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名前のない悪魔  作者: ジレスメ
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第二十一話 影踏み

 いらっしゃい。


 シンガポールの格ゲー大会SEAM2018を見るのに熱中していました。

 今日が大会二日目です。

「ファルプニさん、丘の開拓で相談があるんだが……いいかい?」

「ええ、もちろんです」

「ちょっと待っとくれ、水車の調子が悪いんだよ。ちょっと見てくれないかしらファルプニさん」

「それは大変ですね。そちらを先に見た方がよさそうです」

「…………」


 予想外である。


 悪魔は村に馴染み、頼られていた。


 ファルプニが村に訪れて一週間。村には技術革新の風が吹き込んでいた。

 かつてクリモリ村に住む人々の先祖は、教会に卸す為の蝋燭を作っていた。国を離れ、蝋燭職人と、その護衛として付き添った兵士によって作られた村は、蓄積された知識に偏りがある。手先の器用さを活かし、傷んだ武器や金物の修理を努力していたが、必要な設備も含め試行錯誤の日々を過ごしていた。

 そこに不足していた冶金技術や、薬学の知識まで持ち込んだのだ。経験によって得られた努力の形は、多くが正しい方向を示していたが、明後日の方向に逸れたものも多かった。村の技師に加工屋は破顔し、医者と薬師は顔を青くした。


「えっとさ……、ファルプニさんってよ、あのぉ、あれ……、なんだろ?」

「ええ、そうです。私は"天使"ですよ?」

「あ、ああそうだよな……。そうなんだよな。なんか夢みてえだな……」

「ああ、この村に天使様が助けに来てくれるとはな。まったく、アンジェラ様のおかげだよ」


 ファルプニは、村の者に自分を天使だと騙っている。

 恐れを知らぬ大胆な奴よ。よりにもよって天使とはな。それを信じる村民もどうかと思うが、おかげで私は、天使様を連れてきた少女として待遇がさらに良くなった気がする。

 だけどさ……。


「いやあ、すまねえなあファルプニさん。鍛冶のやり方教えてもらってさ。こんな辺境じゃ鍋一個手に入れるのも途方に暮れる始末でよ。人が増えても、物が足りなくて困ってたんだ。練習しとくからさ、また見に来てくれよ」

「なるほど、物が不足しているのですか。供給に期待が出来ないというなら、いずれは鉄鉱石の採掘、加工にも手を伸ばした方がいいかもしれませんね。そうなると、活動域を広げるためにも、正確な地図を作っておきましょうか」

「本当かい? まるで国を作るみてえだな。バゼットさんが昔炭鉱で働いてたってのを聞いてよ、俺達も山を掘るのには興味があったんだ。もし安全な道が見つかったら願ったり叶ったりだよファルプニさん!」

「いえいえ、感謝は必要ありません。与えること、それが私の願いであり喜びなのですから」


 ちょっと、与えすぎちゃうかな?

 いや、今のところはいいんだけどさ。村に鍛冶師がいなくて困ってたのは事実だし、まだまだ足りないものが多すぎるんだから。

 でもね、古い物には古い良さがあってね、急激な変化を好まない私には息苦しくも感じられるのだよ。カビの生えた脳が驚きによって舗装されたのが二月前。突貫工事でガタガタなのだ。この上さらに塗り替えねばならんというのか。


「あ、ああ、あの、は、ふぁ、ファウ、プニ」

「はい、どう致しましたかアンジェラ様」


 はあ、小さい。可愛らしい。舌ったらずで、はあ。


「あ、あまり、お、教えすぎる、の、は、む、むむ村に、よ、良くない、と……」

「何故ですか? 彼らの心根は正直です。与えたものを十全に活かしてくれるでしょう」

「い、いやぁ………、あのぉ、た、頼りすぎるの、は、考えるち、力、が、なくなる、と、いう、か……その……」


 あなたが働きすぎると私の立ち位置が危うくなるんです。

 とは、言えんわなあ……。


「確かにそうですの」


 腰の曲がった老人が会釈をし、話しに加わってきた。


「アンジェラ様がおっしゃることはもっともですじゃ。わしらは自分たちで考えることで生き抜いてきた。与えられることには慣れておらん。過分な財産は返って身を持ち崩すことになるやもしれん。……それに、老人は杖を置く位置が変わっただけで大騒ぎですからの」

「なるほど、聞くべき価値のある言葉ですね。一理あります。これからは適度な助言に留めておくとしましょう。これでよろしいでしょうかアンジェラ様」

「あ……あい、あいあい…………」


 村長。あんたほんま村長やで。


「ファルプニ様には感謝しております。しかし、人は楽をするために生きておりますから、甘えてばかりだと、わしらはファルプニ様から乳離れできぬ赤子になってしまいますな」

「赤子……ですか。平穏がそこにあるのならば、それも生き方の一つだと思いますが、私は不死たる竜でもなければ、神でもない。永遠の庇護を約束できぬ以上、そんな生き方はお勧めできませんね」

「そ、そそそ、そうそう! い、いつか、い、痛い目に、あ、ああう」


 知性の感じられる素直さというものは、本当に助かる。

 今後、要望がある時は村長を通し、必要だと判断したもののみを、私とファルプニで検討することとなった。

 冷静に自分の立場を鑑みると、随分と出世している。望んだわけではないし、面白くもない。村のためを思った行動が実を結び、認められたということではある。立ち位置が定まれば、疎外される不安も小さくなる。しかし、その反面、責任も生まれるし面倒である。

 なにより、上に立ったと思うのも見られるのも嫌だ。


 昔、考えたことがある。

 私は本が好きだった。本を読み、眠り、本を読む。父様と話したり、母様の寝顔を確認する時以外は、日々そうして過ごしていた。そんな日々である本に出会った。

 あれは人間が作った物語だった。魔術師の物語だ。




 魔術師の男は強い力を持っていた。男はより強い魔術を求めて旅をしていた。ある日、荒廃した農村に辿り着く。天の怒りによって作物が育たず、村の人間は飢えていた。

 男は村を助けることにした。魔術で家を作り、獣を狩った。水を与えた。ただの気まぐれであった。村の人間は感謝し、残ってくれるよう懇願した。だが、男は竜を探しに旅立った。

 時が経ち、再び村を訪れると、村は大きく立派なものとなっていた。村の人間は男への感謝を忘れずにもてなし、再び残ってくれるよう願った。

 男は村に残ることにした。これも気まぐれであった。村で生活していると、男はいつしか王と呼ばれていた。村はいつのまにか国となっていた。

 男は王となった。強い力を持っていたから。外敵から身を守る壁を作った。感謝をされた。広大な畑を作った。感謝をされた。長い時が経った。感謝されることはなくなった。

 男は旅立った。ここには何もなかったから。




 私はこの物語が嫌いだった。男が救われないのは別にいい。だが、男が力を持っていたからと、余所者が持ち上げられて支配者側に回ってしまうのがもやもやする。男の行動は理解できるし、村の人間も理解できる。理解できる分、運命が引きずり込まれているようで、気味が悪い。

 力があれば助けられる。だが、力があれば使わざるを得ない。その結果を事前に見ることは出来ない。力を使わなければ目の前の結果が確定する時、力の行使をどうやって判断する? 使わなければ無関係でいられるかもしれない。使えば運命が望まぬ形で巻き込まれるかもしれない。


 今であれば、あの時感じた引っ掛かりがよく分かる。

 一人であれば問題なかった。知恵を蓄えれば、それだけ身を守る術も得られる。だが、踏み込んでしまったのだ。後悔はしていないが、自覚を持たねばならない。私は村の中で間違いなく知恵という力を持っているのだから。


 それでも、やはり上に立つというのはいかん。少し前は、皆が特別に意識することもなくなって気楽さもあった。だが、ファルプニが働くことで、間接的に召喚者たる私が領主であることを皆に意識させてしまった。何処へ行くにもにこやかな視線がヘッドショットする。

 今思えば、居候の村娘ポジションが意外と気に入っていたので、何とかその方向に収束させていきたい。その為に知恵を使いたいものだ。

 とりあえず、ファルプニを誘導制御して、上手いこと領主という立場を押し付け……お譲りしよう。まだ方法は見つかっていないが、領主という呪いを解する方策を究明せねばな。明らかに向いていないし、望んでもいないしね。

 魔術師の物語にはなりたくないのだ。


 それにしても……。


 アンジェラは人間と話すファルプニを眺める。

 ファルプニは人間の言葉を流暢に話している。館の書物と卓越した頭脳で完璧にマスターした私と比べても遜色がない。さすが長く生きているだけはある。今更だけど、呼び出した相手が喋れなかったら、私が教えないといけなかったんだな。迂闊。おっちょこちょい系悪魔女子。

 その点、ファルプニの知性と謙虚さには驚かされる。子供が相手の時は極めて優しく接し、子供も話しやすそうにしている。子供が私と話す時は緊張するのか、オウム返しになってしまったり、どもってしまうのが常だ。身の丈はヴァンデルと大差ないというのに、子供を怖がらせずに接する様は、悪魔の為せる神業としか言いようがない。


 私は頑張ればファルプニのようになれたのだろうか?

 村には現状でもそれなりに満足していたから、必要以上に努力しようとは思わなかった。それは本心だ。よく分かっている。だが、必要だと思っていたら、ファルプニのように振舞えただろうか。

 私だって知識量には自信がある。でも使えなかった。ファルプニは違うのだ。鉄の扱い方を知り、加工法を知っている。それを相手が望むことも知っていた。

 しかも頼られる空気を纏っている。見た目は怖いが子供に優しく親切で、村に来てすぐに馴染んでしまった。


 ……いかんな。嫉妬は見苦しい、私には似合わん。知性を持てば己の物差しを持って、他と比較したくなる。先にあるのが自己満足と嫉妬では救われん話だ。

 私は私でいい。平穏を求めて過ごす日々に努力の頭が覗いていれば、きっと星も綺麗に見えるだろう。


「おや、アンジェラ様、お出かけでしょうか?」

「さ、様は、い、いい。も……オホネ、様、のとこに、い、いいいく」

「オホネ様、ですか。人間の信仰を大切になさっているのですね。生物は厳しい環境下では強き存在を信仰すると聞きます。彼らの支えを理解し、慮る。統治者の鑑にございますね」


 正直、照れる。

 悪魔の会話なのだろうな、これが。私も教養として身につけておいた方がいいのだろうか? 他の悪魔と話す機会があるやもしれんしな。

 ……えっと、話は何だっけ?

 あ、そうだ。門兵の所に行きたいって話だ。別に挨拶しに行くって訳じゃなくて、いや、挨拶もするけど、目的は別にある。日課としていた剣術の稽古が最近疎かになっていたので、ルヴナクヒエに見てもらいたいのだ。


「る、ルブナクヒ、に、け、剣を、お、おおしえて、もらう」

「ルヴナクヒエと言いますと、あのいつも剣を持ち歩いている物騒な青年ですね。確か、今日彼はオホネ様の所ではなく、別に用事があるとジルナートさんから聞きましたよ」

「え、えぇ、そ、そう……」

「それにしても、剣術まで修めようという、その気概。私、感服しております」


 予定とは上手く回らんものだ。仕方ない、今日は鶏でも眺めて明日の予定を整えよう。

 しかし、あの剣の事しか頭になさそうな男が用事か。畑仕事してるとこも見たことないし、一体何の用事があるのだろうか?




「……なあ、俺は厚かましい野郎だと自分でも思ってるが、殺されるほどじゃないよな?」


 村の中に作られた放牧地。平時は見張りくらいでしか人が寄り付かない場所である。ルブナクヒエはここにメヒヤーを連れ出していた。


「ああ? 何の話だ?」

「いや……、それ……」


 メヒヤーはルヴナクヒエの腰を指差す。腰には立派な剣があった。下ネタではない。


「これが気になるのか? 俺のお守りだ。気にすんな」

「……いや、気にすんなってさあ……。やれやれ、剣持った奴に詰め寄られるなんて、生まれてこの方初めての体験だぜ。つるかめつるかめ……」


 メヒヤーは大げさに肩をすくめる。

 これは暗に、怖いのでお手柔らかにお願いしますとアピールしているのだが、ルヴナクヒエはそんなこと気にする男ではない。気が利かないのである。

 目の前に立った男の腰を指さす。指の示す先には立派な剣があった。下ネタではない。


「なあ、あんた兵士になった時に剣を渡されたって言ってたよな?」

「ん? あー、そうだな。鍛冶屋のおっさんが良い鉄だって喜んでたぜ。おかげで紆余曲折の果てに、この村だ」

「おかしいと思わねえか?」

「うん? 何がだ?」

「末端の兵士に剣まで配るとこなんて今時あんのか?」

「……確かにそうだな。なるほどな。あーそうか」


 1000年前、英雄メイエンヴィークは魔術のみで悪魔を討ち破った。以後、剣は有用性について疑問が呈され、次第にその技術と共に廃れていった。また、悪魔との戦い以降、戦争は人間と人間との戦いに移り、極めて殺傷力の高い剣の使用が忌避されたことも、剣術衰退の一因となった。

 現在では、安価で生産できる戦槌を用いることが一般的となっている。


「……やっぱり、あんたを雇った貴族ってのは――」

「国王様の派閥、なんだろうな。今のご時世、後生大事に大量の剣を抱えてるなんていったら、伝統が大好きな王様の所しかねえ。王様にも味方がいたってことかね」

「別に貴族共も好き好んで敵対しようって訳でもねえと思うがな。ただなあ……」


 ルヴナクヒエは自身の携行する剣を見つめ、考え込んだ。


「なあ、ルヴナクヒエ、だったよな? あんたの話聞いてると事情通に聞こえるんだが、外の情勢に詳しいのか?」

「……興味があるからな。それより、あんたを雇ったっていう貴族の名前は思い出せねえのか?」

「さっぱりだ。俺は四男だったし、田舎村を出るまで何も知らなかったんだよ。徴募の御触れを持ってきた奴に、金貰って付いて行っただけで、雇い主には興味なかったからな。戦争になりそうってんで色々調べたはずが、それだけ頭から抜け落ちてたぜ。灯台下暗しだな」

「…………そうか」

「悪いな。バゼットは分かんねえが、スウェイクなら多分覚えてると思うぜ」


 メヒナーは腰かけていた倒木から立ち上がり、尻に着いた土埃を払う。黙って考え込むルブナクヒエを横目に、もう帰っていいのか少し迷い、意を決する。


「じゃ……、俺は帰るが……いいか?」

「あぁ……、いや、待て」


 二秒ほど頭に空白が出来る。頭は機能していないが、それがさも適切であろうと体が理解し、静かに頷きを繰り返しながら、ゆっくりと腰を下ろした。

 真剣な顔で凶器を携えた男の近くに長居したい者がいるだろうか?

 少なくともメヒヤーはそうじゃない。予断を許さぬ状況にメヒヤーは俯き、拾った木の枝をいじりながら、己の歩んできた過去を思い返していた。

 

 暫くの沈黙の後、ルヴナクヒエの口が開く。


「マスティリオ・スタイ。……貴族の名前ってのはそんな響きじゃなかったか?」

「ん? ……どうだったかな。だが、聞いたことのある――」 


 人の声がした。

 二人の会話を遮るように、騒ぎ声が響き渡る。

 門の方角からだ。


挿絵(By みてみん)


「……話はあとだなメヒヤー」

「あ、ああ。こういう時はあんたがいると頼もしいな」


 夏に別れの言葉を用意していた頃。天使の現れた熱気の冷めやらぬ最中の出来事。

 突如として、それは村に訪れた。


 来訪者である。

 お疲れさまでした。


 格ゲー大会の観戦で首が終末の悲鳴を上げています。

 皆さんも小説を読むときは姿勢に気を付けましょうね。

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