girls side
私は寝坊をなぜしてしまうのだろうか。きっと、この答えは神でさえも解けないだろう。
というか、なんで私はこう頻繁に寝坊するのよ!
ギコギコと悲鳴を上げている自転車を、私は奮い立たせて急がせる。
駆けろ、コンクリートの上を!アスファルトの上を!
このペースなら、なんとかチャイムの前に体育館に滑り込めそうだ、と確信した時、私の視界にチラッと顔見知りが歩いている姿が入ってきた。
しかし、その女子とは顔見知り程度でしかないので、私はその女生徒を無視して先を急ぐ。
「なに無視してくれてんのよ。」
抜き去った女子の発した言葉と共に、私はある奇妙な感覚に襲われた。
体が宙に浮く感覚。
「ちっ。」
私は即座に自転車から身を乗り出す。
その直後、大量の桜の花びらに包まれていた自転車は大きな音をたてて、地面に落ちる。
自転車は再生が不可能なほどにまで、破壊されていた。
「不用心にも私の視界に入ってくるからよ。」
「垂れ乳!テメェ。」
私の目の前には、無駄にいやらしい体つきの制服を着た少女が仁王立ちで私を眺めていた。眺めていたと表現するくらいに、私と垂れ乳との間は距離があった。
「ピンクのボーダーって。それが許されるのは中学生までよ。」
一瞬、垂れ乳の言った言葉の内容が分からなかった私だったが、すぐさま理解し、スカートを手で押さえる。
「るっせえ!人の邪魔しやがって。遅刻しちまうだろうが。」
「ええ。そのために自転車を壊したのよ。」
「どういうことだ。」
「道連れってやつかしら。」
「一々癪に触る乳だな。」
「褒めてくださるの?」
「褒めてねえ!」
垂れ乳の視線が私のまな板に注がれるのを感じて、私は鉄板を隠す。ないわけじゃないんだぜ。ただ、そう。発展途上なだけだ。
フッ、と垂れ乳が鼻で笑うのを感じて、私は頭に血が上った。
「おい、垂れ乳、いや、紅鏡花。今日こそお前を褌一枚にしてやるぜ。覚悟しときな。」
そう言って、私は戦闘態勢をとる。
「私と戦うのなら、超電磁砲くらい撃てるようになってからにしなさい。服部叶。」
「なんだ?超電磁砲って?」
「カナチュウがうるさいわね。電気ネズミのくせして。」
「おい。本気で十万ボルト食らわせるぞ。」
「やってみなさい。私の間合いに入ってこれるならね。」
「いい気になりやがって。」
私はチッと舌打ちをする。
それが私の能力のトリガー。
舌打ちをした途端、私の身体からは電気が発せられる。
鏡花も私が能力を発動させたのを見て、能力を発動させる。
鏡花の周囲三メートルの範囲に桜吹雪が激しく舞う。
これが鏡花の能力。
この能力については、私は詳しくは知らない。自分の能力さえ、そんなには知らないからだ。ただ、鏡花は桜吹雪を自分の周囲三メートルより外に出すことが出来ないということだけは知っている。
私の電気は周囲一メートルが限界である。
明らかに分が悪い。
どうにかしたら、電撃を一メートルより外に出すことができるかもしれないが、やったことはない。方法も分からないし、それをする必要性もないからだ。
私は一歩、また一歩と鏡花に近づいていく。
鏡花の能力の範囲に入った。
「散れ。千×桜。」
鏡花がそう言うと、桜吹雪は私に向かって、迫ってくる。
しかし、桜吹雪は私のもとまでは迫ってこない。
私の身体を覆うようにして守ってくれている電撃が桜吹雪を弾いているからだ。
私はさらに歩を進める。
鏡花の能力は鏡花に近づくにつれて、より強力になってくる。鏡花から二メートルまでが、私の限界だ。
ちっ。
私は舌打ちをして、身体に力を込める。
ばちっ、ばちばち。
桜吹雪がさらに激しく弾かれていく。
「か、かなちゅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅ!」
私がそう叫ぶと、電撃はさらに激しくなる。
「×解!千×桜景厳!」
鏡花の桜吹雪もさらに激しさを増す。
そして・・・
爆発した。
私と鏡花は結局、始業式に間に合わなかった。
生徒指導部の先生に怒られはしたが、それほどひどい怒られ方ではなかった。むしろ、喜んでいるようにも見えた。
大方、校長と生徒会長の長話を聞かずに済んで、嬉々としていたのだろう。
式の途中から入るのもなんなので、私たちは図書室で始業式が終わるまで待機ということになった。
「今年は後藤君と別のクラスになったじゃない。」
ムカつく。
この女は私に対していつも上から目線である。クラスでは目立たないようにしているだけなのだ。
「それがどうしたのよ。」
「想いを告げられない理由にはなったじゃない。」
「な、なにを・・・」
胸が苦しくなる。おのれ、垂れ乳。
「あんただって、又兵衛がす、好きなのに、こ、こくはくとかできてないでしょうが。」
こくはくの語尾のくが上ずったことに、自分でも驚いた。
「私はまな板みたいに幼なじみでもないし、同じクラスだったわけでもないから。」
いつもなら、偉そうな口調なのだが、さっきの鏡花は、なんだか寂しそうな口調であった。
「ま、別に幼なじみって言っても小学校四年からだし、そんなに仲がいいわけじゃないし。」
鏡花の哀愁のこもった口調につられて、私も少し感傷的なったのだろうか。自然とため息がこぼれる。
「叶はまだいいじゃない・・・意識してもらえるだけでさ・・・私なんて、後藤君からすれば、モブの一人でしかないのよ?」
「モブってなに?」
私の問いに、鏡花は答えなかった。
まったく、この女は腹立たしい。
「遠足か・・・後藤君は女子と周ったりとかするのかな。」
いや、それはないな、と私は思った。
又兵衛の周りには、驚くほど女っ気がない。
だからこそ、私は安心して生活できている。
敵は目の前のこの垂れ乳だけなのだから。
「じゃあ、私が又ちゃんと周ろうかしら。」
私は意地悪に言った。
「アンタじゃ無理よ。」
「なんでよ。」
「七年間、告白もできなかったんだから。」
「あんたはどうなのよ。」
「無理ね。」
億劫である。なんで始業式早々こんな気分にならなきゃいけない。
こんな時はバスケでストレス発散したいのだが、月曜になるまで部活は休みなのだった。
はあ。
私と鏡花の二人は溜息をついた。
溜息で橋がかかりそうだ、と私は思った。
班は男女混合だと?ふざけんな。
三時間目の授業はホームルーム。その時間では、遠足の班決めを行った。
班決めの前に委員会決めを行い、評議委員になった男子が男女で組むことを提案したのだ。後で知ったことなのだが、この男子は好色で有名だったのである。
すこぶる腹立たしい。
さすがに評議委員の独断で決定するのはあれだから、多数決をとった。
女子は過半数に満たない。
この事実が何を示すかというと、男子が過半数ということだ。
多数決の結果、全男子が男女ペアに賛成し、この法案は成立した。
安×政権の横暴が、田舎の高校にも悪影響を及ぼしたようだ。
あらかじめ示し合わせてやがったな、男ども。
会って間もないはずなのに、女のこととなるとすぐに協力プレイをするとは。これはあれか。モ×ハンの影響か。女を一狩り行こうぜ、ってか。下種が!
などと男への怒りを募らせていると、バスの席も男女隣になるようにする、という法案も通ってしまっていた。
なんなのだ、これは。
「んじゃ、班決めます。」
六班六人で、女子は最低二人、最高三人となるように組む、というルールがいつの間にかできてしまっていた。まず女子が組を作り、男子がその組に交渉して、班を作る。
なんか、すごい俗っぽいな、おい。
「叶えぇぇぇ。」
「芳香あぁぁぁ。」
私のもとに、一人の女子が来た。去年から同じクラスで、唯一の仲良しの芳香だ。
唯一の仲良しになにか引っかかるって?
そうだよ。私は友達が少ないよ。
なんか文句あっか。電撃で黒焦げにするぞ。
「どうしたの?叶?」
「いや、下種どもを黒焦げにしようと思って。」
「?」
芳香は不思議だ、というような表情をしていた。三つ編みに結った二本の髪が、首を傾げた芳香に合わせてクラリと揺れる。
「服部さん、僕たちと組みませんか。」
そう言ってきたのは、我らが仇、評議委員の男子だった。
「おい、待てよ。服部さんは俺たちのもんだ。」
別の男子のグループが評議委員に抗議している。
つーか、私はモノ扱いかよ。一々癪に触る下種どもだ。
「おいおい。俺たちだって忘れてもらったら困るぜ。」
また別のグループが割り込んでくる。
そろそろいい加減にしときな。海より広い私の心も、ここらが我慢の限界よ。
「叶、男子が班とか席を男女一緒にしようとしたのってさ、叶が目当てだったんじゃないの?」
大丈夫だよ、芳香。それはない。私はそれほど自意識過剰ではないから。
芳香の目が潤んでいるのを見て、私は堪忍袋の緒がプッツンした。
「てめえらあああああ!いい加減にしろや、ごらああああ。」
男子たちの動きが止まる。目が飛び出んばかりの表情だ。
「どうだ、お前ら。これでも私らと組もうってヤツがいるか?」
男子は物音一つたてずに、私たちの周りから去っていく。
「おい、評議委員。待て。」
去ろうとしていた評議委員を私は呼び止める。
ビクリ。
評議委員の体からは、確かにそう聞こえてきた。
「お前、私らと組め。しっかりと落とし前つけてもらうからな。」
ひいぃ。
評議委員とその仲間たちは、顔を真っ青にして、悲鳴を上げた。
「てめーの敗因はたった一つだぜ・・・てめーはおれを怒らせた。」
「生まれの不幸を呪うがいい。」
ははははははははは。
この笑い声は、隣の校舎まで聞こえていたという。
評議委員をビビらせたおかげで、ホームルームは早く終わり、余裕を持って、電車に乗ることができた。
自転車は垂れ乳の壊されたので、バスに乗ったが、それでも余裕があった。財布の余裕はなくなったが。
どうにかしてあのクソ女に弁償させてやろう、とK駅へ行く電車の中で野心を燃やしていると、一人の男子生徒が乗り込んできた。
ゼェハァ、と激しく呼吸をしている。急いで来たのだろう。
そして、その男子を見た瞬間、私の心臓の鼓動は限界まで高まる。
第七感まで達するのではないか、と思われるほど、心臓がバクバクする。
頭を上げた男子と目があった。
私は即座に目を別の場所に移す。
なにかあいさつをした方がいいのだろうか。
他の知り合いがおらず、私とその男子が電車の中で二人だけになることなんて、滅多にあるもんじゃない。基本、私は部活をしているから、部活をしていないこの男子と帰りの電車で出会うことはまずない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
うん。どうしようもない。
勢いでとにかくあいさつだ!
「又ちゃん。もう遠足のこと、決めた?」
照れ隠しのせいか、声が思った以上に低くなってしまった。
「え、ええ。決めましたよ。服部さん。」
例の男子、後藤又兵衛は言った。
というか、なぜに敬語?
服部さん、か。あの頃には戻れないんだね。カナちゃん、と呼んでくれていたあの頃には。
「そう。」
私は又ちゃんの方を見ているのが恥ずかしくなり、顔を逸らし、又ちゃんの視線から逃れる。
「服部さんは部活はなかったの?」
又ちゃんが私にそう言った。
又ちゃんが私に話しかけた。
そう。又ちゃんが私に話しかけてくれたのだ。
「明々後日入学式だから、体育館が使えないの。」
嬉しい気持ちを悟られないように、私は緩みそうな頬をより一層引き締めて言った。
「すいません。」
又ちゃんはなぜか私に謝った。それも、土下座をせんばかりの勢いがあった。
「なんで謝るのよ。」
私は少し動揺しながら言った。
「とにかくすいません。」
私、嫌われたのかな。
なんで謝られるのだろう。
私は涙が出そうになるのをこらえる。
私は涙を流さない。ロボットだから、マシンだから。違うけど。
歯を食いしばって、涙をこらえて生きていこうと決めたんだ。
いつ決めたんだろうね。
捉えどころのない私の心が、揺れに揺れている。
いや、電車が揺れているだけだろうに。
それでも人は明日を夢見るものか。
色々と私の頭が過回転していると、いつの間にか電車がK駅に着いていた。