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戸上邸にて②

何とか続きが掛けているので書けているうちに投稿をば。


なんとかこの作品だけでも終わらせたく候。あうあう

 何とかそれらしい文献ぶんけん見繕みつくろい、蔵の奥に設置されていた文机に積み上げる頃には結構な時間が経過していた。


 書物の持ち出しを許していない代わりに、蔵の奥には長時間作業を行うための空間が用意されていたようだ。


 部屋とまではいかないが入り口からは見通せないように間仕切りがされ、その奥には文机ふみづくえと椅子が数脚。そして、体を休めるためとしか思えないソファがあった。どれも年代物ではあったが洋風のもので、少なくとも大正か昭和の頃……近代に用意されたものなのだろうと思われる。


 りくは集めた書物を眺めて一仕事終えたとばかりに伸びをした。


 そして、少々の疲れと盛大な空腹感じて一度母屋に戻ることにした。


 蔵を出ると陽射しは高くまだ明るかった。いつの間にか秋の気配を伴う風はもうさわやかだ。


 陸は肩の凝りをほぐすように首を数回回してから母屋に向かって歩き出す。


 裏庭の木々は早いものは色付き始めている。秋の気配深めつつある林の様子に、今まで色のない世界の住人でいたことに気付かされる。


 美しい木々の緑色から紅への変化を楽しみながら散策するように戻って来ると、母屋と離れの間の渡り廊下に沿うように建っている東屋あづまやに人がいるのを目にした。


 それが誰かはすぐに判った。けれど、陸はすぐには近付くことが出来なかった。


 見慣れた友人の見慣れない楽しそうな様子に――違う。陸と徹(じぶんたち)以外の人間だれかと一緒でこれほど安らいだ様子の青藍せいらんの様子こそが見慣れないものだった。


 どくんっ!


 何故か心臓が高鳴った。


 そうして湧き上がるこの感情は――。


 それは言葉にしてしまえば簡単だった。


 ――嫉妬――。


 けれど、今の陸には理解できなかった。何故自分がこんな感情を感じるのかが。


 これは望んでいた光景だった筈だ。


 美しく心優しい彼女だ。あの悪い噂が噂に過ぎないと知れれば、すぐにでも青藍には友人ができるのは判っていた。


 その為に自分たちは行動していたのだから。わざわざ宣伝するかのように人気の多い大学のカフェでダベっていたこともその為だ。


 なのに――。どうして。彼女が他の誰かと楽しそうに話しているのを目にしただけでこんなにも心乱しているのか。


 話す相手は陸も知っていた。


 陸は大きく深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着けるようとした。それから、殊更(ことさら)ゆっくりと、そして無意識の内に大きく足音を立てて二人に近づいて行った。


 陸の来訪に先に気付いたのは今度も青藍だった。人付き合いの経験に乏しい彼女は人の気配に敏感だ。


 吉良きらとの話を区切るとにこやかに微笑んで手を降って来た。


「陸ー!」


 最近はよく目にするようになった青藍の笑顔。それが先程までよりずっと輝いたものだったことに安堵している自分にはまだ気付いていない。


 胸騒ぎのようなじりじりとした思いを心の奥底に沈めて陸も笑顔を作る。


「せいら、今日は講義はないのかい?」


 隣に座る吉良に聞こえるように彼女の愛称を呼ぶ。


 ゆっくりと二人のいる近づいてから、二人に同席の許可を問う様子はいつもと変わらないように見える。


 二人の許諾を得てから陸は青藍の右隣、吉良のいる側と反対側に腰かけた。


「吉良さんが本宅ここにいらっしゃっているのは珍しいですね」


 陸の口調はいつも通り穏やかだ。その穏やかではない内心は綺麗に隠し通している。


「実は結構しょっちゅう来ているんだけどね。家の方には行かないから陸君は知らないだろうけど」


 なぜかその物言いは挑戦的に聞こえた。


「吉良さんここの庭師のお爺ちゃんが作る林檎が大好物なんですって」


 青藍が彼を気安く名前で呼ぶのも気に障る。


「林檎?そういえば裏庭には果樹が大分植えてあるけど……」


「庭師のおじいちゃん果物の栽培がとても上手なんですって。今度私も分けて貰いに行きたいわ」


 にこやかに話す青藍の言葉を穏やかな表情で頷いて肯定する吉良の様子。その全てが気に入らなかった。けれど。けれど……。


「そういえば、いつも貰う柿も凄く美味しかったな……」


 別の話題で自分の気持ちを逸らそうと陸は必死だった。


「陸君は柿派かい?じゃあ僕の敵だね」


「林檎派以外はみんな敵なんですか?!」


 ワザとらしく少し声を荒げて話を合わせる。けれどじりじりとした焦燥に似た感覚は消えない。


「当然だよ!今、水上さんを林檎派に勧誘出来たばかりなんだ!今度は陸君を撃沈させないといけないね!」


「私はお爺ちゃんの柿を嫌いだなんて言ってません」


 応じる青藍は何も気付いた風もなく楽しげに会話を続けている。


 陸は早くこの会合が終わる事だけを祈った。


―――――――――――――――――――――――――――――――


 吉良きらを見送りその背中が見えなくなるのを確認すると、りく青藍せいらんの右手を引いて抱き寄せた。


「陸?!」


 悲鳴に似た青藍の声もあまり耳に入って来ない。


耳から入ってくる音の何もかもが間遠に聞こえる。間近に聞こえるのは、どくどくと不自然なほどに脈動する自分の心臓の音と、見えるものは、自らが訪れる前の二人の姿が不吉な赤色を背景に脳裏にちらついている。


 頭と胸の中が熱くて自らの内臓の全てがドロドロに溶けて渦巻いているようだと思った。


 自らの行動の意味を考えるより先に動く身体からだ。けれど、それを制止しようとする意志は、いつになく薄弱だ。


 体の外と、中に。焦がすような熱。その熱さに怯えた。


「せいら……!」


 抗おうとする彼女の肩を強く抱き竦めてそれを封じると、陸は青藍に口付けた。


 その唇が自分の名前の形に動くのを感じる。


 青藍の髪が甘く香って……陸は自分が何をしているのかもう判らなくなっている。


 柔らかく……瑞々しい果実のようなそれは、ある種の”毒”そのものだった。理性を溶かし衝動へ走らせ、陸を引き返せない場所まで追い込んでいく。 


 その果実くちびるの熱を求めて口付けを深めていく。引き返せない絶望さえも甘い。


 唇の感触に酔うあまり青藍を抱きしめる力が弱まったところを、彼女の渾身の力を込めた両腕が陸を押し返した。


 彼の腕は振り解かれ、二人の間に距離が生まれる。


 青藍の亜麻色の瞳が自分を映している。その瞳に陶酔はない。


 じゃりっと靴底が敷石を踏む音がやけに大きく聞こえる。


 ふわりと甘い香りを残して青藍は走り去った。


 遠ざかる背中を追うこともできず、陸はうなだれた。その頃になって自らの犯してしまった事実に思い至り陸はただ立ち尽くすしかできなかった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 いつの間にか見上げていた天井は、見慣れた自室のものだった。


 不覚にも状況が呑み込めずに混乱する。自分は今まで清藍と裏庭に面した東屋にいたのではなかったか。


 ぞくりと体が震えた。記憶の混乱による恐怖ではない。単純に寒さからくる震えだった。気付ば陸はびっしょりと全身に汗をかいていた。


 そっと今まで体を預けていた布団に触れてみると、体の下になっていた部分は明らかに濡れて冷たくなっている。その不快さに少し顔をしかめ、陸はベットの上からそっと降りた。


 しかし、汗で冷たくなった寝間着を変える気分にもなれず、そのままふらふらと部屋を出ていく。


 築五〇年はくだらないだろうという古い家である。


 寝静まった家人をおもんばかり、そっと床を歩いてもぎしぎしとした足音は止めようがなかった。


 いつになくすさんだ気分だった。先ほどの記憶は夢なのか現なのかもよく思い出せない。


 陸は台所で水を汲み一気に二杯水を飲み干すとそのままふらふらと裏庭のほうへ出た。


 信じられないほど喉が渇いていた。喉が渇き気管に張り付いてしまったかと思うほどに乾いていたというのに、それに気づいたのは一杯目の水を半分も飲み干してからだった。


 二杯飲みほしてもまだ完全には渇きは癒えなかったが、そんなことはどうでもいいことのような気がした。


 そんなふらふらと夢遊病のように歩く陸に、聞き慣れた声が掛けられる。


「どうした?こんな夜中に」


 ぼうっとしたままふらふらと裏庭に出て来た陸は、驚いて声のほうに目を向けた。


 気付けば陸は昼間に訪れた裏庭に面した東屋あずまやに向かっていたようだ。そしてそこには先客がいた。


 いつも通りのぼさぼさの髪とよれよれのスエットの下にティーシャツ姿の相棒がこちらを眺めている。東屋の椅子に腰かけて右手には缶コーヒーを握っていた。


 徹は自分の前ですらめったには崩さない優等生面ゆうとうせいづらの剥がれたその姿に不信そうに陸を眺めた。


「……悪い……」


「何謝ってんだ?」


「いや……」


 まだふらふらとしたまま、なんとかといった風体で徹の対面に腰を掛けると、陸は息をついて頭を垂れた。


 そのまま二人ともが何言も発せずに時が流れる。


 徹は自分の気の短い性格を自覚しながらも辛抱強く、相棒の言葉を待った。


 やがて、陸は大きなため息をつくと、ポツリと言った。


「お前は……自分がどうしたいのか判らない時はあるか?」


 缶コーヒーを飲もうとしていた手を止めて、徹は陸に目を向ける。俯いている陸には見えないがその顔は何を言っているんだと言っているようだった。


「いつもだが?」


 さして考えたとも思えないその返事に、思わずといった風に頭を上げて陸は徹の顔を見詰める。


 ほんのわずかな間相棒の顔を見つめてから、陸は頬をゆがめた。


「……お前に聞いた俺がバカだった……」


 はばかるつもりもない盛大な溜息を聞きつけて、相棒は何か不満そうな顔をしたが何も言ってはこなかった。


 そのまま止めていた手を動かして、残り少ないコーヒーを啜っている。


藍良あいらは……見ていてくれているだろうか」


 遠くてもう手が届かない面影を思い浮かべながら徹は呟いた。


 徹にはもう母親の記憶が曖昧だった。気が付いたらもう傍に居なかった。遥か昔に抱きしめられた記憶ぬくもりだけが微かに残るのみだ。


 徹にとっては藍良こそが母のような存在だった。けれど、その面影すらももうおぼろげ過ぎてそれが何より切ないと思った。


「……藍良……」


 誰よりも長い時間、藍良と自分達二人は傍にいた。


 当時、未成年で戸上の家に住むことを許されていた術者候補は徹と藍良だけだった。勿論これは、戸上本家に所縁ゆかりのない子供のことだ。


 鼻持ちならない戸上の術者候補こうけいしゃと気安く交わることなどある筈もなく。ただ、陸だけが分け隔てなく接してくれた。


 むしろ陸は堅苦しい本家の者よりも、彼らに憩いの場所を求めていたような気がする。


 同じように藍良のかたわらで育った自分たちなのに、こんなにも藍良に対する思いは違う。


 徹にとって藍良への思いはどちらかと言うならば、母への思慕に近い。けれど陸にとってはそうではなかった。


 陸は戸上本家の後継者として教育を受けていたから、徹と比べれば藍良と接する時間は多くなかったはずだ。それでも、藍良はほんけのあととりを贔屓するでもなく、徹を邪険にすることもしなかった。


 藍良はその行使するさがと同じように、慈愛に満ちた人柄だった。


 いつの間にか過去の光景おもいでに心を沈めて言葉を失っていたが、優しく吹き渡る優しい風に意識を外に戻した。


 変わらず徹は何も言わず遠くに視線を投げたままだ。彼もまた優しい思い出に浸っているのだろうか。

R02-07-10 一部訂正(季節感の変更 まだ暑い→涼しくなってきている)

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