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名前のない悪魔  作者: ジレスメ
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第二十二話 彷徨う牙

 いらっしゃい。

 クリモリ村には600人ほどの人間が暮らしている。人口は増加傾向にあり、人々は食糧事情の改善に向け、日々努力している。各家々の庭には、材木として加工しやすいハシバミの木が植えられ、ハシバミから得られるナッツは、毎日のように食べられるポリッジの具材とされることが多い。

 気候は温暖で、日差しの強い丘で栽培されたレモンと葡萄は香りが強く、生食が美味である。乾燥させて作るレーズンも、大変日持ちするため、村に欠かせない良き友となる。葡萄は香りが強い反面、癖が有るので、ワインを作るよりもジュースに向くのだが、貯蔵の観点から一定数はワイン作りに回される。

 また、先祖が蝋燭職人であったこともあり、蜜蝋を得るのに合わせて、養蜂も盛んである。得られた蜂蜜は村の貴重な嗜好品である。葡萄のジャムを作る際は、この蜂蜜を混ぜ、レモンの果汁を加える。蜂蜜やジャムは、魚や塩を村へ運んできてくれるエルフへの返礼品にもなっている。


「すごいですねこの村は。ジルナートさん」

「いえ、まだまだ課題もありますよ。それに、スウェイクさんにファルプニさんも来てくれましたから、今まで出来なかったことや、まるっきり新しいことも出来そうです」


 男らしさを微塵も感じさせない、痩せ細った男二人が会話している。


「私なんかが力になれるのでしょうか……」

「大丈夫ですよ。僕の言葉を聞かない人がいても、頭のいい別の人が加勢してくれるだけで状況は改善します」

「は、はは……。私よりも随分と頭が良さそうですが……」

「僕は村の中では、まだまだ若輩ですし、独断で行えることには限りがあるんですよね。それにしても、前々から不思議に思ってたんですが、スウェイクさんは教養もあるのに、なんで兵士になったんですか?」

「ははは……。痛い所を突かれましたね。そうですよね、体も弱いのに変ですよね」


 スウェイクは歳の割に後退した頭を恥ずかしそうに掻き、苦笑いしている。


「すみません。ただの個人的な興味なので無理に答えてくださらなくてもいいですよ」

「いえ、いいんです。……私ね、実は貴族の子供なんですよ」

「そうなんですか」

「……反応薄いですね。いや、いいんですけど……。えっと、私は貴族の子供ではあるんですが、生まれたのは貴族の家ではないんですね。いわゆる落とし子です。それでも、運良く家に入れて貰えることになったんですね。でも、そこは武の名門だとかで、体の弱い私は嫌われたんです。今時おかしいですよね。魔術の素養はあったかもしれないのに」

「……武の名門ですか」

「ええ。馬に乗れ、剣を振れ、槍を突けってね。ただ、問題はそこだけじゃなくて、私が子供達の中で年長だったっていうことですね。そりゃいけませんよね、私じゃ。結果、家から放り出されて一兵卒です」

「それは災難でしたね。でも、貴族のままでも戦争になって苦労したとも考えられますね」

「はは、確かにそうだ。考えたことなかったなあ。逃げた後もメヒヤー、バゼットと漁師の真似事して、汗かいて、しんどくて……。今だったら父の言ったことも少しわかる気がしますよ。男は強くなくてはいけません。ルヴナクヒエさんでしたっけ? 彼はすごいですよね。とても格好良くて、私なんかよりよっぽど貴族が似合う」

「どうでしょうね。女性にモテるのは確かなようですけど」

「ええ……、うらやましい……。私など、貴族の子供だと判明した後も声をかけてくれる女性はいませんでしたよ。ちなみに、私の名前はスウェイク・スタ――」


 突然、男の張り上げる声が響いた。

 門を見張っていた男の声だ。


「誰か来るぞ! 村長を呼んできてくれ!」


 辺り一帯が騒然となる。

 それもそのはずだ。ここは人間の来るはずのない場所。魔獣の徘徊する深き森の中。

 そして、村は隠れ里。存在が外に漏れてはならない。


「な、な、何ですかね? わ、私は関係ないと、お、思いますけど……」

「とりあえず見にいきましょうか」

「え、ええ……。もし、もしも、ではありますが、私が生きてると不都合だからとか……」

「そんなに重要な人だったら捨てられないでしょう。それに、本当に邪魔で暗殺を狙っているなら、正面に注意を引き付けて、他の場所から侵入してくるかもしれません。みんなといた方が安全ですし、状況が分からずに一人で変な気を起こされても困ります」

「……分かりましたよ。……私、年上……なんですよね?」

「僕は若者なので気が早いんです。さ、行きましょうか」

「…………」


 何か言いたげなスウェイクを半ば無理やりに連れ、ジルナートは歩みを急ぐ。

 まずは、相手の目的を探る。この際、相手が何者であるかは重要じゃない。それを知ったところで出来ることなど限られている。一つ確実に言えるのは、間違いなく村にとって望んでいた事態ではない。いわば事故。ならば傷を最小に抑える方策を考えねばならない。

 今すべきは話を聞くこと。誰が話を聞くか、だ。短気な者に任せるわけにはいかない。父がいれば問題ないが、足の悪い父は門に辿り着くまで時間がかかるかもしれない。急がないと。初動の遅れは命取りになる。




 門の前には見知らぬ男が立っていた。

 その出で立ちは異様である。脛まで伸びた外套に加え、フルフェイスの兜を被り、生体の形をすっぽりと隠している。表情は一切読み取れないが、兜の奥に覗く二つの目には、力強い光が感じられた。

 異様だ。その姿もそうだが、何より気になるのは、深い森の中にも拘らず、たった一人であること。そして、大して荷物を携行していないように見えることだ。


「お、おい! いいかっ、この村の代表が今から来る! だ、だから、それまで動くんじゃねえぞ!」

「断る。私を襲う算段をしていたらどうする? それよりも先に要件を聞け。ただ一つ聞きたいことがあって尋ねただけだ」

「い、いやだめだ! 勝手なことは、その、困る!」


 見張りの男は、人生初の門番らしい仕事に戸惑っていた。

 門の近くには村の人々が集まり、不安そうに事態を見守っている。


 ジルナートは男の態度に緊急性はないと判断し、見張りとのやりとりを観察していた。

 一人で来たというのなら、何者か予想しても意味のない類の人種だろうし、自分から目的を喋るのならば、無理に前へ出る必要もない。交渉の余地があると判断されることがマイナスに働くことも有り得るからだ。


「おう、ジル。どんな様子だ?」

「やあルヴ。ちょっと分からないね。とりあえず、今のところは冷静な相手みたい。ただ、多分凄く強い人だから、僕は出来れば目立ちたくないっていうのが本音かな」

「ま、こんな所に来るのは普通の奴ではないわな。おい、メヒヤー、これ持っとけ」


 ルヴナクヒエは倉庫から取ってきた剣を一つメヒヤーに渡す。


「おいおい、勘弁してくれよ。確かに訓練はしたが、ありゃ短い間で――」

「使えんだろ? 歩き方みりゃ分かる」

「……敵わねえな」


 メヒヤーは鞘から剣を少し抜いて刃を確認し、溜め息を一つ吐いた。


「言っとくが期待すんなよ? それに、まだやばい展開になるって、決まったわけじゃねえんだよな?」

「ええ、そういう風には見えませんね。ただ、腕に覚えのある人でしょうから、怒らせて目を付けられるのは避けたいですね。ルヴ、アンジェラちゃんとファルプニさんは見たかい?」

「ああ? 俺は見てねえが、あの二人も呼んだ方がいいのか? 確かに頼りにはなるだろうが、ガキや他所様に頼るのは良くないと思うぜ」

「逆だよ。あの二人がいると話がややこしくなるかもしれないからさ。特にアンジェラちゃんは、領主だからね。外の人から見れば、鬼に守られた土地で人が暮らしてる、ってなると思うよ」

「余計な話は盛り上げないに限るな。ただ、場合によってはここに長居してもらう可能性もあんだろ? はー、めんどくせーな」


 軽口を叩きつつも、その顔に笑みはない。

 緊迫した空気が流れる。


「おいっ、村長はまだ来ないのか!?」


 見張り台の上で、男は泣きそうになりながら叫んだ。

 その時であった。


「あっ」


 不審な男から目を離した瞬間、門の上空を影が舞った。


「なんのつもりだ! てめえ!」


 ルヴナクヒエが叫ぶ。

 青黒い外套に包まれた影が、音もなく地面に降り立つ。

 男の姿があった。門の内側。村の中である。

 集まっていた人々は動転し、叫び、転び、退いた。


「………………」


 男は眼前の光景を意に介さず、何かを探すように辺りを窺っている。


「おい答えろ! なんのつもりだって聞いてんだ!」


 激高するルヴナクヒエ。その目は相手の一挙手一投足を逃すまいと、見開かれている。


「他意はない。協力的ではないようだったから、自分の目を使おうと考えただけだ」

「ふざけんな、てめえ! 素性も用件も分からねえじゃ、協力もへったくれもねえだろ!!」

「百も承知だ。だが、こちらも使命で来ている。協力的でない相手から得られた情報を、ただ鵜呑みにして持ち帰るだけでは十分とは言えない」


 男には何か使命があるらしい。

 ジルナートは観察を続ける。先程の門を超えた跳躍を見ても、男が尋常ではない身体能力を有していることが分かる。口ぶりからして、どの道、村の中に入ることは確定事項だったのだろう。忍び込まなかったのは、村を試したのか、それとも本当に害を加える気がないのか。


 ジルナートは目の前の不審な男に興味を抱き始めていた。


 兵隊が来ることはまずないだろうから、王国の冒険家や商隊が迷い込んできたならば厄介だと、そう考えていた。だが、蓋を開けてみれば男が一人。強そうではあるが、軍人には見えないし、誰かに雇われた傭兵というなら、使命という言葉が不自然に感じる。

 おそらく、本当に何かしらの使命を帯び、こんな場所まで単身乗り込んできた忠誠心の厚い男なのだろう。だとすれば、こちらが相手の望むものを提供することが出来れば、村の存在を口外しないという約束事を取り付けることが出来るかもしれない。

 いわゆる武人気質というのだろうか。そういった人間は、まるで呪いの如く礼儀や約束を重んじるものだ。


「すみません、この村は来客者には慣れていないので、皆、警戒しているのです。遠路遥々お疲れでしょうから、まずは腰を下ろし、水でも飲みませんか? 簡単な食事ならば、お出しすることも出来ます。もうすぐ村長が来ると思いますから、一緒に屋根のある場所で話を聞かせて頂けると助かります」

「おい、ジル、何言ってんだよ! いくら何でも下手過ぎねーか!? 無断で入り込んできてるんだぞ?」


 猛るルヴナクヒエに、ジルナートは無言で右の手の平を見せる。

 その意味が、自分への制止であることを理解し、ルヴナクヒエは口を紡いだ。しかし、その顔は納得出来ないといった表情である。


「……先に聞かてもらおう。村の中を見て回ることは可能か?」

「先に目的を聞かせて頂ければ。貴方がここに来た理由に、私たちは心当たりがありません。もし話していただけるなら、無用な問答は必要なくなるかもしれません」

「断言はしない、か。そこの剣士に、君の後ろで縮こまっている男。彼らの反応を見るに、何か隠し事があるのだろう?」

「そりゃあ、こんな所に村があるんです。隠し事の一つや二つありますよ。ちなみに、後ろにいる彼は小心者で自意識過剰なだけです」

「……困った。交渉事は得意ではない。この村に何かあることは分かる。だが、君に敵意が見えない。ならば、素直に問おう」


 男がジルナートから目線を外す。


「オークを見なかったか?」


 男の声が辺りに響く。周りには、問いの意味が理解できず、呆気にとられた村人の顔が並んだ。

 ただ一人、ジルナートだけは背中に汗を掻きつつも、平静を装っていた。


「どうやら、目的は果たせたようだ。すまなかったな」

「…………てめぇ……」


 自分の目にピタリと合った視線に、男の意図を察したルヴナクヒエは顔を強張らせた。

 身を刺すような視線を返されるも、男は意に介さず、体を反転させて外に向かう。

 

「オーク、と言いましたが、実在しているのですか?」


 ジルナートが問いかける。

 オークなど、人間の歴史からは既に忘れさられた太古の記憶に過ぎない。大昔、天使と人間に敵対していたことから、忌み嫌われており、その姿は豚の如き醜悪な姿だったと伝わっている。今となっては、もはや、実在していたのかすら疑われる、おとぎ話の悪役だ。

 天使や竜が世界と密接に関わっていた神秘の時代に生きる存在。

 ジルナートは単純に興味があった。

 しかし、それだけじゃない。今は会話を続ける必要がある。


「……そうだな。話しておこう」


 兜に隠された顔を村人たちに向け、男は口を開く。


「最近、オークを目撃したという情報が入った。私はオークを討伐するよう命じられている。もし、この村に匿われていたら厄介なので確かめる必要があった」


 よほど確かな情報なのであろう。ただの噂では、これほど確信に満ちた動きも命令も考えにくい。


「何事かと思いましたが、そういうことだったのですか。しかし、オークと言いますと、戦いの中に生きると謳われるほど野蛮で危険な存在と聞きます。もしも村に現れたら、どうすべきでしょうか?」

「…………。とにかく、戦おうとは思うな。捕えようとする必要もない。私がケリをつけるから、野放しにしておけ」

「危害を加えられてもですか?」

「……必要だと判断したのなら、好きにしろ」

「……分かりました。しかし、私達は判断に困る殺生は望みません。ですから、オークと出会えば生け捕りにする可能性が高いと思われます。そうなると、貴方の使命は果たせたということになるのでしょうか? やはり、捕えた際の取り決めなど、そういった点を詳しく話し合っておくべきではありませか?」

「…………敵対したいわけじゃない。足止めすることに何の狙いがある?」

「話し合いです。人間は、出来る限りのことは話し合いで解決すべきだと考えています」

「話し合いは得意じゃない。困るな」


 男は考え込んでいる。

 ここで帰られては困るのだ。村の存在が外に漏れるわけにはいかない。口外しないという約束を取り付けたい。どうやって村を見つけたのかを聞き出す必要もある。

 予想通り、男に特別な害意は見られない。話し合いの場に引きずり込み、村長である父の前で約束の言葉を吐き出させたい。そうすることが出来れば、目の前の男はそれを守るだろう。男には、己を抑え込む意志の強さを感じるのだ。

 時間を稼ぐ。可能ならば、腰を下ろせる集会所か食堂に場を移す。

 足の悪い父が辿り着くまで。


「変わった村だな」

「ええ。僕もそうだろうと思います」


 男の視線が背中を貫くような錯覚を覚えた。


「……話し合いに応じよう。本当に……変わった村だ」


 ジルナートの脳裏に一つの懸念がよぎる。

 背中に掻いた汗を隠そうともせず、慌てて振り返った。


「さっそく聞きたいことがある。いいか?」


 後ろには、角の生えた少女が驚いたような顔で佇んでいた。




「待て」


 静かだがよく響く、凛とした声が響く。


「手合わせ願おう。……話し合いより、こっちの方が好きだろ?」


 鞘から抜き放たれた白刃は、至極単純に男の心を物語っていた。


挿絵(By みてみん)

 お疲れさまでした。


 暮れの冷え込みが感じられる昨今。

 季節の変わり目には気を付けるんや。


 と思ったけど、よく考えたら秋真っ盛りやったね。

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