嘘から出たまこと
ハヤカワSFマガジンに投稿し、落選したショート小説です。
20xx年三月一日。
この日、NASAの某部署では、何れ劣らぬ有能なエンジニア達が角突き合わせて協議の真っ最中であった。
彼らにとってのさしあたりの懸案とは…
ちょうど一カ月後に控えた、エイプリルフール。
この日に、何か世界中を騒がせるニュース(ウソ)を発信しなければ、彼らのプライドに些細な傷が付く、実に重要な一日なのだ。 (ちなみに、二番目に重要なのは、クリスマスにNORADと共同で行われる、サンタ追跡作戦である)
「ここ最近、インパクトのあるやつが出てないからなあ」
ひとりが溜息をつけば、
「しばらく前の、『アポロ月不着説』位、後々までネタになるようなのを出したいわよね」
「あの時は某コーラ会社にまで協力を頼めたし、何と言ってもセットが完璧だったからな。あれのお陰で、未だにアポロが月に行っていなかった、なんて大真面目に信じてる連中が居るらしいぜ」
かつてセンセーションを巻き起こし、未だに陰謀論者や、都市伝説研究家の飯の種を提供し続けている昔の栄光を超えたいと、額に汗して各部署から送られてくる資料の山やらSF雑誌と格闘し、挙句には都市伝説の本の類までが次々運び込まれ、さながら怪しい雑誌の編集部といった様相を呈している。
その中の一冊の頁を繰っていた若い女性研究者が、小煩い教師をやり込めたような、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「『火星でミステリーサークル発見!地球上のミステリーサークルとの関連やいかに!』ってのはどう?面白そうじゃない?」
「火星にミステリーサークルねえ。ネタとしては面白いな」
居並ぶ同僚たちは、とりあえずその案を検討する気にはなったようだ。
「写真はどうする?ないと説得力に欠ける」
「写真がなければ作ればいいじゃない!」
「CGでか?今日びのオタク共がすぐに解析しちまうよ」
「全く、俺たちが言うのもなんだけど、科学の発展が恨めしいよ」
提案者は動じない。
「今なら『本物』を作る方法があるわ」
現在火星を探査中の観測ロボットは、さながらタカアシガニを思わせる長いアームを備え、火星地表のサンプル採取や大気分析などを行なっている。
そのアームを操ることが出来れば、少々不恰好でも、ミステリーサークルか、あるいはナスカの地上絵のような模様を火星表面に描けるのでは?
「それだ!」
一同は俄かに色めき立った。
問題は、探査にあたっている部署が、「たかだかエイプリルフールのジョーク」に大事な機材をおいそれと貸してくれるか、否か。
「交渉してくる!」
「俺も!」
「提案者は私よ、私が行くわ!」
…こうして我も我もと続き、結果的に部署総勢で乗り込んだ顛末が、後に名高い「某部署暗黒の殴り込み事件」であるが、それはまた別の話になる。
「さて」
脅迫同然に機材の操作装置の前に陣取った彼らの目に映ったのは、モニター越しの荒涼とした砂漠。火星の地表だ。
モニターの視界の端に僅かにアームが見える。カメラの視点を切り替えると、ちょうどロボットを真上から見下ろすような視界に切り替わり、アームの操作がしやすくなった。
「行くぞ」
一同固唾を飲んで見守る中、ゆっくりとアームが動き、ごり、とでも音を立てそうな程に地表の岩石を抉った。
「動いた!」
初めのうちこそは勝手がわからずにあちこちふらふらと意味不明の線を描いたり、硬い岩石に突き当たって描き直しを余儀なくされたりしたものの、数時間後…
「出来たわ!」
やや不恰好だが、そこそこ見栄えのするミステリーサークル。探査ロボットから転送され、プリントアウトされた写真を手に探査部署の部屋からは一同叩き出されたが、一大事業を成し遂げた興奮の前には、誰に取っても問題ではなかった。
そして、エイプリルフール当日。
「火星でミステリーサークル発見!」の見出しは、大いに世間を賑わせた。
写真の真贋を確認すべくTVでもインターネットでも議論が紛糾したものの、誰一人真実を見破る者はなくー「本物」なのだから当然だー彼らはささやかな勝利の祝杯を挙げた。
ほぼ同じ頃、ホワイトハウスにて。
米国の最高権力者が、ホットラインに向かって、汗をふき拭き頭を下げていた。
「申し訳ない。うちの若者たちが悪乗りしすぎたようです。直ぐにそちらにある機材で、可能な限り修復致します。いや、失礼を…」
「マッタク地球人ニモ困ッタモンダヨ。人ノ星ノ地表ヲ重機デ這イズリ回ルハ、挙句ノ果テニハ地表ニ落書キマデ!年々マナーガ悪クナッテイク!早クナントカシテクレタマエヨ!ブツブツ…」
完