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何も知らない俺の入学式

 何も知らない俺の始業式


『今月に入ってから、俺は日記をつけることに決めた。

 だがしかし、書くことが何もない。

 今日の日記だって、何か書こうと思うと、

 「今日はとてもいい天気でした。明日もいい天気になるとうれしいです」

 くらいしか書けねえ。

 今日から高校二年生であるというのに、なんのラブコメも起る気配がしねえんだよ!エロゲとかでも、主人公が高校二年生ってパターンが多い。なのに、女の気配も何もしないというのはどういうことでしょうね。

 ハハハハ。

 この世なんてノストラダムスの予言が当たって、滅んじまえ。もう十五年前のネタだけどな。』


「又兵衛、何書いてるんだ?」

 始業式の教室で、一人いそいそと日記を書いているところに、俺に話しかける一人の男子生徒がいた。

「ロキか。」

 俺に話しかけてきたのは瀬川広貴。あだ名はロキ。去年から懇意にしている生徒だ。

「日記だ。」

「朝っぱらからなんで日記なんか書いてるんだよ。日記ってのは普通一日の終わりに、その日あったことを書くもんだろ?」

「お前に正論を言われるとムカつくな。」

「なんだ?それじゃあ俺がまるでチャランポランみたいじゃないか。」

 実際チャランポランなんだよ、お前は。

「ロキが正論なんて言ったことがあったか?」

 今度は俺の真後ろから、ロキのものではない声が聞こえる。俺は突然後ろから声が聞こえてきたことに驚いて、少し身を縮めた。

「なんだ、小木。いたのかよ。」

 後ろの席の気配の感じづらい少年、小木に俺は言った。

「ずっといたぞ。又兵衛が日記に集中していたから気が付かなかっただけだ。」

「お、おう。そりゃ悪かった。ちょっと集中しずぎていたみたいだ。」

 多分、日記に集中していたってだけではないだろう。

 ロキも小木もなぜか驚くほど目立つことの無いヤツらなのだった。

 俺だって目立たない、地味な高校生ではあるが、コイツらは目立つ理由があるのに目立たないのだ。

 ロキは明るい性格というよりかはチャラチャラしていて、そして、結構な頻度でおかしな行動をする。

 でも、目立たない。

 小木は性格的には大人しい。今でも文庫本を読んでいたくらいだからな。

 だが、容姿が変わっている。髪の毛が白いのだ。本人曰く、染めてはいないとのことだ。確かに染めてはいないようだ。髪がおじいちゃんみたいな感じだからだ。

 とんでもなく苦労してきたのだろうか。

 そのくせボケっとしていることが多い気がするのだが。

 この二人の顔はなかなか上質である。

 いわゆるイケメンってやつだ。

 でも、女は寄ってこない。

 女どころ男さえコイツらには関わろうとはしない。

 性格に問題があるのだ。

 残念過ぎるイケメンと評されている。

 ちなみに、イケメンの評価に、俺は入っていない。

 俺だけブサイクで悪かったな。

「おお?遺書でも書いてるのかい?」

「お前は俺を殺したいのか、修治。」

 三人目の残念なイケメンの登場である。

 津島修治。

 イケメンで、かつ頭もそこそこいいんだが、やっぱり奇怪な行動が目立ってしまう、そんな残念なイケメンなのだ。

「日記を書いてるんだよ。昨日のな。」

「だから、なんで昨日書かないんだよ。」

 ロキが言った。

「夜は眠いんだよ。深夜アニメが始めるまでに少しぐらいは寝ておかねえと、昼間もたねえんだよ。」

「ロキは寝たまま起きなくてもいいのに。」

「なんだと?」

 ロキに陰湿な声で言ったのは、これまた四人目の残念なイケメン、古巣。

 髪が目を隠すような感じになっていて、あまり顔の様子が分からないのだが、時折まみえる顔は、いわゆる童顔というヤツで、これで普通の性格ならモテるんだろうが。

「おいおい。朝っぱらからケンカはやめてくれよ。アニメ見てたせいで寝不足気味なんだからさ。」

 なぜこんな残念なイケメンたちが俺の周りに集まってくるのか。

 俺にも不思議でならない。

 ただ一つ言えることは、こいつらにはツッコミ役が必須で、俺がそれを担っているということだ。

 この残念なイケメンたちが女の子だったらな。

 心の底からそう願う、この頃なのでした。

「つーか、なんでお前ら、四組に来てるんだよ。小木以外は四組じゃねえだろ。」

 去年まで、俺は三組だった。そこで同じクラスだったのが小木とロキで、古巣はロキと一緒についてきて、修治はどこからともなく湧いてきた。

「人をゴキブリみたいに言わないでくれないかな。」

「なんで俺の心が読めるんだよ。」

「顔にそう書いてある。」

 そんなバカな。でも、人の感情なんて、案外顔を見ると分かるもんだしな。

「ほれ、ゴキブリはさっさと自分の教室に帰れ。」

「そんなイケズなこと言わないでよ、マタちゃん。」

 ロキが気持ちの悪いほどの猫なで声で言った。

「気持ち悪い声を出すな。オカマか、お前は。あと、マタちゃんって次言ったら、本気で殺す。」

「でもさ、俺のクラス、男が全然いないんだぜ?何人いると思う?」

 ロキのクラスは一組で、例年、二年一組は男子の数が少ないのだ。

「十人くらい?」

「なんと、それが五人なんだよ。」

「ということは、女子は三十五人くらいか。」

 とんでもなくハーレムじゃねえか。一人七人を相手することができるとは。なんてエロゲだよ、それ。

 Heaven Is The Place On Earth.

 直訳すると、天国は地球上の場所です、となる。

 英語って直訳するとダメだね。

「うらやましい・・・死ぬほど羨ましい・・・」

「だから遺書を書いてるんだね。」

「やかましいわ!」

 間の抜けたことを言う修治に、俺はツッコむ。

 コイツら残念過ぎるイケメンたちの共通点は、どんな発言も本気で言ってるということだ。コイツらの発言に、ひとかけらの冗談はない。

「『俺ハー』みたい。ククク。」

 古巣が言った。

「お?昨日の『俺ハー』見たのか?古巣。」

「もちろん。まさか主人公が目からビームを出すとはね。」

「おい。そんな話じゃなかったぞ。夢現だったんじゃないのか。」

 『俺ハー』とは、昨日やっていた深夜アニメだ。これは略称で実際は『俺のクラスのハーレムを俺は全力で守りたい』である。ちなみに、不純なラブコメなので、主人公が目からビームを出すようなことは絶対にない。

「女ばっかのところなんて、いやだよお。男ばっかのところがいいよお。」

「お前はゲイか。」

 ロキは再び気持ち悪いほどの猫なで声で言った。俺は、こいつは本当にゲイではないか、と本気で疑い始めていた。

「そういえば、フロイトはどうしたんだ?」

 残念なイケメンの五人目、フロイトの姿がないのに気が付き、俺は聞いてみた。

「フロイトは二組で、文系だからね。理系のクラスには来にくいんじゃない?」

「いや、ロキ。一組も文系クラスだったよな。」

 普通科のクラスは一から五組まであり、文系は一、二組である。二年次から文系理系と別れることになったのだが、一年の時には文系理系の区別はなかった。

「そうだ、そうだ、帰れ、帰れ。」

「お前は隣のクラスだけどな。」

 古巣の言葉に、俺はツッコミを加える。

「で、死に方はどうするんだい?首吊りかい?それとも、喉を掻っ切る?」

「お前はいつまでそのネタ引っ張ってるんだよ!これは遺書じゃなくて日記だって言ってるだろうが。あと、お前が一番ここにいるべきではない!なぜならお前は六組だから。」

 六組とは特進科である。普通の試験を受けて入学した普通科の俺たちとは違い、コイツは難易度の高い試験を受けていたのだ。

「そろそろ、体育館に行かないとまずいぞ。」

 今まで発言をしてこなかった小木が言った。

 俺たちは周りを見回す。

 誰もいない。

 しくじった。今日の一時限は始業式だった。

「ぬおおおおおお!」

 俺と残念過ぎるイケメンたちは廊下を絶叫しながら、走って体育館に急いだ。


 校長先生の話ってのは、どうして長いのだろうか。俺は今までの学生生活において、この謎だけは解けなかった。小学校の頃から、すでに話は長かった気がする。もしかしたら、保育園や幼稚園の時にはすでに、園長先生の長話に悩まされていたのかもしれない。

 もしかしたら、校長先生になるにあたっては、なにか指標というか、ガイドブックみたいなのがあって、全国の校長先生はこれに従って千の秋のような長話をしているのかもしれない。

 んなバカな。

 もし、うちの校長先生は話が短いよ、なんて高校があったらぜひとも連絡してほしい。できれば可愛い女の子が連絡をくれたらいいな。可愛いとまではいかなくても、女の子でさえあれば結構です。ただし、男は絶対連絡をくれるな。男は周りにうじゃうじゃいるんだよ。俺よりもイケメンで、それも、性格がとてつもなく残念な面々がな。

 校長先生が話している間くらいは座らせてくれないかな、などと切実に願いながら、俺たち可哀想な生徒は、足に力を入れながら、地球の重力に必死で耐えていた。

 宇宙飛行士のなんとかいう人がどうこう言ったって?もういいよ。どうせ同じようなことしか言わないんだろうが。

 というか、これからさらに会話を膨らませようってのか。んな鬼畜な。

 校長先生の話は、生徒の最近の評判で締めくくられる。

 そこで何分か話すのが校長クオリティ。さすが、量より質ってか。ははは。

 そして、一息もつく間もなく、生徒会長の話が始まる。

 きっと、生徒会長は早く、簡潔に話を終わらせてくれる。

 だって、去年の生徒会長もそうだったからな。

 生徒会長は生徒の味方だ。

 なんて幻想はいともたやすく、バラバラに打ち砕かれる。

 今年の生徒会長は、ハッキリ言って、異常だ。

 生徒会長なんて、積極的に立候補するヤツは、そんなヤツは地球上には存在しない。

 はずだった。

 だが、今年の生徒会長はどうやら自発的に立候補したらしいという噂が去年の生徒会選挙のとき、流れた。

 大抵の生徒会長なんてのは、周りがお神輿を担いで、流れ的に立候補してしまったってなもんだろ?いや、俺は生徒会長になったことさえないから、分からないが。

 少なくとも、今まで見てきた生徒会長は、みんなイマイチぱっとしない顔だった。

 なんで自分はこんなところに立っているんだろう。

 そんな顔を始業式やら、その他の式典の時にしていた。

 その顔は、俺がいつもしている顔だから、そういう気持ちがよく分かるんだよ。

 だが、今年の生徒会長は、人前に立つとき、キラキラしていた。

 ライトの加減とか、彼女の美貌とか、色々別の要因もあったんだろうけど、まあ、俺の個人的な見解としては、希望の光を身にまとっていたわけだ。

 だが、そういうやる気に満ちた姿勢ってのは、なんていうか、逆効果ってヤツだな。

 新生徒会長は、基本的に前年度の三学期から任期が始まる。

 選挙は二学期の中頃で、そこから二学期の暮れまでは前の生徒会の領分なわけだ。

 そいで、麗しの生徒会長と再びまみえることとなったのは、三学期の始業式だった。

 校長先生の後に必ず生徒会長からのあいさつがある。

 三学期の始業式も、そうだった。

 相変わらず、校長先生の話はシベリアの冬のように終わりの見えないものだった。

 でも、終わるものは終わるんだな。

 で、生徒会長の話。

 これも、校長先生の如く、いや、ひょっとしたら、いや、完璧に校長先生より長かった。

 俺の感覚からすれば、校長先生の話の二倍だったが、ロキから言わせれば、三倍だったとか。

 驚異的だろ?

 ちなみに、小木の感想は、大して変わらない、だった。

 鈍感にもほどがあるだろう。

 でも、俺たちは、まだ生徒会長を始めたばかりだから緊張してるんだろう、と無理矢理に理由づけして納得した風を装っていた。

 俺は生徒会長が容姿面で気に入っていたので(この生徒会長はとんでもない美少女だったのだよ)批判する気にはなれなかった。

 きっと、周りもそうだっただろう。

 だが、悲劇は三学期の終業式に再び起こった。

 生徒会長の話は、心なしか長くなっている気がした。

 ただの錯覚だ、と思いたかったが、確実に長くなっているようだった。

 仏の顔も三度目までとはよく言ったもんだな。

 俺の場合、三度目が、つまり、今度が限度だったわけだ。

 ゴオオオオオ。

 俺は生徒会長が話しかけたところで、大声で叫んだ。

 なんてことは、決してない。

 俺は泣きそうな顔になりながら、生徒会長の話を神妙な心で聞いていた。

 この長話がなければ、モテるだろうにな。きっと、この生徒会長はモテない。

 モテない者は相手がモテないってことを鋭く見破れるのだ。

 だから俺の周りにはモテないイケメンが集まってきたわけだが。

 きっと、明日は筋肉痛だろう、だろうと思いながらも、生徒会長の長話は徐々に進んでいく。


 生徒会長の長話は、さらに進化していた。

 底知れぬ会長のポテンシャルに、俺たち生徒は恐れおののいていた。

 一限まるまる始業式に使っても足りず、二限目まで始業式を侵食させて、なんとか死の儀式は終わった。

 そのおかげか、二限目の清掃は短く終わった。

 だからといって、長話を聞きたくはない。

 もしかしたら、生徒会長は清掃が嫌いで、長話で清掃の時間を短くしようとしているのではないか、などと邪推してみたが、そんなことはあり得ないだろう。

 そんな人間には生徒会長は見えないからだ。

 彼女の容姿は、長く、美しいストレートの漆黒の髪に細長く、斜めに傾いた眉毛。背も女子にしては高い方だろう。

 硬派のヤマトナデシコ、とでも形容すべきだろう。

 長話さえなければ、いい女なんだけどな。

 今日の授業は三限までである。

 その三限目はロングホームルーム。略してLHR。

 この時間では、委員を決め、そして、来週の遠足の班を決めることになっていた。

 流石に一時間ではこれは消化できないだろう、と思っていた。

 例年、委員を決めるには何時間もかかるのだ。だって、誰も委員なんてやりたくないからな。

 ところが、今回はそうでもなかった。

 あっという間に委員が決まってしまった。

 クラスメイトが積極的に立候補していた。

 俺はその光景を口を半開きにして眺めることしかできなかった。

 その異様な現象の理由は、きっと、遠足だろうな、と俺はぼんやりと推測していた。

 一年の時の遠足は、正直、ひどかった。

 行き先がどこかの田舎の自然公園だったからだ。

 そんなところでは何もすることがない。

 よって、俺たちは芝生の上で日向ぼっこをするしかなかったのだ。

 しかし、今年は違う。

 今年はウニヴァに行くのだ。ウニヴァとは、関西最大規模の超大型テーマパークの略称である。

 班決めになると、当然、俺たちは、と言っても、俺と小木だが、このクラスでも孤立している面々は取り残された。

「今年も僕たちで周るしかないようだね。」

 そう言ったのは小木ではない。

 声のする方を見ると、そこには修治が何食わぬ顔で空いた席に座っている。

「ククク。みんなボッチ。」

 古巣もいたのか。

 ということは・・・

「俺も男子が五人しかいないのにハブられてさ。」

 ロキ、お前もか。

「というか、なんで授業中に別のクラスの教室に来てるんだよ。はっ、まさか、これが都会の常識だったのか。すげえよ。デュラ×ラ‼の世界だよ。」

「ここ、全然田舎なんだがな。」

「又兵衛は田舎者だからねえ。」

 ロキと修治が言った。

 そう。この高校、F高校があるのはF市の中心部である。F市の中心部も田舎なのだが、それはまだましな方だ。俺の家のあるF市の外れなんてのは、コンビニは二、三キロ先にしかない。夜になると、鹿の甲高い鳴き声が安眠を損ねる。そこまで田舎だったのだ。

 そうか。俺はこの残念過ぎるイケメンズからは逃げられないのか。

 悲しく思う反面、俺は少し安堵していた。

 コイツらがいなければ、俺は今、どんな人生を送っていたんだろうな。

 正直、想像もつかない。

 ま、腐れ縁も縁のうちってことでいいんじゃね?

 ってことで。


 今日は始業式ということで、昼間でで帰れることになった。

 飯をハンバーガーでも食おう、とロキが懇願したが、俺はその懇願を断った。

 なぜなら、祖母に飯を家で食うと伝えていたからだ。家の祖母は俺が言った通りの行動をしないと、非常に不機嫌になる。不機嫌になった祖母は恐ろしい。

 土下座さえしかねないロキに、祖母が不機嫌になるかもしれないから、と言うと、ロキはあっさりと引っ込んだ。

 周りの連中も、顔が引きつっている。

 コイツらは一度、家に来たことがあった。

 しかし、その一度きり、家には来なくなった。

 原因は祖母だろう。

 祖母は、本当に、怖い。

「き、気をつけてな。」

 ロキは家族を戦地に送るような表情で、俺に別れを言った。

 必ずここへ帰ってくる。

 俺は親指を立て、笑顔を残念なイケメンたちに見せる。

 残念なイケメンたちは手を大きく振りながら、俺が教室を出て行くのを見送っていた。ヤツらの目には涙が浮かんでいた。

 少なくとも、俺にはそう見えた。

 さあ、イスカンダルへ。ヤマト、出航。


 俺は登下校を、自転車二台と電車を使ってしている。F高校からF駅までは自転車で、F駅から、俺の家の最寄りの駅であるK駅まで電車に乗り、K駅から家まで自転車で行っている。

 俺は自転車をF駅の駐輪場に止めた後、F駅へと行く。

 ここF市は、周りの市からみればそこそこ潤っていて、都会なのだが、全国的に、平均的に見ると、まだまだ田舎である。F市はF駅の近くを中心に、発展している。だが、市の中心部とその周辺とでは、かなり格差がある。俺の家なんか、最寄りのコンビニまで五キロ以上はあるんだぜ。きゃんゆーびりーぶ?

 時計を見ると、電車の出発まで数分しかない。

 急がねばならない。

 この電車を逃すと、二時間先まで電車が来ないのだ。

 普通は一時間に一本ペースであるのだが、お昼休みとかなのかな。一本分、ポカンと空白になってるのさ。

 これを逃すと、昼飯の時間には家に帰れない。すると、祖母は怒りを募らせる。そして、気まずい空気のまま、何日かを過ごさなければならない。

 祖母が不機嫌になると、精神的に辛いんだよな。胃に穴が空きかけないくらいだ。いや、これ本気だから。本気と書いて、マジだから。

 エスカレーターを駆けのぼって、(いや、悪いことだと思ってるんですよ。でも、俺の精神的苦痛を考えてくださいよ)なんとか電車に間に合った。

 息をゼェゼェときらしながら、俺は車内に入る。

 普段、運動する機会なんてないから、急に走ると辛いな。

 車内に、ふと、見覚えのある顔があった。

 しかし、その人物とは顔見知り程度なので、挨拶もしない。

 呼吸がやっと正常になってきたところで、その顔見知りが俺に話かけてきた。

「又ちゃん。もう遠足のこと、決めた?」

 万年不機嫌そうな声が俺の耳に入る。

 ヒィ、と俺は小さく悲鳴を上げる。俺はこの女子が怖い。

「え、ええ。決めましたよ。服部さん。」

 俺は身体を強張らせてしまっていた。ジトーっと嫌な汗が流れてくるのを感じる。

「そう。」

 不機嫌な女子、服部叶は興味なさげに答えた。

 興味ないなら、なぜに質問した。

 俺は叶が苦手である。むしろ怖い。

 俺と叶との出会いは、小学校四年生の時だった。

 親の離婚で父の田舎であるF市の山奥に引っ越した俺は、転校生として、小学校四年生の四月から、M小学校に入学することになった。

 そこにいたのが、この服部叶だった。

 幼なじみと呼ぶにはかなり微妙で、友だちとも呼べない関係だった。

 叶は小学生の頃から、不機嫌だった。少なくとも、俺は叶が笑ったところを見たことがない。叶は俺に、かなり冷たかった。他の同級生の男子(とはいえ五人いたかどうかだが)とは仲良く話しているのに、俺が男子の輪に入ると、途端に口をつぐみ、さっと、どこかに行ってしまう。

 また、色々な意地悪もされた。

 俺の中で叶は、小学校の時は、祖母、妹と並ぶ、悪鬼一同であった。

 中学の時は、お互いたいして関わりを持たなかった。

 まあ、思春期ってやつなんですかね。

 俺はもともと叶を避け気味だった。距離を置いたのは、叶の方だった。

 おかげで、俺は快適な、でも、冴えない中学生活を送った。

 つーか、あの服部叶が思春期だなんてな。信じられねえ。もしかしたら、俺に飽きただけなのかもな。俺はおもちゃ扱いですか。鬼だねえ。

 高校も、同じ高校になってしまった。そして、去年は不幸にも、同じクラスになってしまったが、中学のときと同じく、互いに干渉しなかった。

 そんなヤツが急に話しかけてきたので、俺はビックリしたわけだ。

 叶は先ほどの質問以降、一言も話さず、英語の単語帳を呼んでいる。

 叶と電車が一緒になることは珍しい。どうして珍しいのかな、などと考えていると、答えが見つかった。

 俺は帰宅部で、叶は部活に入っていたはずだ。

「服部さんは部活はなかったの?」

 俺は恐る恐る聞いた。

 別にそれほど聞きたい事柄でもなかったのだが、自分自身の変な緊張が、叶と会話して、叶の機嫌がよくなると緩和されるんじゃないか、と考えての行動である。

「明々後日入学式だから、体育館が使えないの。」

 そんくらい分かれよ、バーカ。

 そう言わんばかりの不機嫌さだった。

 実際、俺の耳にはそんな幻聴が聞こえた。

「すいません。」

「なんで謝るのよ。」

「とにかくすいません。」

 謝らずにはいられなかった。

 気まずい空気が車内に漂う。

 二両編成の普通電車は、その気まずい空気を運んだまま、K駅に着いた。


 


 超常現象ってなんだろうね。

 それは誰も気付いてないだけなのかもしれない。

 どういうこと?

 つまりはだ。超常現象なんてものは実は常に起きている現象だから、誰も気にも留めないってことだよ。

 それっておかしくない?超常現象が通常現象になっているってことよね?それじゃあ、ん?よく分かんなくなってきちゃったよ。

 気付かない方が幸せなのかもしれない。自分の知らないところで何が起こっているかなんて。

 きっと、大抵の人がそんなことに気が付かずに生きてるんだろうね。自分が心から望んでいることがすぐそこで起こっているっていうのにね。

 知らぬが仏なんてよく言ったものだよ。

 ねえねえ、あれ何?なんか、ドッカーンって爆発したよ?

 ああ。きっと、超常現象だな。

 部長に報告しなくちゃ。

 いや、してはダメだ。

 なんで?

 私は超常現象を解明しようなどという超常現象解明部の活動方針をよくは思っていないのだよ。

 そう言えば、メガネはそうだったわね。

 それに、人にはそれぞれ歩むべき道というものがあって、他の道に足を踏み入れてはならないんだよ。

 ねえ、突然だけど、メガネ。私が宇宙人だったらどうする?

 どうもしないさ。宇宙人だろうがなんだろうが、君は君だろう。

 ギザったらしー。

 そうだったのか。私はギザったらしかったのか。

 はははははははは。



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