嘘とハンカチ
私が道を歩いていると目の前に真っ白のハンカチが落ちていた。ハンカチの向こうには、一人の男性が歩いている。おそらくあの人が落としたのだろう。私は男性に声をかけた。
「すいません。ハンカチ落としませんでした?」
「いえ。落としてません。まず僕持ってませんから。」
そんな言い方しなくてもいいのに。私は少しだけショックを受けた。
「……そうですか。落としたと思ったんだけどな。」
「あの、もう行ってもいいですか?」
男は少し苛ついている。何か急用でもあるのだろうか。
「ああ、どうぞ。ってあれ?名前が書いてある。」
「へぇ。なんて書いてあります?」
「新垣結衣って書いてありますね。」
「えっ……」
「すごい。ここ来てたんだ新垣結衣。」
「……」
「早く警察に届けなきゃ。」
「ちょっと……」
「何か?」
「いや……」
「何ですか?」
「えっ……それ、僕のです。」
男が私を真っ直ぐに見つめて言ってきた。……気持ち悪い。絶対に嘘だ。
「えっ?あなた、さっき違うって……。その前に新垣結衣じゃないでしょ。」
「えっ?えっ!えっ……そんなこと……言いました?」
「いや言いましたよ。とぼけないでください。」
「えっ……僕が落としました。僕のなんです。実を言うと。」
「いや、嘘でしょ。ただほしいだけですよね。あなた。」
「妹のなんです。妹のなんです。それっ。」
「へぇ?あなた名前は?」
「……新垣……新垣裕太です。」
「怪しいな。ちょっと結衣につられてるし。免許証見して。」
「……はい」
「田中じゃねぇか」
「いや、親が離婚して……」
「お父さんの名字は?」
「田中です。」
「お母さんの名字は?」
「たな……垣です」
「えっ?」
「新垣です。」
「ふーん。あなた年齢は?」
「45です。」
「オッサンじゃねぇか。親子か。」
「……信じてもらえないんですか?」
「はい。無理です。では。」
私はその場を立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってください!それどうするつもりですか?」
「どうするって。交番すぐそこだし。届けますよ。」
「僕にやらせてください。それ、僕にやらせてくださいよー。」
「いや……何か危なそうだしいいです。」
「新垣結衣のハンカチですよ。絶対、あなた途中で奪われます!」
「いや、奪うとしたらあんたでしょ。他の人、気づいてないし。」
「ああ……あっああ!」
男が急に地面にうずくまった。そのまま、上目遣いで私を見てくる。
「なんですか。急に。びっくりした。」
「初めてなんです……こんなこと初めてなんです。」
「いや、私も初めてですよ。あなたみたいな人。」
「だめですよね……もう、さすがに譲ってくれないですよね?」
「だから最初っから譲らないって。」
「ですよね……。じゃあどっちか選んでもらえますか。」
「何を?」
「そのハンカチを渡すか。僕と付き合うか。」
「……何言ってんの?」
「どうぞ……」
「いや、どうぞじゃなくって。てか、無理です。気持ち悪いです。どっちも死んでも嫌です。」
「えっ?ああっ……ああ。痛い……頭が痛い。」
「どうぞ、ここで休んでてください。では。」
私はその場を立ち去ろうとする。
「ああっ。ちょっと待って。直りました!直りましたから……諦めますから……」
「まったく。なんなんだ。この人。」
「あの、最後にこれだけ聞いてもいいですか。」
「何ですか?」
「普通、ハンカチに自分の名前いれますかね?」
「いれないでしょうね。」
「ってことはそれ……偽物ですか?」
「でしょうね。何となく付き合っちゃいましたけど。」
「ですよねー」
男はそう笑みを浮かべてその場から立ち去った。
私はハンカチをしっかりと交番まで届けた。
最後まで読んでいただきありがとうごさいました。