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マヤ神聖文字殺人事件 その六  作者: 三坂淳一
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マヤ神聖文字殺人事件 その六

十月十六日(火曜日)、光一 メリダに行く


朝、ホテルで目を覚ました時、少し頭痛がした。

どうも、昨夜は羽目を外して呑み過ぎたみたいだ。

何といっても、三十年振りの旧友との再会だった。

お互い、少し老けたけれど、若い頃に知り合い、気心も知れているという気持ちは全然変わっていない。

そんなものだ、と光一は感慨に浸りながら、起きてシャワーを浴びた。

ジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港に行き、メリダ行きのコンチネンタル航空の飛行機に乗った。


ヒューストンから実質四時間ほどでメリダ国際空港に着いた。

空港でタクシーのチケットを買って、タクシーに乗った。

昔はタクシーのチケットなぞは無かったものだが、今は料金のトラブルを防ぐ意味で規定料金制度を採用したのだろう、と光一は思った。

それでも、セントロ(街の中心街)から少し離れてはいるものの快適なサービスが受けられると思って予約したフィエスタ・アメリカーナ・メリダホテルに着いた時、少しチップをあげたら、運転手はそれまでむっつりしていた顔をほころばせ、グラシアス、アスタ・ルエゴ(ありがとう。じゃあ、また)と荷物をポーターに渡した後でお礼を言って走り去った。

チケット制度が導入され、昔のようにチップをくれないお客が増えているのかな、と思いながら、ホテルに入り、チェックインした。


少し疲れていたので、二時間ほどベッドに横になり、休息した。

明日からの予定を考えていたが、少し空腹感を覚えたので、ホテルのレストランに行って、軽くフルーツとスープを飲んで空腹感を満たした。

それから、ホテルの土産物屋とか洒落たブティックといった店を覘きながら、のんびりとした時を過ごし、部屋に戻った。


十月十七日(水曜日)、メリダに麻耶が正樹の頼みで押しかけて来る


朝、ホテルのレストランでコンチネンタル風の朝食をぼそぼそと摂っていると、背後から女の子の明るい声がした。

「おじさま、おはようございます」

まさか、と思って振り返ると、そこに白い半袖のシャツを着たデニムのジーンズ姿の麻耶がにこにこと微笑んで立っていた。

びっくりして、光一が目を見張っていると、麻耶はちゃっかり光一の前に座り、ボーイを呼び、アメリカン風の朝食を注文した。

「日曜日に正樹さんから電話があって、おじさまが張り切ってメキシコに行ってしまう、ついては、心配だから私に付いていってやって欲しい、という頼みを受けました。それで、火曜日のメキシコシティ直行便で来ました。昨日の夜、ここに着いて、今は近くのハイアットホテルに居ます」

「正樹が貴女にそんな頼みを。あいつめ、余計なことを。おっと、失礼。貴女を責めているわけではないのです。誤解なきよう。僕はただ、貴女のようなうら若い娘さんを一人、外国に出して、星野さんがご心配なさっているのでは、と危惧しているわけです」

「あら、母は全然心配なぞしておりませんよ。だって、これまでも私、一人でこのメキシコには何回も来ているんですから。今回も母に話したら、少し驚いてはいましたけれど、おじさまをエスコートするということならば、ということで許してくれました。内心は無鉄砲な娘でしょうがないな、と思っているかも知れませんが」

「どうも、エスコートするという言葉が引っ掛かりますねえ。エスコートというのは、本来、男性がか弱い女性を護衛することであり、今回の場合はあてはまらないと思いますがねえ」

「あらっ、こう見えても、麻耶は強いんですよ。大学では、護身術として合気道を習っていますし。おじさまの護衛はこの麻耶にお任せあれ」

麻耶の言葉を聞いて、光一も思わず噴き出して笑ってしまった。

そして、麻耶はなかなかの健啖家ぶりを見せ、卵とハムがたっぷり盛られ、少し多いかなと思ったアメリカン風の朝食をペロリと平らげた。

「麻耶さん、今日は留学生たちが通っていたユカタン大学の人類学教室に足を運び、当時の留学生のことを覚えている人を何とか探して、話を聴こうと思っています。その後のことは、まあ、成り行き次第で」

朝食の後、ホテルのロビーで少し休憩してから、ホテルの玄関前に待機しているタクシーに乗って、人類学教室に向かった。

意外と言うか、予想通りと言うべきか、ともかく、麻耶はネイティブのスペイン語を話した。

「麻耶さん、失礼だけど、スペイン語、どこで学ばれました?」

「あら、いやだ。麻耶の国籍はメキシコと日本で、麻耶は立派なメキシコ人でもあるんですよ。父が亡くなってからも五年ほどメキシコに居りましたし、母と日本に帰ってからも、夏休みはほとんどメキシコに来て、シティの父の両親と一緒に過ごしていたんです。そう、いわゆる、バイリンガルなんです、私」

「そうなんですか。いや、失礼なことを訊きました。でも、バイリンガルなんて、羨ましいですね」

「でも、・・・、顔はバイリンガルでない方がいいです」

 言った後、麻耶は光一の顔を見詰めた。

その言葉を聞いて、光一は胸が詰まった。

明るく陽気に振る舞っていても、やはり、混血ということで嫌なこともいっぱい有ったのかも知れない。

光一は麻耶の少し悲しげな表情に気づき、そう思った。

「でも、でもね、麻耶さん。貴女は素晴らしいお父さん、素敵なお母さんの二人の愛の結晶なんですよ。国は違っていても、人の心は同じです。今の貴女はとても良い娘さんですよ。お父さんが生きていらっしゃれば、自慢の娘だと言われるはずですよ、きっと」

光一の言葉を聞いて、麻耶は本当に嬉しそうに微笑んだ。


人類学教室の校舎に着いた二人は早速、管理棟に入り、事務室で二十八年前にここに居た人が今もいるかどうか訊ねた。

居るよ、ということで呼ばれたのが、掃除夫をしているロドリゲスというかなり高齢の男だった。

ロドリゲスはメリダ特有の白い服を着ていた。

背は低いが、がっしりとした体格をしていた。

麻耶が手際よく質問をし、かなりの事情が判った。

当時、企業研修生はともかく、学生の留学生は五人ほど居た。

ロドリゲスが覚えていたのはセニョール・マツノとセニョリータ・ミチコの二人の名前だけで、あとの三人の名前はもう憶えてはいなかった。

大森と井上の名前を光一は挙げて訊いてみたが、ロドリゲスは肩を竦めるばかりで、具体的な名前はどうにも思い出せないと話した。

マツノは年の暮れに自殺したので覚えており、ミチコは留学生の中で唯一の女の子ということで覚えており、マリアという娘がマツノの恋人になる前はセリョリータ・ミチコがマツノのガールフレンドだったと言った。

マツノの自殺死体は自分が朝、発見したのだと言った。

自殺の理由はどのような理由だったか、光一が訊いてみたが、キエン・サーベ、という返事が返ってきただけだった。

キエン・サーベという言葉は、直訳すれば、誰かは知っている、となるが、要は、自分は知らない、という意味で使われる慣用句であった。

「マリアさんはマツノさんが自殺してしまった後、どうなったか、知りませんか?」

麻耶が訊ねた。

ロドリゲスは少し顔を曇らせながら、話してくれた。

「マリアはこの事務室で事務員をしていたんだが、セニョール・マツノに死なれて、ここに居るのが辛くなったのだろう。翌年の年の初めに大学を退職して、郷里のカンペチェに帰ったよ。何でも、カンペチェの実家は金持ちで、マリアは静かに暮らしているそうだ」

その後、ロドリゲスに案内されて、校舎の周りを歩いてみた。

途中、マツノが首を吊って死んだという木も見せられた。

随分と大きな樹だった。

名前を訊いてみたら、セイバという名前が返ってきた。

光一が『シュタバイ』という女の妖怪が住んでいるというあのセイバの樹かと訊いたら、ロドリゲスが喜んで、その通りと言い、マヤに伝わる『シュタバイ』という妖怪のことをいろいろと歩きながら光一たちに話してくれた。

シュタバイは男好きの妖怪で、絶世の美女の姿をしてセイバの巨木の下に佇み、通りかかる旅人を誘惑しては次々と殺してしまうという性悪な女の妖怪だ、ということを熱心に語ってくれた。

光一がロドリゲスにそのシュタバイに会ったことがあるのかと訊ねると、大きく肩を竦め、目をひんむいて、会っていたら今ここに居ない、シバルバという地獄に行っているよ、と笑いながら大きな声で言った。

光一と麻耶はロドリゲスにお礼を言い、人類学教室を後にした。


十月十八日(木曜日)、光一と麻耶はカンペチェでの調査を行なった


翌日、光一は麻耶とホテルで朝食を済ませ、バス・ターミナルに行き、カンペチェ行きの高速バスに乗って、カンペチェというカンペチェ州の州都に向かった。

昨日、マリアの実家の住所に関しては、人類学教室の事務室で教えて貰っていた。

二十八年も前ということで無理かなと思ったが、担当者は親切な男で、古びた倉庫まで行って調べた結果、当時の職員住所録が見つかり、そこにマリアの旧住所、即ちカンペチェの実家の住所が記載されてあったのである。

カンペチェには三時間半ほどで着いた。

カンペチェはメキシコ湾に面した港町であるが、歴史的には古い要塞都市でもある。

マヤ征服の拠点都市であったが、メキシコからの収奪で大いに富を得たスペイン植民者を狙う海賊たちが度々この港町を襲撃したと云われている。

そこで、街を海賊の襲撃から防御するために要塞化した結果、世界でも有数の要塞都市と化した。

一九九九年にはその街並みが世界文化遺産にも登録された。

麻耶もこの都市を訪れるのは初めてということで、バス・ターミナルから歩いて、途中の要塞の堅固な門とか城壁を見ながら、目的の住所を目指した。

マリアの実家に辿り着いた。

家は古びていたが、大きな邸宅であった。

立派なパティオ(中庭)があり、周囲を幾つかの部屋が囲んでいた。

しかし、肝心のマリアは既に亡くなっていた。

マリアの両親も既に亡くなっており、遠い親戚だと言う人がこの家を管理していた。

そこで、光一たちは驚くべき事実を知った。

何と、マリアにはマツノとの間にできた男の子供が居るのだ。

しかも、その息子は今、日本に滞在しているということであった。

「アレハンドロは頭のいい子でね。メリダのユカタン大学の医学部に入学したのさ。このカンペチェでもあそこの医学部には数名しか入れないよ。で、医学部を出て、今は日墨交換留学生として日本に居るのよ。もう、半年になるわね、行ってから」

「マツノさんはずっと前に亡くなっていますけど、その子供のことは日本のマツノさんの家族には知らせていたんですか?」

「さあ、どうだか。おそらく、知らせてはいなかったのではないかねえ。アレハンドロも音信は無いと言っていたから」

暫く、アレハンドロに代わってこの家を管理している親戚と名乗るセニョーラ(奥さん)と話をした後、この家を後にした。

「麻耶さん。今日はびっくりしたね。マツノさんに息子が居て、今、日本に居るんだって。三枝さんは一言も、アレハンドロのことは話さなかったなあ。メキシコ大使館から交流協会の方にこの種の連絡は入らないのかなあ」

「そう言えば、そうですよねえ。何か、変」


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