眠り姫と闇の使い手
お久しぶりでございます。これを書いている今は、つい先日『高地の異変を風の声』を書き終えたばっかりなのですが。
一話完結と言った舌の根も乾かないうちに続きものになってしまいました。
木の神の楔を破壊する方法が思い付かなかったんだよ!!今でも思い付いておりません。完全に見切り発車しております。
結局、長期休養が欲しいと思ったものの書いていないと書きたくなるものなのですね。ただ、まだ体が本調子ではないのでとりあえず、ぼちぼちの更新の予定です。
今回もお楽しみいただけると幸いです。
R03/12/08 追記
体調は大分マシになりましたが、コロナ禍ですね。エッシェンシャルワーカーというか一応医療従事者の端くれな作者は案外のんびりとした生活をしております。いろいろあって改稿しております。
白い壁と明るい茶色のフローリング材を敷いた病室に一人の女性が横になっている。
その部屋は生命維持のために患者と繋がれていた装置などの機器も外され、薄いピンク色のレースのカーテンと厚い素材の小さな薔薇の花の刺繍が無数に入った豪華な遮光カーテンが取り付けられ、木製のキャビネットの上には活けたばかりの瑞々しい花が飾られている。
およそ病室という寒々しさは全く感じられなかった。当然、トイレも浴室もついている。生活するに何の不自由もないだろう。
けれどそこの部屋の主にとってその調度は全く意味のないものだった。
何故ならその女性はここに運ばれてから、ただの一度も目を開けたことがないからだ。
女性の白い腕には点滴の針が刺されているだけで、脈拍や血圧を測定するような危機は取り付けられていない。
彼女は先の熊田市の水害の被害者の一人だった。白川の氾濫があったのはまだ一昨日のことで、被災地周辺はまだ交通網はマヒしていていたが、どうやったのか次の日には県庁所在地である崎宮市の中心部の病院に移送された。彼女を含めその関係者全てがだ。
そして今に至る。
氾濫の際に共にいた人々も一人を除きこの入院しており、まだ誰も退院には至っていない。中でも徹は、川の氾濫に呑まれた際に何かに酷くぶつかったらしく、左腕と肋骨にヒビが入っており全治3か月を言い渡されていた。
対してこの部屋に入院している女性――清藍は、外傷は擦り傷のみであるのにも関わらず、今に至っても意識が戻っていないのだった。
医師も彼女の意識不明の原因が判らず首をひねっていた。原因が判らないので処置もできず、体力を落とさないための栄養剤の投薬以外のことは行われていない。
彼女は静かに眠り続ける。ただ静かに――。
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廊下は灰色とベージュの大きな市松模様、壁は白一色で統一され、無機質感が否めない。消毒液の匂いが充満しているように感じるそこは苦手な部類に入る。
切迫さや堅苦しさの様なものが感じられどうにも居心地が悪いと感じてしまう。
しかしこれは『仕事』だ。苦手だから行かないというわけにもいかない。
軽く肩を竦めて青年は目的の場所へ歩を進めている。
廊下には灯りはあるものの薄暗い。それもそうだろう、今は深夜と言っていい時間帯で、通常ならば余程のことがない限り外部の人間の来訪は認められてはいない。
当然、彼は正規の方法でここに入って来たわけではなかった。
出入り口は終日解放されているとは言っても入り口には守衛がいる。こんな時間に入り込もうとすれば当然呼び止められる筈だ。
平和ボケした今日では、それすらも危うい場所もあるが少なくともここは違う。
歩く青年の靴は革靴であるにも関わらずその足音は一切せず、今彼とすれ違ったとしても彼を認識する事は誰もできない。一部の例外はあるが、それが人であるならば。
しかし、その例外が今この病院には複数人滞在している。用心をするに越した事はなかった。
呼吸にさえも注意して彼は歩く。目的を果たすために−−。
病院内は静かでそこに滞在を許されたいわゆる患者たちですら息を潜めている様だ。時折、急患に対応する医師達の慌ただしい足音が聞こえるのみだ。それすらも過ぎてしまえは後に残るのは耳が痛むほどの静けさでまるでそこに生者は存在していないかの様だ。
そこを泳ぐ様に往く人物もその出立と相俟ってまるで影の様だ。
色の抜けた様な色素の薄い髪は襟足が長く、柔らかく流れて首筋を覆っている。瞳は虹彩の外側は深い緑で中心に行くに従って茶色へと変化するいわゆる『ヘーゼル』と呼ばれる色合いで、顔立ちは日本人そのものだったが、その髪色と瞳の色は日本人としては異端に分類される色彩をしていた。それが本来の色であるならばの話であるが。
代わりの様に纏う衣服は全てが黒で統一されている。秋も深まりこの時間帯である。肌寒さを感じるというのに、上着を羽織っておらず、タートルネックとスラックスという出立だ。
左耳に2ミリメートルほどの深紅の石を施したピアスが不気味に光っている。
11階建の病院の最上階の一番奥に目的の部屋はあった。何事もなくその場所に辿り着いた青年はその病室の数メートル前で立ち止まった。
「……こ……れは……」
青年はそこまで呟いて言葉を失う。
病室の入り口のドアには細い絹糸の様な素材で作り上げた大きな繭に覆われていた。ドアだけではない、病室そのものが大きな繭の中にすっぽりと包まれている。
それは人の出入りを妨げるものではない。繭の様に見えているのは青年の目がそう捉えているだけで、実際には不可視のものだ。
ただ中に入ればそこは繭を作り上げたものの領域で、その中では例え人外のモノであろうと一切の力を振るうことができないだろうということが想像できた。
その小さな領域に全ての力を注いで繭の主はその場所を守っているのだ。
「……なるほど。そういうことか……」
その事実だけで全てを悟った青年は、その場で立ち尽くし自らの意識を集中して術を練った。
暫くの時間の後その一帯に闇が溢れ解ける様に消えていった。
R03-05-08 一部訂正
R03-12-08 「2.闇の使い手」と合併