遠山の金さん外伝
「いい御身分だね・・・昼間っから。」
道乃進は部屋を見渡した。
この部屋には自分と猫しかいない。
“猫がしゃべった?”
かなり悪酔いしてるようだと道乃進は考える。 最近呑みすぎなのだ。
「とうとう頭に来ちまったか。 こう毎日酒ばかり飲んでたんじゃ無理もねえ。 いよいよおいらも終しめえだな。 まったく、頭痛くなってきたぜ。」
「何言ってんのさ! そう思うくらいなら少しはお酒を控えりゃどうなんだい。 そのくらいの理屈がわからないほど、あんたもおバカさんじゃあるまいに。」
猫は道乃進の方をちゃんと見て言う。
「うわっ。 こりゃダメだ。」
猫は下町の芸者みたいな口を利く。
酒の品が変わったのではないかと、疑ってみる。
オミチがケチって安い酒に変えやがったのではないかと。 そりゃあるかもと。
無理もない。 自分のような居候抱えて利の薄い商売をやっているのだから、そうしたくもなるだろう。
酔いが覚めて一心地つけば、正気にもどるだろうと、もう一杯口をつけた。
「そうはいかないよ。」
うわっ、また喋った。
猫は上目遣いにこっちを睨むようにしながら、ペロリと舌を出し、お手々を数回舐めたあと、再び道乃進を見た。
「あんたは呑み過ぎて自分の頭がおかしくなっちまって、猫が喋ってるように聞こえるって思ってるらしいけど、そうじゃないの。
あたいがあたいの意思でもって、道乃進、あんたに喋ってんだよ!」
息がつまりそうになった。 だいたい道乃進なんて呼ばれるのは久しぶりだ。
猫をじっと見ていると、猫もじっと見返してくる。 背筋が寒くなり、一変に酔いが醒めた感じがする。
ここは逆に思い切って猫に言ってみた。
「おいら、猫の言葉がわかるのかい? 猫もおいらの言葉がわかるのかい?」
言ってみてまたびっくりした。
いざ喋るとその声は、まるで洞窟の中で喋っているように聞こえる。
こごもって、響いている。
口で喋るのではなく、頭の中で喋っているような・・・妙な具合だ。
「おうだよ。」
猫が応えた。
「それとね。 ったく、猫猫って言わないでおくれよ。 あんたが付けた三毛って名前があるだろう。 三毛猫だから三毛なんて考えがなさすぎるけどね。」
そうだった。
この猫が小汚い子猫だった頃、自分に付いて離れないものだから、連れて帰って来たのが始まりなのだ。
食べ物と水を与え、どっかいなくなるだろうと、放っておいたのだが、そばを離れようとしない。 情が湧き、三毛などと名前をつけたことも道乃進は今思い出した。
その時はオミチも
「困った時はお互い様さ。」
なんて言っていた。
いやそんなことではない。
今自分は猫といや、三毛と話をしている。 そんなバカな・・・
「あんたは元々そういうとこがあんのさ。
今まで気づかなかっただけでね。」
まだ信じられない。 いや夢をみているのか、頭がおかしくなってしまったかどっちかとしか思えない。