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僅かなる綻び

全然関係ない話ですが、20年以上ファンだった先生の作品の続編が18年ぶりに発行されまして、その作品展が東京であったので昨日行って参りました。

本当は先週の日曜日に行く予定だったのですが、諸事情のせいで最終日の前日までずれ込んでしまい、その上旦那に風邪を伝染されて危うく行けなくなるところでした(笑)

新刊は勿体なさすぎてまだ読んでおりません。


嗚呼、先生ほどの才能があったらどれだけ幸せか!(ろくに努力もしないで何をいうかですねーーwwwww)

取り敢えず、続きを書くことが出来ました。読んでいただけると幸いです。

 翌日から清藍せいらんが大学の構内でりくの姿を目にすることはなくなった。少なくとも必修の授業には出ている筈だったが、調べものを口実に、昼食の時間に清藍の前に姿を現すことはなくなった。


 とおるあいぼうのその判り安すぎる行いで、二人の間に『何か』があったのだろうとすぐに察したが、それをわざわざ取り沙汰そうとはせず、いつもと変わらない様子で清藍の前にいる。


 そして今や徹の代わりとばかりに喜ばれもしない闖入者ちんにゅうしゃがその隣を占めていた。


 人見知りしない徹は人当たりのいい高木に少しずつではあったが打ち解けてきて、その三人で過ごす事にも少しずつ違和感がすくなくはなってきていた。


 相変わらず清藍の高木たかぎに対する姿勢は硬質で、当たり障りのないものではあったがきっとそれは高木だけに対してそうであるわけではないだろう。


 徹と陸は最初から『身内』であった気安さがあったが、そもそも清藍は人付き合いというものに免疫が少ない。


 今も後から来た高木が、徹の多すぎる昼食を狙い攻防戦が繰り広げられている。


 清藍はというと本日のランチであるひよこ豆のカレーライスを食べる手を止めて、その攻防を呆れた眼で眺めている。


 静止する者が減り子供わるがきが一人増えたこの状況は清藍には少し騒がしすぎる気がした。


 けれどそのお陰なのかただ戯れる二人こざるふたりが珍しいだけなのか、周囲にはポツポツとではあったが人が集まり始めていた。


 周囲の人々は積極的に清藍達に関わり合おうとする様なことはしなかったが、かつてはあえて避けて近くにすら寄らなかった人々が彼女を腫れものの様に扱うのを次第に止めている証拠のような気がした。


 そういった人々に紛れ、カフェの片隅に陣取り彼らを観察する者がいた。


 子犬の様にじゃれ合っている男二人に軽蔑するような眼差しを投げている。その場所は彼等から見ると死角になっていてその青年を姿は窺うことが難しい。


 カフェの片隅で日も当たらない場所であるがゆえに人も少なく静かだ。


「……一人いない、ね」


 誰かに囁きかけるような声音だったが、そのテーブルには彼以外誰もいない。当然答える声はない。けれど青年、吉良きらはそれを気にすることもなく続ける。


「たったあれだけで、『揺さぶられた』のかな……」


 信じられないというのが正直な感想だった。


 陸と比べられることが多かった吉良は、誰よりも陸を知っていると言っても過言ではない。


 本家の人間にしか課せられない秘密の教練の時間も少なくなかった。下手をすれば徹よりも長い時間を共にしていたかもしれない。


 陸は子供の時からおよそ子供とは思えない冷静さと根気をもって修練を受けていた。子供らしい駄々をこねることも弱音を吐くことも殆どなかった。


 それがたったあれだけのことで心乱されたというのか。


「まぁ、いいや。その方が都合がいい」


 隙がある方が付け入り易いしね。


”またそういう捻くれたことを……”


 どこからかそんな声が聞えた。吉良の心を読んだとしか思えないそのいらえは、他人の耳には響かない。


 もしその声を聴くことができるものがいたとしたら、どこか母性を感じるような柔らかい響きだと思っただろう。


 咎めるような言葉にフンと鼻を鳴らして吉良は答えなかった。


 遠くでまだじゃれ合っている彼らに気付かれないようにそっと席を立つを吉良はそのままカフェを出た。


 大学の構内から去り、その足で吉良きら熊田くまだ市まで来ていた。


 先の洪水の爪痕はまだ残るが、既に街は日常を取り戻しつつある。彼を運んで来た崎宮さきのみや市からの列車もしかりだ。


 高台にある熊田駅から少し歩けば、白川しらかわへ向けて急な坂が広がっている。その道路の左右に昔ながらの小売店などが軒を並べている。


 その通りがあまり栄えていないことを示すように、日中であるにも関わらず、ぽつぽつとシャッターを閉じたままの店がある。


 流行ってはいないが穏やかな街だと吉良は思った。それは彼の住む場所にはないもので、彼にとってその静けさは好ましいものだった。


「シュィ」


 それは声というより笛の音のようだった。日本語には馴染みの薄い発音で吉良は何かを呼んだ。


 傍目には何も変化はなかったが、自分を包む空気が濃厚になったのを吉良だけが感じ取った。


「……驚いたね」


”――これは――”


 吉良にだけ聞える『声』のぬしは戸惑ったように絶句している。その狼狽が吉良にも伝わってくる。


「うん。僕でもわかる」


 先に氾濫した白川を望める高台から、一直線に吉良の歩いている道が伸びている。その道を境にした北南で街の様子が全く違っていた。


 それは吉良だからこそ視ることができる景色だった。


 吉良から見た左手側、街の南の奥の地域は、吉良には黒い霧がかかったかのように映っている。


瘴気しょうき、だろうか」


 駅前の高台から見えるエリアには限りがあり、黒くけぶって見える地域は、もっと南に続いているようにも見えたが、今いる場所からはそれ以上は確認できなかった。


”それに近いものであるだろうとは判る”


「近いもの?」


”ただ穢れが集まっただけというわけではないと言うことよ。詳しいことはここでは判らない”


「厄介っていうことだね」


 わずかに人間臭い言い方をする『声』はその言葉に同意するような気配を見せた。


陸達が先にこの地に訪れていたことは知っている。彼らはこれに気付かなかったのだろうか。


 そんなことがあるだろうか。集まったのは今代では最も優秀と言って何ら差し支えない術者ばかりの筈だ。そんな者たちがこれを見落とすとは考えにくい。


 だとしたら考えられるのは彼らが去った後に発生したものか、故意に隠されていたかのどちらか。


 こんな時に限って彼の傍に居るはずの誰かの声は聞こえてこない。


 吉良はゆっくりと歩き出した。


 当てがあったわけではなかったが、この場に来たら何か判るかも知れないと思っていた。しかしこんなにも判り安い手掛かりが見つかるとは正直思っていなかったのだ。


「逆に怪しいよね」


 あの『瘴気』に近づくのは危険だと判る。けれどもう少しくらいならば近付いても大丈夫だろう。


 見下ろす白川を渡す橋は、まだ洪水の名残でか手すりが所々曲がっている所があるが、渡ることはできるようだ。先ほどから数は少ないが車が行き来している。


 白川沿いに近付いてみると、高台であった駅周辺よりも標高の低いその位置からだと気になる南側の街並みは全く見えなくなっていた。


 他の多くの川がそうであるように堤防の内側が遊歩道になっており、幅の広い場所には遊具やベンチなどを設置している場所も見受けられる。


 既に遊歩道周辺のゴミや泥は清掃された後であり、僅かな破損の後が残るばかりで、小さな子供を連れた母親や散歩に来た老人などの人影も見えた。


 穏やかと言って差し支えない様子が見て取れる。只人ただびとの目からしたら――。


 吉良が見れば明らかにその川の属性バランスは崩れており、明らかに水の気のみが強く作用しているように感じられる。


 洪水に巻き込まれた術者達もこの状態に気付いたのだろうと、吉良にも容易に想像がついた。


 この地域の災害、特に水害の多さは市の治水事業が行き届いていないことも理由の一つだろう。しかし、それだけではない。


 確信をもって吉良はそう感じた。


 しかしだとしたところで、だ。ただの人に過ぎない術者かれらにはこの不均衡を正す力などありはしない。


 せいぜいが自分自身が災害に巻き込まれないようにする程度だ。


 吉良は本家の蔵に籠り調べものを続けている陸を思い浮かべた。


 彼はどうにかできると思っているのだろうか。


 知らず吉良は空を見上げた。小さくついたため息は青空に吸い込まれていった

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