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吉良の探索①

自動投稿にしていたのを忘れておりました。


逸夏を主役(?)とした話をエブリスタにて掲載しております。よろしければご一読いただければ幸いです。


『一騎夜行』https://estar.jp/novels/25564980

 ――聞いたか?逸夏いちか様はもう次期当主候補に上がってるらしいぞ。


 戸上の使用人の一人が吉良に耳打ちしてきた。私的にも公的にも戸上本家に出入りすることの多い吉良には戸上の使用人にも友人と言える人間が幾人かはできていた。吉良にそう耳打ちしてきたのはそうやって仲良くなった使用人の一人だ。


 現在本家筋の人間で、次期党首候補と目されているのは二人だけだ。綾乃の子供たちのうちで正式な夫婦間で生まれた女子は一人もいない。


 次期党首と目されているのは、ともに綾乃の次男の娘たち、つまり吉良の腹違いの妹たち二人だ。その一人が逸夏。まだ小学生だったように記憶していた。


 その存在理由のせいで他に類がない程に婚外子の多い戸上家だったが、大抵の庶子こんがいしは本家に寄り付きたがらないものだ。


 それはそうだろう。本家には本妻つまとその嫡子達が住んでいる。たとえ正妻つまに他意がなかったとしても、夫を巡り争ったかも知れない人とその子供達に会いたいと思うだろうか。


 半分とは言え血を引いた兄弟に会ってみたいと考えはするかも知れないが、実際に行動に移すには色々と思い悩んでしまうだろう。


 ましてや恨まれているかも知れないとなれば。


 江戸時代など封建制度が当たり前だった世ならともかく、いやその時代ですら妾の子は立場が弱い。


 正妻つまが嫉妬深い性格だった場合は余計に恐ろしい。場合によっては命すら危ういこともあるだろう。


 ましてや、戸上の人間となれば、殺しの手口を究明される事なく人を葬ることなど容易いのだ。


 そういう意味では吉良は幸運だったのかも知れない。まず第一に、父親が次男で本家に住んでいない。戸上の家よりもっと弁の良い市街地に大きな屋敷を持っている。だから、戸上本家に行ったとして父親や本妻と顔を合わせることなどほぼない。


 あるとすれば父親本人から本家に呼び出された時くらいだ。


 第二に父親は女好きが高じ過ぎて本妻つまの方が先に見限っていた。建前で仲の良い夫婦を演じることはあってもその間は冷え切っている。


 吉良が本妻の息子達よりも優秀だと目されていることがネックではあるが、実際にはっきりとした優劣が出ているわけではない。どう判断するかは各々によってまちまちだ。


 吉良は本家の人間の前では控え目で穏やかな人物に見えるように行動していたし、その術力ちからも必ず全力を発揮するようなことがないように加減してきたつもりだ。


 そしてその人当たりの良い外面で本家に入り浸り使用人の幾人かを味方に付けることに成功していた。


 そうやって作り上げた『いい人』の仮面を使い、本家の人間の動向を探り多くの情報を得ていた。


 先の台詞はそんな『情報源しようにん』の一人から持たされたものだ。


 逸夏というのは吉良の父が他で作った妾の一人から生まれた娘だ。つまり、立場だけで考えるのであれば、吉良とそう変わらない立ち位置だ。


 吉良ですらもう父に何人の妾がいるのかわからない。行きずりの相手と情を交わすこともあるのだろうし。


 吉良の父は呆れる程、情欲に貪欲な人間で、正直優秀な後継が欲しいのか、ただ女性と肌を交わしたいだけなのか判らない。


 認知していない子供ーーつまり術力ちからの発現しなかった子供ということだーーまで加えれば何人の子供がいるのだろう。


 興味本位で数えたことがあったが、それが両手の指の数に余り、両足の指が必要になった段階で呆れてしまい数えるのをやめてしまった。


 当主になれるのは女性のみ。この決まりがある以上、父は当主にはなれない。戸上の家長は既に父の兄が継いでいる。


 父にできることは優秀な後継者を育てその子に当主を継がせることだけだ。


 父はその才能ゆえに女でないことを悔やまれたのだろう。


――女だったら当主になれたのに。


 おそらく、何度も何度も言われたであろうし、本人も思ったことだろう。


 未だ封建的な男性上位の風潮の残るこの日本でこれほどの皮肉があるだろうか。


 吉良には父親の感覚などわかるはずもなく。正直、判りたいとも思わなかった。


 現在、父には娘が二人いる。どちらも庶子だ。この二人は母親が同じだが戸上には何も縁もないと思われる女性で、その女性自身にも術者の素養があるようにも見受けられないらしい。


 らしいというのは、吉良自身がその女性に会ったことがないからだ。


 とにかく父はその女性に執心していてる。檻に入れて閉じ込めておきたいと本心では思っているのではないかと言う程にだ。


 故に戸上の家の男は殆どがその女性と面識がないのだ。


 吉良の腹違いの妹にあたる二人は、姉が綾乃あやのといい、くだんの逸夏は妹の方だ。


 ちなみに吉良には両親が同じ兄弟はいなかった。


 綾乃は高校を卒業していたが、大学受験に失敗し現在は予備校に通っている。年齢的に言えば、清藍と同じ十九歳だ。


  両親から良いところばかりを引き継いだようで、美しく頭も良く更に術力ちからにも優れていたが、我儘で傲慢で怠惰な性格で、受験に失敗したのはその性格が災いしているのは間違いない。


 正直にいうなら吉良は兄弟の中でこの少女が一番苦手だった。しかし、父の名により戸上の『仕事』をこなす場合は彼女を組むことを強いられている。迷惑な話だ。


 対する逸夏いちかは、従兄弟である陸に懐いているせいか勤勉で真面目な性格だった。しかしその年齢はまだ十二歳だ。まだ中学にも行っていない。


 しかし戸上家の使用人のオッズでは当主候補は今や逸夏の方に分がある。最近は大穴ダークホースとして清藍せいらんの名が上がり始めているが、元々は本家に住んでいなかった彼女の情報はまだ少なく人気はボチボチといったところだ。



―――――――――――――――――――――――――――――――


 駅から真っ直ぐ伸びる道を歩き、白川しらかわと超えて、道沿いに歩き熊田くまだ市役所付近まで歩いたところで、吉良は足に痛みを感じて根を上げた。


 自転車でもあれば良かったのだろうが、自転車を持ち込んで電車に乗る勇気はなく、家から出て一人暮らしをしている吉良の家には自動車を購入する余裕などある筈もない。大学に通わせて貰ってるだけでもありがたいくらいだ。


 父に上手くねだれば買い与えられたかも知れないがそれも癪に触る。戸上から与えられる『仕事』の報酬は日々の生活で消えてしまう。少しずつ貯金をしてはいるが車を購入する代金には到底追い付かない。


 大学の学費は殆どが父から出ているのだ。父にとっては造作もない金額かも知れない。けれど吉良にはそうは思えなかった。


“運動不足ね”


 声には揶揄の響きがあった。


 ちっと舌打ちをして吉良は虚空を睨む。そこに何かが見えるわけではなかったが何となくしてしまうだけだ。


「体力にはそれなりに自信があったんだけどな……」


“もう少し体を鍛えたほうがいい。吉良は細すぎる”


 やはり人間臭い台詞が投げ掛けられる。まるで母親のような口ぶりだ。


「うるさいよ、もう。細いのは俺のせいじゃない」


 対する吉良もいつになく子供っぽい口調に感じられる。


 瘴気しょうきの見える辺りまで行きたかったが、徒歩では到底無理そうだ。勿論必要以上に近付くつもりなどなく、観測できる位置まで行ければ良かったのだがそれも無理そうだなとため息をつく。


「一旦戻るしかないかなぁ。でも……」


 出直すとしても車を調達できる宛てがあるわけでもなく、自宅から自転車で向かうには距離があり過ぎる。


もう一度出直すには時間も金銭こづかいも惜しかった。


「シュィ、何とかできないの?せめて歩く方向に風を吹かせるとか、さ」


“無茶をいう……我らが万能だとでも思っているの。風の属ならともかく……”


「使えないなぁ……」


“神に向かって平然と不遜な口を利くのは貴方あなたくらいよ”


 その答えには呆れを感じ取れたが、怒りは含まれていない。もし答える相手が人であればため息を付いているのではないかと想像できる。


「慈悲深い水の神様じゃなければ、八つ裂きかなー」


 軽口を言ってちょうど青になった信号を渡り、役所らしき建物の中に入り込む。大きく茂った木々が影を作っていてベンチが見える。建物の前の駐車場の脇に小さな休憩スペースがあった。


 日中のこの時間帯である、役所ならば勝手に入っても怒られることもないだろうと思い、そのベンチに腰を下ろす。入り口には自動販売機も設置されているのが目に入った。


「至れり尽くせりだね」


 ジーンズのポケットから小銭を出し、炭酸系のジュースを購入すると先ほど確認していたベンチに腰掛け、吉良は冷え冷えのジュースをあおった。


「ぷはーっ!生き返る」


 秋にしては強すぎると感じる日差しの中を歩いて来たせいで、吉良の額には汗が滲んでいる。乾いた喉には炭酸ジュースの刺激と甘みが良く効いた。


 一気に半分ほども飲み干し、やっとひと心地ごこちついたのか、吉良にも周囲を見渡す余裕ができてきた。


 吉良のいる建物の敷地内は綺麗に掃除がされていたが、白を基調にした建物はどことなく古びたような印象を受けた。建物自体が古いのだろう。白い外壁の端に茶緑のコケがはびこっている場所もある。


 その割には正門から出入りする人は少なくなく、今も何人かの人が出入りしその横を車が通り抜けていく。


 役所と言えばその街の要であるのだから多くの人が出入りするのは当然なのだろう。しかし吉良は出入りする人々があまり多くないなと感じた。


 吉良の役所のイメージはもっと多くの人が出入りし、何をするにしても長く待たされるという感じだった。外からの出入りを見ただけではあったが、これくらいの出入りならば長く待たされることもないのかも知れない。


 それでも時折、駐車場が見付からないのか、しばらく駐車場の中を周回した後そのまま出て行く車も見受けられる。


 吉良はしばらくくの間そうやって出入りする人を眺めた。


 人がただ出入りするだけの様子に穏やかさを感じ自然と表情が緩む。


「あ」


 まったりとしていた吉良が目を止めたのは、ちょうど役所の入り口から出て来た人物。


 長い茶色のふわふわ髪は遠目でもすぐに気付くことが出来る程特徴的だ。今まで差していた髪留めを外しながら駐車場の方へ歩いて行く。


 方向的に吉良の座るベンチの方に向かってきているのだが、相手の人物の方は吉良に気付いていない様子だ。


「お姉さーん!」


 吉良は立ち上がると吉良の前を通り過ぎ歩き去ろうとした女性に声を掛けた。

R02-07-05 誤字訂正 当初設定より変更 冴子さしこ逸夏いちか 統一。


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