第二十四話 地を覗く
いらっしゃい。
「……驚いたぜ、あんた奇術師だったのかい?」
剣を突き付けられた男が口を開く。
クリモリ村で行われた決闘。
闘いはルヴナクヒエが優勢に進めていた。予期せぬ逆襲の一撃により、体勢不利になりはしたが、それでもなお勝ちは揺ぎ無かった。そのはずであった。
相手は剣を犠牲にして攻撃を繰り出していたはずなのだから。
「奇術ではない。魔術だ」
アルカハクの手には失ったはずの剣が確かに存在している。
いや、形状が異なっているので、新たに用意した別の剣なのだろう。魔術という口ぶりからして、今さっき作り出したとでもいうのだろうか。しかし、ルヴナクヒエが目を離したのは攻撃を弾かれた一瞬のことである。その場にいた者達悉く、剣を取り出した瞬間を認識することができなかった。
遠巻きに眺めていた一体の悪魔を除いて。
お? 終わったのかな?
アンジェラは不可解な状況に立ち尽くしていた。一応、この地の領主ということもあって、何か問題が有ったなら顔を出しとくべきかなと、おっかなびっくり来てみれば、置いてけぼりの待ち惚けである。
少女は割と律儀であった。
しかし、剣術とはなかなかに奥が深いものだ。極めんとすれば、あのような動きも出来るのか。
後学の為と、動きを観察していたが、いや勉強になったね。正直言って、あそこまでは求めていない。私が剣を習うのは、単に父様の形見である宝剣を扱えるようになるためで、決闘者になることではないのよね。
言わば、ルールのないおはじき遊びをしている子供が、チェス名人の試合を観戦するようなもの。ルヴナクヒエ君、君がそこまでマジもんやとは思てへんかったねん。すまんな。
それにして、あの半裸男、一体何者なのか。
見るからに屈強な半裸はただ事じゃないと確信していたが、あの運動能力は明らかに人間の域を脱している。それを手玉に取っていたルヴナクヒエも大概ではあるのだが、強さのベクトルが違う。初めて見る技を受けながら、有効な攻撃を通さず切り抜けたアルカハクの方が、純粋な強さとしてはおかしいのだ。魔術の使い方も工夫があったし、闘いに関しては何枚も上手だと言えよう。
あれは、噂に聞く超越者、なんじゃあないかな。
少女の脳裏に聖人ザンギューラーの影がよぎる。
……間違いないな。半裸だし。
ああ、恐ろしい恐ろしい。敵ではなさそうで本当によかった。
おそらく、ルヴナクヒエは武術家同士馬が合って実戦形式の稽古に付き合って貰ったのであろう。この村で稽古相手足り得る人間など、ざっと見てヴァンデルとメヒヤーしかおらん。それも真剣を使ってとなれば、難しくなる。
良かったなルヴナクヒエ君。私は、君が強くなろうとする直向きな姿勢は尊敬しているし、応援しているのだよ。
アンジェラは内心で笑みを浮かべ、満足感を胸に、その場を立ち去ることにした。
少女は最初から気付いていたのである。アルカハクが敵意や殺気を一切抱いていなかったことに。
「闘いにおいて魔術は最も警戒すべき脅威だ。いかなる時も念頭に置いておかねばならない」
アルカハクが剣を下ろし、ルヴナクヒエに語りかける。
「……生憎だが、俺はこれしか知らねえんだよ」
手にした剣を鞘に納めることもせず、じっと見つめる。固く握って白くなった指に、男の無念と悔しさが見て取れた。
「熱意は認める。だが、剣だけではどうしようもない相手もいる。たとえば、魔術にはこんな使い方もある」
アルカハクがそっと手をかざした。
ん?
少女は違和感を覚えた。
地面が……動いている?
突如として、地面がが隆起する。それも自然現象で説明のつくレベルではない速度と高さをもって。
村人達が地面の揺れを感じ、異変に振り返ったほんの一瞬である。
壁だ。民家の屋根を超えるほどの、巨大な土の壁が出現していた。
アンジェラが先程まで立っていた場所のすぐ目の前に。
「おい! お前、何………………を?」
「……本当に驚かされるな。話を聞きたかったので、立ち去られては困ると思ったのだが……、なるほど、興味深い」
辺りにいた者達全てが圧倒された。
土の壁にではない。
その存在は壁の上。晴れ渡った空の中にあった。
翼を羽搏かせる音が響く。
陽光によって羽毛を白銀に輝かせた巨大な翼。
その持ち主は、アンジェラであった。
「…………やってしまった。……のだ」
アンジェラはその小さな体よりも、はるかに大きな翼をはためかせながら、後悔と焦りで頭を抱えていた。
この際、翼の存在がばれたのは構わん。目立つのが嫌なだけで、別に隠してわけじゃないし。説明も面倒臭そうだったし、からかわれるのも褒められるのも嫌だったしね。
だが……。
少女は自身の体に生えた巨大な翼と長大な尾に目をやり、天を仰ぐ。
でかすぎた。破れちまったよ、服が。シャヴィさんに貰った服が。
少女は怒っていた。自分自身に対して。
大地に隆起した壁を見て溜息をつく。自分の立っていた場所の前方だ。
アルカハクに敵意がないことは分かっていたのに、思わず避けてしまった。しかも、焦って浮遊の魔術を使わずに、だ。
そもそもで言えば、来客が来ているのに、勝手な判断で帰ろうとしたのが甘すぎる。相手の姿が苦手なタイプだったから、関わり合いになりたくないと、我欲を優先してしまった。関係ない者は引っ込んでいた方がいいと、無意識に自分を納得させていたことに気付けなかった。
壊れたものは戻らない。
申し訳ない……。どうしよう……。
「ありゃあ……、一体……」
「見ろ。あれこそ、剣だけではどうにもならん存在だ。身近にもあるではないか。魔術を知るべき理由が」
「え、あ、ああ……。まだ話続いてたのか。確かにそうかもな。っていうか、お前ふざけんなよ、あの壁どうすんだよ! ガキはびびって空飛んじまうしよ!」
「悪いと思っている。お前の助言通り後先考えなかった結果だ」
「やめろ! 仲良しみたいな会話すんな! 俺は今悔しいんだよ、とっとと壁をなんとかしろ!」
アルカハクは悪いと思っているのか、素直に壁の解体作業に取り掛かった。
壁は巨大である上に、骨組みもないため、無理に地中に戻そうとすると崩壊し倒れる恐れがあった。その為、安全な高さまで壁の上を削り、土の壁を土の山にしてから魔術で地中に戻そうという、妙に面倒臭い作業となっていた。
解体作業を眺める人々から、手伝った方がいいのか案じる声や、危ないからとたしなめる声が聞こえてくる。
気が付けば辺りには、黒山のような人だかりが出来ていた。
毎度のことながら、周りの村人たちは置物状態である。自分たちの割って入れる世界ではないが、変化の乏しい村に訪れたドキドキとわくわくは、れっきとしたアミューズメントなのだ。集団心理というのだろうか、大勢でいると恐怖心が薄れる。であるからして、今回のような不測の事態も、「どうしよう、どうしよう」等と口では言いながら、腕組みをして見物をするのが常であった。
しかし、今回はたまげた。いや、今回というべきか、少女に対してである。
「しかし、すっげえなぁ……。やっぱり本当に天使様だったんだなあ」
「ああ、イメージよりも随分とごっつい羽しとるが、間違いねえ」
「すっごーい、きれーい! ねえ、すごくない?」
「ほんとソレ。羽やばい。マジ翼じゃん」
天使にしてはイメージとかけ離れた尻尾など、盛り上がっている彼らの眼中には入らない。
村人達はアンジェラに感謝していた。
彼女がいれば週に一度は話のネタを提供してくれる。
「ん? おい、なんだ、また揺れてるぞ?」
「ちょっとあんた、もうちょっと静かな感じでやれんか? 子供が怖がっちまう」
地響きを伴う大きな揺れに、村人たちの呑気な声が兜の男に向かって飛び交う。
そして異変に気付いた。
アルカハクはただ空を見上げ、突っ立ている。魔術を使っている様子がない。
「え……、これ、本当の地震…………?」
「いや、さすがにそれは……、そんな……」
村人達に呑気さが消え、動揺が広がり始める。
そして、ひときわ大きな揺れの後、大地の蠢きを目撃した。
「ひぃ……、え……、か、壁が……飲み込まれてる?」
巨大な壁が波打つ地面に沈み込まれてゆく。
他の一切合切を無視して、壁のみが吸い込まれる。
十秒もかからぬ内の出来事であった。
大地が元の平らな姿を取り戻した時、天上からの声が響いた。
「貴様、自分が何をしたか分かっているのだろうな?」
見上げると空には人影があった。
だがそれは人ではない。悪魔である。
凍り付くような怒りを瞳に宿し、望まざる来訪者を睨みつけている。
浮遊の魔術で空に浮かんだ悪魔から発せられた声は、人知を超えし超常の威が伴って、まるで天上の怒りをぶつけられているような錯覚を抱かせた。
「この村は本当に心が躍るな。土壁の除去を手伝って頂き感謝する。名前を教えて貰えるか?」
「ファルプニと申します。貴方が無礼を働いた御方に仕えております。私が貴方の前に姿を見せた理由、ご推察頂けますね?」
「面白い。私はアルカハク。良き友となれるよう努力してみせよう」
「面白い方ですね。私は暴力を誇る輩が大嫌いなのです。存分に痛めつけ、改心させてやる。覚悟しろ蛮族」
集まっていた村人達も、さすがにきな臭さの隠し切れない状況に、そそくさと抜け出す者が出始める。一番前で見物し、しょうもない男気を見せるために余裕ぶって腕組みしていた男達も、気取りつつ、「あれはやばいな」等と震える声で呟きながら額に脂汗を浮かべていた。
「ふぁ、ファウプニ、い、いい。や、やめ、よう」
白銀の翼をはためかせた少女が仲裁をする。
「アンジェラ様! この者の無作法、目溢しするには、あまりにも度が過ぎております。灸を据えておかねば増長しかねないと私は愚考致しますが……」
「け、喧嘩は、よ、よよくな、い。わ、悪い、人間じゃ、な、ななないと、お、思う、し、みんなが、こ、怖がって、る、から」
ファルプニは辺りを見回し、腰を抜かしている者や、腕組みをしたまま足が震えて動けなくなっている者に目をやった。
「……確かに。私、頭に血が上っていたようです。このような場所で争えば村に迷惑をかけてしまいますね。場所を移すとしましょう」
「そ、そそそ、そうじゃ、なくて。やめよ? ね?」
ファルプニはしばらく考えた後、アルカハクに声をかけた。
「私は貴方に救済を与えるつもりでしたが予定変更です。アンジェラ様の慈しみの心により、貴方には許しの道が開かれました。よく、よく考えて行動して頂けることを願いますよ」
「そうか、残念だ」
アルカハクは臨戦態勢を解き、外套を羽織る。
「だが、お前を相手にするには、どうも準備不足のようだ。また来る。その時に勝負をしよう」
前髪で隠れた額の血管をひくつかせるファルプニに一瞥し、アルカハクは帰路に就く。
「待ってください、貴方は話し合いに応じると、そう言ったはずでは?」
ジルナートが呼び止めた。
まだ帰らせてはいけないのだ。
「そのつもりだったが、私の認識が甘かった。準備不足のようだから出直すつもりだ」
「それでしたら、伝えるべきことがありますから、それを先に――」
「そこの御方っ! どうか、どうかこの村の存在は秘密にして頂けないか!」
後方から大音声が響いた。
そこにはヴァンデルに背負われた村長の姿があった。
「わしらは、この地でひっそりと暮らすことで生き抜いてきた。争いに巻き込まれたくなかったからじゃ。外に知られたら、この呪われた地でも人が生きていけることが知られてしまったら、わしらはまた争いに巻き込まれ、彷徨わねばならんかもしれん。どうか、どうかご内密に願いたいのじゃ」
交渉もへったくれもない。老人の悲痛な願いだ。
「承知した。私は剣の勝負でそこの彼に負けている。ならば従おう」
「おお、ありがたい。助かりますぞ、旅の御方よ」
ジルナートは驚いていた。
状況をよく分かっていないだろう父が、交渉を投げ出して情に訴えかける方策に出たことに。そして、それがすんなり通ったことに。
「あの、すいません、ついでにと言っていいのかは分かりませんが、なぜこの場所を知っていたのか、他にも知っている人がいるのか、それをお聞かせ頂けると助かります」
「……悪いが、それは私の剣だけに誓える事ではない。だが、私は以前からここに村があることを知っていた。それだけは伝えておこう」
「……分かりました。今度来た時は食事を用意しますので、その時にまた話しましょう、アルカハクさん」
「話し合いは好きじゃない。だが、約束であるのならば、そうしよう」
この人の言葉は信用できる。心根が真っ直ぐで純粋なのだろう。純粋で心に謀がないから、口を開かねば腹の内を測ることが出来ない。正直に話す。これだけが、この人を理解できる方法なのではないだろうか。
もっと話してみたい。
ジルナートは自身を成長させるための観察対象に、目の前の男を加えることにした。
お疲れ様でした。




