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名前のない悪魔  作者: ジレスメ
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第一話 明日の世界

 確かみてみろ!

挿絵(By みてみん)


 鬱蒼と茂った森の中、その館はただ眠る。

 忘却の刻を朽ち重ねながらも、その姿は目にした者全てにかつての栄華と権勢を理解させる。

 歴史に取り残された館は、ただ烏の声を響かせて時を待つ……。




「ぅ、うるせぇ……」


 寝ぼけ眼を擦りながら少女は、枕元に備えた時計を視力に頼らず探す。

 ギャアギャアとうるさく響く烏の鳴き声に、多少の苛つきを覚えながら手に取った時計に魔力を込める。すると先程までけたたましく響いていた烏の鳴き声が、示し合わせたかのようにピタりと止んだ。

 音の止んだ室内で少女は、30分程まどろみの余韻を楽しんだ後、再び布団に潜り込み、6時間の仮眠を決行した。

 

 少女には角が生えている。額から短いものが二つ。耳の上に羊の如く曲がったものが左右に一つずつ。


 少女は悪魔であった。年は3000と少し。名前はない。


 6時間後、大きな伸びとともに活動を再開した少女は、部屋を軽く見まわした後、一人自問する。


「このままじゃいかんよなあ……」


 少女は3000年以上もの間、館の中で過ごしている。

 幼き頃に両親を戦争で亡くしてしまったため、館の主として何をすればいいのか分からず、それ以前の悪魔としての生き方も幼き身には答えがなかった。

 最初の千年は両親を失った悲しみで部屋に閉じこもり、給金支払い等の管理が億劫だったので使用人には帰ってもらった。

 そうすると、静かな館が寂しく感じられたので、烏の鳴き声を記録した魔導装置を作り、館の周囲にその声が響くようにした。悪魔の館という雰囲気作りも兼ねていたのだが、最近ではどうでもよくなったので、部屋の時計と連動させた朝を知らせる装置となっている。


「外の世界はどうなっているんだろうか……」


 幸いにも、大悪魔という高位存在である彼女は食事を必要としない。故に外に出る必要もない。結果として、それが究極ともいえる世間知らずを作り出してしまったわけだが。


 少女は今後のことを考える。館も魔力で補強しているとはいえ、そろそろガタがきている頃だろう。

 別にもっと小さな家でもいいし、なんなら寝室と風呂とトイレの3部屋でも問題はないのである。

 だが、両親の形見である館は大切にしたいという思いがある。

 やはり、館を修繕するためのお金を稼がねばならないし、同時に修繕してくれる相手や修繕する方法を探すためにも、外には出ねばならないのだ。


 だが、外の世界とは恐ろしいものである。

 生物にとって最大の武器は知であるが、最大の恐怖は無知である。


 彼女はそう確信するが故に、未知の塊ともいえる外の世界を前にして1000年以上もの間二の足を踏んでいるのだ。

 漫然と時を過ごしていたわけではない。館の書庫にある書物には全て目を通し、知識量に関してだけ見れば、外界においても比類なきものを持っている。

 ただし、3000年以上前のものに関して、ではあるが。


「一体、人間はどれほど成長しているだろうか」


 悪魔の少女は最も興味の引かれた存在に思いを巡らせる。

 種族的なまとまりの見られない悪魔や、謎の多い天使、世界の理に深く根差すとされる竜。

 いずれも突飛な記述が多く、世間知らずな悪魔である彼女から見ても眉唾に感じられた。それらに対し、人間は様々な書物に共通の特徴をもって登場するため、記述の多くに真実を含んでいると彼女は考えた。

 そして、彼女は知った。


 人間は脆弱である。人間は下等である。人間は脅威である。


 理解しがたいことではあるが、得られた知識を要約するとそうなってしまうのだ。

 寿命は短く、身体は脆いし、魂の多くは汚れている。だが、欲望によって進化を続け、信仰によって強者に立ち向かう、究極ともいえる弱者の特性を持つ。


 そして、時に弱者の枠を超えた "超越者" と呼ばれる特殊個体が発生するのだという。


 ――聖人ザンギューラー


 いまだその双眸に人間を知らぬ私に、恐怖を抱かせた初めての人間。

 今となっては書物の中にのみ生きる人間ではあるが、彼に関する記述は幼き悪魔の背中を寒からしめるに十分な内容であった。


 曰く、鍛え抜かれた己の肉体のみで戦う戦士であり、紛うことなき半裸であったという。

 曰く、両の手を広げると猛然と回転し、空より来る悪魔の軍勢を叩き落としたという。

 曰く、ついでに地上から攻め入る悪魔の軍勢もシバき倒したという。

 曰く、掴まれた者はなすすべなく息絶えたという。

 曰く、その光景を見た魔将モーネットは怒りのあまり憤死したという。


 眼前に屈強な半裸の男が立ち構える光景を想像し、思わず身震いをする。

 他者と触れ合った経験の乏しい少女には恐怖を肥大化させることしかできず、ただ「掴まれたらどうしよう」という思いのみが込み上げてくる。

 現代においてもザンギューラーに比肩する超越者が誕生している可能性だって否定できない。

 ましてや、人間は進化するのだ。3000年もの時があればそれ以上に危険な存在が生まれていると考えるべきかもしれない。


 そもそも考えないようにしていたが、超越者がどうだと言う以前に戦争の行く末がどうなっているのか確かめていないのだ。父様と母様どちらも強大な力を持っていたと聞き及んでいる。死んだとの知らせを受けた時は、この世の終わりと覚悟したものだが、あれから3000年も経ってしまった。体が幼いままなので感覚が狂っているものの、相当な時間なのは理解している。一体全体戦争はどうなったというのだ? 


 なんにせよ、そんな危険な争いには好き好んで関わるつもりはない。ただ静かに生きたいものだ。高位生物に目的など必要ないのだからな。

 

「はぁ……」


 外に出ると決めたはいいが、考えれば考えるほど、その選択肢と自分の望みとの乖離に向き合わねばならない。

 使用人が使えればいいのだが、皆帰してしまった。あの時は一度に両親を失ったショックで、連絡先を聞くなど頭の天辺から足の先まですっかり失念していたのだ。


 痛恨の極みである。


 何とか連絡する手掛かりはないかと館を漁ったりもしたが、使用人らしき者の名前を見つけても誰が誰なのか顔と名前が一致しないし、たぶん会ったことない奴もいる。その上、仮に使用人にアクセス出来たとして、「どちらさまでしょうか?」などと聞かれれば答える名がない。

 3000年間独り言で会話していた身としては、他者と言葉を交わすこと自体が決死の覚悟なのだ。そのようなシチュエーションを好転させる会話術など持ちうるはずがない。

 心の中で何度、己を殺めることになるだろうか。


 ――先程吐いた息はまだ眼前を漂っているのであろうな……。

 溜まった息を我慢し、部屋の隅に置いた姿見にそっと目を移す。

 鏡には、可憐な鈴蘭を思わせる薄幸の超絶美少女が物憂げに佇んでいる。

 彼女には名前がない。


 父様は「高位生物は存在すること自体が当然であり、与えられる名など必要ない」などと、意味の分からないことを難しい顔でおっしゃられていた。

 何を言うとるんだ? と子供心に思ったものだが、館を漁った時に見つけた領収書に『アノニム・ネームレス様』と書かれているのを見つけ、その徹底ぶりによく分からない偉大さを感じたものだ。


「まったく……、偉大な親を持つと子は苦労する」


 さも重大な厄介事を引き受けた風で、わざとらしく愚痴をこぼす。

 実際のところ名前の有無など大した問題ではない。それは理解している。

 しかし、ただでさえ行動力に難があるのだ。

 その上で、自己紹介に手間取る様を想像するともうだめであった。

 

 要は使用人に連絡する方法も見つけたのだが、脳内シミュレーションを繰り返すうちにげんなりして嫌になったわけである。

 些細な問題で悩み、立ち止まったと自分で認めるのは心苦しいので、仕方なく諦めたという体の芝居をしているのが其の実であった。仮に連絡がついたとして、円滑な指示を出すのは難しいだろうし、日常での会話や給金など、将来的な不安要因が大きすぎる。

 外に出ると決めた以上、他の選択肢がちらつくことによって決心が鈍るのは避けたい。

 実際に、それで500年は余計に二の足を踏むことになった。


 だが、それももう終わりだ。

 もう十分に熟考したであろう。

 意を決し、18時間は留まっていたであろうベッドに別れを告げる。


 悪魔の少女は決意の眼差しを以て立ち上がる……。




「え、えっと、なんか他に考えることなかったっけ? あ、あと忘れ物とかも……」


 私は一体なんなんだろうな?

 考えるも何も、情報がないから困っているわけだし、いきなり遠出をするつもりはない。

 まずは、館にすぐ戻れる範囲で探索するつもりだ。

 ならば食事の必要がない私に何か携行すべきものはあるだろうか?


 ないんだな、これが。


 大切なものや護身に必要な武器も、私の魔力領域に収納してあるので、必要な時に高速召喚が可能だ。

 人間の国に潜入するとか、そんな大げさなことをするつもりもないので、特別な用意も必要ないし、どの道あったとしても何が必要か調べねばならないわけで、その必要なもの自体も探しに行かねばならない。


 分かりますわな? 手ぶらでかめへん、何もいらんのや。


 落ち着いて考えよう。

 私は今日……あたりに外に出るわけだ。

 そして、まずは館の周囲を見て回るわけだな?

 で、安全なのか状況を確認した後、どんな生物がいるか調べる。

 見つけた生物から情報を引き出せそうなら、まぁ……、そうしようかな?


 整理して考えると大したことではない、――はずだ。

 出来そうな気がする。

 つまりは、今日か明日あたりにそれを実践すればいいのだ。


 上手くいくようだったら、いずれ人間と接触しよう。

 私の知りたい情報の多くは人間が持っているはずだ。

 そのために人間の言葉だって練習した。

 本に載っていた言葉を一人で覚えただけなので、実際の人間に通じるか不安だが、ある程度通じればいい。私の頭脳をもってすれば、ある程度の情報から完全に通じるよう修正することも可能だ。

 人間から情報を仕入れた後どうするかは決めていないが、高度な柔軟性を保つためにも、不確定要素の多い中で行動を固め過ぎるべきではないだろう。


 プランはまとまったな。

 後はこれを近いうちに実行すればよいのだ。

 思えば、今日はなかなか有意義に計画を固めることが出来たのではないだろうか?

 

 疲れの感じる首をほぐすため伸びをし、大きく首を回す。


「……ふぅ」 


 一仕事終えたかのように一つ息を吐くと、ベッド脇の時計に目を落とす。


「うむ、今日は少し早いがもうよかろう」


 ベッドから立ち上がり3時間、少女は再びベッドに潜り込んだ。

 確かな決意に満足しながら目を瞑り、彼女だけの世界に足を運ぶ。

 明日がいい日になるよう祈りながら……。

 20話くらいまでは毎日投稿できるかな?

 焦らず、疲れた時にでも読んでね。

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