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Number  作者: ささみ紗々
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#4 バレンタイン大作戦

今回は少し長めです!

ちょっと過ぎちゃったけど、バレンタインの話題を。

 二日続けて眠れないなんて、まるでテスト前みたいだ。それも同じ人のせいでなんて、こんなこと竜太郎に言ったら笑われるに決まってる。「お前、恋だろそれ!」なんて指を指しながら。



「なぁ、お前さ」


 朝。いつもと同じ時間に、白い息を吐きながら待っていた竜太郎。おはよう、という言葉を発する前に、竜太郎は唐突に切り出した。


「池水さんのこと好きだろ」


 わーお! 朝から目が覚めますわ!


「唐突! フゥー!」


「てかさ、なんなの? 知り合いだったの?」


 僕のテンションにはあえて触れずに、竜太郎は寒そうに体を擦りながら続ける。僕が隣に並ぶと、自然と足が動き出す。


 二月一日。暦の上ではもうすぐ春だ。


「うん……まあ、少しだけ」


「答えになってねえよー」


 はっはと息を空に向かって吐く。竜太郎の横顔は朝日に輝いていた。……やっぱこいつに隠し事はできないな。


「や、なんかさ、こないだの日曜のことなんだけど」


「うん」


「うみちゃん駅前で歌ってて、僕が見惚れてたら街を案内しろって」


「待って、ごめん、話が見えない」


 左手でストップがかかった。僕だって意味わからない。




 校舎内に入るとだいぶ暖かい。もう二人の口からは白いもやは見えない。

 赤いマフラーを外すと、首のあたりがスースーした。


 教室には既にエアコンがついていて、冷えた手が一気に温まる。竜太郎は「さみいさみい」と言いながら、席の方に歩いていった。

 教室ではバレンタインの話題が繰り広げられている。バレンタインかあ。僕は義理チョコ以外縁がない。



「なぁ、バレンタインだよ!」


 僕の席の前に来た竜太郎が、唐突に叫ぶ。何の話だ。


「バレンタイン大作戦!」


「だからなんの話?!」


 息を荒らげた竜太郎がひと呼吸おいて続けた。


「池水さん、絶対かわいいからすぐ持ってかれるぞ? いいのか? だめだよな、よし。俺が協力してやっから、バレンタインあげろお前!」


 うわぁ見事に自己完結しちゃった。

 ていうか、バレンタインって女子が男子にあげるものじゃないの?


「お前さ、女子から貰えるの期待するなんて古いぞ。確実に手に入れたきゃお前があげるんだよ!」


「確実に……って、別に僕好きとかそんなんじゃ」


「じゃあ他のやつに取られていいのか!」


 それは……



「やだ」



 じゃあ決まりな! ニヤリと笑ってそう言った竜太郎は、僕の肩にしっかりと大きな手を置いて自分の席に去ってしまった。


 竜太郎はいつも嵐みたいにやって来ては去っていく。昨日はあいつもうみちゃんに熱い視線を送っていたっていうのに、なんだよ。

 けれど何故か、楽しんでる自分がいた。


 というか……。

 竜太郎、本人はああやって言ってたけど、そういえば例年僕と同じ義理ばかりではなかったか……? なんて、野暮なことは口には出さないことにする。とびきり怖い顔で睨まれかねない。



 何がいい?

 トリュフ? ガトーショコラ? ブラウニー? 生チョコ? クッキー? ケーキ? 


 放課後、本屋に寄った僕は、『バレンタイン特集!』とでかでかと書かれた雑誌を手に取っていた。


『大好きなあの人に、想いを伝えちゃおう』


 カラフルに彩られたページには、恥ずかしげもなくそんな言葉ばかりが並べ立てられていた。

 ていうか、恥ずかしいって思っちゃうのがおかしいのか。人を好きになるって素晴らしいことなんだもの……って、前に何かの漫画で読んだ。


 いや、僕ノリノリじゃん! 何雑誌なんて読んじゃってんの!? やめたやめた、やっぱりこんなことしてられない。だいたい竜太郎はいつも唐突なんだ。きっとあいつも楽しんでるに違いない、そうだ、うん。



『運命って信じる?』


 画面の中、無機質に浮かんだ文字が、急に僕の頭を支配した。


 あぁ、あの泣き顔も、笑顔も。全部もっと近くで見られたらいいのに。僕だけに見せてくれたらいいのに。


 そうして僕が紡いだ言葉に、あの歌声が乗ればいい。


 ちくしょうやっぱり僕は、あの子から目が離せないみたいだ。ひとつ舌打ちをして、足早にレジへ向かった。




「えっ、買ったの? 雑誌を? それってだいたい女子向けだろ? よく買えたなぁ!」


 翌朝。竜太郎はやっぱり大きな口を開けて笑いながら言った。


「レシピなんて調べりゃすぐ出てくんのに、また冒険したもんだわ!」


「えっ、出てくんの!?」


「ぶはぁっ! 鼻水出たわ! 知らなかったのかよ!」


 えー……知らなかった。まじかよそれ先に言って……。



 竜太郎は一通り笑い終えたら、息をひとつ吐いて涙を拭った。

 そうして僕の成長を噛み締めるように、仏みたいな顔をして続ける。


「まぁでも、やる気じゃん。絶対池水さん喜ぶよ」


「そーだといいけど……」


 自信持てって! そうやって僕の背中をバシバシ叩く。いつも少し痛いんだけど、今日ばかりはそんな痛さがジーンと来た。


 あぁ、僕、好きなんだなあ。出会ってまだ数日。こんな恋は、アリだろうか。



「甘いもの好き?」


 席に着くなり、早く来ていたうみちゃんが僕に聞いた。

 頬杖をついたままこっちを見るうみちゃんは不機嫌そうで、いやまぁそれは今までだってそうだったんだけど、人に好みを聞く時にそこまで不機嫌そうな顔をしますか、と。まるで罰ゲームみたいだ。聞きたくないけど聞きますよ、あなたの好みなんて私には関係ないですよ、みたいな。……自分で言ってて虚しくなるな、これ。


「うん、好きだけど」


「ふぅん、そっか」


 やっと僕から顔を背けたうみちゃんは、なにやら考え込むような顔をしてそのまま目を閉じて眠ってしまった。



 あれ……?


 彼女のスクールバッグから覗く文字。色彩鮮やかな何か。それには見覚えがある、ような。


「あっ」


 僕が昨日買った、あの雑誌だった。

 ……誰かに、チョコあげるのかな。





 言葉なんて形ないもので

 すぐに消えてゆくのに

 それなのにどうして どうしてかな

 あなたの言葉に一喜一憂してる私がいるの


 会いたかった

 あなたに会うためここまで来たの

 やっと会えたと手をとることも出来るけれど

 私にはそれが出来ない


 あなたの前じゃ素直になれない





 口ずさむ声が隣からダダ漏れ。そんな水曜の六限目。

 なんの歌だろう。初めて聞く歌。うみちゃんの小さな声は、僕の頭をいっぱいいっぱいにする。


 この間だってそうだ。僕は君でいっぱいで、コーンスープも飲めなかった。

 隣の席の彼女は、今どんな顔をしているんだろう。僕はそれをうかがうこともできない。




 作詞家になりたい。


 そんな夢を持ちだしたのはいつ頃からだったろう。僕が覚えている限りでは、それは中学に入ってまもない頃だった。


 まだメジャーデビューしたての若者バンド。

「勢いだけでなんとかなってる」なんて叩かれながらも、それでも言葉を届けようと必死だった彼ら。今ではもうその名を知らない人はいないほどの大人気アーティストにまで上り詰めている、『ZUCK』。名前の理由はぱっと思いついたかららしい。


 そんな彼らの必死の音が、僕が文字を書く理由になった。

 夢を追う者の懸命な姿勢とか、恋をする苦しさ、切なさ、醜さ、美しさとか。

 思ったことをそのまま音に乗せると、綯交ぜになって普通はこんがらがるんだけど、そんな複雑さがない彼らの音。

 至ってシンプル、誰にでもわかる、けれど深く染み入る音。

 そんな音を奏でる彼らのようになりたくて、歌は歌えないけれど、それでも近づきたいと思った。



『君のためのラブソング』


 馬鹿みたいに正直で、まっすぐなタイトル。


 僕はこの詞で、賞をとった。



 パールクォーツという有名音楽企業の募集を見て、僕は書き溜めていた詞を全部送り、そのうちの一つが、賞をとることができた。



 だから僕は彼女にあの歌を歌ってほしい。あわよくばではあるけれど。




「……くん、舜くん?」


「あ、え、ごめん! なに?」


「なに? じゃないでしょもう。ペア活動!」


 頬をふくらませたうみちゃんの、少し不機嫌そうな声。

 無愛想で掴みどころのない人だと思ったら、こうやって普通に可愛いことをする。

 これは……モテるよなあ。うん。やだなぁ、取られたら。


 英語のプレゼンテーションを隣の人とペアになって行うことになっており、僕達はそれに向けた準備を進めていた。

 普段みたいに黙々と板書を写すだけの授業とは違い、教室全体が少し賑やかだ。

 竜太郎がこっちをむいて、目を瞑った。……多分、ウインクのつもりなんだろう。出来てないけど。



「じゃあ、テーマ何にする?」


「うーん……何がいい?」


「……任せるつもりね? ふうん、じゃあ、Japanese songsとか?」


 ニヤリと笑ってうみちゃんが言う。

 歌好きだもんなあ、いいんじゃないかな。


 僕が頷くと、うみちゃんはなおもニヤニヤを止めようとも思わず続けた。


「まぁ……君も歌が好きだもんねえ」


「えっ?」


「ふふっ」


 細く伸びた彼女の目は、いたずらっ子みたいに輝いていた。猫みたいだ、と思った。

 にゃあ、と鳴いたかと思えば、ふいとそっぽを向く。うみちゃんは鼻歌を歌いながらまっさらのままの用紙に目を移した。



 うみちゃんは知っているんだろうか、僕が歌詞を書いたこと。大手の募集だとはいえテレビや新聞に載るようなことではなく、知ったとしたらウェブだろうか。

 だとしても、だ。一回かそこらウェブで見ただけの顔と、引越し先の同級生の顔を、結びつけることが出来るだろうか。


 それとも今の言葉に、大して意味は無い?




 それから何事もなく日にちは過ぎた。僕は相変わらずバレンタインに何を作るべきか迷っていたし、竜太郎はそんな僕を見て明らかに楽しんでいた。


 あと、三日。



「うーみちゃん!」


 ぴょん、と飛び出してきた女子二人組が、池水うみの席の前で高い声を出した。


 ミッキーとヒメだ。本名は春岡 海希(はるおか みき)姫川 紗也(ひめかわ さや)。クラスのムードメーカー的二人だ。いつも笑っているイメージがある。


 そんな二人がなんの用だろうと、うみちゃんは目を見開いて顔を上げた。少し小首を傾げた仕草が、なんとも可愛らしい。ちなみに僕も気になるので横目で伺う。



「カラオケ行かない?」


「親睦会だよ! うみちゃんが来てから何もしてないし、行こ!」


 立ったまま、うみちゃんより幾分高い目線で話す彼女たち。よく漫画であるようなキラキラが背景に見える。


 うみちゃんはそんな二人をしばらく眺めた後、にっこり笑って言った。


「いいわよ、ただし……」


 僕の腕をとる。


「舜くんが行くならね!」




 何が信じられないって、うみちゃんの性格の変貌ぶりだ。

 最初出会った時はこんなに快活に笑わなかった。それは僕の前でだけ無愛想だっただけかもしれないが。

 ましてやうみちゃんの為の親睦会だというのに、僕が行くならってどういうことだよ。


 彼女の性格が変わったのは、少なからずうみちゃんが普段仲良くしている人達が影響しているに違いない。


 彼女は一人でいることも多いが、その美しさの為か、やたらと人が集まってくる。その中でも度を越して訪れる回数が多いのが、このミッキーとヒメだ。


 ただ、二人はうみちゃんの美しさの為によってきている訳では無いようだ。その証拠に、最初のうみちゃんの掴みどころのない性格にも、順応に対応していったのだから。


 そのおかげかそのせいか、うみちゃんはだいぶフレンドリーになった。友達も多くなったし、笑顔が増えた。

 むしろなんで今まであの性格だったのか、僕には疑問でならない。




「俺もいく!」


 いつの間に僕の横にいたのか、空いている方の手を取って竜太郎が言った。少し頬を赤らめた彼の目は、しっかりとミッキーを捉えていた。


 こいつも、恋、してんだなあ。


「いいよ、僕も行く」


 失笑しながら僕が答えると、うみちゃんは太陽の光を受けたひまわりのように、パァっと顔を輝かせた。



 竜太郎の気持ちに気づいたのは、ほんの数日前。僕が熱心にバレンタインの記事を読んでいたら、竜太郎がおもむろに口を開いて言った。


「可愛いよなあ」


 まさか僕に言ったわけじゃないだろう。とすると、女子か。

 僕が竜太郎の視線を追うと、そこにはミッキーがいた。

 ──あぁ。そういう事ね。



「今、彼氏いないらしいよ」


 僕が何気なく言うと、竜太郎はわざとらしく咳き込んだ。


「っえ!? 俺いま、声に出してた!?」


「うん、出してた」


「てかなんでわかったの!」


「なにが?」


「その……」


 顔を赤くした竜太郎がなんだか可愛い。


「み……ミッキーのこと言ったって」


 ごにょごにょと竜太郎が言う。かろうじて僕に聞こえる声で。

 もう耳まで真っ赤だ。こっちまで照れてしまう。


「竜太郎だって僕がうみちゃんのこと見てるの、気づいたじゃないか」


「おっ……おう……お前、俺のこと、好きなんだな」


「何言ってんだ?」





 奇跡なんていらないから お願い

 ずっとそばに あなたのそばにいさせて

 それだけでいい あなたさえいれば

 まっすぐな未来が欲しい あなたとの日常が欲しい

 お願い お願い あなたのそばに




 苦しいようにぎゅっと目を瞑ったうみちゃん。マイクを持つ手は少し震えていて、感情がこもっている。


 どうしてこう……切ない歌ばかり似合うんだろう。



 周りを見回すと、何故か当初よりも増えているメンバー。まぁ楽しいからいいけど。

 皆、うみちゃんに釘付けになっている。竜太郎なんて口が半開きだ。


 だよなあ。上手いんだよ。

 歌手になりたいって言われても驚かないほど、上手いんだ。


「私さあ、歌手になりたいんだよねえ」


 満足気に笑ったうみちゃんが、ソファに座りながら言う。


「えぇ!」


 驚いたわ、普通に。


「曲とか送ってみたいけど、誰かの歌を歌って事務所に送り付けるのってなにか違うじゃない?」


 カラン。

 うみちゃんのストローが、溶けだした氷をくるくる回す。伏せられた目は誰の顔も見ていない。


「だから、本当は自分の曲とかあればいいんだけど……」


 そう言いながら少し顔を上げて、目が捉えたのは僕。


 あぁ、やっぱり、わかってて言ってるな。



 僕が耳を掻くと、うみちゃんは笑った。

 ──なぜか、少し顔を歪めて。

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