失キ夢 払霊
いらっしゃい。
挿絵は後日入れるやよ。 → とある事情により挿絵はtwitterとpixivにて。詳細は活動報告で。
これで幾度目になるであろうか。
確か……これまでに七度。相対する度に体を断ち切り、心臓を貫いてきた。
「竜よ、私は諦めぬ。今度こそは、その魂をも討払い、我が使命を果たしてみせる」
眼前には竜が血に塗れて伏し、手にした白剣は光輝いている。
信仰の剣。そう、主は呼んでいたか。
万物を切り裂き、竜を滅すことの出来る剣。主が所有する双剣の内、一振りを使命と共に賜った。私は、この剣で竜を殺すのだ。それが私の存在理由なのだ。
そして、確かに私は剣を竜に突き立てた。
だが、何故だ。何故、竜は死なぬ。何故、死しても蘇るのか。
力は竜に勝っている。一体、何が足りぬというのか。
分からぬ。分からぬが、どうということはない。心は揺るがぬ。何度だって挑んでやろう。
信仰の剣を手に、竜へ歩み寄る。竜は自身の運命を受け入れているのか身動き一つせず、その佇まいには諦念が漂っている。いや、むしろ気怠さすら感じられるその姿は、どうせ蘇るのだから抗う意味はないと、そうした思いの表れなのかもしれない。
「フゴオッ、ブォ、オォッオオオ!」
竜の前へ獣面の亜人が庇うように飛び出してきた。
「貴様らオークは、何故邪魔をする? 竜を守ることが、貴様らオークの使命とでもいうのか?」
「ブオオオオッ、フ、グォッオ、フゴオ!」
「……言葉を解さぬというのは哀れなものだな。己の意思を伝えることすら出来ぬ。何を思っての沙汰かは知らぬが、我が使命の邪魔立てをするといのならば容赦はせぬぞ!」
男は剣を構えオークを威圧する。すでに散々打ちのめした後だ。オークも実力差は嫌というほどに理解しているはずだ。
「ブォォッォオオオ……!」
しかし、オークは竜の前から離れない。それどころか、その場に膝をつき、懇願するように顔を地面に擦り付け始めた。
「……く、何だこれは……。何を求めているのだ……? まさか、竜を……」
「戦争の君、これは拙者が引き受けましょうぞ。貴方様は竜を……!」
副官が上官の苦悩を察し、提案する。だが――
「馬鹿を言うな。私は主より崇高な使命を賜っているのだぞ。汚れ仕事を部下に押し付ける卑怯者に主は期待したりなどせん」
「ハッ、身の程をわきまえず、差し出がましき真似を致しました! 罰は後程しかるべき時に!」
「よい。お前ほどの忠臣はおらん。その言葉が嘘偽りなく私を思っての事であることは、疑う余地もない。なれば、今まで通り好きに発言せよ。要は、私がそれをしっかりと判断すればよいのだ。私を信じるがいい」
「ハッ! 拙者の忠誠は未来永劫揺ぎ無く……!」
副官の言葉に、緩んだ心に鞭が入る。
そうだ、私がやらねばならんのだ。
「オークよ、お前たちはどうやら竜に忠誠を誓っているようだな。だとすれば、無理やりにお前たちを生かして竜に止めを刺しても、主君を守れなかった無念を背負わせることになる。戦闘部族としての誇りに私も応えてやろう。さあ、立ち上がれ。死する時は槍を持って強敵の顔だけを見よ。決して振り返るな。己の生き様を背中に刻め」
「ブォオ……、フォッ、グゥオオオオオオオ!」
言葉が通じたのかは分からない。だが、私の呼びかけにオークは立ち上がり、気迫を持って応えた。
本意ではない。だが、立ち向かい、勇気を示すというのならば、討滅すべき敵として受けて立とう。それが闘争の礼儀というものだ。
「ブォ?! フォオオオ、グォッ、ウォッ……!」
急にオークが騒ぎ始める。見れば、後ろで気怠気に大地へ体を預けていた竜が鎌首をもたげ、動き出している。
「……なんだ、これは。なんだというのだ」
龍は体をくねらせてオークを守るように、その巨体で包んだ。その瞳は、先程までの諦念に満ちたものではない。ありありと意思が伝わってきた。差し出すように伸ばした首は、お前の目的は私なのだから、オークには手を出すなと、そう言っている。言の葉に乗せずとも伝わるその思いは、心を強く打つ。
「戦争の君、剣が……」
副官の言葉に、汗ばんだ手を見やると、白剣が輝きを失っていた。気が付けば剣を持つ手も震えている。
「何が起こっているのだ……」
信仰の剣が輝きを失ったことが何を意味するのか、それは分からない。だが、理由は何となくだが分かる。覚悟が揺らいだ。自分の使命を信じきることが出来なくなったからだ。
だが、それでも――
「竜よ、戦え! この私に無抵抗に差し出された命を刈り取れというのか?! 慈悲無き剣など、ただの暴力ではないか! 私にそんなものを振るわせるな!」
何を言っているのだ私は。私が、殺しに来たのだ。
そんな者が、好き勝手に虫のいい言葉を吐きかけている。自分の意思をごまかし、殺戮の理由を得ようと口を開いて、使命をただ果たそうとしているのだ。今、この体のどこに崇高な理念が宿っているというのだ。
「……何を迷っている? お前は使命を果たしに来たのではないのか?」
耳を疑った。自分の言葉が漏れ出たのではないかとも思った。だが、違う。はっきりと聞いた。はっきりと目にした。
言葉を発した主は竜であった。
「貴様、言葉が話せたのか?! ならば、何故今まで……!?」
「必要であったか?」
やはりだ。この者は確かな意思を持っている。目的なき殺戮を行う暴虐の巨獣などではない。
「意思の疎通が出来ねば、相手を理解することは出来ん。貴様の振る舞いは、まるで殺されるために動いているようはないか!」
「それが目的で来たのだろう? ならば問題ないではないか」
「大いに有るとも! 貴様は一体何を考えているのだ?! 何故オークを庇った、何故、私と話をする気になったのだ?! 迷いがある限り、私は剣を振るえんのだ!」
明らかな失言だ。討滅すべき相手に、攻撃意思がないことを伝えてどうする。
「……面倒な奴だ。私はもう眠りたいのだが……まあいい。ただの気まぐれだ。話すのもオークを庇ったのも。オークは勝手についてきただけだ。害のない者を無下にする必要もあるまい。出来ることなら見逃してやれ」
……これが、竜の本当の姿ということなのか?
竜の体に囲われたオーク達は、悲痛な叫び声をあげている。恐らく、私に向けたものだろう。
「分からない……。私は分からなくなった。私では、貴様を斬れない」
信仰の剣は、今や輝きを失うどころか、黒く濁っている。
もはや、竜を斬るべき対象とは見れなくなっていた。主に与えられた使命に疑問を抱いてしまった。迷いが晴れねば、剣を振るうことは出来ない。
「戦争の君……」
「すまない。私は使命を果たせなかった。お前は主の元へ戻り、この事を報告してくれ。私は主の元へは戻れん。しばらくは、この者達の在り方を見定めたいのだ。きっと、そこに竜の魂を斬れなかった理由があるのだと思う」
「……何を言っておられるのですか、拙者は貴方様に未来永劫の忠誠を誓っておるのです。何処へ行くも付いて参りますぞ」
「何を言っている!? それではお前の命まで……!」
「拙者、耳が遠い故、都合の悪いことは聞こえぬのです。文句は言わせませぬぞ?」
「……ふ、やはり、お前ほどの忠臣はおるまいな」
「全くでございます」
我らは主を裏切ることになるというのに、事の重大さが分かっているのだろうか。本当に。本当に助けられるな、私は。
「殺さないのか? 私はもう眠りたいのだが」
「待ってくれ。貴様のことをもっと知りたくなった。付いて行くが、よいか?」
「……好きにしろ。オークもそうしてる。ただし、オークを殺すな」
「分かっている。私の剣は理由無く刃を見せたりせん」
竜が体を動かし、オーク達を開放する。オークは状況が分かっていないのか、興奮した様子で槍を構え、わめいている。
「言葉が通じぬとは、実に不便なことだな……。致し方あるまい、一時的に姿を変えてもらう」
先頭に立つオークを魔法で強制的に人間化させる。周りにいたオーク達からどよめきが起こる。
「こ、これは一体……、あれ、言葉が……?」
「人化の法だ。言葉が聞けぬ話せぬでは困るからな。私にはもう敵意がないことを伝えるために、一時的に人間の姿へと変えさせてもらった。魂の形までは変質出来ぬし、不完全な姿ではあるが、言葉を使えるようにしておいた」
「え、あ、それで……。では、ということは、竜様を斬っ……、竜様を見逃して頂けるのですね?」
「ああ、そうだ。私もしばらく竜のそばにいることにしたが、襲ったりはせん。そう仲間に伝えてくれ。では、魔法を解くぞ」
「待ってください!」
人間化したオークが振り返り、竜へ呼びかける。
「竜様! 竜様、聞こえておられますか!」
「……なんだ?」
「おお、分かる、分かります竜様! あなた様の言葉が分かるのです!」
……少し、いらんことをしたかもしれん。というか、意思の疎通も出来ないのに竜に付き従っていたのか。いや、竜が話せること自体、こちらも意図していなかったわけだし、そこに驚きを覚えるのは、今更ではあるのだが……。
「どなたか存じませぬが、感謝致します!」
「か、感謝?」
「はい、竜様の言葉を解することが出来たのです。これは我ら一族の積年の願いでありました。今私の心に宿る感動を表せる言葉など、存在しようはずがありません! どうかお願いです、他の者にも同じ魔法をかけて頂けませんか?!」
「ええ……」
迫りくるオークの圧力に視線を泳がせると、竜の面倒臭そうな顔が目に入る。周囲には、人間化した仲間へ羨望の眼差しを向けるオーク達の姿が見えた。
「いや、しかしだな、人間というのは大抵は魔力量が少なく、命も短いのだ。これは種の在り方を歪めることであり、命を短くするという意味でもある。仮に人間になりたいのだとしてもだ、先に言ったことだが、不完全な姿なのだ。それをお前たちは望むというのか?」
「我らは元より戦場に生きる一族。この世に受けた生を全うできる者の方が少ないのです。死など恐れてはいないのです。むしろ、言葉を知れば、我らにも別の生き方が見つかり、拾える生もありましょう」
「う、うぅん……」
さっきまで喋れなかったとは思えないほどに、理路整然としているじゃあないか。苦しい。知性は相応にあったということなのだろうな。純粋であるがゆえに、言葉が流れる水の様に濁らない。
「……、分かった…………」
「有難うございます! この御恩は一生忘れません!」
いいのかなあ、いいんだよなあ。きっと、いいんだよなあ。
人化の法によってオークという種族の姿が歪められてゆく。
罪悪感からか、美男美女にしすぎたきらいもあるが、これくらいは多分許されると思う。決して、私の趣味が反映されたわけじゃない。そう思いたい。
オーク達は言葉が理解できることに喜び、女性たちはキャッキャと飛び跳ねている。揺れている。薄布を纏っただけの女性オークは、体の厚みが減ったことで非常に危険な状態に陥っており、目を離すことが出来ない。目のやり場がないのだが、危険なので目が離せんのだ。男の庇護欲は美徳に違いないのだから、前に出る強さを知ってもらいたい。
「おい、お前」
「は、はぁ、なな何だ!」
心の虚を突かれた。流石は竜と言うべきか、やはり侮れぬ存在であった。
「私にも魔法をかけろ」
「はあ!?」
正面から放たれたその言葉すら、虚を突くものであった。
「いいから、かけろ」
「何を言っているのだ、人間になってどうするというのだ?!」
「別にどうもこうもない。お前に斬られた傷が塞がらぬのだ。この傷は治らん。この部位は捨てて、新たに生み出すしかない。だが、時間がかかる上、この体では不便が過ぎる」
「む……、確かにここで身動きがとれぬは、私の望むところではないが、私が貴様を……?」
「早くしろ、私はもう眠い」
……毒を食らわば皿まで、か。ええいままよ!
「この礼はしっかりと返してもらうからな、竜よ!」
人化の法によって、巨大な竜の姿が消える。
血だまりの中に一人の人間の姿が現れた。頭に生える四本の角が竜の面影を残している。
そして――
「き、貴様、女性であったのか?!」
豊満であった。服を着ていなかった。だから、分かる。豊満だ。いや、仮に服を着ていても分かったと思う。豊満だ。すごい。
「私とて性別はある。ならば二分の一だ。別段驚くことでもあるまい」
「い、いや、そうだが、貴様……、いや、えー、貴女は……」
「何を慌てているのだ? それよりも、おぶれ。今の体なら問題ないだろう」
「は?」
「私は眠る。住処までの案内はオークがするだろう。だから、おぶれ」
「いやぁ、しかしぃ、だなぁ……は、はは……」
「ならば、我らが竜様の玉体をお運び致しましょう。恩人であらせられる貴方様の御手を煩わせるわけにはいきませぬ」
「黙れ、ふざけるな! 私が頼まれたのだ、手だし無用だ! 責を果たすのが男だろうが!!」
「そ、それは失礼を致しました。我らは道中不便なきよう手配致します」
「はぁ、はぁ、ぁあ? あ……、ああ、そうか。頼む」
その日、世界から竜の姿が消えた。付き従っていたオークの姿もそれっきり歴史から姿を消してしまう。この出来事は、人間達の間でも噂として広まり、神の怒りに触れた竜が、壮絶な戦いによって眷属もろとも死に絶えたのだと、まことしやかに囁かれた。
四本角の子供が生まれるのは、それから長き時を経た後の事であった。
ちなみに、オークの郷では、この日の出来事を祝うために、成人する女性は薄い肌着のみでおぶられるという伝統が出来たのだが、はしたないという理由で後に廃止された。
何もかも、大昔の出来事であった。
お疲れさまでした。
息抜きに短編小説も書いてみたよ。何も考えずに書いたら、今回の話と描写が結構被ってたよ。
無意識に対する記憶の影響って怖いね。




