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名前のない悪魔  作者: ジレスメ
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第五十五話 白の底

 いらっしゃい。


 ゲームが好きすぎる。よろしいけど、よろしくにゃい。

 止めどなく流るる雨垂れは、定められた場所を足蹴にし、大地に鞭を打つ。されど、響き渡る悲鳴は、白くぼやけた世界に滲み、溶けだしてゆく。


 クリモリ村の村長ネイエイ・カレフの葬儀は、息子であるジルナート・カレフ主導の下、滞りなく執り行われた。

 悲しみは残る。悲嘆に暮れる者もいる。しかし、村人の多くはそれに慣れてしまったかのように、葬儀を終えると変わらぬ日常へと足を伸ばしていた。それが必要な義務であるかのように。


「急な事だった。嬢ちゃん、気を病むなよ」

「……あい」


 窓の傍で静かに佇む少女へ、隣に腰掛けた大男が言葉を掛ける。


「寿命だったんだよ。カレフさんは、よく生きた」

「じゅ、じゅみょ、う? で、でも、げ、げげ、元気、だった……」

「ああ、そうだな。嬢ちゃんのおかげでな」

「え、え?」


 朝から外を眺め続けていた少女の首が、方角を変える。


「嬢ちゃんが来る前はな、カレフさんは参ってたんだ。身も心もよ。足が悪くなると、途端に体が弱る。加えて魔獣から大事な人達を守れなかったことを悔いて、家に閉じ籠るようになってた。それでも、あの日、森から轟音が響いたって、心配したカレフさんがいの一番に動いたんだ。覚えてるだろ?」

「あ……あい。も、門、を、た、たた倒し……れ、て……」

「そうだ。それで嬢ちゃんと出会った。それからは以前の元気を取り戻したみたいに、ニコニコしてよ。きっと生きがいを見つけた様に感じたんだ」

「で、でも、む、無理さ、させたん、じゃ」

「そんなこと言ったらきりがねえさ。前はいつぽっくり逝っても不思議じゃないくらい気落ちしてたのが、嬢ちゃんが来て張り切って生きた。そして、死んだ。最後に見た顔は覚えてるか?」

「……笑って、た」

「だったら良かったのさ。それで」


 大男は少女の背中を優しくぽんぽんと叩くと、立ち上がり、外へ向かった。


「あら? ヴァンデルさん行っちゃった? ご飯食べに来たんじゃなかったのかしら?」


 食堂の奥から女主人が顔を覗かせる。


「今日はちょっと冷えるね。今、何か温かい物作るからさ、ちょっと待ってな」

「い、いい。今日、は、お、お腹減ってな、ない。……ちょ、ちょっと、で、出掛けてく、る。バ、バラン、に、あ、会う」

「……そう。雨降ってるからさ、そこに掛けてあるコート持っていきな」

「あ、あい。あいがと、う」


 シャヴィは玄関扉の横に掛けられたレインコートを手に取ると、アンジェラの頭からすっぽりと被せ、雨粒の壁に消える小さな姿を見送った。


「……こういう時、どんな言葉を掛けたらいいか分からないもんだね。あの時は、心配……される側だったから、かな」




 鬱蒼と茂った木々の隙間から明かりが漏れる。久しく無人となっていた朽ちた館に、人の火が灯されていた。

 ここは、クリモリ村の最奥に存在する手付かずの領域。オホネが3000年もの間、外界からの侵入者を阻み続けてきた大悪魔の居城。そんな館がこの日、主の姿だけでなく、別の人影も受け入れている。


「いや~、本当に立派な館ですねぇ~」

「ちょ、ちょっと、あれ、荒れてる、けど」


 アンジェラとバランが明かりを灯した館の中でゆったりとくつろぐ。傍らには雨から逃れ、安心するメヘトの姿もある。

 古びた館ではあったが、魔術で強化された家具の中には、未だ高い品質を保持する物も多く存在した。革張りの物は流石に経年劣化著しかったが、木製の椅子や机は健在である。本棚に並んだ書物はアンジェラが頻繁に漁っていたこともあって、魔術による防護は途切れることなく続いていた。


「やー、こんな大きい建物ですから、手が回らないのは仕方ありませんよ」

「ぼ、ぼろぼろ、に、なるまでに、ま、魔術を、つ、使えばよ、よかった、けど、か、かか考えが、い、至った時に、は、て、手遅、れ」

「ま~、魔術は万能じゃありませんからね」


 安楽椅子をギコギコと揺らすアンジェラに、何処からともなく用意されたお茶を啜りながら、バランが気遣いの言葉を返す。


 少女がこの館の主であることを知る者は少ない。

 記憶喪失と言う設定で通したがために、村の人間には告白するタイミングを逸したのだ。出来れば、嘘をつかずにいたいというのが少女の本音ではあった。


 だからこそ、バランには正直に話すことにした。

 そもそも、メヘトがアンジェラの膨大な魔力量を正確に感知できている以上、アンジェラが並外れた存在であることを、バランは既に承知している。人の外においても博識である彼を誤魔化すのは難しかったのだ。


 親切にしてくれた村の人間を思うと、順序が違うだろうという念もある。だが、秘密の共有者が欲しいと考えた時に、良き理解者として真っ先に浮かぶのもバランであった。

 なにより、ファルプニがバランを騙す嘘に苦心していた。当のファルプニは嘘が得意とは言えず、放っておくと事態がややこしくなりそうなので、先手を打った方が余計な心配が増えなくてよいと少女は判断した。


「こ、ここの、本、な、何かや、やや役に、立ちそ、う?」

「え~、これだけ沢山古書がありますから、きっと魔獣や精霊、それから竜の事だって詳しく書かれてるかもしれませんよ」

「へ、へえ~、よ、よかった」


 先に館を調べたいと申し出たのはバランであった。魔獣の研究をしていると言っていたので、人間の手から離れた場所で収集された書物には、格段の価値があるらしい。


 オホネにバランを館に入れると伝えた時、返答に少しの間があったのは気になる。が、まあ、確実に3000年間管理責任のあった誰かよりは有意義に使いますやろな。

 というか、バランさん、こっちの文字読めるんやな。


「ここは、落ち着きますね。……こんな日は、僕はどうも手持無沙汰と言いますか、居場所がないような気がして、静かな場所に来たくなります」

「……う、うん、わ、わわか、る」


 バランにはいつでも館に入っていいと伝えてはいた。それでも遠慮して勝手には来ず、雨ですることのない今日を選んだ。そして、きっとそれは、私に対する気遣いも兼ねているのだろう。


「ね、ねえ,バ、バラン」

「……村長さんの事ですか?」

「う、うん……」


 少し困ったような顔をする少女に、バランは待っていたかのように、静かに話す。


 この日、少女は困惑していた。

 少女自身、両親の死を経験している。あの時も突然であった。悲しみへの耐性は人一倍、人間以上についている。今回も同じ、突然の不幸だったのだ。だから必要以上に狼狽えないし、悲しまない。そう、考えていた。

 だからこそ不思議だった。悲しみではなく困惑。悲しいと自分に言い聞かせることは出来る。だが、今思うのは、どうしたらいいのかということ。ひたすらに今という時間が分からなかった。


「げ、元気だ、だったの、に、きゅ、きゅきゅ急、に。き、きっと、ほ、他のに、人間、も、い、つか」

「んー、そうですねえ。ほとんど全ての方は先にいなくなってしまうでしょう。長く生きるというと

は、それだけ悲しいことです。それに価値をつけるか、認めないか。生きるというのは、その形で違いが生まれるのかもしれません」

「わ、私、は、まだよ、よくわ、分からな、い。バラン、は、ど、どどうして、るの? な、長くい、生きて、るんで、しょ?」

「ん~……」


 少し悩んだ風な顔を見せる。だが、その目は既に意を決していたかのように、視線を少女の顔からは外すことはなかった。


「昔の事なんですけどね、僕の住んでいた国が滅んだことがありました。周りに誰もいなくなって、何もなくなって、僕一人になってしまったんです」

「……」

「その頃は魔術なんて大層なものは使えません。僕が最後に残ったのは、ただ若く、ただ生き残っていたから。それだけなんですね」


 アンジェラはバランに親しみを感じていた理由に触れた気がした。

 同じ孤独を経験した同士、互いに理解されぬ何かを感じ取ったのであろうか。普段バランが見せる飄々とした姿は、親しみやすくも、必要以上な親しさは阻む壁を作っていたのだと、少女は理解した。


「生き残ったとはいえ、家畜も消えて、日々食べれる物を探し回る日々。これは、いよいよ駄目だなと、目を瞑って夜を過ごし、かろうじて朝に目を覚ますんです。お腹が空いて眠れないけど、気が付くと意識がないんですね。でもそんな日々の中、いつもより長く眠ったんです。凄く長い時間を。そして目を覚ますと、いつもと違う景色が僕の目に飛び込んできたんです」

「ど、どんな?」

「竜です」

「竜?」

「ええ。竜です」


 過去を懐かしむように、バランは目を細めてほほ笑む。


「竜が空を飛び、海を越えて行くのが見えたんです。自分以外が死に絶えたような世界で、神話で語り継がれる巨大な生命が、翼も持たずに空を泳いでいるんです。その時、僕は物凄い数の力が自分の中に宿るのを感じて、決意したんです。神秘を探究し、竜を追って海を渡ろうと」

「……だ、だから、あの時、りゅ、竜を、殺す、のには、はんた、いし、ししたん、だ」

「恥ずかしながら、私情でしたね。僕にとって、竜は生きる意味なんですよ」

「い、生きるい、意味、かぁ……」

「いやはや、大仰に言いすぎましたかね、はは。ただ、あの誰もいない世界を経験してから、新たに出会う人達を本当の人間だとは思えなくなってしまうんです。誰も自分を知らない。名前を知らない。……あの竜も、この世界では名前を呼んでくれる相手など存在しないのでしょうね」

「名前……。そ、そんちょ、う、に、貰った、のに、そんちょ、う……もぅ……な、ぃ……」


 アンジェラは、バランの言葉で村長が死んだという事実を心の中で再確認した。そして、堪えきれぬ違和感が込み上げてくるのを感じた。


「彼の名はネイエイ・カレフ。アンジェラさんに名前を与えた人です。覚えておきましょう。僕たちのために」

「…………ぅ……ぅん…………」


 雨の日の空は太陽も月も出ない。頭を下げる者は胸中に亡き者の面影を宿し、雨音が雑音を流して思い出となるのを惜しんでいた。




 少女は強大な力を持った大悪魔である。名前はアンジェラ。クリモリ村の村長ネイエイ・カレフに名前を貰った。




「……真であろうな、貴様の話は」

「ふむ、この期に及んでまだ疑念を抱くか。この場まで私を通したのは、期待があるからなのであろう? で、あれば、黙って見ているがよい。私は人間の様な小賢しい嘘はつけんのだ」


 雨音が人の移動を隠す夜、教会の所有する宮殿内を四本角の男が闊歩していた。その前を、影を帯びた表情の男が白髪の老人に先導させる。老人の顔色は血の気を失くし、大汗を掻いている。


「陛下……、これ以上は……」

「……余が命じているのだ。案内を続けよ」

「しかし、その……教会内に亜人種を招き入れるなど……、ましてや、この先は教皇様の……、あ、足を踏み入れることが出来るのは、教皇様に命じられし枢機卿のみ。陛下におかれましても例外ではなく、許可するわけには……」

「であるから、猊下にこうして案内してもらっているのだが?」

「…………主よ、お許しください」


 老人は目を瞑ったまま、鼻の先まで近づいていた扉をそっと押した。


「やれやれ、貴様らの言う神とやらが、人間の決まり事一つにわざわざ口を出すものか」

「……エルフが尊大な態度を好むのは勝手だが、それに見合ったものを見せてくれるのだろうな? 口だけではなくな」

「強き者が強き姿を見せるのはごく自然なことだ。私にとっては貴様の態度も意に介する必要性もない些事に過ぎん」


 限られた者しか足を踏み入れることが叶わぬ、教会の秘所に、四本角の男は怯むことなく足を踏み入れる。宮殿内に秘匿された部屋の中央には、簡素な木製のベッドが置かれている。


「意外……と言うべきか。視覚情報に過度な価値を求める人間の最高権力者にしては、凡庸な部屋を使う」

「……教皇様は、魔術の探究こそが、神に仕えし者の本義であると、自ら望んで……。私欲に囚われぬ、偉大な御方だったのです」

「ほう、分相応を理解していたか。殊勝な心掛けだ」


 男の言葉に、枢機卿は顔を紅潮させ、額に幾筋もの血管を浮かべた。


 教皇パラノティカ・デューク・マクレイン。穏やかな人柄で万人に愛された彼は、今この部屋で静かに眠っている。その青褪めた顔に寝息は響かない。


「事前に伝えているが、この情報は秘匿されている。そこへ、部外者を連れてきたのだ。余の期待を裏切ってくれるなよ」

「言ったはずだ。黙って見ていろと。二年も三年も前にと言う話ではないのだろう?」

「……五日前だ。本当に出来るのか?」

「造作もない」

「あ、あの……、何を……?」


 枢機卿の問いかけを無視し、四本角の男はパラノティカの青褪めた顔の上に右手をかざす。そして、人差し指と中指をぴんと張り、乱雑な動きで横一文字に払った。


「終わったぞ」

「……は?」

「二度は言わん。この貸しは、しかと覚えておくがよい」


 国王ハーシュタースがその言葉の意味を計りかねていると、唐突に奇妙な気配を感じた。


「あ、あ……、なんということだ……。陛下、寝息、が…………!」

「何だと!?」


 ハーシュタースが驚愕の目を男に向ける。


「生憎、今は気まぐれで来ていてな。人間の国が荒れていると聞いて観光がてら寄ってみただけだ。求める礼を考えておらん。だから貸しにしておく」

「魔法は……、本当だったのか」

「猜疑心の塊のような人間だな。死者を蘇らせるなど造作もない。ただし、伝えたはずだが、死者は死者だ。救いを求めるものではない。この法は生者を惑わす毒に過ぎんぞ」

「……構わん。教皇の言葉があれば、民心の痛みも少しは和らぐ」

「……人間らしい考えだ。だが、ゆめゆめ忘れるな。これは私、無名の魔法によるものだ。覚えておくことだ」


 そう言い残すと、人間との長居は無用と言わんばかりに一人で部屋を後にする。


「待ってくれ!!」


 人の出入りが制限された夜の宮殿に、悲壮な男の声が響く。落ち窪んだ双眸からは、絶対に逃すまいという、ぎょろりとした必死な目が覗いていた。


「このアマンドラ国王に、もう一つ、貸しを作りたくはないか……!?」

「……ほう?」


 闇夜の雨に、惑い人は口を傘で覆う。物言わぬ雨は素知らぬ顔で流れ往き、晴れやかな明日を信じて大地に消える。泥の上に刻まれた足跡だけが、不満げに空を見上げていた。

 お疲れさまでした。


 いつの間にか終わっていたネット小説大賞がまた開催されるらしい。コミュ障で胃が痛むけど、また応募してみるぞ。頑張らにゃいと。

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