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名前のない悪魔  作者: ジレスメ
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第四話 命の振り方

 EVO 2018始まったよ。

「そ、っそそそ、村長、あ、あれ、は何?、なんだ?」

「ああ、水車のことですな。川の力を借りて糸をよったり麦を粉にしたりできますじゃ」

「お、おぉお、お、あれ、あれが水車、か! ほ、ほんも、のは、初めてみ、みみ…た!」


 足の悪い老人とその息子は、オホネ様の前で出会った不思議な少女を連れてゆっくりと村へ向かう。ヴァンデルは先に村へ戻り、来客があることを知らせに行った。


「…………」


 ジルナートは興味深そうに角の生えた少女を眺める。

 父とヴァンデルさんは鬼の子供だと考えているらしい。しかし、自分にはもっと神秘的な存在に思える。目に映るもの全てに興味を抱く姿は純粋で、話に聞く鬼の荒々しさは感じられない。

 記憶を失くしているそうだけど、父と少女の会話を聞く限り部分的に記憶は残っているらしい。知識自体は豊富にあるんじゃないだろうか? 少女の言葉には自分の知識と見たものを擦り合わせる知性がうかがえる。


「! さ、しゃ、ぁ、さか、な! 魚、いる、ぞ、そ、そそそんちょ、う!」


 ……やっぱり子供だから、なのかな?

 とはいえ、知識があるのは確かだし、人の言葉が喋れること自体がすごいことなんじゃないか? 発音が難しいのか流暢には喋れないみたいだけど、こちらの言葉は理解できている。鬼だったら人の近くに住むこともあって、確かに言葉を喋れてもおかしくはないんだけど……。


「やっぱり何か引っかかるなぁ」

「どうした? ジルナート」

「いぇ、この子は本当に鬼の子なのかなって、ちょっと考えてました」

「お前は昔から少し考えすぎるところがあるのう。しかし、何か心当たりがあるのか?」

「そういうわけではないんですけど、頭もよさそうですし、何かイメージが違ったので」

「うぅむ、わしも鬼に特別詳しいわけではないからのう」


「………」


 え、もしかして疑われてんの? いやいや、自分は一応悪魔なんだけど、人から見て鬼に当たるのかそうでないのかは、こちらの知るところじゃないからね。角生えてるしさ。

 せっかく言葉も通じて会話もできたというのに、よく分からんところで流れを切られたくないな。私の話す人間の言葉だって、悪魔の鋭い聴覚からすれば、未だイメージ通りとはいえないのだ。まぁ、上手くなりすぎて詩人のようになってしまっても、余計な疑いを増やすだけか。これ以上は贅沢ということにしておこう。


「村長、ジル、そっちが例のガキか?」


 唐突に声がかかる。投げつけるような声はぶっきらぼうで、少女は思わず身をかがめる。声の主を見ると腰に剣を携えた若い男であった。念のため村長の後ろに隠れておく。


「サリエンか。迎えに来てくれたのじゃな」

「ルヴは相変わらずだね。この子が怖がるからもっと柔らかく喋りなよ」

「うるせえ。それよりも」


 サリエンとかいう失礼な輩がこちらを見つめてくる。

 こ、この野郎! こっちは村長の後ろにいるんだからな!


「ふん、確かにガキだな。ジルはお人好しだから、またいらん面倒を引き入れたかと思ったんだが、そんなちっこいのじゃどうこう出来そうもねえな」

「……安全だと確定したわけではないけどね」

「……どいうことだ?」

「まあまて、それは皆が集まってからでよかろう。老人に長話を何度もさせることなかろうて」


 ……どういうことだ?


 村長の陰に隠れてはいたが、密かに少女とサリエンはシンクロしていた。


 待ってくれ、私はてっきり人間に受け入れられたものと……、違うんか、そうなんか? くそっ……! これではまるで、楽園に向かうと信じて出荷される養豚場の豚ではないか!

 おのれ人間、謀ったな! っていうか、どうすればいいでしょうか? 本当すいません、

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。


「……あの、大丈夫ですか?」

「い゛っ!? ひぃ……」


 どうやら声が漏れ出ていたようだ。迂闊!


「ルヴ、ほら、この子はこんな状態だからさ、ね?」

「……まぁ、なんというか悪かったなガキ」

「安心してね。彼はルヴナクヒエ・サリエン。口は悪いけど優しい人だよ」

「ぃ……、あ、あい……」


 この子の状態は思ったよりも深刻かもしれない。さっきまでは安心していたからか明るい素振りを見せていた。けれど、少し怖い思いをすると尋常ではない怯え方をする。やはり、想像を絶するような体験をしたのかもしれない。この震える小さな体で。

 村には知らない人間しかいないんだ。それはきっとすごく怖いことに違いないんだ。僕が出来る限りサポートしなければ。村に連れてくることに賛成したのは、紛れもなく僕自身なのだから。


 状況がよく掴めない。サリエンとかいう男は一応謝罪もしたようなので、本当に悪い男

ではないのかもしれない。

 問題はなんとなく地味なジル何某だ。奴の発言が私を混乱させる。妄想癖の疑いがあるので、考えを探るのはやめたほうがいいかもしれない。言わば出口のない迷宮よ。

 しかし、奴の品定めするような、あのいやらしい目つきに晒され続けるのは、堪えるものがあるな。丁寧で親切な態度にも見えるが、二人きりになるようなことは避けたほうがいいだろう。


「さあ、お嬢さん着きましたぞ。ここがわしらの村、クリモリですじゃ」

「お、おぉー」


 まぁ、悪魔の視力をもってすれば、既に門を出た時点で既にに木々の隙間から見えてたんだけどね。ただ、村長がさもそうすべきと村を紹介したので、こちらもそうすべきと相槌を打ったのである。


「おう、カレフさん戻ってきたかい」

「ご苦労じゃったなヴァンデル。みんなはどうじゃった?」

「まだ畑で作業があるからってよ。だだ、今日は早めに切り上げて夕方には集まるってことになったぜ。おい、サリエン、お前ちょっと嬢ちゃん案内してやってくれよ」

「なんで俺なんだよ! ガキは疲れてるだろうから飯食わせて寝かせときゃいいじゃねーか」

「お前なあ……、剣の腕だけじゃなく愛想ってもんも学んでほしいぜ」

「まぁまぁ、この子の案内はわしがしよう。せっかくじゃから畑を見にいくかい?」

「カレフさん、それだったら俺が代わりますぜ。どうせ畑仕事に戻るつもりだったんで」

「いや、いいんじゃ。わしがそうしたいんじゃ。久しぶりに畑も見たくなったでの」

「だったら僕もついて行っていいですか?」

「そうだな、みんなで行くとしようぜ。な、サリエン?」

「そんだけ大勢いておやっさんもいりゃ十分だろ? 俺は川下の方見張っとくよ」


 そう言うとサリエンは足早に村の外へ向かってしまった。


「まったく、つれない奴だ」

「ほっほ、どうじゃお嬢さん? 面白い奴じゃろ?」

「素直じゃないんですよね」


 サリエンはどうも格好をつけてる印象があった。だが、陰でこうも言われると台無しである。一人を好む者としては同情心を覚えてしまう。故に気取ったサリエンが暖かい目で皆に見守られているのだと、そう察した瞬間、妙に気恥しく感じられた。


 ともあれ、畑はとても気になる代物だ。畑など書物でしか知らないし、なんといっても自分は食事を必要としないのだ。だからこそ、作物がどのようにして得られるのか、どのような見た目でどんな味がするのか、それがとても気になる。贅沢は好かないので、なければないで気にしない存在ではあるが、こうして身近に見られるとなると、好奇心を抑えれぬのは致し方なきことである。

 畑よ、その姿や如何に?




 なんだこれは?


 なんということはない。一面茶色の大地に男たちが棒を叩きつけて遊んでいた。


「どうじゃ? 広いじゃろ?」

「……あ、あれ、は?」

「あれ? あー、っとこれはじゃね、クワ、じゃな。お嬢さんも振ってみるかい?」

「あ、あい」


 郷に入りてはなんとやらだ。実際に体験して分かることもあろうな。


挿絵(By みてみん)


「えぃっ、えぃっ」

「ほう? 嬢ちゃん見てくれより随分と力があるみたいだな。助かるぜ」

「ほっほっほ。確かにわしよりも体が動いておるわい。ただ、その振り方じゃ腰を痛めてしまうの。こうやっての、腕じゃなく体全体で真っ直ぐに――」


 ストンっと音を立てるように、滑らかな動きで降るわれた鍬は硬い大地をしっかりと噛んでいる。更に二度、三度と寸分たがわぬ動きで大地を抉っていく。少女が力任せに振るったのに比べ、結果は同じでも明らかに効率がよく感じられた。


「す、すごい、な、そ、村長!」


 少女は素直に感心した。元々の体力が違うので、ただ腕の力だけで振っても大地に傷をつけることは可能だし、一日中振るい続けることもできる。だが、人間はそれができない。だからこそ工夫するのだ。そしてその動きには美しさが宿っている。


「いやいや、カレフさん、まだまだ体は元気そうじゃないですか。」

「なあに、この動きが体に染みついているだけじゃよ」

「父さん、周りのみんなも驚いてますよ?」


 気が付くと周りには人が集まっていた。最初は遠目にちらちらと覗くだけだったのだが、亜人の子供が鍬を振るい、足を悪くして畑仕事から遠ざかっていた筈の村長も力強く鍬を振るっているのだ。勤労意欲より興味が勝ったのである。


「なんだ、随分と可愛らしい子供じゃねーか」

「鬼の嬢ちゃん! 手伝いだったらいくらでも来て構わねーからな!」

「服も用意してあげたほうがいいな」


 ジルナートはやれやれといった風で好き勝手に騒ぐ男たちを眺める。

 男たちは単純なようで少女がどういう存在だとかは深く考えない。もしかしたら父は、こういう反応を期待していたからこそ、畑にきて鍬を振ったのかもしれない。


 かなわないな。


 そう思いながらジルナートは今後のことを考えるのだった。

 ガチガチに固まった亜人の少女のために……。

 連日の格ゲー大会配信は寝不足に注意したい。

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