が高かった。吉良と並んでも目線はほぼ同じ高さだ。足元を見るとかかとの高い靴を履いている。


 女性は紺色のパンツスーツを着ている。仕事で来たといった風だ。


「司書さんも出張ってあるんだ」


「……デスクワークのほうが多いけれどね」


 女性は僅かに妙な顔をしたが肯定も否定もせず答えた。


「学生さんこそ、今日は社会科見学でしょうか?」


 女性が笑みを浮かべながら問い掛けるが、それは明らかに営業用の作り笑いと判る。目が笑っていない。


「吉良だよ。本当は南東の神社の方まで行きたかったんだけど……」


「神社ね……。御朱印集めでしょうか?最近は若い子にも流行ってるようですね」


「まあ、そんな感じかな。だからさ、お姉さん車で来てるんでしょ?ちょっと乗せていってよ」


「は?申し訳けありませんが、私、仕事中ですので?」


 あくまで丁寧な口調を崩さなかったが、女性は明らかに眉を寄せて不快そうな顔つきなった。


「行きだけでいいからお願いしますっ。足くたくたでとても行けそうになくて」


 女性に向けて拝むように両手を合わせて頭を下げる。


「行きだけでいいから。現地でそのまま捨ててもらって構わないし。お願いしますっ」


 頭を下げる吉良を目にしても女性は、不快そうな表情のまま変化がない。


 上目遣いに彼女を見ても、その表情に変化がないことに気落ちした表情になる吉良。


「……ダメ?」


「ダメ」


 と言ってから、女性は小さく息を吐いた。


「図々しい男は嫌いなの。……でもまあ、これから行く予定の方向だから、行きだけでいいのでしたら……」


 女性の表情は変わらず硬いままだったが、答えは少しだけ優しいものだった。


「一つだけ……」


 手を上げて喜びの声を上げようとしていた吉良の機先を制して、女性は言った。


「うるさい男はもっと嫌い。だから車の中では騒がしくしないで。と言うか喋らないで」


 急に砕けた口調にはなったもののきつい一言に、思わず上げかけていた手を下ろして吉良は情けない声でこう答えるしかなかった。


「はい……判りました」


 返事と共に歩き出した女性の後についていきながら、吉良は相当騒がしい男だと思われている様だと恨めしげな視線を送った。


 当の女性はそんなことなどお構いなしに駐車場を横切り、建物からは遠いが駐車しやすい場所に停めてある自分の自動車まで歩くと、手荷物を助手席に置いて、吉良には後部座席に乗るように指示した。


 車はブルーの小型車だった。ぱっと見ただけでは社名などは入っていないように見える。


「これ、お姉さんの車?」


 問い掛けるも女性の返事はない。わざとらしい大きなため息が聞こえるのみという、女性の態度に流石の吉良も鼻白はなじらむ。


 本当に一言も話さないでつもりのようだ。社交的で人好きのする吉良だったから、初対面だったとしてもこうまで露骨に嫌がられることはあまりない。仕事中に無理をお願いしたことに腹を立てているのか、それとも吉良そのものを嫌っていたのか。


 吉良としては年上の女性が好みのタイプであっただけに少し残念な気がした。


 女性の運転する自動車は吉良を乗せて静かに門を出た。


 目的の場所まで十分程度の間、本当に女性は一言も喋らず、またわずかな吉良きらの質問にも答えなかった。


 常駐する神主すら見当たらない小さな神社の前に下ろすと、お礼の言葉もろくに聞かず、返事もなく、ただ手を上げて女性の車は走り去った。


「嫌われるようなことしたっけ……?俺……」


 今までも相当そっけない態度をとられていた記憶はあるが、ここまでとは思っていなかった。吉良はそのことに気を落とし、伸びをして会話がなかったせいか少し硬くなった体を解しながら、そう言えば似たようなことがつい最近もあったことを思い出した。


 本家の東屋で清藍せいらんに会った時のことを思い出し、それでもまだ清藍の方が何倍も吉良に対して気遣いがあったと思気付いた。


 清藍はただ人付き合いに慣れていないという事に起因するぎこちなさと警戒だ。しかし、先程の女性に関しては明らかな拒絶を感じる。


 気を取り直すためにため息を一つ付いてから、吉良は周囲を見渡した。


「驚いたな……」


 車から遠目で見た限りではとても印象の悪い場所だった。しかし近付いてみるとこの場所自体が印象が悪いというわけではなく、傷んだ大地が血を流しているような状態だと感じた。


 その上、それよりも気になることがあった。神社の前を流れる川の向こう側、高台一帯が昏いのだ。


 吉良は現在、白川しらかわの川沿いを走る歩道におり、そこから東側には川を挟んで、収穫期を迎え黄金こがね色に染まった田んぼが広がっている。


 その先が少しずつ固くなっていて遠くかすんでいるが、住宅地が広が見える。確かあの辺りは、古くからある住宅地ではなかっただろうか。


 場所が遠いせいかもしれないが、()()()()()こと以外は、吉良には異変は感じられない。


「瘴気だと思ったのは間違いかな?それともこの間の洪水で瘴気は流されたんだろうか?」


 何がとは言わずに声を上げる。傍に居るはずの誰かに問い掛けたつもりだったが答えはない。判らないのか知っていて黙っているのか。


 もしそうだとしたら、あの洪水は必要なことだったということになる。しかし、都合よく戸上の当主候補――しかも二人も――が訪れたタイミングで浄化作用こうずいが起こるなどという()()が成立するだろうか?


 視線を川の方に投げながら吉良は考え込んだ。


「あれを偶然だと思う方が不自然、だよなあ」


 吉良はそこに自分の父親(おやじさま)が関与している気がしてならなかった。


 現在、当主候補として名が挙げられているのは、二人。そのうち戸上ほんけの人間では吉良の異母妹に当たる女性一人だ。しかし、まだ十歳に満たないが、吉良の叔父の孫にあたる娘が二人おり、すでにその才覚を花開かせているという噂もある。


 その噂は寝耳に水であり、親父様おやじさまが焦るにはあまりある理由だった。そこもうひとつ悪い知らせ(せいらんのけん)だ。身内よりも思い入れの少ない――というか、ない外様とざまの当主候補などさっさと排除してしまいたいのではないだろうか。


 吉良は大きく首を振って、そんな思考を頭の中から追い出した。


 気を取り直すために背伸びをして、きれいな空気を這い一杯に吸い込むと、心まで清浄になっていくようだった。


 吉良はこの場所に神社があることを確認してから訪れた。先般の洪水にも()()()に被害を免れた神社だったからだ。


 来てみれば大地の傷みを感じ取った。けれどその原因は神社ではなく洪水にあったように思え、むしろ神社はそれを癒そうとしているのではないかと思う。


 それくらいこの場所は周囲の瘴気には縁がないようなのどかで静かな場所だった。


 しばらく佇んでみてもどこからも瘴気を感じることはなく、目の前にある石の鳥居の奥からは神聖な空気が流れてきている。


 明確な神の気配は捉えることができなくとも、この神社がこの辺り一帯を守護しているのは判別できる。そう、術者であるならば誰もがたやすく。


 洪水の原因として単純思考で『神の怒り』を想像してこの場所まで来てみたが、どうやらそれもただの当て外れだったらしい。


 せっかくきたのだからと、お社へ向かう参道を歩き出す。参道は細い利道で左右に民家がある。鳥居がなければその道が参道だとすら判らないだろう。


 汗をかくまでもなくお社に着いた吉良は、ポケットから出した賽銭を投げて作法にのっとり二拍二礼一拍を行った。


 この地の平安を願いながら頭を下げたが、願うまでもなくこの地の神が何を守護しているかを思えば、必要のないことだったと気付いて、吉良はくすりと笑った。まあいい、だからといって神様が怒るわけでもないだろう。


 お参りを済ませて吉良はポケットからスマフォを取り出して時間を確認してみた。時計は二時をとうにまわっていた。


「あんまり時間ないな……」


 帰りには足はない。駅までは自力とほで帰らなければならかった。


 念のため神社の周囲をぶらぶらと三十分ほども歩いてみたが、それらしき異変に当たることもなかった。


 ちょうど高台の方向へ歩いて行かなければならないため、例の瘴気の様子も観察することができるだろうと思い、名残惜しそうに神社の方向を一度だけ振り返ってから帰途についた。

R03-05-10 一部改稿・追加 (特に桐華の口調)

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