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名前のない悪魔  作者: ジレスメ
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第八話 大道

 いらっしゃい。


 予約投稿の時間が明日になってました。ごめんね。

 季節は夏に移ろうか。されど夜風に未だ涼しさを残す時分、人の営み変わらず回り、変わるは陽の下で光る肌。男は今日も変わらず剣を振る。不思議な少女を傍らに。


「……あのさ、なんでついて来たの?」 


 ルヴナクヒエ・サリエンは尋ねる。剣の稽古に出かける際、なぜか居候の少女がついていきたいと言い出したのだ。あまり気は進まなかったが、母が妙に嬉しそうだったので断るに断れなかったのである。


「け、ん、けんじゅ、つ、見た、い」

「お前、剣に興味あんのか?」


 意外な答えであった。印象としては貴族の箱入り娘だったが、予想は外れかもしれない。


「お前が剣の技知っても仕方ねえ気もするが、強くなりてえってのは悪いことではないわな。ただ、強くなるのは簡単じゃねえし、強くなったって勘違いするのは一番まずい。そこんところはよく考えろよ。努力もしてねえのに気合見せるのはただの馬鹿だ」


 そこまで言って、ルヴナクヒエは稽古を再開する。ただ、見学したいと言ってきた少女に喋りすぎた気がしたからだ。剣は女が振るうべきものではないし、筋力もいる。きっと、そのうち興味を失くすのだろう。喋りすぎたのは自分が心配しているからか。

 しかし、誰かに見られながら稽古するのは慣れていないので、どうにもやりづらい。いや、以前はこれが日常だった――


「あ、あの」

「……!? お、おう、なんだ?」

「な、なんで、けんじゅ、つ、をた、たたんれ、んし、して、る?」


 ……本当に不思議な少女だ。普通の奴だったら疑問にすら思わないんだが。


「そんなもん、強くなるために決まってんだろ。ここいらには魔獣も出るんだ。身を守る術は必要だろ?」

「で、でも、ぃ、今やってるぅ、動き、は、ぶ、ぶぶ武器を、もって、る同士、の、う、動き」


 なんだと?


「お前、剣の動きが分かんのか!?」

「え? あ、ぃひ、あ、あい……。け、けもの、はぶ、武器、も、もた、ない」


 衝撃だった。この少女は剣の動きを理解していた。そして、その意味も。


「……すまねえな。大きい声出しちまって。それに、ただの思い付きで見学してんのかと思ったが、お前は本当に剣の才能があるのかもしれん。お前の言った通りだ。魔獣を相手にするなら正しい動きじゃないんだろう。だが、俺はこれしか知らねえ。それに、なんで剣術の鍛錬やってるか、だったか? さっきは強くなるためと言ったがな、多分それだけじゃねえ。親父に教わったからだ。それはな、きっと俺の誇りなんだよ。意地なのかもしれねえがな」

「ち、父親、の……、誇り……」


 少女は理解した。それをルヴナクヒエは理解した。考えれば、この幼き少女にも親がいるはずなのだ。亜人の少女であるということに目がいき、自身はそこまで考えが至らなかった。母はだからこそ、実の親であるが如く、この少女を受け入れたのだ。自分にとってもそうであるように、親父という言葉が少女に響かぬわけがなかった。


「なあ、剣術なんて時代遅れで、もはや使い物にならないのかもしれねえ。それでも、興味はあんのか?」


 少女は最初に尋ねた時よりも力強い目をもって首肯する。


「そうか」


 これまで進んできた道がやっと認められた。そんな気がした。

 その日の空は若き剣士の心を写すように広がっていた。




挿絵(By みてみん)


「えいっ、えいっ」


 剣の技を覚えたいと、ルヴナクヒエの動きをじっと観察していたのだが、見ているだけでは感覚が分からない。ということで、実際に動いてみようと考えたわけだが、どうにもしっくりこない。握っているのが木の枝で気持ちが高まらないというのもあるが、それだけではない。畑で村長と鍬を振るっていた時もそうだったが、なまじ人間よりも力があるために、技術に頼らなくても振れてしまうのだ。その為に感覚として技の必要性を掴むことが出来ない。ある程度、無理や限界というものが有った方が生物は成長できるのだろう。


「お前、見た目より力あるんだな。亜人ってのはみんな力が強いのかね? 俺がお前くらいの背の時は、剣振る前にまず体鍛えろって言われたもんだが、その様子じゃ剣に体が振られることもなさそうだな。まあ、持たさねえけどよ」


 亜人……か。思えば、私は幼少の頃より大悪魔であるとしか聞いていないので、どれほどの強さを持ち合わせている種なのかは知らない。幼き頃は妄信的に父様と母様が一番強いのだと考えていた。しかし、その父様と母様も今はいない。

 慢心してはいけない。今もこうして剣の技を研鑽せんと汗を流そうとしているのだ。我が魔力領域には父様の形見である宝剣が収められている。護身用に持ち出したはいいが、満足に振るえる自信を持ち合わせてはいなかった。だが、今まさしく眼前に剣の技を知る者がいる。書物にも僅かな記述しか残されていなかった技術だ。僥倖という他あるまい。

 それに、志を持ち、誇りを同じくする者だ。信用できる気がする。


 単純な素振りを繰り返すうち、どう動けば効率的なのか少しずつだが理解できてきた。やはり、自分は感覚というよりは、頭の中で理屈を固め、それを実証していく方が性に合っているらしい。

 段々と素振りも様になってきた少女に真剣な顔をした男が声をかける。


「なあ、さっき褒めたけど、最初に言ったように自分が強いとか勘違いはするなよ。魔獣が現れたらすぐに逃げろ。たとえ自分より小さい子供が襲われていてもだ」

「……あい」


 考えたくはない。が、これはつまりそういった状況も有り得るということか。ここは深き森の中だ。人間と魔獣の生活圏が重なっているのであれば、当然の予測、いや経験かもしれない。

 しかし、そもそも何故こんな場所に村を作ったのだ? 村長はかつて先祖が安住の地を求めた結果だと言っていたが、わざわざ魔獣の住む地を選ぶこともあるまいに。人間には人間の住むべき場所があるはずだ。館に籠っている間に世界の形は崩れてしまったのだろうか。


「なあ、人間ってのは弱えんだ。俺だって例外じゃねえ。弱いんだよ。お前はもしかしたら俺より

強くなるのかもしれねえ。亜人だからな。だがな、強さがあって、その強さを信じてても死ぬ時

はあっさり逝っちまう。死なねえようにするのが一番なんだ」


 妙に熱の入った言葉だと思う。まるで経験したことがあるような、それを自分に言い聞かせているような。


「あ、あの」

「おう、すまねえ、ガキに話すようなことじゃなかったかもしれねえな。それで、どうした?」

「に、にんげ、ん、は、弱い、けど、つ、強い、と、おも、ぅふ、う」

「? どういうことだ? まあ、自分を弱えと知ってることは、ある意味強さだとは俺も思うが」

「ちょ、ちょう、えつしゃ、に、なった、にんげん、は、あ、あじん、より、ずっと、つ、強い。せ、聖人、とか」


 意外な言葉に少し頭が混乱する。認識の違いというか、話の流れからすると突飛に感じるのは俺が人間だからか? 超越者? 聖人? 確かにそりゃ強えだろうが、ただの村男と小娘の会話に出てくる単語じゃねえだろ。いや、亜人からすると、昔敵対してたわけだから、未だに新鮮な話題だったりすんのかね?


「……あのなあ、超越者ってのは世界に100人もいねえんだ。普通の人の何倍も生きられるとかは聞いたことがあるが、大半はずっと昔に死んでるだろうよ。それにだ、そんなすげー奴らになるには町で魔術を修行しなくちゃならねえ。貴族や教会が威張ってはいるがな、あの中にだって超越者がいるかは怪しいぜ」

「は、はぁ」


 なんとも肩透かしな返答だ。今までその存在にどれ程恐怖させられたことか。別に直接的な被害を被ったとかそういう訳ではないのだけれども。とはいえ、寿命は長く強大な力を持つという情報は正しいようだ。数が少ないのならば、世界が人間に席巻されているということも考えにくそうだ。この森も完全に支配することは出来ていないようだしな。

 それにしても、この男は意外と物知りだ。言動はあれだが、顔立ちも整っていて気品があるし、信念も持っている。ここへ来る途中も複数の若い女に声を掛けられていたので、相応にモテると見た。平穏を好む日陰者の私と違って、さぞ面倒臭い人生を歩むのであろうな。


「超越者なんてのは金と才能があって、魔術にかまける時間のある奴が夢見るおとぎ話みてえなもんだ。質が悪いのが実際に存在するってことだがな。分かったか? こんな田舎村じゃ縁のない存在だ。俺達は自分達の方法で強くなるか身を守るかしなくちゃならねえ。俺の場合は剣って訳だ。本当は強さに頼らねえ方法があるのかもしれねえがな、俺は死ぬ時に意味が欲しい。強くなりゃ死ぬ前にいくらかは為になることが出来るかもしれねえからな」


  ……思った以上に熱血漢だった。下らんことを考えていた自分が恥ずかしくなるね。

 しかしだ、せっかく仲良くなった訳だし、死に逸る様な考えを持たれるのは、こちらとしても思う所があるね。先程も死なないようにするのが一番と言ってたはずだ。言葉が一致していないのは、おそらく、自分をその対象に入れていないのだろう。だが、それだけじゃない。なにか別の理由があるような気がする。


 直感だ。私らしくはないがな。


「し、しぬ、ために、剣、を、ふる、べべ、べきじゃ、ない」

「……死なねえよ。死なねえために剣振ってんだ」

「……うそ」

「…………」

「の、よ、ような、き、気が、する」

「……お前は難しいことを言うな。まあ、気のせいだ。……だが、気を付けるようにはしとくぜ」


 つくづく不思議な少女だよ。本当にな。




 この日はジル何某が訪れるまで剣の稽古に励み、昼からは村長とともに山羊に羊、牛が放牧されている森の一角を見学した。魔獣に襲われぬよう厳重に柵が張り巡らされ、十人ほどの男が交代で見張りをするという。シャヴィさんから渡された食事を渡して回ると、甚く感謝された。ただ渡されたものを届けただけなので、過分に過ぎる対応に思えるのだが、汗臭い男に手渡しされるのとは、比べるべくもない有難さらしい。

 その後、少し離れた場所にある酒造場を訪れた。ホップが手に入らないため、主にワインや麦芽を多く用いた甘めのエールを作っているようだ。酒自体には大して興味はないのだが、甘いものもあると聞くと少し気になってくる。しかしながら、私はあと3,4年は飲めないだろうとのことだ。危険であるのならば致し方あるまい。

 地下の酒蔵を覗いた後、放牧場で行った様に食事を配り、同じく感謝をされる。これで私に託された本日の業務は終わりらしい。

 しかしながら、これだけでよかったのだろうか? ただ渡されたものを届けていっただけだ。疲れは一切ない。精神は少し疲弊しているんだけどね。人間とは体力が違うので基準が分からないが、それでも他の者よりは楽な仕事を回された気がする。村長は十分に働いてくれたと言っていたので、それでいいのかもしれない。だが、村の外の者としては役に立たねばと躍起にもなるし、不安にもなろうよ。


「今日はお疲れさまじゃな、お嬢さん。みんな褒めておったよ。小さいのによく動いてくれるとな」


 あ、そうか。子供扱いされているのか。この見た目では無理もあるまいな。そら他所の子供に無理させる無法者はおらんわな。やれやれ。実際の所私は、……子供か。


 子供でいいんだな?


 悪魔故、長大な寿命の中のいつからが大人だと判断するかは難しい問題である。見てくれは子供だが、周りにいる人間達とは比類なき力と知恵を持つ。


 少女は深く思うのだった。外の世界よりも、まず自分を知りたいと……。

 お疲れさまでした。

 ガッツやで。

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