第四十九話 蠱惑誘引
いらっしゃい。
ドラクエライバルズの新弾が出たので時間が溶けました。リリース一週間は過ぎたので、また小説頑張ろうと思います。ここ数話遅れ気味なので気張らにゃいと。
「……一体、何が……?」
ひっつめ髪の少女は目の前で起きた不可解な現象に、冷たい汗を流す。
この村には、理解できない存在や力が、確かに存在する。少女は経験から、その一端が再び自身の眼前に這い寄ってきたのだと理解した。
ここは絶海の孤島の如く、歴史から隔絶された深き森の奥。
事件は、そこで起きた。
時は遡る事二時間前、少女が日課である散歩をしていたところ、村の中を不審な女が彷徨っていた。少女は以前もこの女を見たことがある。肌の露出が多い破廉恥な出で立ちをした、不逞の輩である。
村の安寧を脅かすこの者を、どうして放っておけようか。
かくして、少女は追跡を開始する。齢十三、世間を知らぬが信じる正義は持っていた。
「……本当に、一体何をしているのかしら?」
イミーニアは不安から独り言を漏らす。露出女を追ったはいいが、もう一時間以上歩き続けていた。
目的が見えない。ただふらふらと方々を彷徨っているのだ。足下がふらつき、体を左右に揺らしてはいるが、歩みを止めることはない。まるで夢遊病者である。たまに民家から手招きされ、ここに用事があったのかと思うと、ほんの一、二分で顔を赤くして出てくる。朝からこれを繰り返し、足のふらつきも増していた。
「これじゃ、私が何をしているのかって話ね」
この村へ来て、連日歩いている気がする。足には豆ができて、踏み出すたびに染みるような痛みが走る。ザッツカークでも体を動かすようにはしていたが、庭を散策したり、稽古場を覗いたりする程度で、こんな苦行じみたことはしていない。
本当に何故、こんなことをしているのだろう。
幼き心に自分の気持ちは気付けない。日焼けした肌に気を落とし、イミーニアは足を止めた。
戻って水浴びしよう。
イミーニアがそう考え、目を離そうとしたその時、眼前の女の動きにふと奇妙さを感じた。最初から妙ではあったが、今は少女の目から見て理解出来る違和感があった。女が村の外れにある森の奥へ向かっているのだ。
「この先に何が? 確か……、この先には酒造場があると聞いたけど、……昼間から若い女の人が用のある場所ではないわよね」
少女の世界は狭い。規律正しきザッツカークの姫として育ったイミーニアにとって、酒とは鍛錬に明け暮れる屈強な兵が英気を養うための道具であり、団欒と団結を促す豪傑の嗜みなのだ。お世話になっている村で飲んだくれているアルメトラが一番おかしいが、イミーニアも認識は十分ズレているのである。
「なんだか、歩くのが速くなってきたわね……」
後背に映る民家の景色が離れるにつれ、不安が募ってゆく。最初こそ、この破廉恥な女の正体を突き止めてやると息巻いていたが、今は得体の知れない相手に勇気と恐怖が釣り合いつつあった。恐れているなど認めたくはないが、森の中には小さくないトラウマがあるのだ。
足が鈍るイミーニアに対し、風に乗って漂ってくる微かな香りに、アルメトラの足取りは逸る。見つからぬよう後をつけていたこともあり、距離が離れてしまった。
そして、アルメトラが木々に姿を隠した時、異変は起きた。
「な、なに?!」
イミーニアの前を疾走する影が横切った。一瞬ではっきりとは見えなかったが、二人の男だ。一人は鉄兜で顔を隠し、一人は抱えられていた。
突然の出来事にイミーニアはしばし呆然とする。
しかし、重大な事に気づき、急いで後を追った。男達の向かった先が、あの女の歩いていた方向だったのだ。
あの女とは面識がないし、何となく気に喰わない。だけど、村の一員であることは違いないのだから守らねばならない。それが貴族に生まれし者の務めなのだから。
少女は駆ける。自分が今どんな地位に甘んじているのかなど関係ない。たとえ己に力がなくとも、心に恐れがあろうとも、スタイ家の誇りにかけて退くわけにはいかぬのだ。
木々の間を擦り抜け、謎の男達が消えた先へ駆け付けると、そこには――
「……いない…………?」
木々の生えていない視界の晴れた場所へ出ても、男達の姿はおろか、アルメトラの影形すら見当たらない。イミーニアは息を切らしながら、先にある酒造場まで向かうも、結果が変わることはない。
消えたのだ。男達も、あの女も。
イミーニアは息を整えながら考える。足下には、強く踏み込まれた足跡が残されているが、酒造場に至る前で途切れている。その足跡の付き方からして、おそらく鉄兜の男が残したものだろう。
何故、ここで途切れている?
汗で冷えた体を風が撫で、思わず体を震わす。
ここは超常の村。あらゆる怪奇が肯定される。
少女は足の力が抜けるのを感じ、その場にへたり込む。抑え込んでいた恐怖がぶり返したのだ。濡れた土は、妙に生温かかい。
とりあせず、川へ行こう。
少女はそう考えつつ、心細さから、しばらくその場を動けずに過ごすこととなった。雲一つない、良く晴れた日の出来事であった。
「えい、えい」
陽の光が差す森の中、剣を振るう影が二つ。角の生えた少女が木剣を振るうと、それに合わせて轟音が鳴り響く。風を切るのではなく、風を割ると言った方が適切な響きである。
「相変わらず、めちゃくちゃなフォームなのに凄え音だな」
ルヴナクヒエが呆れ気味に感想を漏らす。今日は久しぶりにアンジェラが稽古に加わっている。最近はイミーニアに連れ回されて参加できずにいたアンジェラだが、剣に対してそれなりの志は持っていた。
ヴァンデルに作ってもらった木剣は、少女の体には不釣り合いな大きさであったが、稽古用の剣はそういうものらしく、少女の並外れた筋力も加味して特別サイズとなっていた。ルヴナクヒエの無駄のない動きと比べ、ただ腕力で振り回されるそれは、洗練という言葉からは程遠いものであったが、迫力だけは勝っていた。
「あのなあ、一対一の勝負でそんな見え見えの大振りしてたら、すぐ懐に入られんぞ」
「え? あ、え、と、す、素振りじゃない、の?」
「素振りってのは目の前に相手がいるつもりで振んだよ。言い方は悪いが、結局剣てのは、相手を殺すためのもんだ。出来なきゃ自分が死ぬし、要は殺すためか生きるために振るしかねえってこった。だったら相応の覚悟持つべきじゃねえか?」
「な、なるほど……」
「お前はそんな物騒な考えは好きじゃねえと思うが、相手を殺す力量がなけりゃ相手を生かすことも出来ねえからな。そこらへんは自分で折り合いつけて納得してくれ」
ルヴナクヒエは巨大な木剣を軽々と持つ少女を見ながら、剣術の心構えを説いた。
実のところ、少女に対して技術面での指導は難しいと考えていた。元来持つ力が違い過ぎるのだ。通常であれば重い剣を持たせると体が振られ、自然と体の使い方を最適化しようと努力するものなのだが、目の前の少女は腕の力だけで振れてしまっている。これでは必要な感覚が養えず、素振りもただの運動にしかならない。
だからこそ、少女には不釣り合いな覚悟を求めた。死を念頭に置き、相手の動きを意識すれば、自身の動きを工夫して気付く事も増えるからだ。
剣の勝負で負けることはあり得ないが、筋力には天と地ほどの差がある。
初めて出来た弟子の指導に、ルヴナクヒエは頭を悩ませていた。
「やっぱ、俺も変わらねえとな……」
「? な、なにが?」
「こっちの話だ。それより、お前、バランさんはいつもどこら辺にいるか知ってるか? 友達って言ってたろ?」
「え、う、うぅん。し、親しき中に、も、れれ礼儀あ、り。プ、プライベート、は、ふ、ふふ踏み込まな、い、ように、し、してる」
「……そうか。見てくれも私生活も友達っぽくないんだけど、そういうお前らの世界があるんだろうな」
近頃、ルヴナクヒエは悩んでばかりである。弟子の指導もそうだが、魔術の修得についても頭を痛めていた。
アンジェラにそれとなくコツを聞き出そうとしているのだが、理解の程度と情報量が違い過ぎてちんぷんかんぷんなのである。昔から魔術を使ってきた村の人々と違い、外で生まれたルヴナクヒエは勘で何とか出来るほど感覚が養われていないのだ。
今まさに、バランという人間の魔法士が村に来ている。魔術を習得する絶好の機会と言える。
だが、師事するには己が未熟過ぎる。魔術のまの字も分からぬ人間に心血を注いで修得した飯の種を教えてくれなど、虫が良すぎる話だろう。
まだ己の誠意を示せる段階にない。とはいえ、一年も二年も待ってくれなどと悠長なことは言ってられない。魔法が使えるようになったとして、その頃には剣ではなく杖が必要になっている事だろう。らしくはなるが、本末転倒もいいところだ。
「道のりは遠く、か」
苛立ちは募る。諦めることが出来れば己の不才に悩むことはない。だが、剣に才があるかなど考えて振ったこともない。向いていないと諦めて楽になりたい自分の弱さにも思える。
そう考えると、苛立ちを表に出すのは弱さを曝け出すようで嫌だった。
「おい、今日はもう剣振んのいいだろ。俺も忙しいからな」
「い、忙し、い?」
「うーるせ。自発的に忙しくなったんだよ」
「あ、あい……へ、へへ」
ルヴナクヒエの悩みなど知る由もないアンジェラは気持ちの良い運動を終え、俯き気味にニタニタと本人的には爽やかな笑顔を見せる。そんな様子にルヴナクヒエは素直な疑問を尋ねる。
「なあ、お前何で剣が使えるようになりたいんだ? 確か理由は聞いてなかったよな?」
「あえ? え、えーと……」
「いや、軽くでいいんだが、お前そこまで真剣じゃないだろ?」
「……え? あ、いや、あの……」
「別にいいんだよそれは。もしかしたら本気のつもりなのかもしれないが、俺からしたらそう見えるって話だ。多分これから毎日剣振ろうが俺より強くなることはあっても、俺より上手くなることはねえ。そう断言できる。多分お前もそれは分かってんじゃねえか? それでも剣が振りてえってのは何でか気になったんだよ」
目の前の小さな体に硬質な剣は不釣り合いだ。その人間よりもはるかに強大な力も。剣など求める必要もなければ、求めるような生き方もしていない。
そして、その姿には自分とは違い、悩みなど微塵も感じさせない。
「え、えぇと……、と、父様のか、形見、の、剣をその、つ、つつ使えるよう、になりた、い、と」
「ああ、前に持ってたあれか。不思議な力を感じる剣だったな。俺の持ってるこいつも親父の形見なんだが、魔法で強化されてるらしい。なるほど、納得だ。剣を使えるようにならねえと面目が立たねえな」
「そ、そそ、そういうこ、と」
剣の修練をする少女に魔術を勉強する自身の姿を重ね、問題解決の糸口を掴めないかと尋ねてみたのだが、存外に理由を同じくしていた。
こいつも、それなりに一所懸命だったってわけか。
ルヴナクヒエは少しだけ体が軽くなるのを感じた。
少女は自分よりも遥かに力があり、魔法を操り、強大である。いつの間にか劣等感に似た感情も抱いていた。剣術だって本当はもっと出来るんじゃないかと、過大な評価をしていた。だが、実際はいつも見ているガキのままで、剣術も心の底から本気ではないにせよ、上達できるよう真面目に努力していたのだ。
「やれやれ、俺としたことが初心を忘れていたぜ。魔術も剣術と同じ、一朝一夕で身に付くもんじゃねえわな」
「ま、魔術ぅ?」
「ああ、俺も魔法使いてえんだよ。明日辺り、お前の友達のバランさんに魔術のコツ聞いてくるとするかね」
「え、じゃ、じゃあ、わ、わ私もい、く。バ、バランは、す、すごいから!」
「ああ、頼むわ、お前がいた方が心強い。頭下げて恥かく腹は括ったが、話が上手く運ばねえことには恥のかき損だからな」
ルヴナクヒエは焦って遠回りすることをやめ、落ち着いて近道を選ぶことにした。結局、自分一人では限界があるし、体の小さな案内人もいたから。
「さ、帰って飯食うぞ。後で魔術のお勉強だ」
「……」
「どうした?」
「え? あ、あい、あ、あれ!」
「ん?」
アンジェラが立ち止まって指をさす。どうやら、視力聴力も人間の比ではないらしい。走り寄ってくるメヒヤーを確認できたのは、それから三秒後の事であった。
「ぜえ、ぜえ、ル、ルヴナク……うぉえ!」
「うぉ! やめろ、汚えもん見せんな! 何なんだよ、森を汚しに来たわけじゃねえんだろ!?」
汗みずくになったメヒヤーが辺りを見回す。その姿は息も絶え絶えで尋常ではない。
「……ねえんだよ。見当たらねえんだよ、お嬢様が!!」
メヒヤーの絶叫が木霊する。
早朝出掛けたイミーニアが未だ家に戻っていないのである。村に来てからはジルナートかアンジェラと一緒に行動していたので、メヒヤーは油断していたのだ。
「……あの気の強いガキなら大丈夫だとは思うが、一応心配すべきだな」
「あ、あの……イ、イミーニ……」
「イミーニア、だ。友達なら呼び捨てでいいんだよ。それで、どうした? お前も心配か?」
「う、うん、……で、でも、イ、イミーニア、今日は、ひ、一人でさ、散歩し、したいって」
思いがけぬアンジェラの言葉に、メヒヤーは若干落ち着きを取り戻しつつ考え込んだ。
「嬢ちゃん、そりゃ何かわけがあってかい?」
「わ、分からな、い。け、けけけど、ア、アルメトラ、を、追って、食堂、を、出るのはみ、見た」
「あの飲んだくれの姉ちゃんを? 何で……、いや、それはいい。それで、メトラっちは何処へ向かったか分かるか?」
その問いに、アンジェラは首をぶんぶんと横に振った。
「そうかい、すまねえな嬢ちゃん、責任感じさせちまったな。しっかし、あの姉ちゃんはいつも何処で何やってんだ……?」
「おいメヒヤー、らしくねえな。飲んだくれが向かう先は見当がつくだろ? ジルが餌付けする奴がいて困るって嘆いてたぜ」
「……そうか、酒造場か! しかし、これはいかんぞ、お嬢様が汚染されちまう! あんな大人になっちゃいけねえ!」
メヒヤーは流した汗も乾かぬ内に再び走り出す。その顔には切実な思いが宿っていた。
「イ、イミーニア、は、ま、まだ小さい。お、お酒はき、危険!」
「ん? ああ、そうだな。お前意外と固いんだな」
「え? で、でも、あ、ああ危ないんじゃ……」
アンジェラの脳裏に、酒造場で受けた説明がよみがえる。
自分は後三、四年は酒を口にすべきではない。おそらくそれは、大人だけが飲んでいることから、体の大きさに起因する何かしらの影響を恐れての事だろう。村の者に私が何年生きているかなど知る由もないだろうから、数年もすれば体が大きくなると考えそう言ったのだろう。しかし、今のルヴナクヒエの反応は、危険というには随分と薄かった。
私は駄目で、イミーニアであれば大丈夫と判断できる差異があったのだろうか? しかし、メヒヤーの様子を見るに、イミーニアだから大丈夫というわけでもなさそうだ。
アンジェラの中で酒という存在の謎は深まるばかりであった。
「さて、一応俺達も周りを――」
突然、ルヴナクヒエが黙り込む。
アンジェラが不思議そうに顔を上げると、それを覆うように前に立ち、素早く構えた。
「……誰だてめえ」
ルヴナクヒエの睨みつける先には木々が立ち並ぶ。そして、その一つから影が動いた。
「走る音を聞いて追いかけてきたのですが、間違えてしまったようです」
その接近に、アンジェラの耳と目を以てしても、気づくことが出来なかった。現れたのは、乱れなき金色の髪に透き通る様な白き肌を誇る絶世の美女であった。
「客ではない。それだったら一人で動き回ってるわけがねえからな。てめえ、一体何者だ?」
その問い掛けに、謎の美女は優しく微笑んで答えた。
「愛の旅人マディマディです。どうやら、私の尋ね人は貴方だったようですね」
お疲れさまでした。




