第二十七話 開かば惑い
いらっしゃい。
あらすじをちょっと長くしたよ。
「竜……ですかな?」
「はい、竜です」
アルメトラは真剣な目で応える。その様子に事の重大さを伝えようという意思は感じる。しかしながら、いかんせん話が大きすぎる。真面目に受け止めてやりたいのはやまやまだが、神話の生き物の名をいきなり出されても、言葉を用意出来るわけがない。それを聞いたとして、だから私達は何なの? という締まらない空気が漂うのは致し方なき事か。
「あの、話が見えんのじゃが、領主様が必要だとして、竜相手に何が出来るのじゃ? わしらは竜が実在しているとは、今まで夢にも思っておらんかったし、どんな姿形をしているかも想像がつかん有様なのじゃぞ?」
「え……。あの、竜様は、この、体がとても大きくて、長い、えー、角と牙が……」
「……いや、すまんかった。確かに存在するのじゃな。して、今、竜に様を付けていたと、そうわしの耳には聞こえたのじゃが、あなた方にとって竜はどういった存在なのじゃ?」
「竜様は私達の神様ですよ?」
さも当然のように答えるアルメトラに、村長は頭の痛みを覚えた。話を聞くにつれ、少しづつ感じていたことだが、この娘はやはり、どこか抜けている。文化的差異から常識が異なるのは分かるが、もっと伝えよう、会話しようという意思が欲しい。
「神様、ですかの。わしらの信仰する神ではなく、あなた方オークにとっては竜が信仰されるべき神ということですな」
「人間の信仰する神がどういった存在かは知りませんが、多分そんな感じです。オークは元々戦闘部族として名を馳せておりましたから、強さを信奉するのです。かつて、竜様の力で散々に打ちのめされたご先祖様は、その強大さに感激し、信仰を捧げました。その後は、竜様の御傍で暮らし、共に戦ったと伝わっています」
「傍で暮らしたとは……、わしら人間の話に伝わる竜の姿からは想像できませんな。しかし、その話ぶりからすると、竜様はあなた方の住処の近くで眠られていると、そういうことですかな?」
「その通りです!」
自身の使命として持ってきた話を伝えることが出来た。それがよっぽど嬉しかったのか、アルメトラは屈託のない笑顔を見せる。
村長はさっきまでイラつきを覚えていたことが申し訳なく思えてきた。見れば、まだうら若き女性だ。それが単身で異種族の村にお願いをしに来たのだ。もう少し優しく接するべきだっただろうか。
そこまで考えて、自分が相手の容姿によってペースを乱されていることに気付く。
一度、落ち着くべきだな。ジルナートに任せた方が良いかもしれん。冷静さは自分よりも確実に優れているだろうから。
「驚き続きで少し疲れたようじゃ。ジルナート、後を頼めるか」
「はい、構いませんよ。ただ、アルメトラさんはお疲れじゃありませんか? 急ぎでないなら、話の続しを明日にして、くつろいでもらって構いませんし、もしよろしければ村で作ったお酒でもいかがでか?」
酒か! それはいいな。是非飲んでもらおう! 蒸留酒だ! 蒸留酒を持ってこい!
男達の声が途端に騒がしくなる。
「いえ、お気持ちは嬉しいのですが、私は使命を帯びてここに来たのです。疲れなど些細な問題です。話を続けましょう。お酒を飲みながら!」
両の手に握り拳を作って頷きを繰り返す男達を後目に、ジルナートは自身の覚える既視感について考えた。
愛想は全く違うが、似ている。腹から出てくる言葉は予想が出来ず、何を考えているのか分からない。おそらく、純粋で正直ということなのだろう。
「それでは、早速ですが、聞きたいことがあります。竜が復活とおっしゃられていましたが、それは眠っていたのですか、それとも死んでいたのですか? 何故、自分達の神が目覚めると困るのですか? 不死と伝わる存在に私達が出来ることなど想像できませんが」
「え、お酒……、あ、はい。ええと、伝承では3000年前に起きた戦いで落命したと、そう聞いています。しかし、竜様は肉体を失っても魂は不滅で、時が経てば復活するのです。本来であれば、喜ばしいことなのですが、どうも様子がおかしくて……」
「それが助けを求める理由であると?」
「はい……。何と言いますか、実のところ、復活と言いましたが、竜様の体は未だ不完全なのです。長老は魂が荒ぶり、意識が戻らぬまま、体のみが暴れだそうとしていると、そうおっしゃられていました」
「それが世界の危機というわけですか」
「不完全とは言っても、オーク一族の先祖を打ちのめした強大な存在ですから、魔術の使える軍隊と魔法の使える英雄でも用意しないと止められません。ただし、それは目覚めればの話です」
「それは――」
ジルナートが真意を聞き返そうとしたところで、汗だくの男が酒樽を抱えて駆け込んでくる。男が無言で口角の片側を上げると、それに呼応するようにして部屋の男達が流れるような連携で酒をコップに注ぎ入れ、アルメトラに差し出した。
「わあ……。いただきます。ほう……、はぁ」
「あの、話の続きを」
「あふ、ええ、竜様は未だ眠りの中。あー、自由に動けぬ今の内、再び深き眠りについて頂くしかありません。万全を期すため、領主様に来ていただき、精霊の加護を得たいので、ふ。それに、もしかすると長老の魔術精度が上がれば、竜様との意思疎通が図れるかもしれませんから」
「より確実に、そして少しでも可能性を、ですか」
一緒に戦ってほしいといった話ではないようだ。そして、放っておけば、竜が近くで暴れるかもしれない上に、オークに恨まれるリスクもある。
出来れば、この話応じたい。だが、人間は感情の生き物だ。皆が納得するような空気を作らねばならない。そして、理由がただ助けたいからで押し切ってしまうと、今後、村に問題が生じた時に前例となって、人情が優先されやすくなる。通りはするだろうが、将来的不利益となる。
対価を求めるべきであろうか。だが、それは……。
「出来る限りのお礼はするつもりです。あの、これは……」
アルメトラが腰布を薄く捲る。近くにいた男がぎょっとした顔で硬直する。アルメトラは太ももに括りつけていた小袋を机の上に置き、中身を取り出した。
「銀貨です。外の世界では価値のある物と聞いています。もちろん、これだけではありません。郷にはこの袋が千を超える量の銀貨が保管されています。それに、金貨もあると――」
「待ってください。お礼をするという意思は伝わりました。それよりも、まず、聞いてしまったので尋なければならないのですが、その銀貨はどこで手に入れたのですか?」
見たところ、随分と古い物のようで、黒ずんでいる。村に保管されている物とは形状も違い、丁寧に作られている印象を受けるが、より古い物に見える。
当然、価値のある物だろう。だからこそ困る。そして、この衆目の中でそれを晒した不用心さ。本当に困る。頼むから曰く付きの品でないことを願う。
「これは……、うぷ、……失礼しました。えー、私はよく知らないのですが、その昔、オークはこの近くに住まう大悪魔に仕えていたらしいです。しかし、3000年前の戦争で大悪魔に付いて戦地に向かったオークは悉く戦死してしまいました。その戦争で竜様も落命したと聞いていますから、よっぽどの戦いが起きたのでしょうね。その後、郷に暮らす者だけが残されたのですが、そこへ、大悪魔の使用人と名乗る方が来たそうです。戦没者への弔慰金だとかで、大量の銀貨と金貨を置いていったと聞きました」
「そうだったのですか。聞きにくいことをずけずけと失礼致しました」
可能性は低いとは考えていたが、略奪品ではなくて本当によかった。たとえ過去の行いだとしても、仮に人間から奪った物であれば、友好的に接する建前の構築が難しくなっただろう。まあ、そんなものを見返りとして持ってきていたら、その時点でお断りするしかないのだけれど。
思案するジルナート。振り子のように体を揺らし始めたアルメトラ。叶わぬ夜を夢想し始める男達。皆考えることは違ったが、思考は前へと進んでいた。
しかし、そんな中で、ただ一つの影だけはうなだれ、過去を振り返っていた。
私は何も知らなかった。私だけが残され、世界が壊されてしまったのだと、そう信じて部屋に閉じこもってしまった。だが、世界は壊れてなどいない。残された者は一所懸命成すべき事を成していたのだ。使用人は主の死を聞いてなお、使命を果たさんと駆け回っていたのだ。
情けない。指示を出すべき私は悲嘆に暮れ、周りが見えていなかった。礼を言うべき使用人を、主足り得ぬからと帰し、オークの死には同情するだけ。
私は……、私は、愚かだ。
「さて、見返りに銀貨を用意できるとのことですが、しかし……」
「申し訳ないのじゃが、これを受け取るのは、気が進みませんの」
「……え、それでは……」
アルメトラの瞳が潤み、辺りの空気がざわつき始める。
「お待ちなさい、お嬢さん、何も断るという話じゃない」
「え、それは、どういう……」
「銀貨はの、確かに価値がある物じゃろうな。街の中ではの。じゃが、ここは深き森の中。どんな財物も様を持たん。むしろ、財宝があると知れれば、それを目当てに襲われることだってあるかもしれん。分かりますかな? わしらは、持たざることが生き抜く術でもありますのじゃ」
「すみませんアルメトラさん。そういうことですから、対価に財宝を頂いても、それは、あなた達の善意が想像する結果にはならないんです」
「で、でも、私達が他に出せるものなんて、大したものは……」
「ま、まま、待って」
後ろで話を聞いていた少女が立ち上がった。
「わ、私は、い、行く。オーク、の所、に」
もう決めていた。悲しむ顔など、私の前でさせてはならない。
「アンジェラ様、よろしいのですか? 彼女の話には希望的な観測が混じり、非常に危険です。暴走する竜となると、噂に名高き英雄メイエンヴィークや原初の魔術師ゼークムント、それに高位の天使でもいなければ、止められないでしょうね」
「か、かまわない」
「最悪を想定して、村の者を連れて避難することも考えるべきではありませんか?」
「そ、それは、そ、そそそうかも、しれない、けど、さ、最善も、か、考え、て……」
アルメトラは状況が飲み込めず、取り合えずおかわりしたコップの酒を飲みほし、角の生えた二人のやりとりを眺めていた。
「あ、アンジェラ様、まだ、山の危険について聞けておりませんのじゃ、決心なさるのは、もう少し話を伺ってからでも遅くはありませぬ。アンジェラ様にもしものことがあっては……!」
「だ、大丈夫、わ、私が、行きたい、と、お、思ったか、ら」
「……決心は固そうですね。いいでしょう。私が全身全霊をかけてお守りしてみせましょう」
「おお、それは頼もしき言葉ですぞファルプニ様! どうか、アンジェラ様の御身をお願い致します!」
「い、いや、ふぁ、ファウプニは、村に、の、残って」
村長とファルプニが同時に硬直した。
「な、何を申されているのですか? 私の役目は、貴女様の――」
「村の、守護、そ、そう頼んだ、はず」
ファルプニは顔を両手で覆い、大きく仰け反ってフリーズした。
意外とリアクションがコミカルな悪魔である。酩酊し始めたアルメトラなど、その様子を見てケラケラと笑っていた。
「っ……、分かりました。貴女様の意思を尊重致します。しかし、お約束ください。御身の安全を第一に考え、危険を感じれば即座に退避すると」
「わ、分かった、えー……、ぜ、善処す、る」
アンジェラは不審に満ちた視線に思わず顔を背け、部屋の奥に向かった。
本来なら、真っ先に伝えねばならぬ相手がいた。
「ご、ごめんな、さい。か、勝手にき、決めて……」
「……本当に困った子達だね」
料理の腕を止め、少女を見つめた。
「なんだかさ、最近はあんたが本当の子供に見えてきたよ。素直だけど頑固。言っても聞かないんだろ? 行ってきな。きっと、それは間違いじゃないんだろうからさ」
「あ、あい。き、気を付けて、が、ががんば、る!」
不安で伏し目がちだった顔を上げ、出来るだけ元気な声で答えた。
やっぱり苦手な目だった。寂しそうな、悲しい色をした目。本当はこんな顔をさせくない。これを見るのが不安で怖かった。
「ルヴ! ルヴ、あんたもこっち来な!」
大勢人が集まる場所で息子という立場を強調されるのを気恥しく感じながら、ルヴナクヒエが呼び出しに応じる。
「何だよ大声で。来客がいるんだから、少しは気を使って――」
「あんたも行ってきな」
「あ……?」
意外な言葉に驚き、アンジェラはシャヴィとルヴナクヒエに視線を交互させた。
「どういう風の吹き回しだ? いつもは止める側だろ」
「あんたは父さんが間違ってたと思うかい?」
「……間違いは誰にだってある。親父もな。だが、最後もそうだったとは思いたくねえな」
「あたしだって、心ではいつだって信じてたさ。間違ってなかった……、もう一度、そう思いたいのかもしれないね」
ルヴナクヒエは一つ息を吐き、少女の頭に手を乗せ、髪をクシャクシャと乱暴に撫でる。
「分かったよ。ガキの御守りは柄じゃねえが、これでも俺はこいつの師匠だからな。剣の届く範囲は何とかしてみせるさ」
「ふふ、その意気だよ」
短くとも相通ずる母子の会話を済ますと、シャヴィが料理を再開する。厨房からルヴナクヒエが去る。
その様子を見て、アンジェラは途端に不安が広がっていくのを感じた。
怖い。
自分一人であれば、こんなにも怖くはなかった。だが、親しき者が同行すると考えた時、危険の本当の意味が理解できた気がする。
私が勝手なことを言い出したばかりに、目の前の光景が崩れるかもしれない。
シャヴィさん、村長、ファルプニ、皆が私を心配をした気持ちが、今分かった。
やはり、やはりシャヴィさんは強い。誰よりも心配しているはずなのに、私のために息子まで危険に送り出した。
何故なのですか。こんなにも怖いのに。
何故、あなたはそんなにも穏やかでいられるのですか。
オークとの交渉は、領主自らが願い出ることによって決着した。
しかし、未だ話し合いは半ば。詳しい情報は聞けておらず、見返りについても、無償ではオークの体面が失われるとして、村の希望を見つける必要があった。
「アルメトラさん、大丈夫ですか?」
「ふ? だいよーぶだよ? あふふふふ」
アルメトラは完全に酩酊していた、
「ううむ、こりゃいかんのう。酒は飲まさぬ方が良かったんじゃないかの?」
「古来より酒は心根を映すと言います。まさか、使命を持った方が大酒を食らって前後不覚に陥るとは、予想できませんでしたが」
「この状態で道のりを尋ねても、いたずらに迷うだけじゃな。残りは明日に持ち越すとしようかの」
周りの男達が手もみしながら村長を見つめ、麗しき乙女に付く騎士の役目を欲している。
だが、そんな空気を読む気などない男もいる。
「……アルメトラさん、最後に聞きたいのですが」
「はひー?」
「オークの郷に特産と言えるものはありますか? 例えば、良く食べる物だとか」
「たえものー? ふふ、えっとね、家の中にでっかいね、ネズミさんとか飼ってて―、よくたへるー。あとー、豚さん! ぶーってねえ、鳴いてねー、いっひっひっひひふふふっふ」
美人は粗相をしても何かと許されてしまうものです。しかし、酔っぱらいはいかんのです。
「豚、ですか。父さんどうです?」
「いいかもしれんのう。しかし、ここまで運ぶのは難しかろう」
「そこで、なんですが、実は前々から計画していたことがあったんです」
「何じゃ突然。父の返事を話の前振りに使うでないわ」
「すいません。実は計画というのはですね、野生の猪を捕まえて家畜化しようというものなんです。エルフさん達に相談したこともあるのですが、この森で生け捕りは危険が増えるからと、断られたんですよ。罠を仕掛けるにも、魔獣が寄ってきてしまうだろうとのことで」
「……生け捕りを頼む、ということかの?」
「その通りです。こんな軽装でたった一人森を抜けてきたのならば、出来るかもしれません。オークの飼う豚も元々は野性の猪を捉えたものでしょうし、扱いも慣れているのではないかと。つがいで6頭ほど捕えて頂ければ有難いですね」
「ふうむ、捕えたとして、猪の飼育が上手くいく保証もない。じゃが、百年先の食糧難を救うやもしれん。他に欲しいものもないしの」
「後は、実際にそれが出来るのか、ですが……」
異種族の美女は机に突っ伏して寝息を立てている。
「明日じゃな」
「そうですね」
完全に意識を失っていることが確認された後、周りの男達に向けた村長の説教が開始された。当たり前である。
結局、アルメトラはジルナートにおぶられ、スウエイクとバゼットの看病の際に使用したベッドへと移された。欲をかいた男達はその光景を横目に、ただ指をくわえて悔し涙を流すのであった。
お疲れさまでした。
ネット小説大賞に応募することにしたよ。
感想がもらえるかもしれないらしいです。読む人が増えたら嬉しいな。でも緊張するやよ。




