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名前のない悪魔  作者: ジレスメ
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第五十一話 灰は流れ

 いらっしゃい。


 長くなりすぎたので分割。挿絵と次話は来週予定。

 朽ちたりし体は太陽の温もりを知ることなく、大地の恵みを体に収めることも出来ない。飢えることなく、痛みを感じることもなく、縛られた魂が灰色になった世界で時を刻み、今日という日に意味を問う。


 ……などと、詩人の様に浸ってみたりする初秋の午後。食べ物など昔から口にしなくとも生きていたし、そもそも高位の存在である身には必要のない物である。お嬢様がこの村の食事をえらく気に入っている様子なので、つい興味を持ってしまったのだ。


 機能を失ってから得る新たな感情は厄介である。ここ二千年程は意識が明瞭でなかったこともあり、動けるようになってからの時間が非常に長く感ぜられる。


「いかんな、つい余計なことを考える。己の役目を全うすること、ただそれだけだ」


 オホネは復活してからというもの、一日のほとんどを村の警備に費やしている。たまに村の老人が会話しにきたりするので、日中は館前の定位置にいることが多いのだが、その警備範囲は村の外にまで及ぶ。今までは少女が館の中でおとなしくしていたため必要なかった。しかし、少女が拠点を村の中へ移した以上、そうするのが必然であるとオホネは考えていた。


「そろそろ木々の色合いもあせる頃か? いや、少し早いか」


 肉体の大部分を失ったオホネではあるが、視覚や聴覚を完全には失っていなかった。色がなくモノトーンの世界ではあるが、物の距離を認識できるし、人の表情も判別できた。聴覚に至ってはむしろ感覚が鋭くなっている様であった。


「……確かに眼球はなく、その先にある脳もまた然りであろうが……」


 空洞になった眼窩に骨の指を差し入れ、カタカタと音を鳴らす。


 どうもこの世界は、魂に呼応する外的な力が有るらしい。肉体という殻がなければ魂は摩耗するが、魂が晒け出されるほどに新たな感覚が得られた。おそらく、これがエルフやオークに備わっているという感知能力なのだろう。

 身体機能を超越した感覚となれば、それは魔術に近い力であると推察できる。


 そうなると、この感知能力を与えたのは、魔術の触媒たる精霊ということになるのだろうか?


 求めたわけでもない力を与えるとは、何か目的が有るように思えてならない。

 ……いや、無意識に求めていたのだろうか。無力と化してゆく己が。でなくては、お嬢様を守ることが出来なくなるのだから。


 なんにせよ、今こんな事を考えていられるのも、全ては不死となったおかげ。無名とやらにどういった意図が有ったにせよ、得難き恩寵を得たものである。この魂が擦り切れるまで、己の使命を果たしてみせよう。


 腰を上げ、祠から出ると強い光が降り注ぎ、足元に潰れた黒い染みを作る。


 どうやら今は村の昼食時らしい。この様子だと、しばらくはここへ訪れる者もいないだろう。


 いつもより早い時間だが、オホネは日課である巡回を始めることにした。自分の姿が人間にどう映るのかは何となく理解していたので、以前は村民と顔を合わす確率の低い夜間に出歩いていたのだが、暗闇は相性が良すぎて逆に問題であると、後々村の騒ぎになったことで気が付いた。


 ということで、今日は真昼間から村の中を闊歩している。昼間だから大丈夫というわけではないが、こちらも責務があるのだ。譲る譲らないの話しであれば、こちらは後ろ暗さなく大道を歩む以上、彼の方に我慢と慣れを期待する他あるまい。


 すれ違う人々の凍り付く表情を後目に、骨の体を伸ばし、矍鑠とした動きでオホネは進む。抱えた麦の袋を落とす音も聞こえたが気にしない。

 よくお参りに来る水車小屋の老婆に挨拶をすると、そのまま村の中央部へ向かった。警備という観点からすると重要度の低い場所なのだが、人間の生活は日々の生活に変化が見て取れて割と楽しいのである。


「む、何やら騒ぎが起きておるな。確かめねば」


 人だかりを発見し、何が行われているのか検分するため接近する。しかし、人間が多すぎて中央部の様子を確認することが出来ない。人混みを押しのけて中に入るというのも気が引ける。

 遠巻きに眺め、体を揺らして背伸びするも結果は変わらない。

 そこでオホネは一計を案じる。


「そこの者! ここの家主であるか?」

「おん? そうだけど……ええ゛!?」

「一々驚かんでよいぞ。それよりも、この木箱を一時拝借したいのだが、よいか?」

「え、ええ、そりゃ、ど、どうぞ好きなだけ……」

「うむ! 感謝致す!」


 男が急いで木箱の上に乗った雑貨を払い、家の中に駆け込む。

 オホネはそんな様子を不思議に思いつつ、気分よく木箱の上に立った。


「眺め良し! 我が妙計かくも見事にはまったり!」


 多少は軋むが、木箱の強度に問題はない。体格の割に軽い体重が功を奏したようである。オホネは足場を得たことで並の人間よりも高い上背をさらに高くし、胸を張った。

 そして、目的である人混みの中へ視点を向ける。


「? 喧嘩ではないのか……。あれは、めかしこんだ……オークか?」


 期待していた光景ではなかったことに少しがっかりしつつ、オホネは中心にいる女性に目を向ける。


挿絵(By みてみん)


 口元から覗く牙を見るにおそらくオークなのだろう。自分の持つ知識よりも肌の色が薄いのが気になるが、他に当てはまる種族も知らない。もしかしたら、人間との混血なのかもしれない。そう考えると、オークにしては厚着な服装の疑問もしっくりくる。


「ああ~、やっぱり素体が良いと服が引き立つねー、素体が良いとね!」

「本当に綺麗な服ね~」

「前の格好も良かったけど、都会の服着るとまるでお姫様みたいだな」

「アルメトラちゃんは僕の天使なんだ」


 着飾ったアルメトラを村人たちが取り囲み、思い思いの感想を漏らしている。


「でも、高かったんじゃない? 生地も目が詰まってて作りがすごく丁寧だし」

「え、そうなんですか? 貰いものだから、そんなに高価なものだとは思わなくて……」

「何、貰い物!? あのクソ下半身やろ……ビスカントさんはそんな搦手を……?!」

「いえ、違います。ビスカントさんじゃなくて、バニッセルさんという素敵な女性に頂いたんです」


 アルメトラは王国に滞在していた昨日までの短い日々に思いを馳せる。

 そして、王国で出会った洗練されたレディの姿を思い浮かべた。




「いやあ、すまんなあ、アルメトラちゃんの世話を任せちゃって」

「……」

「予想してたよりもずっと仕事が溜まっててなあ、俺も白牙も出ずっぱりだったんだ、はは……」

「……」


 ただでさえ暗い地下室に、重く暗い空気が漂う。


「……いや、本当に悪かった。オークの娘を外に出すわけにもいかんしさ、俺の家で匿ってもよかっ」

「駄目です!!」


 沈黙していたバニッセルが突然甲高い声を張り上げた。


「そ、そうだよな、若い娘を家に連れ込むなんて、俺もそんな重拳の奴みたいなムーヴは気が引けてな。そいつの娘でもあるんだけれども……」

「……別によろしいのですよ。出したものは何でも食べたし、お酒さえあげとけば、おとなしくなりましたもの」

「……あ、そうだ! バニッセル、お前、服買ってあげたんだってな! アルメトラちゃん喜んでたし、俺も似合ってると思っ」

「似合ってるかどうかは分かりませんわ。……ただ、あの娘があんまりにもはしたない恰好をしているものですから、我慢できなかったのです」

「…………?」


 ビスカントが困惑する。目の前の女性の服には、左のわき腹から真っ直ぐと不健康そうな青白い肌が覗いている。アルメトラに対しての、はしたないという言葉は贔屓目に見ても納得せねばならぬのだが、その言葉を発した当人の服装には適用されていないことに首を傾げざるを得なかった。


「ともかく、仲良くやってくれたようで本当によかったよ」

「……そうですわね。アルメトラさんとはとても仲がよくなりましたので、ビスカント様がお会いになる時はあたしも同席させて頂くことにしますわ」

「え」


 半端な笑いで固まったビスカントの目は完全に泳いでいる。

 バニッセルは溜息をつきながら、野性味あふれるずぼら女の美しい顔を思い浮かべた。


 この時、奇しくも両者はお互いの顔を思い浮かべていたが、そこに付随する感情には隔絶した温度差が生じていた。




「ふうむ、つまらん。オークの姿を見れたのは良きことではあるが、拙者に若人の趣味は分からぬ」


 着飾ったアルメトラとその周りで騒ぐ人々を一しきり眺めた後、オホネは木箱から降りて人だかりから離れた。

 オホネにはオシャレなるものが理解できなかった。古の存在故に、というわけではなく、単に頑固一徹風な生き方が格好いいと思っているのだ。わざわざ声に出すのも、それを強調出来るので何となく言葉にしたくなってしまうのである。


「しかし、時代も流れたものだ。このような村が生まれるとは」


 オークと人間が会話し、少し歩けばエルフの姿も見える。種族間の融和は三千年前よりも進んでいるらしい。


「そこの者!」

「わ?! な、なんだあ?!」

「それは何をしておるのだ?」


 広場の隅で褐色肌のエルフ達が集まり、網を広げていた。


「あ……、あぁ~、そん骨え顔ぉ、オホネ様だかあ~。長老お言っとおは真だったあなあ。こん網い傷みさあ出え穴あ開きっち、直さにゃあ。直ぃ漁さ行ぐでね~」

「……漁?」

「ああ~、魚あ捕らにゃ、俺ら用済みだあな、はっは~」


 ケタケタとエルフの男が笑い、周りもそれにつられて笑いだす。


 ……漁? 魚? 確かこの森の近くには海が有ったと記憶しているが……。


 オホネは時の流れが想像以上に大きな変化を生み出していたことを知り、動揺した。森の賢者たるエルフが海を生活の基盤とし、俗っぽく笑っているのだ。三千年前に感ぜられた威厳は皆無で、人間と共に暮らすことを恥じていない。良く言えば親しみやすいのだが、その変貌にオホネの胸中は、なんか違う感で支配された。


「……怠らぬ心構えは立派である。邪魔をした、そのまま励むがよいぞ」

「ひゃ……ひゃあ~、オホネ様ぁに褒められたあ、ありがたや~」

「おぉ~、うらやましが。よがったあなあヤシュヒン~」

「ああ~、おなごしに自慢すっだあ。そんでぇ俺も嫁さひっかけっだあ」

「なあに馬鹿あ言っとおが、自慢す腕止まっとおだ! はっはっは!」

「あ、いげね! はっはっはあ~!」

「……」


 良きことではある。お嬢様の身を思えば、エルフが温和になったという変化は、良きことではあるのだ。


 胸に一抹の寂しさを残しつつ、オホネは村の外へ向かう。


 こういう気分の時は仕事をするに限る。別に遊んでいたわけではないが、悠久の門兵勤務歴からすると、安全な村の中の散策……巡回は、もはや遊びの様なものだ。いや、もう遊びと言っていい。遊びだ。


 さ、気を引き締めて赴くとしよう。


 塀を浮遊魔術で超え、外へ向かう。昔の体と比べ万全とは言えないが、この程度の魔術ならば容易く扱えるのだ。

 とはいえ、魂の器である大真珠を常に携行して片手は塞がっているし、骨の体は硬質ではあるが生身より頑丈というわけでもない。太古の魔獣でもうろついていなければ後れを取ることはまずないが、長く眠っていた体には不確定要素も多かった。


「エルフが海へ行くとすると、この川沿いを通るのであろうか。いや、水場は魔獣が縄張りにするとも聞く。強きエルフが減っているならば避けて通るやもしれん。なんにせよ拙者が蹴散らせば問題あるまい。強き気配は感じぬが……まあよい。征こう」


 オホネは割と荒っぽいことが好きなタイプであった。


 村の塀から少し離れると、周囲は木々に包まれ、あたかも別の土地に迷い込んだような錯覚に陥る。流れる水の導きがなければ、足を前に進めることさえ抵抗を覚えることだろう。


「まあ、拙者に恐れなど無縁なわけではあるが」


 オホネは先に何が有るかなど一切考えずズカズカと突き進んでゆく。森の姿は三千年前とさして変わらず、その景色にオホネは色を感じれないのを残念に思いながらも、連綿と続く自然の庭を感じ入っていた。


 と、さも慣れ親しんだ土地の様に闊歩しているが、実のところオホネがこの辺りを歩くのは初めてのことであった。館の守護を任じられてからはそれを絶対とし、この土地に移ってから今までほとんどの時間を館の前で過ごしてきたのである。

 今後はアンジェラだけでなく、村に住まう人間も守る必要が出てくる。それだけに、村の周囲から事前に脅威を払っておく必要もあると、オホネは考えていた。


 ……あの村には自分よりも強き者がいる。己の出来ることを探さねば。


 敗北は恥ではない。強き者に挑んだという証であり、誉である。

 しかし、自身の誇れるものが力のみであったとすれば、それを漫然と受け入れるわけにもいかない。かといって、己の力に伸びしろがないとすればどうすべきか。

 そんなこと考えて分かる能が有れば、とっくにそれを活かしている。これまで通り愚直一筋、たとえ頑迷であろうとも、これしか自分にはない。


 川の水は流れに合わせて太陽の恵みを乱反射させ、周囲に暖かな光を湛える。ひらりと舞い落ちた木の葉は、抵抗することもなく物言わぬ水面にエスコートされている。行き着く先は誰も知らぬ岸辺か、それとも滝壺か。


 流れる木の葉の行く末を案じ、暫し足を止める。見守っていたいようで、近場の石に堰き止められた枯葉に混じるのを見たくないような、そんな心の機微が並んで歩くことを躊躇させた。

 骨の顔を気持ちだけしかめ、双眸の影を深くして小さな存在に意識を集中する。

 そして、行き着く先を見届けた。


「むう、これは……!」


 木の葉は足を止めた場所から、すぐ先の所で落ち着いた。オホネの目には分からないが、深緑の葉は肌色の壁にその身を預けていた。


「どう致した、娘! 何事…………、ふうむ。なるほどこれは……、どうしたものか」

 お疲れさまでした。


 シャドバ新弾、サムスピ新作、LOL新モードTFT実装、格ゲー大会CEO。今月末は風が逆巻いておりました。

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