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パピヨンジャープロジェクト  作者: 南兎カナル
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2/8

お祭りを盛り上げよー!

それから一週間後……

所変わって、ここは美羽の故郷……


「ボクらでヒーローショーやってお祭りを盛り上げよー!」

教室の椅子の上にピョコンと飛び乗った少女。ドングリ眼にボサボサ髪。周りにいる友だちより一回り小さい、まるで少年のようなこの娘。名前は朱楽湯楽(しゅらくゆら)。

小さな町にたった一軒だけある銭湯の娘で、ここ久茂市立蝶々高等学校に通う元気がいっぱいすぎる十七歳だ。

その隣でぼんやりと校庭に咲く桜を眺めている、すらっとした美脚に地方にある平凡な高校にふさわしくない垢抜けた顔立ちの少女、黒木瑠璃(くろきるり)は笑いながら振り返った。

「アハハ、また湯楽のヒーローごっこが始まったちゃったよー」

公園のベンチ、軽トラックの荷台、はたまた神社の賽銭箱まで、これまで幾度となく湯楽が飛び乗るところを見てきた彼女は呆れた口調でそう言った。

「もがーっ! ごっこじゃないよ! ショーだよショー! ボクと握手する方だよ!」

そう言ってズバっと差し出した手を握ったのは、瑠璃ではなく彼女とは正反対の地味な眼鏡にお下げ髪という由緒正しき委員長ルックの少女、藍場静莉(あいばせり)だった。

「どうしてそういつもいつも、ピョンピョンと何にでも飛び乗るんですか!? この前うちの神社の賽銭箱に飛び乗ったのを注意したばかりじゃないですか!」

握った手をブンブンと上下させながら、静莉は言う。ちなみに彼女は古くからこの町にある神社の娘だ。

そしてこの三人は幼なじみの友だち同士という間柄なのである。

「お賽銭には参拝に来て下さった方々の、神様への感謝の気持ちが込められているのです! 尊いものなのです! それが収められている賽銭箱の上に乗るなんて罰が当たりますよ!」

「あーもう、その事はちゃんと謝ったじゃん! それよりもお祭りがなくなっちゃうかもしれないピンチなんだよー! だよー! だよー!」

昼休み。一時の休息に雑談やらスマホゲームやらで各々楽しむ生徒たち。そんな昼下がりの教室に湯楽の叫び声がこだまする。

「お祭りぃ? お祭りって久茂市祭り? 楽しいよね久茂市祭り! めちゃくちゃ人来るし、あたし大好き!」

楽しそうに言う瑠璃。それを聞いて湯楽はブンブンと首を横に振った。

「違うよ瑠璃ちゃん! そっちじゃなくてボクたちのお祭りの方だよ!」

「ボクたちのお祭りというと……蝶々祭りのことですか?」

静莉の質問に湯楽はコクリとうなずく。

蝶々祭りとは彼女たちが暮らすここ蝶々地区《旧蝶々町》で毎年八月に開催されている小さな町の祭りである。蝶々町は今から十年前、隣接する久茂市に編入され消滅してしまったが祭りはその後も継続して行われていた。

「うん……昨日婆ちゃんのところに商工会の会長が来てさ、市の会議でね、毎年参加者が減ってるから、もし今年大勢の人が集まらない時は来年からお祭りをやらないことに決まったって……」

ドングリ眼をウルウルと潤ませながら湯楽は言った。

「えー!? あたしは蝶々祭りも大好きだよー。まあ、確かに来る人は少ないけどさー……ほら、ワサビ? サビ? そういうのがあって良いと思うんだけどなー」

それを聞いて湯楽は瑠璃にハシっと抱きつく。

「そうだよ、それ! ワサビだよ! ワサビ!」

「それを言うなら、わびさびです! でもその話がどこをどうすれば私たちでヒーローショーをやろうということになるのです?」

静莉が聞くと湯楽は意味深に微笑んだ。

「ふふふふっボクはね、気付いたんだよ! お祭りを盛り上げるために必要なものを!」

「それがヒーローショーだと……私たちでそのヒーローショーをやって蝶々祭りに人を呼ぼうというのですね」

「あーっ! どーして先言っちゃうのさ! 静莉ちゃんの意地悪……」

ふて腐れる湯楽。その頭をよしよしと撫でながら静莉は言った。

「そのヒーローはきっとローカルヒーローというやつですね。大方ネットで調べたらそういうのが引っ掛かってきたのでしょう」

「えー! どうしてそこまで分かっちゃうの! もしかして全部お見通し!?」

驚く湯楽に静莉は小さく頬笑んだ。

「それぐらい分かりますよ。いったいどれほど長い間、友だちをやってると思っているのです? ですよね瑠璃」

「もちろん知ってるよー! それってヤマイモッシーとかのことだよね! とろろ汁ぶっびゅるるるるって、そんな事されたら体痒くなっちゃうし!」

「それはローカルヒーローじゃなくてゆるキャラです! でもご当地キャラというくくりならあながち間違いではないのかも……」

細かいことを気にする静莉である。

「そのローカルヒーローと、あとアイドル! ローカルアイドル! それとよさこい! よさこい踊り! 今のご時世、お祭りを盛り上げるには、この三つがかかせないんだって気付いたんだよ!」

再び椅子の上に立ち上がると、グっと拳を握りしめ湯楽は言った。

《ローカルヒーロー》《ローカルアイドル》《よさこい踊り》

お祭りを盛り上げるのに必要なものとは? 彼女が一晩中ネット検索で調べ回り、辿り着いた答えがこれだった。

「確かにローカルヒーローだけではなく、ローカルアイドルも各地方のお祭りで活躍していますね」

「でしょでしょー!」

うなずく静莉に自信たっぷりの表情で迫る湯楽。

「でもさー、よさこいはまあ蝶々祭りでもやってるから置いといて、なんでローカルアイドルじゃなくてローカルヒーローなわけ?」

瑠璃の質問はもっともだ。普通女子高校生三人でやろうというならヒーローではなくアイドルに決まっている。

だがその理由を……湯楽がこの歳になっても日曜の朝は欠かさずヒーロー番組を見ている大のヒーロー好きだからということを、瑠璃は知っていてあえて質問した。

「せ、世間ではこうしている間にも、ブッサンジャーとかメイブツジャーとかボクの知らないヒーローたちが、地元の祭りを盛り上げるべく戦っているんだよ!」

力一杯力説する湯楽。

「それで?」

小悪魔的笑みを浮かべ、質問を続ける瑠璃。

「その熱い思いに、ぼ、ボクは共感したのさっ! 正義の心が呼び合う時、奇跡の扉が開かれたり……開かれなかったり……」

「なるほどなるほどー。そ・れ・で?」

「あーっ! 瑠璃ちゃんが意地悪言う!」

涙目になりながら静莉に抱きつく湯楽。その頭を静莉がよしよしと撫でようとしたその時、ガバッと湯楽は顔を上げて言った。

「そうか! ヒーローとアイドル、両方ボクたちでやればいいんだ!」

なでなでしようとしていた手をげんこつに変えると、静莉は湯楽の頭をポカリと叩く。

「そんなこと私たちで出来る訳ありません! たとえヒーローだけでも……アイドルだけでもできっこありません! 両方やろうだなんて論外です!」

きっぱりと完全否定する静莉に湯楽が食い下る。

「でもでも、やってみなきゃ分かんないじゃん!」

「分かります!」

「分かんない!」

「無理です!」

「無理じゃない!」

「不可能です!」

「やれば出来る!」

二人が言い争っていると苦笑しながら瑠璃が間に入って言った。


「あのさー。そういうことなら、ぱぴこに頼んでみたらいいんじゃない?」

瑠璃がいう《ぱぴこ》とは、今人気絶頂の国民的美少女アイドル、小紫美羽(こむらさきみう)のことである。

彼女はここ、蝶々地区の生まれで三人とは幼なじみの間柄だ。

ちなみに《ぱぴこ》というのは小学校の時からのニックネームである。

今から六年前、当時小学六年生だった四人は蝶々祭りの名物《ヤマイモ娘コンテスト》に出場した。その様子を撮影していた人物が動画をネットにアップしたところ、美羽のその類い希なる美少女っぷりが大きな反響を呼んだ。それが切っ掛けとなり彼女はアイドルデビューしたのであった。

デビューした彼女は小学校を卒業すると同時に上京。三人とは離ればなれになってしまった。だが今も、スマホのコミュニケーションアプリで連絡を取り合う仲で、交友関係は続いている。


「親友の静莉が頼めばさ、蝶々祭り、来てくれるんじゃない?」

「それは……ないです。絶対に」

瑠璃の提案を静莉はきっぱりと否定した。

「えーどうして? それこそ頼んでみなきゃ分からないでしょ?」

「分かります! だって今年の蝶々祭りの日は……美羽の……美羽の5thライブ開催の日なんです! そのことは美羽の私設ファンクラブの会長もされている商工会の会長さんなら当然知っているはずなので、きっとそのようなオファーもしていないでしょう」

「……」

「ふ-、そっかー」瑠璃は溜息をついた。

「それじゃあ無理だよね-。ん? あれ……そしたら静莉もお祭り来れないじゃん! 見に行くんでしょ、ライブ?」

それを聞いて湯楽が涙目で静莉に訴える。

「やだやだ! 一人より二人、二人より三人だよ!」

そんな湯楽の頭を静莉はポンポンと優しく叩いた。

「それなら、大丈夫ですよ……」

そして少々呆れた顔で話を続けた。

「毎年私が、蝶々神社の巫女として舞を務めていることを二人ともお忘れなのですか?」

それを聞いた二人は顔を見合わせる。

「そっか! いつもお祭りの始めにやるアレって、静莉ちゃんが踊ってるんだもんね!」

「あぁ、いつもみんなで普通に屋台見て回ったりしてるから、すっかり忘れてたー」

「まあ巫女舞が終われば、しばらくの間は自由なんで……そう、だから美羽のライブには行けないんですよ……」

静莉はそう言うとガックリうなだれた。

「神事を放り出すわけにもいきませんからね……巫女舞が終わってからではライブに間に合いませんし……いいんですよ、もう……いいんです……どうせ……どうせ……」

教室の床に向かってブツブツと独り言を投げかける静莉。それを心配して湯楽が顔を覗き込む。

「静莉……ちゃん?」

「いいんですよもう! Blu-ray買って見ますからっ! テレビも大型のものに買い換えて、我慢していたホームシアタースピーカーも買って! 迫力の大画面と大音響で美羽のライブを思う存分楽しみますからー!」

ライブに行けないことが、よほど残念なのだろう。静莉は顔を真っ赤にして叫んだ。

「ふふふふ、カーテンを閉めて、部屋を暗くして……もうペンライトだって振っちゃうんだから……」

「静莉ちゃん静莉ちゃん。落ち着いて」

「でもさ、ウィスッパーとかで呟いてもらうことぐらいなら頼めるんじゃない? みんなー蝶々祭りに来てねー! みたいな感じで、ぱぴこにさ、宣伝してもらうとか」

その瑠璃の提案にも静莉はまた難色を示す。

「それも……難しいと思います。……あの、ちょっと耳を貸してもらってもいいですか?」

そして三人が顔を寄せ合うと、静莉は近くに人がいないことを確認してから話しはじめた。

「この話はくれぐれも他言無用でお願いします! 美羽は今、事務所から故郷に関する発言を控えるよう言われているのです……」

「えー! どうして-!?」それを聞いて思わず叫ぶ湯楽。

「しーっ! 静かにして下さいっ! いいですか!? この話は美羽のアイドルとしてのブランドイメージに関わる話なんですからねっ!」

「う、うん。ゴメン……」

静莉の鬼気迫るさまに、湯楽は押し黙った。

「事務所は美羽がトップアイドルとなった今、デビューの切っ掛けとなったあの《ヤマイモ娘コンテスト》のイメージを是が非でも払拭したいようなのです」

「……なるほどねー。そりゃそうかもね-。いまだに『イモ子』とか『ムラサキイモ』とか言ってるヤツもいるしねー」

静莉の話に瑠璃は納得の表情でうなずいた。

「分かってもらえたみたいですね。私たちの美羽がいつまでもイモ呼ばわりされているのは、正直耐え難いですよね……そうですよね?」

「そ、そうだねー」

静莉の迫力に瑠璃は引きつった笑顔で答えた。

するとそれまでおとなしく話を聞いていた湯楽が、みたび椅子の上に立ち上がるとビシっとポーズを決めて叫んだ。

「やっぱりボクらでヒーローショーとアイドルライブをやって、お祭りを盛り上げるしかないよ!」

「あっ閃いた! 《アイドル妖精パピヨンジャー》ってのはどうかな!? 町の平和を乱すものはボクたちが許さないゾ! ってね!」

キメ顔の湯楽を無表情で見上げる瑠璃と静莉。

「……」

「……」

「……」

「アハハハハ、無理だね-、恥ずかしすぎるし」

「はい、そうですね。ありえないですね……」

二人の反応は至極当然だ。普通女子高校生三人で《アイドル妖精パピヨンジャー》など恥ずかしすぎて死ぬに決まっている。

「なんでなんで!? 蝶々祭りでヒーローでアイドルだからアイドル妖精パピヨンジャーなんだよ!?」

「それは……はい、分かりますが……」

「そうそう、それは分かるんだけど、何で《妖精》なの?」

瑠璃の質問に照れながら答える湯楽。

「いやぁ《アイドル戦士》より《アイドル妖精》の方が可愛いと思って……ほら、ちょっとでも可愛い方が二人ともやる気になってくれるかなー……なんて!」

てへぺろ顔の湯楽を無表情で見上げる瑠璃と静莉。

「……」

「……」

「……」

「アハハハハ、やっぱり無理だね-、絶対に無理! 死んでも無理! ていうかそれをやったらあたしら恥ずかしくて死ぬよね絶対!」

「はい、死にますね。召されますね、天に」

そう言って二人が教室の天井を見上げたその時、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。

「それじゃーねー」

「それではまた」

そそくさと自分の座席へ戻って行く二人。

その背中に向けて、湯楽は懲りずに椅子の上に立ち上がり叫んだ。

「あーっ! ちょっと待ってよ-! 絶対にあきらめないんだからねー!」


放課後。学校と町の間に広がる、だだっ広い田んぼ。そこを貫く農道の両側には春らしくオオイヌノフグリやセイヨウタンポポが咲き並んでいる。幼なじみの三人娘は、そんなのどかな家路を歩きながら、昼休みの論議の延長戦を繰り広げていた。


「もうこうなったら部活を立ち上げてやるしかないよっ! その名もアイドルヒーロー部!」

自分たちでヒーローショーとアイドルライブをやってお祭りを盛り上げ、大勢の人に来てもらう……

その提案に全く乗り気でない二人に向かって、湯楽はあきらめずに話を持ちかけ続けていた。

「アハハハハ、ヤバいよそれ! いつの間にか部活の話になってるし!」

瑠璃はこの話を、すでに半分ネタとして聞き流している。

「部活動団体を新規に創設するのでしたら、まずは同好会からです。同好会を設立するためにも5名以上の会員と顧問の先生がいなければなりません」

一見、真面目に受け答えしているようだが静莉も話をはぐらかしにかかっていた。

「え-!? 日本ってそんな法律あったんだ!」早速はぐらかされている湯楽。

「日本の法律ではなく、学校の規程です。生徒手帳に書かれてますよ」

「そんな難しい話はどうだっていいよ! もがーっ! 」

湯楽がイライラして頭をかきむしると、もとからボサボサだった髪が爆発コントのお笑い芸人のようなひどい有様になった。

その姿を見て瑠璃が言う。

「その髪の毛、一度縮毛矯正とか試してみたら? ストパーより時間かかるけど強力だよ!」

「これぐらいお風呂入って、頭洗ってリンスしときゃなおるからいいよ!」

一向に進まない話をしながら歩く三人の脇を、ドボボボとエンジン音を響かせながらトラクターが通り過ぎて行く。

「そうそう、お風呂で思い出した。今日は寧々(ねね)と朱雀の湯行くからよろしくね!」

自分の髪の毛のセット具合も気になったらしく、瑠璃はお気に入りのサイドポニーを整えながら言った。

ちなみに寧々とは四つ年下の瑠璃の妹で、朱雀の湯とは湯楽の家の銭湯のことである。

「うん分かった……っと、そうじゃなくってアイドル妖精パピヨンジャーの話だよー! だよー! だよー!」

春うららかな田園風景に、湯楽の叫び声がむなしくこだました。

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