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名前のない悪魔  作者: ジレスメ
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第四十六話 憂鬱な隣人

 いらっしゃい。


 挿絵は後日。→挿絵入れました。次話→アルカハクさんのお話。ちょいお待ち。→待たせた。

 当初は一話四千字前後くらいで書こうと思っていたのに、いつの間にか二倍近くに。各話内の流れと締まりを意識した結果だけど、書くペースが遅くなるし、読むのも疲れるし、少し考えものよね。

 魔王の世話役の朝は、大して早くない。


 やる気のない料理人が、その日使った食材の端材を集め、味付けもせず煮込んだものを皿に盛り、世話役へと渡す。世話役の手に渡る時間こそ決まっていたが、天に昇った太陽は既に傾き、作り置きされたそれは、独特の匂いを醸すことが多かった。

 たっぷりと睡眠をとり、肌の悩みとは無縁のミケーネが専用の台に食事を乗せ活動を開始する。魔王の世話役という重責が自分に務まるのか、当初は不安で昼前には起床していたが、今では日の上がった空を眺め、気持ちよくまどろみに浸る日々だ。


 存外に悪くない。評判の良くない魔王様も、手がかからない方向で残念な魔王様であった。庶民に生まれた私が安全で清潔な王宮内の屋敷に住むことが出来る。仕事と言えば、時間通りに敷地内にある魔王様の住む塔へ食事を運び、何か不便はないか要望を聞いて来るだけ。大昔に作られた職務様様である。友人の中には、魔王の二文字に顔をしかめる者もいたが、生憎と、こちらは向上心などさらさらない。世間の評判などより、平穏でゆったりとした生活が愛おしいのだ。


「イカニンさ~ん、お食事ですよ~」


 ノックせずに入った扉の先で、魔王様の首が即座に動く。しまった、陰で呼んでいた名前を声に出してしまった。


「……ミケーネちゃん? 僕は何も言わないよ? でもね、ちょっと、意図が知りたいかな」

「う、うっかり気のせいです! さ、さ、お楽しみの食事ですよ!」


 ミケーネが鼻をつまみながら皿蓋を開ける。未だ世話役として日の浅いミケーネは、細かな部分以外でも、その所作に粗さが目立っていた。


「そうだね。楽しみは分かち合った方がいい。一緒に食べようか」

「ヒィ!」


 魔王が立ち上がって椅子を引く。その表情は柔和であったが、目は凍り付いたように動きがない。


「何をしているのですか、またいじめですか? それに、そこは私の席ですよイカニンさん」


 開きっぱなしの扉から、黒髪黒肌の魔法士がさも当然のように部屋へ入り込む。


「やあ、ゼルネットちゃん。そうなんだよ、いじめが行われているんだよ。これは許されないことだと思うんだ。自覚がないのかもしれないけど、そんなことをして心が痛まないのかな?」

「そうですねぇ、自覚がないのかもしれませんね。お可哀想に。ミケーネさんもイカニンさんも」

「その可哀想がどの方向でかかってるのか聞いた方がいいのかい?」

「賢明な魔王様なら、私の口から聞かずとも」


 魔王の表情に影が帯び始める。明らかに不機嫌になっている。ミケーネも初めはこの空気に緊張を感じていたものだが、これが毎日の光景となると、本来必要となるべき緊張感も失われてしまった。魔王烏賊忍者は、機嫌が悪くなっても怒るのは無駄だし、得てして悪い結果にしかつながらないと考えるタイプだったのだ。


「魔王さん、窓を開けますがよろしいですね? 私はどんな豪勢な食事よりも、木の葉を揺らす涼風の香りを楽しみたい。ですから、さっさとそのゴミを片付けてください」

「ちょっと、今ゴミって言わなかった?」

「あ、そうだ! 今日は食べ物を持ってきたんですよ!」

「いや、今この人がゴミって……、っていうか、食べ物? じゃあ今まで持ってきたのは?」

「ほら、これお菓子です」

「……ああ、ありがとう、まあ、いいけどさあ……」


 ミケーネが差し出した小さな包みを受け取ると、微かに香ばしい香りが漂ってきた。中を開き、手にとって確認すると、それが焼き菓子であることが確認できた。悠久の時に沈んだ甘い香りの記憶に、思わず、手に取った焼き菓子を一つ口に放り込む。


「……味がする。食べ物に味がする。食べ物の味がする」

「…………」


 かつてない神妙な表情を見せる魔王に、流石のゼルネットも言葉遊びのダシに使うのが躊躇われた。


「ミケーネちゃん、徳を、積んだね……」

「あっ、いえ、これは私じゃなくて、王子様がイカ……、魔王様へ、と」

「王子? ああ、あの子供が」

「魔王さん、王子を知っていらっしゃるのですか?」

「まあね。一度だけ外の庭園で会ったんだ。青白い顔で何年生きてるのとか、色々聞かれたよ」

「驚きですね。あの魔王さんが塔を出るなんて」

「あのってなんだよ。普段は居心地が悪いから外に出ないだけで、誰もいなかったら外も歩くよ。まあ、誰かいたんだけどさ」


 魔王はつい先日会った王子の顔を思い浮かべる。


 あの時は庭園内の墓地へと向かっていた。前世話役アグニエが眠る墓を目指して。長く生きていると、人目に付かぬ時間帯も把握している。この日も、誰にも会わず、ただ成すべき事として、墓を一目見るつもりであった。その際に出会ったのが王子であった。


「あのお、ここだけの話なんですけど、王子様って体が強くないらしいんです。王妃様も出産されてからすぐにお亡くなりになったそうで、長生きな魔王様に興味があったんでしょうね。どうやったら強くなれるか聞いてほしいって、頼まれたんですよ私」

「へえ、あの子がねえ。でも、僕が長生きなのは生まれつきの体のおかげだろうから、答えに困るなあ。そういう事情聴くと、父さんと母さんのお陰とは答えにくいし」

「難儀ですねぇ。長く続く高貴な家では、短命の呪いがかかると聞いたことがありますが、幼い内から悩まねばならぬとは」

「でもさ、メイエンヴィークだって体は弱かったけど、千年くらい生きたよね? ゼルネットちゃんが鍛えてあげたら、少しは長く生きれるんじゃない?」

「どうでしょう、難しいですね。私は才能があったからこそ、メイエンヴィーク様に拾われ、私の弟子も同じく才能が有る者を選びましたから。同じように鍛えても、却って体に障る結果になるのが関の山でしょう」

「そっかあ、焼き菓子のお礼くらいはしたかったんだけどなあ」

「ちなみに、私が何かしたからと言って、魔王さんの手柄ではありませんよ」

「いや、僕とゼルネットちゃんはほぼ一心同体みたいなもんだからさ」

「確かに、考える頭がないと不便でしょうからねえ」

「なるほど~、頭を使ってエネルギーを消費してるなら、是非胃袋の役目を務めてほしいね」

「不要なら、お捨てになればよろしいのでは?」


 なんやこいつら。


 ミケーネは微笑みを維持したまま、百年以上かけて培われた独特のノリを冷ややかに見守る。真剣な話と冗談が入り混じる会話は、第三者が聞くと理解し難く、混乱してしまうという現象がままある。ミケーネも、後三年働けば気にしなくなり、十年働けば無視出来るようになるだろう。


「えっと……、それでは、私は失礼しますね~」


 開けたままの扉へコソコソと体を滑らせ、ミケーネが退出する。


「きゃっ……、す、すみませ……誰ぇ?!」


 視線を部屋に向けたまま外に向かったミケーネの体が、何者かにぶつかった。その拍子に発した声を聞き、魔王とゼルネットが扉の先へ注意を向ける。


「話しには聞いていたが、人間い世話をされ安寧に浸るとは、大した腑抜けようだなイカニン」


 そこには、血が通っているとは思えぬほど白く、おおよそ生者が持つとは思えぬ死人の如き肌をした、長身痩躯の男が立っていた。


「……お久しぶりです。あの、その呼び方って初めてですよね? やめてもらえます?」

「……先程親し気にそう呼ばれていたであろうが。私では不服があるとでも?」


 めんどくせえ。


 魔王は突然の来訪者にげんなりした。


 男の名は無名。現世界最古のエルフにして、エルフ族最強の男。他のエルフと異なり、四本の角を持った男は、一族の中においても存在の格が異とされていた。

 故に、とても浮いた存在となっていた。それに、頑固で血の気も多いし、他の者より長く生き過ぎて、若者から老人まで全員と世代間のギャップがあるわで、扱いに困る偉い御方となっていた。つまるところ、すごく面倒臭いのだ。


「魔王さん、お知り合いですか?」

「ん、あー、そうだね、知り合い……だねえ」

「知り合いだと? 私はお前の父が生まれる遥か昔からエルフの国を導いていたのだぞ? それを知り合いで済ますとは……。怠惰だけでなく傲慢さまで身に付いたか、嘆かわしいぞ魔王よ」

「と、申されているようですが?」

「……それは申し訳ありませんでした。では、浅学な僕に貴方との関係をどう表せばよいかお教えいただけますか?」

「貴様、考える脳みそも失ったのか? そんなもの自分で考えろ。明日までの課題とする。今日は一晩眠らずに考えておけ」


 駄目だ、終わってるわこのエルフ。


 ちょっと前はゼルネットちゃんに一泡吹かせようと呼び出そうと考えたこともあったが、これは駄目だ。面倒臭すぎる。あの時は結局、名前思い出せなかったし、召喚魔法も思ったより難しくて設備が必要ってことで諦めたのだが……、むしろ今は転移魔法が使いたい。すっごい遠い所に目の前のこいつを送りたい。


挿絵(By みてみん)


「それで、なんと申される方なんですか、魔王さん?」


 ぐぁっっつ……! 目の前の本人に聞けい! 千年以上前の知り合いの名前だぞ?! そんなもの覚えられるか!!


「…………」


 くっそ、流れで名乗りやがらねえ! 待ってやがる! なんで一々魔王さんをワンクッション挟んでの会話になってんだよ、二度手間でしょうが!!


「……ぅふっ、っうぅ……ん、と、あのお、何と言いましょうか……、あ! そ、そうだ、こういうのは、あのお、僕の口からでは失礼なので、やはり、あの、ご自身の口から……!」


 何が失礼なのかは知らん。むしろ、代わりに紹介した方が礼儀が出来てると自分でも思う。だけど、もう、僕がそう思ってるからそう、で押し通す。で、早く話し終わらせて早く帰ってもらう。千年以上会ってなかったんだから、次も当分会わないだろう。悪感情持たれても知ったことか。速く帰りたくなるなら好都合じゃ。


「私は構わんから、お前が言えばいいだろ」

「いや、僕の口からはとてもとても! いやぁ、とてもとてもぉ!!」


 お前の名前知らねーから!


「訳の分からん奴だ。軟弱な人間と過ごす内にエルフの貴し所作も忘れたらしいな。まあ、いいだろう。これ以上軟弱な声を聞き続けては頭痛が起こる」


 じゃあ、もっと喋ってた方がいいんすかね~。


「私に名はない。周りの者は私を無名と呼んでいる」

「……む、めい…………」


 あー、そんなあれでしたかあ。そりゃね、名前思い出そうとしても出てこんですよ。無いんだから。それでいて、呼び方があった気がして思い出そうとするやつ。


 ……さっきのくだりは丸々なんだったんだよ!

 さっさと名前はないって言えばそれで終わりの話でしょうが!!


「それにしても、人間、最初は魔王が弱き者を侍らせ小娘の様に矮小な自尊心を満たしているのかと呆れたが、お前、妙な気配をしているな。人間の法術か?」

「おや、なるほど並々ならぬ方のようですね。お察しの通り、私は弱化の法を用いてございます。魔力量で見抜くことは出来ないと思うのですが、改良の余地があるということでしょうか」

「弱化? 何故そんな法術を? お前は強さを求めないのか?」


 無名が訝し気に目を細める。


「我が師の知恵ですねえ。人間社会は何かと面倒が多くて、強さを誇示すると厄介事が舞い込んでくるのです。こうして自由に過ごせるのも、この術のおかげですよ。人間はまだいいですが、精霊に目をつけられると、この地の領主にされかねませんからねぇ」

「小賢しい。人間らしい珍妙な発想だ。弱者の都合に合わせるなど。私も魔王も領主だが、土地など放っている。真に強きを志すならば、領主なくとも民は生きるはずだ」

「うーん、僕はそんなつもりはなかったんだけどなあ」

「だろうな。三千年前に起こった戦の体たらくにも辟易としたが、人間と手を繋いで道化になったお前には呆れて言葉も出なかったぞ」

「うるさいなあ。これでもこっちの国では結構感謝されて歓迎されたんだよ?」

「……はぁー、分かっとらんな。強さを得るために戦は必要不可欠なのだ。その証左として、人間の中に格段の強者が現れたであろう? 世界はそう回らねばならんのだ」

「それは、メイエンヴィーク様のことですか?」

「うむ、人間ならば、当然知っておるだろうな。あの男は今まで見た者の中で二番目に強い。今も励んでおるのか?」


 ゼルネットが驚いた風で無名の顔を見つめる。

 メイエンヴィークはとっくの昔に死んだ。目の前の男はまるで全知全能の如き風格と振る舞いをしていただけに、それを知らないことが意外であった。思わず表情を読み取ったが、そこに嘘や冗談が混じっているようにも見えなかった。


「御存じないのですか? メイエンヴィーク様は二百年前に今生の御役目を果たされました」

「なんだと?」


 ゼルネットの返事に、無名は目を瞑り、深く息を溜めた。


「気配が消えた時、南へ修行にでも出たかと思っていたが……、存外あっけないものだ。やはり……、所詮は人間。期待すべきではなかったか」

「期待、ですか?」

「こちらの話だ。奴にも可能性はあったのだが、人間という種は、どうにも培った力を使わずに、与えられた日々を無為に過ごすきらいがある。まったく、実に勿体ない」

「? よく分からないけどさ、そもそも無名さんは何でここへ来たんだい?」

「ああ、それは、こちらの国で色々と動きがあるようだったからな。見物だ。しばらく世話になるぞ」

「ええ…………」




 煌びやかな装飾に彩られた広間に、足音が響く。

 項垂れるように腰を落とし、深く座す男と、その前へ規則的な足の運びで近づく表情のない男。


「……宮中伯か。……外のあれは……、もう、良いのではないか?」

「……我が王よ、これが定められた決まりとあれば。……それに、これはマスティリオ卿の望まれたことでもあります」

「望まれた? そう望むように仕向けたの間違いではないのか?」


 項垂れた男は、目の前の臣下に怨嗟の眼差しを向ける。

 男の名はハーシュタース・アマンドラ。天使に守られし人間の国アマンドラの正統なる王であった。


「そのように受け止められても致し方なき、我ら諸侯の不手際でございます。されど、マスティリオ卿の蛮行は到底許されざるものではありません。彼の行いが国に騒乱をもたらしたのです。我らも、法に厳格であられた彼の意思を尊重した結果として、伝統たる王宮内での磔を執行したのです。期間は七日。ご理解くださいませ」

「……まるで大罪人よな。果たして、真に罪深きはどちらなのか……。いや、分かっておる。余の考えが間違っておるのだ。どうせ宮中伯、貴公が正しいのであろうな」


 王は頭を上げ、賢明なる臣下の表情を読み取ろうと、暗く沈んだ瞳を滑らせる。だが、ラス・ミレスの顔は凍てついたように動かず、変化なき姿からは何の情報も得ることは出来ない。


 無駄な努力か。


 王は目の焦点を合わせることもやめ、再び項垂れた。


「マスティリオは政治が出来ぬ男であった。そんなことは、余でも分かっておる。だがな……」

「……」


 王は世に沈黙王の名で聞こえている。妻と死別し、腹心であったバルメニヒト卿も去った後、心の均衡を失った。そんな彼の支えとなったのが、信念と行動の一貫したマスティリオの姿であった。


「余はマスティリオを信頼していた。あやつはな、真っ直ぐなのだ。嘘偽りがない。聞くべきことも、聞かぬべきことも、全てを話す男だった」

「偉大なスタイ家の当主らしき姿にございます」

「……お前は何だ? 一体何を考えている? 余が真に無能ならば、貴公を信頼するだろうし、余が有能であったとしても、貴公を重用しているのだろう。だが、余はどちらでもない。貴公の功績を素直に受け入れるほど賢人でもなければ、疑うことを知らぬほど暗愚でもないのだ」


 王は、目の前の男を計りかねていた。能力は疑う余地がない。だが、見えない。その真意が何処に向いているのかが分からない。判断しようにも出し抜こうにも、目の前の男の方が、自身より賢いのだ。

 臣下が王よりも優れた知見を持つことは、本来喜ばしきことである。だが、この表情のない男に限っては、気味が悪く感じられ、傍らに置けば不安を増大させた。


「……我が王よ、私は忠実なる王の臣下。ただ陛下の御為に働くことこそ、我がミレス家の誇りにございます」

「……分からぬ。貴公だけでなく、此度の戦にしてもそうだ。マスティリオに非があることは明白であった。だが、余は軍勢を送ることが出来なかった。あまつさえ、マスティリオに加勢しようかとすら考えた。だが、出来なかった。何も、出来なかった。……見よ、この広間で何が出来る? ここに座して、何をどう判断せよというのだ? ……ここは、何も、聞こえん……」


 王は、まともであり過ぎた。自身の責任を理解し、その一挙手一投足が、さざ波の様に民の足下へ流れることを知っていた。その結果、自身の目で確認し理解したものでしか判断を下すことが出来なくなっていた。


「陛下、我らはその為にいるのです。王の目となり耳となり、民の怒り悲しみを共に負ってみせましょう」

「……ふ、ふふ……、なるほど、王の目か。王の目ならあそこで磔になっているぞ」


 ハーシュタースが広間の先を指差す。王座のある大広間の直線上には、王家の大庭園が作られている。その中央には王家の始まりから続く定めとして、刑台が築かれていた。


「……マスティリオ卿は私にとっても敬愛すべき、偉大な御方でした」

「ふん、よせ。貴公が言っても白々しく聞こえる。それよりも用件を話せ。まさか、余を慰めに来たという訳でもあるまい」

「……仰せのままに。ザッツカークにて抵抗を続けていた兵全ての降伏が完了致しました。大魔法士オーリアンの説得が功を奏したようでございます」

「何? オーリアンは生きていたのか?」

「……生きておられました。マスティリオ卿の遺言として降伏の説得を命じられていたようですが、先日遺体で発見されました。自ら命を絶たれたのです」

「なんだと?!」


 ハーシュタースは思わず叫んだ。大魔法士オーリアンの名は、大陸中に響き渡っていた。既に死んでいるだろうと考えていた王も、それほど大きな存在が戦ではなく、自らの手であっさりと最期を迎えた事実に衝撃を受けた。


「長き命を持ちながら、最後に選んだのがそれだとうのか……!?」

「陛下、オーリアンの遺体は既に火葬いたしましたが、彼の者の罪はいかが致しますか? マスティリオ卿と常に共した男です。彼もまた定めにより罰さねばなりません」

「くだらん! 死者に振るう鞭があるものか! ザッツカークの地にて懇ろに弔うがよい」

「は、なれば、罪は不問ということでよろしいですね?」

「くどい! 一族にも一切責を問うな。己が信念を通した偉大なる大魔法士の死を悼め!」

「は、仰せのままに……」


 ハーシュタースが苛立たし気に立ち上がる。座っていると目の前にいる男との会話が長くなりそうな気がして、無意識に体を動かしていた。


「そう言えばな、宮中伯。貴公に大任が決まったぞ。貴公にはセスカ宮中伯だけでなく、ザッツカーク辺境伯の地位も任せることになった」


 その言葉に、ラスは表情を崩しこそしなかったが、返答に少しの間が必要であった。


「……王命とあれば従いましょう。しかし、此度の戦、最大の功は大公にあるはず。ましてや、ベツェクオール家とスタイ家の因縁によって生じた戦。私に任が下る道理が見えませぬ」

「城拍は未だ先代からの引継ぎに追われ、国内の統治で手一杯だ。そして、大公は、辺境伯の地位に貴公を推薦した。これで充分か?」

「は、理解致しました。流石は大公と言うべきか、私利私欲のない御方にございます」

「どうだかな。奴は派手に戦い過ぎたのだ。聞いた話によると、ザッツカークの地で恨みを買い、話しならばセスカ宮中伯に聞くと、ヴァリエンテの兵は門前払いされるらしい。貴公は古くからスタイ家と友誼を計り、開戦にも反対していた上、最後には降伏を引き出したのだからな」


 ……何処まで思惑通りなのか。


 全てが謀の様に見える。有能だが、近くに置くと疑念が積み重ねってゆく。

 ならば、遠方の地を任せればよい。真に疑わしいのならば、目の届かぬ場所で権力を持たせるなど傾国に導く愚行である。だが、それは王の勝手な印象に過ぎないのだ。


 天がこの男を選ぶのなら、それもよかろう。少なくとも、この不出来な王よりは真っ当な審判を下すはずだ。


「だが……、彼の地ザッツカークは鬼と対峙する戦乱の砦。マスティリオは一度たりとて後れを取らず、鬼の進軍を阻み続けた。それは間違いなく、あやつの功績だ。貴公もその責の重さ、重々承知しているな?」

「は、この大任、我が身に代えましても務めぬいてみせます」

「……そうか」


 返事を聞き、足早に広間を抜ける。これ以上自身の凡庸さを思い知らされれば、自己嫌悪で王であることを耐えれそうになかったから。


「父上!」


 広間を出ると、色白の少年が待ち伏せしていた。


「おお、シュテルナー! よーしよし、いい子だ、どうした?!」


 太ももにしがみついてきた息子を持ち上げ、頬に口づけをする。


 父も母も早世し、妻もサリエン家に嫁いだ姉と同じように、子供を残して逝ってしまった。

 まるで呪われているようだ。今となっては、私に残されたのは、この子しかいない。息子だけは、決して手放すものか。たとえ自分が偉大な王でなくとも、この子の前では偉大な父であってみせる。


「父上、魔王は何故外に出ぬのですか? 」

「ま、魔王? いや、父さんでも分からないが……」

「そうですか……。う~ん……、やっぱり、強すぎて危ないから、塔に力を封じてるのでしょうか?」

「んん? いや、あの魔王が強いとは限らないんじゃないかな? 誰一人としてその力を見た人はいないそうだよ」

「でも、すっごく長く生きてるんでしょう? きっと、すごく強いのですよ!」

「そうかー……。でも、魔王は周りに気を遣う感じじゃないし、強さを隠したりはしないんじゃないかい?」

「えー、でも話したら優しかったし、角が生えててすっごく強そうでしたよ?」

「なに?! 魔王に会ったのかい?!」

「はい! お墓の所でお話ししました!」

「なるほど~、お墓で……」


 あの魔王が外に? 

 不気味だ。あれは、息子の教育に良ろしくない。

 どうするべきか。それにしても、墓場で一体何を……?




「あ、あの……!」


 窓から入る光の角度が気になり始めた時、険悪な談笑に興じる三人組に声がかかった。


「もう……、戻ってもいいです……よね?」


 扉のそばで、帰り時を失ったミケーネが直立待機していた。

 彼女としては、来客に失礼がないよう、話の切れ間に声を掛けて帰ろうかと考えていたのだが、楽しさという要素を捨てた会話は何故か途切れることなく続き、放っておけば、日が暮れそうな気配すらあった。長時間待った身としては、今更という意地もあったが、終わりのない恐怖感が勝り、意を決したわけである。


「なんだ、まだいたのか娘。私は構わん、帰るがいい」


 ……何で、お前が、許可を出してんだよ。


 魔王は明日からの生活を思い、地の底を覗くような心持ちで天を仰いだ。

 お疲れさまでした。

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